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兎再び

 春休みに入って数日、

 今日はたまたまみんな用事があったみたいで、来店しているのはマリィさんだけだった。

 まあ、元春はともかくとして、それ以外のみんなは、部活に、研究に、修行にと、意外と忙しくしているから仕方がないことだろう。

 新学期が始まる頃には今日みたいな日が増えるんじゃないかな。


 因みに、マリィさんはマリィさんで、いつものように僕とエクスカリバーさん挨拶をしたところで、掘りごたつに入り、魔法窓(ウィンドウ)を使ったお仕事をしているみたいだ。

 一番暇そうな魔王様が来ていないのは、きのう渡した最新格闘ゲームにハマっているからだと思われる。今ごろ、魔王城に暮らす妖精さん達を相手に、今後オンライン上で対戦するだろう猛者たちに対抗できるだけの技術の習得に励んでいることだろう。


 と、久々に人口密度が少ない万屋で、僕がバックヤードに死蔵される装備の点検をしていると、遠く見えるゲートに光の柱が立ち上り、少しして、うさ耳のスレンダー美女が店に入ってくる。


「来たわよ」


「いらっしゃいませルナさん。

 今日もいつもの(・・・・)でよろしいでしょうか」


「お願い」


 手慣れた様子で返事をする金髪碧眼のうさ耳美女に、僕はカウンター奥にある簡易キッチンに置いてあるオーブンのスイッチをオン。

 すると、和室いっぱいに展開した複数の魔法窓(ウィンドウ)に目を通していたマリィさんが、オーブンを温め始める僕とそのスレンダー美女を見比べるようにして聞いてくる。


「随分と親しいようですがどちら様ですの? (わたくし)が見たことがない方のようですが――」


「あれ、何度かいらっしゃっているんですけど、マリィさんは面識がありませんでしたか。

 あの方はルナさん。テンクウノツカイという兎の神獣ですよ」


 そんな説明にぽかんと数秒、マリィさんはフリーズしたかと思いきや、風の魔法による補助だろうか、僕から見てもかなり素早い動きで簡易キッチンまでやって来て、


「て、テンクウノツカイというと、以前元春が話題に出していた神獣様ですわよね」


「そうですね」


「ということは、あの方に頼めば神の試練を受けられるのでしょうか?」


「どうでしょう。ルナさんは気まぐれですから」


 僕とマリィさんがそんな会話を交わしている間にも、闇の精霊を引き連れたベル君が注文の品を持ってきてくれたみたいだ。

 それを受け取った僕があらかじめ熱しておいたオーブンレンジにそれを放り込む。

 すると、マリィさんはそれに興味を持ったみたいだ。


「それは?」


「ああ、これは料理が得意な元春のお母さんに頼んで生命の果実をパイにしてもらったものですよ。ルナさんの好物が生命の果実みたいで、彼女が来た時の為にいろいろとデザートを作ってもらっているんです」


 それは以前ルナさんがこのアヴァロン=エラに再来した時のこと、こちらもたまたま用事があって万屋に来ていたマールさんとルナさんがばったり遭遇。

 その際にルナさんの好物が生命の果実であることが発覚したのだ。


 因みに、普通は兎に過剰な糖分を与えることはあまり良くないことで、好物とされるニンジンも適度に与えないと健康を害する危険があるそうなのだが、そこは神獣であるルナさんである。

 たとえデリバリーピザでいうところのLサイズくらいはありそうな巨大なパイも、まるまる一つ食べたところで、命の危険はもちろんのこと、そのスレンダー(・・・・・)なプロポーションにはまったく影響がないのだと愚痴っていた。


「まあ、そういう訳ですから、焼き上がるまで少々お待ち下さい。

 よろしければマリィさんにもお出ししますがどうします?」


「いえ、その、(わたくし)は――」


「遠慮しなくてもいいわよ。おいしいものはみんなで食べた方がより美味しく味わえるわ。一緒に食べましょう」


 さすがは兎の神獣。カウンター奥の会話も筒抜けだったようである。

 神獣であるルナさんの為に作ったものだけに遠慮をしようとするマリィさんに、ルナさんが一緒に食べようと言い、その本人がいいというのだから、断るのは逆に失礼だろうと思ったのだろう。マリィさんも「そういうことならご相伴にあずかりますの」と頷いて、微妙な空気のティータイムが始まる。


 そして、お茶が始まって数分、ルナさんがふとマリィさんに向かって訊ねるのは、


「それで、アナタ、神の試練が受けたいの?」


「あの――、はい。 受けさせていただけるのでしたら是非に」


「そう、だったらどんな試練(ゲーム)が面白のかしら」


 いつになく控えめなオーラを滲ませるマリィさんに、ルナさんがパイを食べる手を止めて楽しそうに呟く。

 すると、ルナさんが口にした内容が気になったようだ。マリィさんとしては珍しくおずおずとした様子で質問するのは、


「あの、神の試練というのは、それぞれの神獣ごとに決まっているものなのではないのですか?」


「ああ、それね。勘違いしている人も多いと思うけど、別に絶対これじゃないといけないってことはないのよ。

 そもそも、私が挑戦者を誂う為によくやってる『おいかけっこ』をしてもアナタじゃ追いつけないでしょ」


「それは――、そうですわね」


 ルナさんはうさぎの神獣なだけあって速力に特化した神獣である。受けるのが神の試練ということでマリィさんもその能力を惜しみなく出すだろうが、それでもその一点に特化したルナさんを捕まえるのは難しい。


 まあ、それを言うなら賢者様と元春はどうなるのかって話になるんだけど――、

 実際、あれは神の試練とかじゃなく、今にして思えば最悪のこともありえたかもしれない【神獣殺し】という実績を狙ったものだったし、そもそも僕はルナさんの言ったみたいな『おいかけっこ』にまったく参加せずして加護を受けたのだ。


 だから、神獣が与える加護というのは、単純にその神獣の裁量に任されるものなのだろう。


「本当に神の試練というのは適当なのですね」


「だって、与えるのは自分の加護なのよ。気に入った人に与えるのは当たり前でしょう。それに、私が本気を出したら、たぶん誰も追いつけないから」


「たしかに――」


 だからこそ、賢者様と元春の不躾なおいかけっこにも余裕で付き合えていたのだろう。


「そもそも私達の加護よりも上位の――、神様の加護を生まれつき持ってる人がいたりするでしょ」


 そう、どこかのメシア様しかり、目覚めた開祖様は後天的なのかな。なんにしても生まれつき神の加護を得る人はいるのだ。


「では、(わたくし)はどうすればいいのでしょう」


「そうねぇ、アナタになら別に試練なしで加護をあげてもいいと思うんだけど、ここまで言ってタダであげるのは面白くないから――」


 ルナ様はマリィさんからの問いかけに「どうしようかな――」と悪戯な笑みを浮かべながらも、


「そうだ。前にマオと一緒にやったあれで勝負しましょう。

 虎助、アレはまだ置いてあるわよね」


「アレですね。置いてありますよ」


 思いついた――とばかりに手を叩き、ルナさんがかけてくる声に僕が頷くその横で、一人、話題についていけず、置いてけぼりのマリィさんが、「アレというのは?」と聞いてくるので、僕は万屋の背後にそびえる石壁の内部に続く扉に二人を案内しながら。


「前にマリィさんもプレイしたダンスゲームですよ。

 ほら、魔法アプリの原型になったゲームがあるでしょう」


「ああ――」


 これもまた、以前、ルナさんがこの万屋にやって来た時のこと、いつものように生命の果実を使ったデザートを食べていると、万屋の奥から魔王様がプレイしていたゲームの音楽が聞こえてきて、それに興味を持ったルナさんを僕が案内してあげたところ、見事ダンスゲームに嵌ってしまったということがあったのだ。


 今なら、あの筐体を使ってプレイしなくても、魔法アプリや新しく弾幕ゲームもあるのだが、きちんとプロが作った音楽、そしてゲームを楽しむために、本家音楽ゲームの筐体もそのままそこに設置してある。


 ということで、場所を工房を取り囲む石壁の内部に作られたゲームコーナーに移して、|二人並んでダンスゲームをプレイ《マリィさんは神の試練を受ける》することになるのだが、

 ルナさんもそのゲームをやり込んでいるというまででもないし、マリィさんもそのわがままなボディから激しいダンスは難しい。


 と、マリィさんの問題に限っては『月数』などの鎧を装備することにより解決できる問題なのだが、マリィさんが着替えをしたいと言い出さない限りは僕が言うのもなんなので、今回、勝負に使う楽曲は、特に難しくもなく、激しい動きもない、平均的なものを選んでみた。


 そして、二人が位置についたところでレッツプレイ。

 左右に並んだ画面に表示される指示に従い、順調にステップを刻んでいく二人だったが、


「やっぱり簡単すぎましたか、二人共なんなくノーミスでクリアしちゃいましたね」


「点数的には私が上なんだけど、これだとあまり勝った気にはならないわね」


 一応、点差によってルナさんの方が勝利と画面には出ているのだが、その点差も誤差のようなもので、わずかに数回ジャストタイミングがズレたとかいう上級者でもなければどうにもならないくらい差であった。

 それでは、二人とも不完全燃焼だということで、続けて少し難易度を上げてプレイをしてみると、今度はマリィさんがルナさんを上回るが、これもまた僅差の勝負となってしまい。


「手っ取り早く決着を付ける為に、一気に難易度を上げるっていうのはどうかしら」


「これも試練ということですか。構いませんの」


 うん。これはもはや神の試練というよりも、ただ二人で遊んでいるだけのようにも見えるのだが、それはそれ、二度の勝負により、緊張もほぐれてきたのか、いつもの調子を取り戻し始めたマリィさんからの同意が得られたということで、ゲームの難度を鬼難度に上げて再戦と相成るのだが、

 ここで僕が恐れていたことが現実になる。

 鬼難度ということで、スタートからかなりハードなステップを要求されるその曲が架橋にさしかかったその時、その事件は起きてしまった。

 ブチリと崩壊の音が耳朶を打ち、マリィさんが連続でミスをしだしたのだ。

 なにがどうしてそうなったのか、それはどうにかゲームを続けているマリィさんの胸元を見れば一目瞭然。

 そう、求められる激しい動きにより、マリィさんの超大なお胸を支えていた下着が、その激しい動きに耐えられなくなってしまったのだ。

 だが、マリィさんは諦めない。

 荒れ狂う大河のように弾むその豊かな双丘を抱えるように腕を組み、艶が乗った息を吐き出しながらも、ルナさんに必死で食らいついていく。

 しかし現実は非情である。

 やはり下着が弾けた直後の連続ミスが尾を引いたようだ。

 善戦むなしくマリィさんは敗北。


「負けましたの」


 思いもよらないハプニングによる大敗に落ち込むマリィさん。

 しかし、そんな落ち込みモードのマリィさんに、ルナさんが若干ひきつっているようにも見える笑顔でこう返す。


「いいえ、この勝負、アナタの勝ちよ。

 アナタの勝ちだわ……」


 まあ、あんなハプニングがあったんだからね。

 ルナさんもハプニングがありながらも最後まで諦めずにプレイしきったマリィさんのガッツをを評価したのだろう。

 それ以外に他意はないハズだ。

 うん。加護を与えてさっそうと去っていくルナさんの背中がちょっと煤けて見えるけど、たぶんそれも気の所為だ。


 逆にマリィさんとしては、どうしてルナさんがこうもあっさりと自分に加護を与えてくれたのかが分からなかったみたいだ。

 その結果、何も言えずにルナさんを見送ることになってしまったマリィさんは、たっぷりと数分、ルナさんがさっていったゲートの方をなにか言いた気な眼差しで見つめていたのだが、

 いつまでもそうしているようなマリィさんではない、しばらくしてようやく自体が飲み込めたのだろう。もぞもぞと動き出したマリィさんは【神獣の加護】を得た喜びよりも先に潤んだ瞳で僕を見上げてきて、


「あの虎助、とりあえず替えの下着をお願いできますか」


 ですよね。


「すぐに作らせます」


 僕はすぐにエレイン君に連絡。

 スキャンを行い。マリィさんにピッタリの下着を作ってもらうことにする。

 そして、これはその計測の時に判明したのだが、どうやらマリィさんのお胸はまた大きくなっていたらしい。

 これは鎧のお直しなんかをしないといけないのかな。

◆領主マリィのお仕事。


 ガルダシア自治領では、メイドに村長に聖職者と重要なポストの人物に〈メモリーカード〉が配られていて書類のデジタル化が進んでいます。

 故にマリィはどこにいても自分の仕事ができるようになっています。

(まあ、自治領と言っても、城一つ、村一つの規模なので、そこまで書類仕事のようなものはないのですが)

 因みに、ルデロック王国などに提出する資料などは紙で作らなければなりませんが、インベントリやメモリーカードの周辺機器として、魔力で動くプリンタが用意されている為、それほど手間がかからないようになっていたりします。

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