ぼくがかんがえるさいきょうのぶき
そこは店の裏手に存在するスタッフオンリーの区画『工房』だ。
秘密保持というのは大袈裟過ぎるか。どこか南国のリゾートを思わせるゴツゴツとした石塀で囲われた、だだっ広い赤土の敷地には、石造りの建造物がポツポツと見て取れる。
時に危険を伴う素材を扱うという理由から、とにかく頑丈な建物をと、もともと荒れ地ばかりのアヴァロン=エラに転がっていた石材を集めて、原始的でありながら精緻さも併せ持つ石組み建造物を作り、そこに魔法的な加工をすることで現代建築にも勝るとも劣らぬ強度を備えたとのことらしい。
僕はそんな建物群を挙動不審に見回すマリィさんを引き連れて、目的の建物へ向かい真っ直ぐ歩いてゆく。
「万屋の裏側はこんな風になっていましたのね。しかし、ただのお客である私が立ち入ってよろしかったんですの?」
VIPルームという名の休憩室の拡充の資金を出して貰い、【亡国の姫】という肩書を持つマリィさんを捕まえて、只のお客というのは無理があるだろう。
「さっきも言ったかもしれませんけど、オーナーから許可をいただいていますから問題ありませんよ」
「オーナーですの?といいますか、許可なんていつの間に……もしかして、すぐ側にいますの!?」
オーナーの存在を気にしながらもマリィさんが逃げ出さないのは、純粋に自分の求める理想の剣を作る為だろう。
しかし、その一方で、やっぱり幽霊とかそういうスピリチュアルな存在がマリィさんの弱点のようである。
僕からしてみたら、魔法を使いこなす【魔導師】が幽霊の怖がるのはどうなのかと思うところではあるけれど、それとこれとはまた別物ということだろうか。
ともあれ、さり気なく腕にしがみついてくる姫君の体温と圧倒的な質量を肘に感じるこの状況は、青春真っ只中の僕としては、どうしても(いろいろな意味で)反応してしまいそうになるのだが、どこからか向けられる刺すような視線を受けては、それを覚られる訳にもいくまい。
僕はマリィさんが繰り出す天然のハニートラップに、静まり返った荘厳な寺社をイメージすることにより対抗し、「大丈夫ですから――」と、何度も語りかけ、ゆっくりとその体を引き剥がす。
そして、立ち並ぶ石造りの建物の一つ。魔法陣でも描くような複雑な形の石材によって組み上げられた石のドームに足を踏み入れる。
と、そこは外観以上に広い印象を受ける何もない空間だった。
物珍しそうな視線を周囲に泳がせたマリィさんが言う。
「表の店舗とは違いまして、こちらは随分としっかりした作りですのね」
マリィさんのそのセリフはカミソリ一枚挟み込む隙間のない、超古代文明の如き石組みに向けられたものだろう。
「扱う代物が代物ですからね。頑丈な施設でないといけないそうですよ。えっと――、マリィさんは〈雷霆神の断罪〉という魔法をご存知ですか?」
「確か東方に伝わる魔導兵器の一種。インドラの矢の別称でしたと思いますが、魔法という限りは組み込まれる魔法式の事ですの?」
思い出すように告げられたマリィさんの言葉に、どこかで聞いたことがあるようなと思わされながらも、僕の知識からしてみたら埒外の話。
「この工房はその魔法に耐えるくらいの作りになっているそうです」
聞かされたままの装飾もないその言葉に「まさか――」とマリィさんが口元を押さえる。
そのリアクションからして、例に出したその魔法が相当な威力を誇るものなのだろうと予想できるが、当然それだけ頑丈な理由もある訳で、
「ここでは希少な魔法金属なんかも扱ってますからね。お店には出しませんが、実験的な装備を作る為にも、それ相応の温度に耐えられる建物じゃないといけませんから」
「確かに、先日入手したアダマンタイトや聖剣の材料として知られるオリハルコンは、熱や冷気、魔法をも退けるという伝説が残っていますものね」
僕の説明にマリィさんは鷹揚に頷きながらも、真剣な表情で何事かを呟き、「でも、だとしたら――」と何かに気付いたかのように言葉を止めてから、青い瞳でこちらを見上げ、改めてその小さな唇に質問を乗せる。
「だとしたらどのように加工をしていますの?」
そんなマリィさんの質問に、僕はぴっと指を立て、
「単純に融点を上回る熱を用意すればいいんですよ。いくら伝説の金属といっても、まだ鍛造前のまっさらな状態ですからね。魔法式の付与もありますし、高い火力で熱して、更に魔法による補助を併用すれば、どうにか加工が可能なんですよ」
以前、オーナーから聞かされた説明に、自分なりの解釈を加えたその説明を受け、マリィさんの表情が険しくなる。
「相当過酷な現場となりそうですわね」
そして、ゴクリと唾を飲み込むように言うのだが、
「いえ、それほど大変な作業でもありませんよ」
しかし肩透かし、毒気を抜かれたようなマリィさんに微笑みを向けた僕は「そうですね」と言葉を繋げる。
「一言で言うのなら『僕が考えた最強の武器』でしょうか」
更に困惑を深めたか。「は?」とマリィさんが一際大きな疑問符を頭上に浮かべる。
僕としてもこれで理解してくれるとは思ってはいなかった。そう、この説明はただ目を引くアドバルーンのようなもの。
だから続けて、
「僕達の作業は設計図を書くだけなんです。デザインは勿論、素材から性能、可能ならば作業工程まで書けたのなら一番いいです。ようするに僕達がする作業は、そのアイテムを作るのに必要な情報を細かに書き出すだけなんですよ。後はそれを彼等に渡して作ってもらうんです」
そう言葉を締めくくった僕が目で追いかけるのは、点在する建物を行き交う赤褐色の小柄な影、エレイン達だ。
「私達が自分で作るのではありませんのね」
「もちろん自分で作っても構わないんですけど、マリィさんに鍛冶仕事ができますか?」
まあ、武器を作るのでなければ、錬金術という手も考えられなくもないらしいのだが、マリィさんが求めるのはあくまでエクスカリバーに匹敵するような魔法剣だ。それをなんの【実績】もなく実現させるには過酷な環境下での鍛冶仕事が必要な訳で、
「ですわね」
「それにです。さっきも言いました通り、使用する素材によっては、金属そのものだけでなく、工房内すらも人間の体では耐えられない温度になりますから、特別な耐熱装備をゴテゴテと装備して鉄を打ち続けるのは無理でしょう」
「仰る通りですわ。だからこそ聖剣は奇跡の一品と呼ばれるのですから。今更ながらにこの施設のあきれた頑丈さの意味を思い知らされましたの」
逆に言うのなら、各世界ではどうやって伝説の剣を作っていたのかという疑問にも繋がるのだが、
(まあ、たぶん【鍛冶師】とかそれに必要な実績があるんだろうけど……)
と、そんな思考にマリィさんが辿り着く前にと、僕は工房に併設する四阿を指差し言う。
「じゃあ。その点も踏まえてデザインしてみましょうか」
「分かりましたの」
と、そんなこんなでマリィさんを案内したのは、立ち並ぶ石造りの工房の谷間に設けられた簡易的な作業スペースだ。
ちょうどカフェテラスのようになっているその円卓で、膝を突き合わせた僕達はペンを片手に作業に取り掛かる。
そして、没頭すること小一時間。
照らす太陽の光量も随分と弱くなり、そろそろテーブルに備え付けられたランタンに明かりを灯そうかと考え始めた頃、バンッと紙束を持つ手をテーブルに叩きつけたマリィさんが立ちあがるなりこう言った。
「出来ましたの。見てくださいまし」
見せられた紙に僕がまず抱いた感想は、「あ、日本刀を作るんじゃないんだ」というものだった。
何故ならそこに描かれていたのは、完全にエクスカリバーを模したような両刃の長剣だったからだ。
ただし、その設計図はそれ一枚だけではなく、剣に使われる素材からその処理工程まで、別途一連の情報が書き込まれた設定資料が十枚ほど付随したものだった。
渡されたからには読まない訳にもいかないだろうと僕はそれを斜め読み、内容としては実現したのならすごい剣ができそうなものだったのだが、同時に問題点も浮かび上がる。
「あの、マリィさん。これだと材料費がもの凄いことになりそうなんですが」
エクスカリバーの伝説に習ったのだろう。マリィさんは刀身を100%のオリハルコンで作ろうというのだ。
普通ならそれは無理な相談である。何しろ材料たるオリハルコンそのものが伝説の金属で、入手そのものが困難なものだからだ。
しかし、この万屋には――、いや、このアヴァロン=エラには、異世界に生じる時空の歪みを収束するという特異な施設が存在しており、オリハルコンなど、希少金属そのものや、その原材料ともなるらしい巨大幻獣種の素材が舞い込む事があったりするのだ。
とはいっても希少金属には変わりない。そんなオリハルコンをふんだんに使うともなれば、一本作るのにも高級外車を数台、大人買いするくらいの資金が必要になってしまう。
それを承知で作るのかという僕の懸念に、マリィさんは自信満々こう応える。
「必要経費ならばいくらでも出しますの」
確かに、軟禁される身でありながら小さな領地を持つマリィさんなら、オリハルコン製の武器にかかる莫大な資金をなんとか捻り出すことが出来るかもしれないが、
しかし、未だ見せられていない紙の束からすると、他にも幾つか剣を作る予定なのだろう。
趣味人の金銭感覚というものはおかしなもので、最高の物を求めるが故に自分の生活資金すらも顧みない人が往々にして居たりする。
もし、見せられていない紙に書かれた武器にも同じレベルの素材を要求するものがあるのなら、その総額が小さな国の国家予算並みの規模になりかねない。
大昔、飽食に明け暮れて、自らの領地を滅ぼした領主がいたなんて話をどこかで聞いたことがあるが、自分が同じような事例の一端を担うことになってしまうのは避けなければならない。
なによりもこの工房の場合、設計が完璧だとしても、必ずイメージ通りの剣ができる訳ではないのだから。
とりあえず、マリィさんにはその辺りの話から詳しくした方がいいだろう。
そう考えを取りまとめた僕は、やや危なっかしくも前のめりになるマリィさんの肩を押し戻し、椅子に座らせ直すと、コホンと咳払い、伝え忘れていたこの工房におけるアイテム作成の注意点を口にする。
「あの、一つ言い忘れていましたが、設計したアイテムと作り手であるエレイン達との間には相性がありますからね。いくら高級素材を使ったとしても、思った通りのものができあがるとも限りませんよ」
それを聞いたマリィさんは「ん?」と人差し指を顎に添えて、建物の回りを動きまわる赤いゴーレムを横目に疑問する。
「ベル以外は全て同じではありませんの?」
雛形が同じだけに区別がつかないのは当然なのだが、赤のイメージカラーも持ち、一緒くたにエレインと名付けられた量産ゴーレムには、それぞれに個性が存在したりする。
「一見みんな同じに見えますが、ボディはともかくプログラム――じゃなくて、中に込められた魔法式がそれぞれ一点物らしくて、どちらかといえば魔法生物に近いそうなんですよ」
言わば魔法技術で組み上げられた人工知能とも呼ぶべき代物か。
おそらく基本となる魔法式というものは、その他の世界におけるゴーレムのそれと大差はないのだろう。しかし、オーナーによって組み上げられた彼等には、揺蕩う原始的な精霊を式の中に組み込む事により、自律行動機能を向上させる特殊な処理が施されているらしく、ランダムに組み込まれる原始精霊の特性に性能が引っ張らる傾向があるのだという。
「実はエレイン君達の足の裏には、個体識別ができるシリアルナンバー代わりとなるアダ名のようなものがオーナーから与えられていまして、それぞれにクセといいますか、アイデンティティが備わってるんですよ。だから、意思の伝達機能や身体能力の他にも、結構差が出たりするんです。なので、どうでしょう。見たところ他にも幾つかアイデアがあるみたいですから、マリィさんの設計と相性のいいエレイン君を選ぶという意味でも、ここは手軽な素材で試し切りならぬ、試し発注をしてはどうでしょうか」
と、長々しい説明を聴き終えたマリィさんは、途中に飛び出したオーナーの名前に微妙な反応を見せながらも、しっかり考えて判断してくれたのだろう。
「承知いたしましたわ。確かに捨て置くには惜しいアイデアもいくつかありましたもの。それを全て叶えられるのなら願ってもないことですわ。それで、素材のランクはどの程度落とせばいいんですの?」
返事の後、すかさず添えられた質問に、僕は虚空を見上げて言う。
「どうでしょうか?えっと――、単に魔素が宿っただけの魔法金属なら十分な強度と魔法効果が期待できるみたいですが」
「虎助、あなた今――、いえ、いいですの……。といいますか。宿魔金属も十分に希少な金属ではありませんの。大幅な費用削減にはならないと思うのですけど」
君子危うきに近寄らず。マリィさんは一瞬の疑念をかき消して質問を差し替えるが、この質問にはすぐ答えられる。
「実はこのアヴァロン=エラでは、特別な方法で約一ヶ月間保存すれば、ただの鉄が魔法金属になってしまうんですよ」
「そ、そんな技術がありますの!?」
マリィさんからの続きを促す合いの手に僕は台詞を繋ぐ。
「えっと、この前の錬金釜に書かれていた〈魔力付与〉の応用だそうです。まあ、ここみたいに濃密な魔力があってこその方法だそうですが――」
「つまり、この空間においては宿魔金属は鉄とほぼ変わらない形で使えるわけですのね」
「ええ。保管場所に限りはありますが、他にも金や銀、銅などのありふれた素材なら、どんなものでも魔法金属にできるらしいです」
『うん。だからオリハルコンを使わなくても、ミスリル武器とか、そこそこのものができるんじゃないかな』
「ですわね」
――って、あれ、いまの会話。もしかしてマリィさん。オーナーの声が聞こえてた?
オーナーの声に応えたかようにみえたマリィさんの呟きに、はっとさせられるけど、気付いていないみたいだからあえて指摘しなくてもいいだろう。
余計な一言で、またこの間のような騒動になったら面倒だ。ここ数日マリィさんの過敏な行動や、ちょっと拗ねていたオーナーへのフォローを思い返した僕は『このまま気づかないでいて下さい』と、そう願いながらも会話を続ける。
「という訳で試作品としてグレードダウンヴァージョンを幾つか作ってみませんか」
「分かりましたの。手直しをいたしますので少々待って下さいます」
と、どうやらその願いは天に通じたらしい。
そう言ってアイデアの再考に入るマリィさんの姿に、ほっと胸を撫で下ろす僕だった。
【魔導師】……上級魔法を使いこなす者。
〈宿魔金属〉……文字通り魔素を宿した金属。魔法金属の一種。
〈ミスリル〉……銀が魔素を宿したことによって変異する魔法金属。




