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荒ぶる義姉さん

「まったくなんなのよアイツ等――」


 カウンターにドンと拳を叩きつけ、そう憤るのは、久しぶりに来店した義姉さんだ。

 僕は荒ぶる義姉さんを宥めつつも、今の音に驚いて僕の懐に潜り込んだ闇の精霊を慰めつつも、カウンター奥の簡易キッチンから持ってきたお茶とお茶菓子を和室にいるマリィさんと魔王様に配り、義姉さんと、その後ろであわあわしているアラフォー美魔女の佐藤さんのお茶も用意する。


 因みに、今日は他にも元春達が来店しているのだが、義姉さんの機嫌が悪いのを察知するやいなや、すぐにディストピアに旅立っていってしまった。

 こういうところはさすが長い付き合いだといえるだろう。


 と、そんな薄情な友人達のことはどうでもいいとして、どうして義姉さんがこんなに憤っているのかというと、なんでも魔女の森に伝わる昔話を聞いた義姉さんが佐藤さんを引き連れて、魔女が管理する森の中で宝探しを行っていたところ、そこでたまたま別の魔女さんの集団と鉢合わせてしまい、ちょっとしたトラブルになってしまったそうだ。

 トラブルの発端は一緒に宝探しをしていた佐藤さんを悪く言われたこと。

 義姉さんは年の離れた友達を悪く言われて我慢できなかったのだろう。

 その悪口の仕返しとして、問答無用で喧嘩をふっかけたところ、その魔女さん達が応援を呼んで、最終的に二対十数人での大乱闘になってしまったのだという。


 うん。正則君が心配していた通り、義姉さんの人外化が順調に進んでいるようだ。


 僕は義姉さんに代わってたどたどしくも説明してくれた佐藤さんの話にそんなことを思いながらも、いつまでも義姉さんをこの状態にしておくのは面倒だと思い、その怒りの矛先を逸らすべく話題の転換を図ってみる。


「それで目的のお宝は見つかったんですか?」


「それが全然なのよね。

 で、ただでさえ苛ついてたところに、あの馬鹿女共よ。

 あの女共、佐藤を無能だとかなんとかってコソコソと鬱陶しい。まだ殴り足りないわ」


 ああ、魔法特化の魔女さん相手に肉体言語で挑んだんだね。義姉さんらしいというかなんというか。


「ふ、古い言い伝えですから、伝承が本当だったとしても、そ、それが本当にその場所にあるかどうか……」


 仲間意識が人一倍強い義姉さんが自分のために憤ってくれたのが嬉しいのだろう。困ったようにしながらも嬉しそうに顔を綻ばせる佐藤さんが魔女の森の伝説に関する補足をしてくれる。

 まあ、魔女界で有名な話なのなら、義姉さんがちょちょいと探したくらいじゃあ簡単に見つからないのは当然だと思うけど……。


「しかし、そういうことならば、貴方がたに喧嘩を売ってきたその魔女達はそうしてそのような場所にいましたの?」


 単純な義姉さんならともかく、昔からそんな有名な話があると知っている魔女さんだったら、現実的に考えて、そのお宝(?)がもう無いんじゃないかと思うのが普通ではないか。

 マリィさんからの質問に佐藤さんが答えるには、

 義姉さんと揉めたその魔女さんグループは、新進気鋭の若手魔女さんが率いるグループだそうで、最近まで、そのリーダーの才能から急速にその発言力を増やしていっていたそうなのだが、最近それが頭打ちとなって、いまは別角度から集団の強化を図るべく、歴史に埋もれたマジックアイテムや魔法式なんかを探しているのだという。

 今回、彼女達が義姉さんとかち合ったのもそんな捜索の真っ最中だそうで、

 佐藤さんに絡んできたのは、お姉さん(?)魔女グループに対する牽制じゃないかということだ。


「はぁ、どこの世界にもそういう権力闘争はあるのですね」


「すすす、すみません」


 最近自分がそういうことに巻き込まれただけに、思わずため息がこぼれてしまうマリィさん。

 そして、佐藤さんはそんなマリィさんの態度を勘違いしたのか頭を下げてしまう。

 うん。殊勝というか、気弱というか、本当に損な性格をしているよね。

 僕が年齢に似合わない佐藤さんの行動に苦笑する一方で、佐藤さんに頭を下げられた当の本人であるマリィさんはある意味で謝られることに慣れているのだろう。佐藤さんに「貴方が謝ることではありませんの」と素っ気なく応えながらも。


「それで、お二人が探しているそのお宝とやらはどのようなものでしたの?」


「ええ、えとえと、れ、錬金王と呼ばれていた魔女の先輩が、使っていた、黄金を、生み出すという、ろろ、炉だそうです」


「黄金を生み出す炉ですか、それは特殊な錬金釜と考えていいのでしょうか?」


「そうですね。わざわざ『黄金を生み出す』というくらいですからね。

 でも、それを義姉さんが手に入れてもあまり意味がないんじゃあ」


 錬金釜なんてものは売り捌くにしても相手が限定されるだろうし、使おうにも伝説に語られるようなそれを義姉さんが扱いきれるのか、素朴に訊ねる僕に義姉さんは呆れたように肩をすくめ。


「アンタねぇ――、忘れたの。私だって錬金術を使えるのよ。

 ……それに佐藤もいるし」


 そういえば義姉さんは正月の福袋をきっかけに錬金術の勉強を始めたんだっけ。

 たまに家に帰ってきた時もあんまりそういうことをしている感じじゃなかったから、すっかり忘れていたよ。そもそも義姉さんが座ってなにか作業をしているところなんて、あんまり見たことないしな。


「ですが、金の錬成に特化した錬金釜など、語り継がれるものでもないように思うのですけれど」


「抽出や分離に特化したものだったとしても、ものがなければ意味がありませんしね」


 錬金術というのは素人から見ると、万能の加工技術のような印象を受けるが、それにはきちんと法則なりなんなりが存在して、そもそも無から有を生み出すことは出来ない。

 だから、義姉さんが考えているような無限に黄金を作り出すとか、そんな都合のいいマジックアイテムなんて、少なくとも地球の環境では作れないと思うんだけど。

 そんなマリィさんと僕の指摘に佐藤さんは、これは普段通りでいいのかな――、オドオドしながらも。


「そそそ、それなんですけど、私が思うに、その、黄金炉というのは、き、希少な魔法薬や魔法素材を作り出す一種の装置のようなものではないかと」


 成程、もしも地球で手に入る素材を用いて、エリクサー――とまではいかないまでも、一部部位欠損など、そんな効果のある上位の魔法薬が作れるとしたら、それはまさに金を生み出す炉なのかもしれない。

 マリィさんも僕と同じような想像をしたのだろう。


「魔素が希薄な世界で誕生した高度な錬金釜ですか、もし、そういう錬金釜があるのなら見てみたいですね」


 マリィさんの呟きに僕が「そうですね」と同意するような呟きを零し。

 何故か義姉さんがジトッとした目つきで僕を睨み上げてきて、


「アンタ、横取りする気じゃないでしょうね」


「僕はただその仕組みが気になるだけだよ」


 そもそも高性能の錬金釜なら手元にあるし、金を抽出するくらいのことなら僕にだって出来る。

 ただ、魔素が薄い地球にもしも上位魔法薬を錬成できる魔動機が存在していたとなると、ソニアが興味を持つのではないかと思ったのだ。


「ふ~ん。 でも、そういうことなら協力してくれるわよね」


 まあ、義姉さんがやる気になっているのなら協力するのもやぶさかじゃないけど。


「佐藤さんの魔法に引っかからないなら、僕が協力したところで、その炉を見つけるのは難しいんじゃないかな」


 そもそも佐藤さんが使っている各種探知魔法のほとんどはソニアによって魔改造が施された魔法なのだ。

 そんな探知魔法を使っても見つけられないのなら、僕が協力したくらいで簡単に見つけられるとは思えない。

 それこそ僕がなにかするよりも、元春に次郎君に正則君と、いまディストピアの中に避難している友人達を召喚して、山狩り(?)なりをした方がまだ見つかる可能性が高いのでは――と、そこまで思ったところで僕の脳裏に一つアイデアが舞い降りる。

 すると、思わず漏れてしまった「あっ」という声を聞きつけてだろう。義姉さんが「なになに、なにか思いついたの?」と聞いてくるので、僕はベル君にお願いして、とあるゴーレムを取り出してもらって「これを使ってみたらどうかな」とそれを差し出してみる。


「なにこれ、カナブン?」


「見た目はただのカナブンなんだけど。それは探索に特化したゴーレムでね。命令をすれば勝手に周囲の探索をしてくれる便利なゴーレムなんだよ」


 そう、僕が持ち出したのは魔王パキートの城の探索でも役に立ったスカラベ型の探索ゴーレム。

 これを使えば残念な友人達に手伝わせるよりも、遥かに効率的な捜索が行えるのではないか。僕がそう言うと、義姉さんではなく、佐藤さんの方が身を乗り出すようにして、


「こここ、これ、ゴーレムなんですか」


「そうですね。作りは単純なんですけどね」


「た、単純ですか。

 一つ譲ってもらうことは、い、いえ、分解したいので一つ購入することは可能でしょうか」


「ええ、いっぱいありますから」


 自身がゴーレムを扱うタイプの魔女さんだということで、これだけ小さいにも関わらず、かなりの機能が搭載されているスカラベ型のゴーレムに興味を抱いたのだろう。

 義姉さんが「これだけいっぱいあると気持ち悪いわね」とその数に軽く引く中で、らしからぬ滑らかな口調でそう捲し立てた佐藤さんがスカラベ型のゴーレムを一つを手にとって嬉しそうにする。

 しかし、このゴーレム自体、特に難しい構造をしている訳でもないし、このゴーレムが搭載するインベントリに搭載されるゴーレム制御に関する魔法式は万屋のパソコンからダウンロード出来る専用アプリを使えば普通に作れるものだから、それほど面白いものでもないんじゃないかと教えると、佐藤さんはすぐにカウンターに置いてあるインベントリ(魔導パソコン)にかぶりつこうとするのだが、


「落ち着きなさい佐藤」


 ゴッ!!

 義姉さんの鉄拳制裁で「は――」と、か細い声を吐き出し、頭を抱え、その場に蹲る佐藤さん。

 そうしてしばらく悶絶していたかと思ったら、「ひどいですよぅ。志保さぁん」と涙目で訴えるのだが、義姉さんが自分以外に向ける指先を追いかけるようにして苦笑する僕達を見てしまえば冷静になるというもの。


「は、はわわわわわわわ、すすすすす、すみません。と、取り乱しました」


 魔女(まほうつかい)とは思えない素早い動きでシュビッと土下座。

 暴走を謝る佐藤さんの一方で、義姉さんとしては、スカラベ型ゴーレムでお宝が見つかるのなら早く試してみたいらしい。


「取り敢えず、これをその隠されてるっていう森に放って、見つけた怪しいところを徹底的に調べれば見つかるって寸法ね」


「絶対に――とはいえないけどね」


「そうとなればこうしちゃいられないわ。アイツ等を出し抜いて、行くわよ佐藤」


 うん。とうぜん僕の意見は聞いてくれないよね。

 一方的に捲し立てた義姉さんは、僕が出したスカラベ型のゴーレムをふんだくると、すぐに万屋を飛び出していく。


「ま、待って下さい志保さん」


 そして、佐藤さんもあっという間に小さくなるその背中を追いかけて、


「本当に騒がしい人達ですわね」


「まあ義姉さんですから」


 本当に鉄砲玉みたいな人だな。僕はため息を吐くようなマリィさんの言葉に苦笑しながらも、『行った?』と義姉さんがいなくなったのかを確認するべく、そっと懐から顔を出す闇の精霊の頭を撫でつつも、ゲートに立ち上る光の柱を微笑ましげな目線を向けるのだった。

◆次回は水曜日に投稿予定です。

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