●とある遺跡の魔王軍※
黒装束の少女・メルが歩くのはアントリア近郊に鉱山の中に存在する地下通路。
蟻の巣のように枝分かれした地下道を、メルは迷うことなく歩いていき、幾つかあった人避けの結界を決められた手順で回避して、辿り着いたのは馬車が大型の馬車が余裕ですれ違えるほどの幅がある大空間だった。
「到着」
「娘、帰ってきたか」
地下通路を抜けたメルに声をかけるのは厳しいデザインの大兜。
この兜はルベリオン王国に幾つかある貴族家の私兵達との戦いの末、頭部だけになってしまったリビングメイルのリーヒルだ。
「うん。こっちは変わりない」
「変わりないというよりも、目に見えて追手の数が減ったようだ」
変わりないかという質問に対して返ってきたリーヒルからの受け答え。
メルはその情報に少し考えるような素振りをみせるも、しかし、すぐに気を取り直すように顔を上げ。
「通ってもいい。お土産がある」
「ふむ、それは楽しみだな。
では、我を連れて行ってもらえるか?」
「いいの?」
「見張りならば監視カメラとやらがあるからな」
メルた訊ねたのはリーヒルがここにいなくていいのかという疑問だった。
しかし、リーヒルはその光る魔眼を中心に『REC』という文字が浮かぶ魔法陣を宿す金属球に向ける。
そう、ここの監視はあの金属球よって万全の状態だった。
ならばどうしてリーヒルはここにいるのか疑問が湧くが、メルはリーヒルがそう言うのならと細かいことは気にしないで、リーヒルからのお願いに素直に頷き、大玉のスイカほどあるその兜を抱え、その先にある大空間に足を踏み入れる。
そして、そのまま少し進んだ先にあった広場には、小さな飛竜と翼のついた盾を戦わせるティマとポーリの姿があって、
二人の姿を見つけたメルが小走りで駆け寄ると、ティマとポーリは小さな従者を使って行う戦いの手を止めて、
「メル。戻ってきたのね」
「お帰りなさい」
「ただいま」
「それで、それで、私のショットガンはどうなりましたか?」
「食料はどうなの?」
「大丈夫。全部店長が用意してくれた」
再会の挨拶もそこそこにお土産を催促する二人。
そんな二人の気安い対応にメルは薄っすらと笑みをつくりながらも、とある世界にあるとある万屋で代理店長を務める少年・間宮虎助から受け取ったマジックバッグを取り出して、ティマとポーリ、それぞれが気になっている品を取り出していく。
すると、そのかしましい声を聞きつけてか、四人がいる広場の奥に見える建物から黒髪赤目の美女と赤いスケイルメイルを着た青年がやって来て、
「何の騒ぎです?」
「メルが帰ってきたようだな」
最初に声を上げたのは魔王パキートの重臣の一人である吸血姫のメル。
そして、レニの疑問に答えたのはフレア。勇者を自称する青年だった。
すると、傍からみると仲睦まじそうにも見える二人を見つけたティマがやって来て、二人の間にぐいっと体をねじ込ませると。
「ほらほら、久しぶりにまっとうな食料なのよ。嬉しくないの?」
「それにしては騒ぎ過ぎなのでは」
はしゃぐティマに冷静なレニ。
ただ、ティマがはしゃぐその理由を知っているフレアとしては、ティマの反応はある意味で当然のものであり。
「虎助のところからの帰りだからな。ティマ達が騒ぐのも無理はないだろう」
「虎助? ああ、例の協力者ですか、
しかし、それがどうしたのです?」
虎助という人物がフレア達を支援していることはレニも知っている。
しかし、それにしても騒ぎ過ぎなんじゃないのかという指摘にフレアが言うのは、
「虎助の世界の食べ物は美味いからな。
君も試しに食べてみるのもいいんじゃないのか、侮れない美味しさだぞ」
「……そうですか。
まあ、貴方がそこまでいうのなら――」
フレアの言い分には釈然としないものがあるが、レニもここ最近まともな食事を取っていなかった。
だから、ここ数週間の共同生活でそれなりに信頼関係を結んだフレアがそう言うのなら否はないと、
何か怪しい企みがあるのなら、その時はその時でその企みごと食い破るだけだと、
レニは、ティマから押し付けられるように受け取った、その袋の封を開けるのだが、
その直後、キョトンとしたような顔を浮かべて、
「これ、パンですよね。
それにしてはなんといいますか、もの凄く甘い香りが……」
「ああ、メロンパンだからな」
「メロン、パン?」
「メロンというのは南国で食べられている果実で、その世界では果実の王様などと呼ばれているのだそうだぞ」
それは初めて聞く言葉に対する反応なのか、それともメロンパンそのものが放つ香りへの反応なのか、訊ねるレニに、フレアが若干的外れな答えを返すと。
「なんなのですこれは?」
「だからメロンパンだと言っているじゃないか」
なにを馬鹿なことをとそんなフレアの返答に睨みを利かせるレニ。
しかし、レニはすぐにフレアに向けた視線をフイとメロンパンに戻し。
「そんなことはわかっております。ただこのパンは私の想像を超えていたといいますか、香りからしてして甘いのはわかっていたのですが、このパンはしっとりとしていて、かつサクッとしていて、どのようすれば、このようなパンが作れるというのです?」
レニも魔王パキートのお世話役として日頃からパンを焼いていた。
しかし、そんなレニをもってしても、どうやればこのようなパンが作れるのかが想像できなかったのだ。
だが、当たり前といえば当たり前なのだが、フレアがメロンパンの作り方など知っているハズもなく。
「それは俺にはわからないな」
正直かつ堂々とそう言い切るフレア。
そんなフレアの偉そうにも見える態度に、レニはやや湿り気を帯びた視線を向けつつも。
「これはまた手に入れられますか?」
最終的に求めたのはメロンパンそのものの入手方法。
「虎助の店に行けばな」
「フム、では、このパンの値段はどれくらいになりますか?」
「あーと、たしか銅貨二枚くらいだったか」
「銅貨二枚ですか……、
なんですってっ!!」
いったんは納得しながらも驚くレニ。
レニとしてはこのパンは、たとえば王族の食卓などに出てくるレベルのパンだと、それなりの値段をするものだと考えていたのだ。
しかし、フレアが口にしたその値段は、例えば駆け出しの冒険者でも半日も働けば稼げるお金で、
そんな値段でこのパンが?
レニは信じられないといった表情でフレアを見る。
一方、フレアからしてみると純然たる事実を述べただけで、
こうなると気になるのは件の人物がやっている万屋だ。
フレアからその万屋がどんな店なのかを聞き出そうと迫るレニ。
すると、それを見たティマが横槍を入れて、フレアを中心にちょっとした修羅場もどきが発生。
さて、こうなってしまったら自分はどうしたらいいものか。
傍らで行われる修羅場もどきにメルが腕を組んで考えていると、そこにバサリとグリフォンのキングが降下してきて、
「放っておけばいいと思うよ。ここ最近はよくあることだからね。それよりも、僕もナニカ食べたいんだけど大丈夫?」
「それなら大丈夫。店長もみんなにっていろいろ持たせてくれたから、君にあった食べ物もある」
「本当に?」
キングの問いかけにコクリと頷くメル。
そして、ドンと用意されたのは四角い結晶体。
どう見ても食べ物のようではないが……。
「これ、食べられるの?」
「このままじゃ食べられない。でも、魔力を流してやれば――」
言ってメルがその立方体に魔力を流した瞬間、結界が弾けて、中から飛び出したのは熱々のベーコン。
そして、そのベーコンが放つ香りは凶悪だった。
いますぐ自分にかぶりつけ。そう言わんばかりに周囲に広がる凶暴な香りにキングはよだれを垂らしつつも。
「えっと、このベーコンは?」
「ヴリトラのベーコン」
「いや、そういうことじゃなくって、いや、そういうことなんだけど。これって僕が食べてもいいものなの?」
「倒したから」
「倒したからって――、
ああそうか、君達、黒雲龍を倒してるんだったね。
でも、だからって、これはどうなのかな」
「いっぱいあるからって店長が」
ヴリトラは全長五十メートルを軽く超えたドラゴンだ。
そこから取れる肉は少なく見積もっても数百トン。
それは数百万人以上の腹を満たす量なのだ。
それを万屋だけで消費するのは難しく、結果的にことあるごとに知り合いに押し付けることになるのだ。
「いや、でも、ドラゴンの肉なんだよ」
ただ一方、ドラゴンの血肉というのは、滋養強壮に不老長寿、その他マジックアイテムの素材にと、使い道はさまざまあって、
だから、たとえ大量の肉があるとしても、普通ならこんなベーコンに加工して人に振る舞うものではないとキングはそんなことを言うのだが、
さて、どう説明したらいいものかと悩むメルの横、ティマとレニのやり取りから逃げてきたフレアが、
「君の言わんとすることはわからないでもないのだが、虎助がお土産として渡してくれているのだから遠慮なく食べても構わないだろう」
「そうなの?」
「うむ。
そもそもアレはもともと虎助達のものだからな。
遠慮せずに食べるといい」
「う、うん」
キングとしてはフレアが何を言っているのかイマイチ理解できない。
しかし、キングは短い付き合いながらもフレアに難しい話はできないと知っている。
だから、おそるおそるとヴリトラのベーコンにかぶりつき。
そして、一度その美味しさを味わってしまえば食べるのを止めることは難しい。
それが初めてのドラゴン肉だとしたらなおのことで、
結局、キングはただの獣に成り下がったかのようにがっつくだけになってしまい。
一方、レニは明らかに勘違いしているティマと軽い言い争いのようなことをしながらもメロンパンにご執心。
そして、そんな二人の傍らで、一人取り残された形になったリーヒルが言うのは、
「しかし、我はだけ何もないのは寂しいものよな」
リビングメイルであるリーヒルは食事の必要はない。
だから、自分にお土産のようなものはないのだろうと嘆くのだが、
その辺の配慮ができるのが今のこの状況を生み出した現況である間宮虎助という少年である。
いや、この場合はまた別の意味もあって、
「リーヒルのお土産もある」
「本当であるか」
「店長がくれた目録にリーヒルに渡すようにって書いてるものがあった」
そう言いながらもメルは、両肩から下げているマジックバッグの片方の、その目録を確認して、ニュルンとマジックバッグの小さな口から目録にあったそれを取り出してみせる。
それは二メートル以上はあるだろう銀の鎧だった。
そんな巨大な鎧を目にしたリーヒルはライトのような赤い瞳を一瞬大きくして、
しかし、すぐにその瞳を収縮、まるで目利きでもするようにその視線を自分の為に用意された銀の巨鎧に這わせるように動かして、
「鉄――、いや、この美しい銀色の輝き、見たことがない金属であるな」
「ステンレスとタングステンっていう魔法金属(?)で出来ているみたい」
「ステンレスとタングステンか、聞いたことのない金属であるな。高かったのではないか」
「よくわからない。実験で作ったものだからタダだって書いてある」
「実験?」
鎧そのものの性能が自分の強さに直結すると、目録にかかれた情報をそのまま読んで聞かせるメルにリーヒルが疑問を飛ばし、返ってきたその答えに再び疑問符を頭上に浮かべる。
すると、追加で寄越されたリーヒルからの疑問符にフレアがメルの横から魔法窓を覗き込むようにして、
「なにやら、その鎧に仕掛けがしてあるみたいだぞ。ここに書いてあることによると鎧そのものが変形するらしい」
「普通の鎧にしか見えないが――」
若干頬を染めるメルの隣、フレアが読み上げた情報にふたたび鎧を見るリーヒル。
「装備してみればわかると書いてあるな」
「ならばやってみようか」
そして、フレアが読み上げたメッセージに腰を上げようとするのだが、いざその鎧を装備しようにも、兜だけになってしまったリーヒルに自力でそれをなすことが出来るハズもなく。
結果、レニがその頭部を新たに用意された身体の上に乗せることになり。
「しかし、いいのですかリーヒル。なにか妙な仕掛けがあればアナタの身が――」
「ものは虎助たちが作ったものだ。おかしなことにはならないだろう」
レニの懸念に心配無用と話すフレア。
しかし、正直レニとしては、その適当な言い草に納得いかないところがあったのだが、監視カメラにメロンパン、そしてヴリトラのベーコンと、ここまでいろいろな恩恵を授かってきた自分たちにそれに文句を言う資格はないと、そして、リーヒル自信がそれを望むならと覚悟を決めたみたいだ。
レニはリーヒルの頭部をメルが出した巨大の鎧に設置。
すると、リーヒルの本体から合身した鎧へと魔力が流れて――循環、全身を駆け巡った上で再び兜に戻り。
「成程、そういうことか。
どういう仕組みになっているのかは分からないがこの鎧の使い方は理解したぞ」
その秘密は鎧の中央に嵌め込まれる宝石〈インベントリ〉。
合身によってリーヒルの一部となった〈インベントリ〉の知識がリーヒルのコアへと流れ込んだのだ。
「それでその変身というのは?」
問いかけるのはレニ。
リーヒルは自分の状態を確かめながらも、レニの問いかけに、その赤く光る玉のような瞳を虚空にさまよわせるようにして、
「どうやら決められた言葉を発することによって、それを可能とするようだ」
因みに、このキーワードはあくまで初期設定、〈インベントリ〉を使って呼び出せる魔法窓から、キーワードの変更は勿論、ハンドサインや特定の動作など、様々な条件で変身できるように設定のし直しができるようになっている。
「見せてもらってもかまいませんか」
「ああ、我も気になるからな。やってみよう」
レニの声にさっそくその変身を試すことにするリーヒル。
ただ、それは初めての変身ということもあり、もしかすると失敗もあるやもしれないと、レニ達には離れてもらって、
リーヒルが「〈スパイダーモード〉」と一言、静かに唱えた次の瞬間、リーヒルの全身から魔力光が溢れ、その身体がバラバラに。
しかし、それは壊れてしまったのではなく、一つ一つのパーツが魔力のラインによって繋がっていて、念動力のようなものか、リーヒルの体を構成するパーツが目まぐるしく空中でその位置を変えて再構成。
ガチャンガチャンとまるでパズルが組み合わさるように鋼鉄の部品が組み合わさっていき、わずか数秒足らずの時間で鋼鉄の蜘蛛がその姿を現す。
それを見た一同の感想は、
「か、かっこいいじゃない」
「鎧そのものが変形しているわけではないというのに不思議と違和感がないな」
「そうだね。もともとこういう体だって言われてもそんな気がする仕上がりだね」
「それで、その状態でなにが出来るのです?」
「うむ。この形態は高速移動と立体機動に長けた形態のようだな」
そして最後、レニからの問いかけに、リーヒルがそう答え、「成程――、では、その機動性とやらを見せてもらえますか」という追加の注文に、リーヒルは八本に増えた足をたくみに使って、遺跡前の空間を、まさにその言葉通り縦横無尽に駆け巡り。
「これは想像以上の動きだな」
「しかし、壁を走るなどという動きはどのようにして行っているのでしょう」
「気になる」
「よくわからぬが、この車輪のようになっている部分が壁や天井を吸着するようになっているようだ」
レニとメルからの質問にリーヒルが足の一本を上げて、その先にくっつく小さな車輪のようなパーツを見せる。
と、「成程――」レニとメルはその車輪を触ったり、魔法的な鑑定だろう。幾つかの魔法を発動させたところで次のリクエスト。
そして、リーヒルが〈ドリルモード〉〈キャッスルモード〉と一つ一つ試していって、最後に変身したのが〈ガルーダモード〉。
「これは大鷲でしょうか?」
「ここまでくると僕のお株が奪われそうなんだけど」
この世界においてはあまり見たことがないその形状に、レニが首を傾げる隣、不安そうにしているのは大空の覇者であるグリフォンのキングである。
しかし、リーヒルは言う。
「安心するといいキング。我がお主の領域を犯すことはないようであるぞ」
「どういうこと?」
危機感をおぼえるキングを安心させるように言ったリーヒルの言葉に思わずそう言ってしまったのはティまである。
そんなティマの頭上に浮かぶ疑問符にリーヒルが答えるのは、
「どうも、このままでは飛べないみたいなのである」
「え、じゃあなんの為にその変身があるのさ」
「さてな。それはこの鎧を作った者に聞いてくれ」
◆今回登場したポーリのスクナのステイタス※
シャルル(ポーリのスクナ・フライングシールド型)……〈天使の羽〉
◆変身ロボ・リーヒルの各種モード解説※
〈ソルジャーモード〉……基本となる鉄巨人形態。武器は自分でご用意ください。
〈スパイダーモード〉……高機動・立体機動に特化した多脚戦車(つまり○チコマ)。ワイヤーアンカー標準装備。
〈ドリルモード〉……掘削・逃亡に特化したドリル戦車。鎧に付与されている土の魔法式によって、どのような環境下の場所においても道・トンネル作りを可能としている。
〈キャッスルモード〉……トーチカの代わりに使える防衛形態。収容人数二人。魔導師が立てこもることによって魔導砲台として利用可能。
〈ガルーダモード〉……空中戦闘を目的とした飛鳥形態。今回リーヒルが飛べないと言ったのは単純に出力不足と揚力の原理を理解できていない為で、本来は魔導師などを背中に乗せることによって羽の中央に作られた魔導ジェット機関から魔力を噴射、保持魔力に応じた飛行を可能としている。魔王パキートなど、魔人が操ることを想定している為、燃費は悪いが速度は出せる。