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珍種族、来店す?

 その日はたまたまディーネさんの機嫌が悪かったのか、あたたかな春雨の降る午前中のこと。

 朝から連れ立ってアヴァロン=エラにやって来ていた元春達が、鎧のならしにと比較的簡単なディストピアに潜りに行くと万屋から出ていってから少しして、賢者様ご一行がご来店したかと思いきや、その直後、新たに三人組のお客様がやってきて、店に入るなりこう叫んだのだ。


「金を出せ」


 そう、彼等は強盗。

 頭上でピンと立つ三角の獣耳を見るに、犬系獣人ばかりの強盗のようだ。


 しかし、強盗とはまた久々だね。

 僕は素早く賢者様たち、そしてアクアに闇の精霊、レイクをカウンターの中に避難させながらも考える。


 この万屋に強盗が来るパターンで一番多いのは、なんらかの理由から逃亡している犯罪者が、ふだん人が立ち入らないような魔素の濃い森などに迷い込み、偶然発生した次元の歪みに巻き込まれた結果、このアヴァロン=エラへと流されてきて、ゲートのエレイン君を見て、戦闘力のなさそうなゴーレムを客引きに使うような万屋なら、たんまり金があるんじゃないかと路銀を求めて押し入るというパターンなのだが、彼等の身なりを見た感じ、そんな短絡的かつ突発的に強盗に押し入るタイプとはちょっと違うみたいだ。


 冒険者や探索者、傭兵でも通じるようなものを持っているんだけど、この人達はどうして強盗なんて馬鹿なことをしているんだろう。


 見た目と行動のチグハグさが多少気になるが、それよりももっと気になることがある。

 それは――、


「毛がない獣人なんて初めて見るな」


「ですね」


 そう、強盗に入った三人の獣人の一人、リーダー格らしき男の頭にはまったく毛が生えていなかったのだ。

 尻尾や体の一部分にはちゃんと毛があることから、あのつるつる頭にちょこんと乗っている耳が本物の獣耳であることは確かなんだろうけど……、


「なんか気持ち悪いわね」


「ぶっ殺すぞ」


 あんまりにもあんまりなホリルさんのコメントに、声を荒らげる禿頭の獣人。

 しかし、僕達は動じない。

 禿頭の上にケモ耳をつけた中年男に凄まれても笑いの方が先にきてしまうという理由もあるのだが、正直、万屋を初めてもう半年以上、その間にやってきた強盗は両手で数えられない数になる。

 加えて、エルブンナイツに銀星騎士団と、正規(?)の軍隊に囲まれた経験がある僕達からしてみると、たかが三人の強盗など、さして慌てるような相手でもないのである。


 まあ、それでも魔力のある世界の人材は量より質という場合が往々にしてあることだ。

 だから、強そうには見えなくとも油断は出来ないのだが、店内にいるベル君からエレイン君達へと、強盗が入ったという情報は既に共有されていて、彼等を捕まえるための準備も着々と進んでいる。

 こうなってしまうt、万が一、彼等が相当腕の立つ戦士だったとしても、せめて一人一人がブラットデアでも装備していない限り、この場から逃げ出すことも難しく。

 だから、ここで僕がすべき仕事は時間稼ぎとお客様の安全確保。


「そういえば毛のない猫っていませんでした?」


 自然な会話の流れから呼び出した魔法窓(ウィンドウ)を使って、僕はゲート由来の結界を無色透明な状態で発動させる。

 かたや、三人の強盗が遅ればせながらに手に持ったナイフや棍棒を構えるのだが、もう遅い。彼等はすでに檻の中だ。


「ああ、変異種な。たしか金持ちの間で珍重されるペットだな」


 ふぅん。賢者様の世界でも、そういう扱いのペットなんだ。

 僕は手元に呼び出した魔法窓(ウィンドウ)から結界がちゃんと展開されているのを確認すると、無毛猫の情報をネットから検索する。

 そして、お客様にも見えるようにパスする一方で、現在の状況を記した簡単なメモ書きを添えておく。


 すると、賢者様は両隣にいたホリルさんとアニマさんとそのメモの内容を見て安心してくれたのか、自分達を威嚇する禿頭の獣人と魔法窓(ウィンドウ)に表示された無毛猫スフィンクスを見比べるようにして、


「ふむ、コイツの場合、全身の毛が抜けているというわけじゃないみたいだしな。

 また違う種類の種族なのか?」


「でも、また頭だけ見事に禿げ上がったものね」


 呟きながらも禿頭の獣人の体を観察。

 すると、とうぜん無毛の彼は怒りを募らせる訳で、


「馬鹿にしてんのか」


 がなる禿頭の獣人。

 しかし、彼等は既に結界に閉じ込められている状態で、そうでなかったとしても、ホリルさんがいるこの状況では、賢者様の態度は変わらなかったのかもしれないがと、叫ぶ禿頭の獣人を賢者様たちが無視する一方。


「そもそも獣人がハゲるなんてあり得ることですの?」


 カウンターの奥、認識阻害の結界が張られている和室からにゅっと顔を出して聞いてくるのは、いちご大福を片手に持ったマリィさんだ。

 すると、そんなマリィさんの登場に獣人強盗達が驚く。

 彼等からしてみたらマリィさんはいきなり認識外から現れたように見えたのだろう。獣人強盗達は絶句してしまい。


「つまり、この人が特別だと」


「さあ、そこまでは――、

 ですが、ただ純粋な疑問として、なんと言えばいいのでしょう。

 まったく毛のない獣人がいるという意識がなかったので妙な違和感がありますの」


「たしかにそうよね。

 獣人といえばもさもさの毛っていうイメージがあるから、こんなつるっつるの獣人がいるなんて思わないわよね」


 マリィさんから指摘をされて、ホリルさんが改めて毛のない獣人の特殊性を指摘したところ、それは羞恥によるものなのか、それとも怒りによるものなのか、絶句していた禿頭の獣人が顔を真っ赤にしながら再起動して、


「うるせー。ハゲハゲハゲハゲと人をなんだと思ってやがる」


 何だと思ってと言われても、強盗ですよね。

 禿頭の獣人の叫びに、ついまっとうなツッコミが思わず零れそうになってしまったが、ここで変にツッコミを入れると、また彼が理不尽に怒り出して面倒なことになりかねない。


 僕が面倒な状況を想像して口を噤む一方、彼の子分らしき犬耳の二人がフォローするのは、


「兄貴はな。いまはこうなっちまったけど、毛があった頃はリンティアの青犬とか言われて、そりゃあ、もうモテモテだったんだぞ」


「そうだ。そうだ」


 その言い方だと、彼はもともとちゃんと毛が生え揃っていて、なかなかのイケメン獣人さんだったということになる。

 しかし、もともとは普通に毛が生えていたということなら、もしかして獣人特有のハゲる病気とかそういうものがあるのだろうか。

 僕がそんな可能性を口にしたところ、賢者様がその言葉を引き継ぐように、


「ああ、皮膚病とかそういうヤツな」


 と、この指摘に慌てたのが子分の二人だった。


「禿げる病気だと!?」


「ま、まさか、うつったりとかしねーよな」


 賢者様からの指摘を受け、さりげなく禿頭の獣人から距離を取る子分二名。

 そして、仲間からもそんな扱いを受けてプルプルと怒りに震える禿頭の獣人。

 これでは彼があまりにも哀れだということで、

 まあ、感染なんていう話になったのは僕がきっかけでもあるし。


「ちょっと調べさせてもらってもいいですか?」


「テメェ、立場がわかってんのかぁ!?」


 助け舟とは少し違うのだが、その提案に溜め込んだ怒りを爆発させる禿頭の獣人。

 しかし、立場がわかってるのかと言われても、それを言うなら結界に閉じ込められているアナタ達はどうなんですかって話にもなるのだが、病気とかそういう可能性があるのならば、彼を結界の中から出すのはあまり得策ではない。


 ということで、僕は『たぶん感染するような病気なんてありえないと思うんだけど――』そう思いながらも、個々は念の為と、さりげなく外のエレイン君達に連絡、店の外から〈浄化(リフレッシュ)〉をかけてもらいつつも禿頭の獣人を懐柔すべく甘い言葉をかけてみる。


「いえ、これがうまくいったのなら、もしかしてハゲが治るかもしれませんよ」


「やってくれ」


 と、即答ですか。


 口では散々文句を言っていたけど、彼も頭髪のことは気にしていたみたいだ。

 まるでお腹でも見せるように腕を広げて、存分に調べてくれという禿頭の獣人。

 そんな彼に対して、僕はベル君にお願いして詳細スキャンをかけてもらう。

 すると、ベル君の目に当たる部分からレーザー光線が照射され、彼が突然の光にビックリしたのか、一瞬、身を固くする無毛の獣人。

 しかし、そのレーザーに攻撃性がないとみるや受け入れてくれたみたいだ。

 そんな彼の献身もあってスキャンはものの数秒で終了。

 すかさず万屋のデータベースと照合してみると、どうもカビやノミ、アレルギーなどが原因で、感染症にかかっているとかそういう結果は無いようで、

 だったら、どうしてこんなに(・・・・)なっちゃってるのか、ここは最終手段と、ちょっとソニアに連絡をとってみたところ、ソニアからしてみても頭髪のない獣人というのは珍しかったみたいだ。

 探究心がくすぐられたらしく、ベル君が取ったデータから更に詳しい分析をしてくれると言うので、僕はすぐにそれを送信して、


 待つこと数分――、


 そわそわと落ち着きのない三人の強盗を前に、のんびりまったり待っていると、時間が経つにつれ、強盗たちは自分たちが立たされたまま待たされるこの状況に違和感を感じたみたいだ。


「おい、なにくつろいでんだよ――」


 などと、禿頭の獣人が叫びかけたところで狙ったようにポンと響く電子音。


「あっと、結果が出たみたいですね」


「教えてくれ」


 本当に素直なことである。


「ええと、分析によりますと、これは、隔世遺伝によるAGAが原因とのことですね」


「隔世遺伝? AGA?」


 ソニアから送られてきたメッセージ、その分析結果を聞いた禿頭の獣人の頭上に疑問符が乱舞する。

 まあ、AGAとは僕の世界で知られる病名で、いくら翻訳の魔導器(バベル)が働いているといっても、その概念がなければ、ちゃんとした翻訳はなされないから、当然といえば当然の疑問だろう。

 だから、僕はインターネット上からAGAの知識を引っ張ってきて、禿頭の獣人達、賢者様達にマリィさんと見せたところ、問題の禿頭の獣人がゆっくりと地面に崩れ落ち。


「なるほど、要するに、この獣人には人族(ヒューマン)の血が流れていて、何代か前に混じったその血が毛が抜けてしまうという形で発現しているのね」


「しかし、ピンポイントでその症状が出るってのは、本当に偶然なのか?

 それともコイツ等独自の特性なのか?」


 ホリルさんの納得を受けて、考え込むような素振りを見せる賢者様。


「いや、俺らの周りにゃ、人族との混血は結構いるが、兄貴みたいなヤツはいねぇよな」


「おう……、

 でもよ。大人になると季節に関係なく抜け毛が激しくなるヤツがいたりするよな。

 それって、つまり――」


 そんな賢者様の疑問に答えるのは禿頭獣人の子分二人だ。


「言われてみりゃあ――、たまにちっと頭の周りが薄くなってるヤツがいるの、かも」


 この人達の世界に限ったことではなく、それは人間――、もとい、人族としては避けられない体質の変化というものだ。


「要するにそいつはその体質をより濃く受け継いじまったってことだ」


 種族でも病気でもなく単なる遺伝でそうなった。それが彼に毛がない真相だった。


「しかし、AGAか――、俺も気をつけねぇとな」


 そういって、ややウェーブがかった前髪を触る賢者様。

 パット見、額が後退しているとか、そういう兆候は見られないが、そろそろそういうお年頃だけに心配なのだろう。


「でも、賢者様の場合、いざとなったら発毛の魔法薬を作ればいいんじゃ」


「まあ、そりゃそうだよな――」


 そんな呟きを口にしかけた賢者様の言葉を遮るように、獣人強盗たちが大声を張り上げる。


「「「そ、そんなことまでできんのかよ!?」」」


「素材とか揃えば作れなくもないだろ。

 今まで必要なかったから作ってなかったけどな」


 完全にハモった獣人達の問い掛けに、賢者様がちょっと面倒そうにもそう返す。

 しかし、毛生え薬とは儲かりそうなのに賢者様が手を出していないのは意外なことだ。

 いや、賢者様の性格を考えると、自分の髪がふさふさなのにも関わらず、なんで他人(男)の為に毛生え薬を作らないといけないんだとか、そういう考えが先に来てしまうのかもしれない。


 とまあ、そんな賢者様の事情はどうでもいいとして、それは禿頭の獣人にとってまさに魔法の薬なのかもしれない。


「な、な、その発毛の魔法薬をつくるにゃどうすりゃいいんだ」


「そうだな――」


 早く早くと急かすような禿頭の獣人の声に、賢者様は思い出すように虚空を見つめ、幾つかの素材を指折り数えながら呟いていく。

 すると、そのすべてを脳に刻み込むように真剣に聞き終えた禿頭の獣人は「良し」と一言、当初の目的など記憶の遥か彼方に消え去ってしまったようだ。踵を返して、


「じゃあ、すぐにそれ持ってきてやっから、お前はその魔法薬を作れ、いいか、これは命令だ」


 ビッと指差し、そう言って賢者様の返事も聞かずに走り出そうとする禿頭の獣人。

 しかし、彼の――、彼等の周囲には、彼等が暴走した時に備えて張った結界が存在している。

 別にこのまま激突してもらって捕まえてもいいのだが、


 まあ今回はいいかな。


 僕はその結界を素早く解除して、「兄貴――、待って下さいや」と、どこかで聞いたようなセリフで走り去る禿頭の獣人とその子分を見送る。


 すると、その様子を和室から見ていたマリィさんが、


「虎助、あのまま逃してよかったんですの」


「今回は実害はありませんでしたし、オーナー(ソニア)も面白いサンプルが見られたと喜んでいるみたいですから、それに彼等にはちょっと実験に付き合ってもらいたいですし」


「実験?」


 僕が言った最後の言葉に首を傾げるマリィさん。

 僕はそんなマリィさんのリアクションに、マジックバッグの中から発信機のようなものを取り出して、


「定番のアイテムなんですけど、相手の居場所がわかる魔導器です」


「ああ、例の世界を超えて位置を特定するっていうマジックアイテムか」


「ですね。まだ試作段階なんですけど、いろいろな世界と通信を繋ぎましたから、その実験の一環にご協力願ったわけですよ」


 そう、今ごろ、走り去る彼等の頭上から、カリアがこれをそれぞれに撃ち込んでいるハズだ。

 そして、この発信機によって新たな世界の座標が観測できれば、またソニアの研究が一段階進む。


「それに、もしも彼等が上手く素材を手に入れた時、戻ってこれなかったら困るでしょう」


「まあな」


 とはいっても、この発信機だけですべてが上手くいく確率はかなり低い。

 だが、わずかでも可能性を残しておいた方が彼等の為になるだろう。


 それに、もしも帰ってこれなかったとしても、あれがあればこちらから情報を送れる可能性が残されているからね。


 僕は心の中でそう呟くと、彼等が閉めずに行ってしまった正面ドアをきっちり閉めて、彼等が無事に帰ってきた場合に備えて、「取り敢えず育毛剤の試作品を作ってみましょうか」と、賢者様と一緒に魔法式育毛剤の検討に入るのだった。

◆無毛獣人強盗のイメージは、ニューヨーク市警でもっとも不運で不死身な男に毛のない猫耳をセットしたところをご想像いただければいいかと思われます。若干渋可愛い(?)といった感じでしょうか。


 因みに虎助が疑問に思っていた、彼等が強盗として妙に身なりが整っていたという理由ですが、単純に彼等が最近まで、その世界では名うての強盗団だったからです。

 しかし、リーダーの年齢のこともあり(おそらく頭髪のことは無関係?)、部下から裏切られ、その強盗団を乗っ取られてしまい、追い出された彼等は当面の活動資金を求めて街道をさまよい、そこで偶然にも次元の歪みが発生、ここに辿り着いたというのが真相です。


 強盗に押し入った目的は、金と、可能なら失った部下の代わりとしてエレイン達の所有権を奪いたかったといったところです。


 とはいえ、それも若く、威厳のある姿を取り戻せるかもしれないという話を聞いて吹き飛んでしまいましたが……。


 あと、彼等には一応名前があって、禿頭の獣人がマクレ。部下の二人がアルパとウエルです。

 名前の元ネタは上記イメージ元から引っ張ってきたものだったりします。

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