●魔王追撃にまつわる騒動の顛末
◆今回は、前半が魔王城の探索に挑む冒険者たち、後半はルデロック王国王宮の様子と、二つの視点からなるお話となっております。(ページの中間付近に区切りとして◆マークが入れてあります)
場所は魔王城を望む平原に作られたテント村。
ここには主のいなくなった魔王城を探索するルベリオン王国の兵や冒険者の集団が集まっていた。
そんなテント村の一角にある出張酒場、そこでは、日も沈み、一仕事終えた冒険者達が酒を片手に今日の成果や新しく仕入れた情報、日頃の愚痴を語り合っていた。
「そういや、騎士や兵士の数が減ったなあ。ここもそろそろ潮時か」
小樽ジョッキを片手にわざとらしく周囲を見回し訊ねるのは、ベテランと呼ぶにはやや若いスキンヘッドの男。
そんな男の声に対して隣に座っていた猫獣人の男がドライソーセージのスライスを手に取りながら。
「なんだ、お前、聞いてないのか?」
「聞いてないって、何の話だ?」
「アントリアだよ」
「アントリア? ああ、魔王が街の近くに潜んでるって話か? でもよ。それがどうしたってんだよ」
魔王の居場所が知れたことは噂で聞いている。
しかし、それがどうしたのか。訊ねるスキンヘッドに猫獣人の男は口の中のものをエールと一緒に流し込み。
「そのアントリアで勇者フレアがやらかしたらしい」
「勇者フレア? ああ――、あの女をはべらせてイキってるガキだろ」
「うん? たしかにそりゃ間違っちゃいねーんだが――」
「お前なぁ、あんまアイツを舐めねぇ方がいいぞ。アイツは鬱陶しいのが玉にキズだが、実力だけは本物だからな」
フレアを揶揄するスキンヘッドに、猫獣人がちょっと難しそうな顔をしていると、その正面、スキンヘッドの仲間の一人が彼を諌めるような言葉を放ち、
そんな仲間の発言を補足するように同じテーブルを囲んでいた右目の上に古傷を抱える金髪の男が、
「それにアイツはあのヴリトラを倒したんだぜ。お前にどうこうできる相手じゃねぇよ」
「チッ、言ってくれるぜ。
でもよ。ヴリトラをぶっ殺したってアレ、本当なのか。
俺ァ、単に追い返しただけって聞いたぜ」
龍種といえば、それだけで一つの天災に数えられる地上最強の種族である。
それに立ち向かった人間にお前は勝てるのか。わざとらしく肩を竦める聞き返す金髪の男に、スキンヘッドの男はせめてもの反撃にと、ヴリトラを倒したという話そのものが誇張されたものではないのか、そう指摘をするのだが、
「追い返しただけでも普通にスゲーだろ。それにアイツはそのヴリトラの牙を持って帰って来てるんだぞ」
「そうだよな。お前があのドラゴンの牙を持ち帰ろうってしたら、食われちまうのがオチだしな」
ドラゴンの前に立ち、素材を確保した上で生きて帰れる。それだけで一つの偉業なのだ。
それに対してお前はどうだ。誂うように言葉を重ねる周囲にスキンヘッドの男は「うっせぇ――」と、手に持った小樽ジョッキをカウンターに叩きつけながらも、迂闊な反論から始まった居心地の悪さを誤魔化すように。
「で、そのイキったガキがなにをやりやがったんだよ」
「ああ、話の続きな。やっこさん、アントリアであのヒースとやりあったらしい」
「ヒース? おいおい、ヒースって言やあ、あのクソ鬱陶しい近衛兵長だよな。近衛兵長とやり合うなんざ、国に喧嘩を売るようなもんだろ」
猫獣人の男の話に周囲が一気に盛り上がる。
だが、それも仕方がないと言えるだろう。
何故なら近衛兵長というのは国王の盾、そんな人物を理由なく傷つけようものなら指名手配をしてくれと言っているようなものなのだから。
フレアが名の知られる冒険者であることをここにいる大半の人間が知っている。
しかし、そんな人間がまるで自分の功績を棒に振るような行動をするとは、どうしてそんな暴挙に出たのか、続けて猫獣人の男に訊ねるが、
「俺も人づてに話を聞いただけだから詳しくは知らないっての。
でも、現場にいた兵士に話を聞いたってヤツによると、フレアの野郎、どうも魔王城にいたっていう吸血姫と一緒に戦ってたらしいから、姫様となんか関係があんじゃって話だぜ」
「勇者を自称するヤツが魔王と手を組むですか。
その手の人が聞いたら発狂しそうな話ですね」
ふっと苦笑するようにそんなことを言うのは隣のテーブルで静かに話を聞いていたローブの青年だ。
勇者と魔王が手を組んで戦う。そんな話を聞いて、彼はいま王都周辺で話題の歌劇を思い出したのだ。
「しかし、フレアの野郎、お姫様狙いって宣言してたからな。お姫様本人に頼まれたら嫌とはいえんだろ」
ローブの青年の声を受けてか、そういうのはスキンヘッドの男の仲間。
だが、そう言った彼もまた――、
「お前も人のことは言えねぇだろ」
「待て待て、俺はフレアほど馬鹿じゃねぇって、単にきれいな嫁さんが手に入って、ついでに次の王様になれっかもって聞いたからよ。そんならちょっくらやってやろうって思っただけだっての」
どこからか飛んできた誂うようにな言葉に慌てて否定の言葉を返す。
そして、そんなあからさまな言い訳に、周囲は「ハイハイ」と生温かい視線を送り。
一方でローブを着た青年がポツリ言うのは、
「でも、あれって眉唾ものの話だって聞いたことがありますよ」
すると、そんな青年からの情報に「マジかよ」と幾つかのテーブルから驚くような声が上がる。
ただ、そんな冒険者は少数派で、
「いや、お前等よぉ。ちょっと考えてみりゃすぐわかんだろ。どこの王様が冒険者なんていう根無し草に姫をくれてやるんだよ。
最悪、魔王を討ち取ったとしても、英雄として祭り上げた後で、油断したところをバッサリっていうのがオチなんじゃねぇのか。
こういうのは適当に報酬をもらって手柄を譲ってやるのが一番なんだよ」
そんな夢の無いベテランらしき金髪の男の言葉に、一部の若手冒険者から「うへぇ」という声が上がり。
「そもそもフレアが持ち帰った龍の牙を鍛えた剣を近衛兵長に渡した時点でお察しだろ」
ドラゴンの素材で作った武器を国内最上級の兵士に与える。それはつまりそれを私が王が近衛兵長じきじきに魔王を倒してもらいたいといっているようなものである。
まあ、そこには貴族内での勢力図、裏での根回しなどがあったりもするのだが、ここにいる冒険者がそんなお上の事情を慮れるものではなく。
だからこそ、彼等は「違ぇねぇ」と単純な構図を信じ、それを笑い飛ばしながらも、それぞれに新しい冒険に思いを馳せるのだ。
◆
さて、場所を移して、ここはルベリオン王国の首都オリオンにある王宮。
その日、どこぞの酒場で話題になっていた中の一人、近衛兵長ヒース=ハイパの父であるハイパ公爵がルベリオン王国国王リベロマイオス五世に謁見していた。
謁見の目的は、自身の息子であり、この国の近衛兵長であるヒースが冒険者フレアに打ち倒されたことへの抗議である。
「王、これは明らかなる反逆ですぞ。追撃の許可を――」
「ならん」
「なぜ止めるのです。彼奴はこの国の宝剣を奪い、魔王に味方をしたのですぞ。王は姫を見捨てるというのですか」
自分の息子の失態を挽回する為だろう。しつこく食い下がるハイパ公爵。
一方で、それを却下した王は王でこの件に関しては忸怩たるものがあった。
なにしろ、ヴリトラを倒し、この国で、いや周辺国で英雄と語られるようになった冒険者が、国を裏切るかの如く、自国領内で活動していた魔王側につくような行動に出たのだ。
それだけならまだしも、今回の件で、各家々が、王であるリベロマイオス五世の判斷を無視するように、独自の判断で姫を連れ戻そうと暗躍していたことがほぼ公になってしまったのだ。
むしろこれこそが反逆なのではないのか。
王としては完全に面子を潰された格好になり、各貴族としてはそれも、姫さえ無事に取り戻せばお咎めは無いだろうと思っていたのだが、果たして事実がここまで明らかとなった今、王がそれを許すのか。
そして、王の得た不確定な情報によると、その問題の姫なのだが、実はその体に魔王の子供を身ごもっているという。
魔王の子供を孕んだ王女、そんな姫がもしこのタイミングで戻ってきてしまったらどうなるのか――、
生むにしろ、堕胎させるにしろ、彼女の存在は争いの火種にしかならない。
しかし、ハイパ公爵はそんな姫の事情など知らず――、いや、知っていて、あえて火種をよびこもうとしているのかもしれないと、王がそんな不信を向けていると、それを知ってか知らずか、ハイパ公爵の勢いは止まらない。
「王よ。彼奴をこのままにしておけば、辺境伯が黙っていないでしょう。再考を――」
と、本日、何度目かになる押し問答が繰り返されようとしていたそこに駆け込んでくる一人の兵士。
その慌てようからしてなにか重大な案件を持ってきているのだろうことが予想できるが、それでも自分の言葉が遮られるのは我慢ならない。
不躾にも自分と王との対面を遮るように駆け込んできた兵士に「貴様、王の御前であるぞ」と叫ぶハイパ公爵だったが、兵士はまるでそれが聞こえなかったとでもいうような慌てようで報告を入れる。
「王よ。アギラステアが――、アギラステアが戻ってまいりました」
『はっ!?』
その情報が伝えられた瞬間、謁見の間に呆然とした空気が蔓延する。
そう、アギラステアといえば、今まさにこの謁見の間で行われている嘆願の中心にある武器だった。
そこにその宝剣が戻ってきたという報告を受けたのだから、そんな反応になってしまうのも当然だろう。
しかし、こうやってわざわざ謁見の途中に報告されたということは、それはまぎれもなく本当のことで、
「では、勇者が出頭してきたと?」
駆け込んできた兵士に訊ねるのは王の隣に立つ宰相だ。
「いえ、ただアギラステアだけが戻ってきただけございます」
「どういうことだ!?」
「それが、先程、庭師が城の中庭に突き立てられているアギラステアを見つけたのです」
「お主はなに言っておるのだ!?」
せっかく手に入れたアギラステアを、わざわざ警備が厳重な城内にまで返しに来るなんて正気の沙汰とは思えない。
兵士と話していた宰相を始めとして周囲がそんな疑問にとらわれる中、逸早く声を発したのはハイパ公爵だった。
「そうか、偽物――、勇者フレアは偽物をここへ寄越したのだな」
ハイパ公爵としては息子の失態を誤魔化すためにどうしてもフレアが反逆の徒である必要があるようだ。
必死ともいえるハイパ公爵の言葉に王が反応する。
王も冒険者フレアのことはよく知っている。
それもそのハズ、アギラステアの素材となったヴリトラの牙をもたらしたのが彼であり、民衆の為に勇敢にもヴリトラに立ち向かったのが彼なのだ。
だが、そんな彼でも龍の牙で作り上げた剣を手に入れたら、もしやもすると。
民衆の為に龍種と戦う、そんな冒険者の性格を考えると決してありえないことなのだが――、
「アギラステアをここに――」
王の指示により、謁見の間に運び込まれるアギラステア。
しかし、運び込まれてきたその剣が放つ覇気のようなものに、王の間の警護に当たっていた近衛兵達が息を呑む。
それは紛れもなく国宝アギラステアであった。
だが、それでも疑念があるのなら確かめておかねばなるまい。
「リブラをここに――」
続く勅命で連れてこられたのは、杖に白い頭髪、そしてメガネが特徴の老齢の魔導師。
彼はこのルベリオン王国の宮廷魔導師の取り仕切る魔導の長。
彼が国宝と指定される魔導器を使用しての鑑定する。これにより鑑定結果は確実なものとなるだろう。
そして、行われた鑑定の結果――、
「これは紛れもなくアギラステアですじゃ。龍の牙を使って作られたグレートソード。そう鑑定に出ておりますのじゃ」
「ば、馬鹿な。貴様、きちんと見たのか!?」
リブラの出した鑑定結果が納得いかずに怒鳴り散らすハイパ公爵。
そして、不躾にも、ハイパ公爵は自分で確認すると勝手なことを言い出し、アギラステアに魔力を流すと、そこから溢れ出した光を見て、
「見よ、これは偽物ではないか。
本物のアギラステアならヴリトラが放つ黒雲が溢れ出すハズだ。
王よ、見ましたか、このアギラステアは偽物ですぞ」
まくし立てるようなハイパ公爵に「ううむ」と唸る王。
ハイパ公爵が言う通り、アギラステアは本来このような力を持っていなかった。
しかし、そこに挟み込まれる兵士の言葉が場の空気を一転させる。
「それに関してなのですが、アギラステアと一緒にこんなものが届けられているのですが――」
兵士によって差し出されたのは、ぞれぞれに番号が振られた幾つかの水晶。
これは、この世界においてメモリーダストと呼ばれる、映像を記録しそれを映し出すマジックアイテム。
いつかと似たようなこの整えられた状況に、王はすぐ様メモリーダストの安全をリブラに確認させ、その上で発動を指示する。
するとそこに記録されていたのは、勇者フレアと近衛の長であるヒースとの戦いとその顛末。
取り憑かれたようにロゼッタ姫を追いかけるヒース、そんなヒースの前に立ち塞がったフレアとその仲間達との戦い、その全てが小さな水晶に記録されていたのだ。
そして、最後に映し出された映像には、アギラステアが放つ黒雲に完全に取り込まれ、魔獣のように変わってしまったヒースと、戦いの後で彼とアギラステアを浄化する聖女ポーリの姿が記録されており、
その浄化によってアギラステアが生まれ変わったが、その影響を受けたアギラステアがまたロゼッタ姫を狙っているかもしれない。だから、責任を持ってロゼッタ姫を安全な場所へ連れ去るというフレアのメッセージが込められていた。
「まさかあのようなことになっているとは――、
ハイパ、貴様はこの事実を知っていたのか?」
「い、いえ、こんな、こんなことになっているとは知りませぬ」
事実、公爵にはヒースが負けたことだけが伝えられ、このようなことになっていたという詳細は知らされていなかった。
公爵の反応から、王はもまたそのように理解したようだ。「フム」と一言頷いて、
「ともあれ、この映像が事実なら、ヒースには事情を聞かねばなるまい。
ハイパ公爵、彼奴が戻ってきた時は、すぐに騎士団に出頭するように伝えるのだ」
ここまで証拠が揃ってしまっては仕様がない。ハイパ公爵は既に息子を庇うことを諦めて、「ハッ」と一言、逃げるように王宮を後にする。
その後、王都に戻ってきたヒースの証言、そして、メモリーダストの分析によって、騒動の原因はアギラステアにあると断定されることになるのだが、それ以前に、王族を守るべきヒースがロゼッタを害す存在になってしまうとはどういうことだと、この映像を見たハイパ家と対立する家々から非難の声が上がり、その結果、ヒースは近衛兵長の任を解かれ、謹慎を言い渡されることになり。それと並行して、例の映像を確認した家々が、ロゼッタ姫につく魔人とフレアの共闘を認識、ロゼッタ姫の奪還から手を引くことになるのだが、それはもう少し先の話。
◆次回は水曜日に投稿予定です。