とあるメイドの武器事情
対峙する二人のメイドさん。
空中に浮かぶカウントダウン。
ゼロとなると同時に剣撃が荒れ狂う。
いったい、どうしてこのアヴァロン=エラでメイドさん同士が戦っているのかといえば、鎧の製作に合わせてスノーリズさん達の武器も作ったからに他ならない。
そう、この戦いは新しく作った武器の性能実験のようなものである。
因みに、いま僕の目の前で戦っているのはスノーリズさんとルクスちゃんだ。
どうしてスノーリズさんの相手をルクスちゃんがしているのかというと、それは二人が同じような武器を使うからである。
しかし、使い方はそれぞれ違うもので――、
「うう~、やっぱ強すぎだよリズ様。降参~」
「いえ、ルクスこそ、その年でそこまで扱えればじゅうぶん立派ですよ」
手と足を放り出し、乙女にあるまじき格好で倒れるルクスちゃんに手を差し伸べるスノーリズさん。
僕はそんな二人の様子に微笑ましい目線を向けながらも、腰のマジックバッグから見慣れた茶色い小瓶を取り出して、二人に差し出す。
「お疲れ様です。飲んでください」
「これは?」
「体力回復の魔法薬ですね」
「お代は――」
「気にしないでください。もともと銅貨数枚のものですから」
遠慮をするスノーリズさんに、このまま押し問答をしたところで終わりが見えなくなろうだろうと、僕はマリィさんから得られる利益からしたら、この魔法薬なんて取るに足らない値段だと無理やり押し付ける。
実際にこれはお得用の栄養ドリンクに魔素を付与しただけのものであって、大した出費ではないのだ。
「しかし、スノーリズさんの戦い方は面白いですね」
「そうでしょうか」
「そうだよ。わたし、ナイフをあんな風に使う人、初めて見たよ」
因みに、僕とルクスちゃんが指摘するスノーリズさんの面白いナイフの使い方というのは、小さなナイフをそれぞれの指の間に挟み込むようにして使う方法だ。
まあ、なくはない戦い方ではあるが、それならば鉤爪なんかを使えばいいかと思う人もいるだろう。
しかし、スノーリズさんはその状態からナイフスローも組み合わせて使っているので、その持ち方がベストなのだという。
「母さんが見たらウズウズしそうな戦い方ですね」
「虎助様のお母様ですか?」
なぜここで母親の話が出てくるのか、不思議そうな顔をするスノーリズさん。
そんなスノーリズさんの反応にルクスちゃんが「にひひ」と可愛らしい声を漏らして、
「イズナ様は凄いんだよ。メイド長が手も足も出ないんだから」
「トワがですか!?」
手を大きく広げて母さんの凄さを伝えるルクスちゃんの話に驚くスノーリズさん。
それだけトワさんの実力を買っているんだろうけど……、
「ウチの母さんは特別ですから」
僕がそう言うけど、実際に母さんを見ていないスノーリズさんはまだ信じられないようで、
だったらと僕が例に出したのは――、
「そうですね。たぶん母さんならマリィさんと戦っても完勝出来ると思いますよ」
「それは、勝負の形式にもよるのはありませんか」
「そうですね。 だったら、こう言い換えたらどうでしょう。
母さんならお互いに一キロ離れた状態から勝負を始めてもマリィさんに完勝できると」
と、ここまで言えばさすがのスノーリズさんも理解してくれたらしい。
そう、魔法使いにとって彼我の距離というのはそれだけ重要なことだ。
それが【ウルドガルダの五指】などと呼ばれるような魔法使いなら尚の事で、
そんなマリィさんに、一キロ以上の距離を開けて勝てるだろうと僕に言わしめる母さんは、スノーリズさんからしてみたらまさに化物のように感じられたのではないか。
「虎助様のお母様は武神かなにかなのでしょうか?」
「えと、僕も人ながらにして神獣なんて人も知っていますが、少なくとも母さんはただの人だと思いますよ」
「そうですか、一度お手合わせしてみたいですね」
たぶん、ギルガメッシュと戦っても勝てるだろうな。
そんな僕の言葉に静かな闘気をみなぎらせるスノーリズさん。
あれだけ驚くべき話を聞いておいて、それでも戦いたいって言うなんて、スノーリズさんもやっぱりバトル脳の持ち主なんだな。
僕は心の中で苦笑しながらも「今度、伝えておきますよ」とスノーリズさんにそう返し。
「それで新しい装備の使い心地はどうでしょうか」
「素晴らしいの一言ですね。
しかし、ものがミスリルのものとなると投げナイフとしては少々使いづらいかもしれません」
そう言って、スノーリズさんは、軽く手を返すだけの小さな動きで、どこからか一本の小さなナイフを取り出すと、その刃に細くしなやかな指を這わせる。
「それでも素材のランクを落としているんですけどね」
本当なら、マリィさんやユリス様の安全を守るメイドの皆さんには、オリハルコンやムーングロウ製の武器を使おうと考えていたのだが、スノーリズさんの場合、投げナイフとしても使うということで、比較的安価かつ目立たない色をしたミスリルを選んでみたのだ。
しかし、それも消耗品として使うには少々価値が高いものみたいで、
「でしたら、投擲専用に魔鉄鋼製のナイフでも作りましょうか」
「難しいところですね。私の場合、戦いながら必要に応じてその使い道を切り替えますから、使うナイフは均一のものにしておきたいのです」
ですよね。
わざわざ投げる時だけ専用のナイフに切り替えていたら、相手に何をやるのか知らせるようなものだ。
しかし、そうなると残る選択肢はミスリルで統一するって結論になるんだろうけど――、
いや、芯材を魔鉄鋼にしてミスリルメッキを施すって方法もなくはないのか。
でも、わざわざそうするなら、手間を考えて、ミスリルのナイフを作った方が面倒がないともいえるだろうし。
「それならいっその事、ここぞという時にはナイフを使い、その他は千本を使うというのはどうでしょう」
「千本? 千本というのはどういった武器なのでしょう?」
これなら材料費もあまりかからないからという僕の提案に頭上に疑問符を浮かべるスノーリズさん。
と、そんなスノーリズさんの疑問に対し、僕が「これですね」と取り出したのは、長さにして二十センチほどの細い黒針。
これは、もともとは針治療の時に使う針を武器化したものだというが、武器化したことにより、耐久性が必要となり、今は、針治療に使われる針というよりも、どちらかといえば千枚通しに近いものとなっている。
「針ですか、本当に投擲専用の武器といった感じでしょうか」
「いえ、用途としては暗器に近いものですかね。僕が暮らす世界ではかつてのことになってしまうんですけど。持ち歩いていても不自然ではなく、引っ掻いてよし、投げてよしと使える武器という感じでしょうか」
「成程――、しかし、これをナイフのように使うのは難しいのでは」
うん。説明でも言った通り、本来この千本という武器は、投擲と刺突、そしてひっかきに使う武器である。しかし、僕の使う千本はちょっと特殊なもので、その針の中央部分に極小の魔法式が刻まれており、魔力を流すことで、その針の先端部分に小さな魔刃を生み出せる仕組みが付与されているのだ。
だから一応ナイフとしても機能しますよと伝えたところ。
「そうですか、しかし、実際に使ってみないと判断が付きませんね。わかりました。取り敢えずディストピアに入って確かめてきます」
「わたしも行く」
嬉々として実践訓練に赴こうとするスノーリズさんとルクスちゃん。
僕はそんな二人のために、まさに千本の千本を用意して、『さて、他の人はどうなっているかな』と、トワさんにウルさん、そしてアシュレイさんとシェスタさんが訓練しているだろう荒野に足を向けるのだった。
◆ちなみに、現在の戦闘メイドさんたちの武器は以下の通り。
トワ……聖槍メルビレイ(精霊を宿したムーングロウ製のインテリジェンスランス)。
ウル……ムーングロウ製の直刀(普段は仕込み杖のようにして箒に偽装)。
ルクス……チタン合金製のアウトドアナイフx2 にドラゴンの血液を錬金融合させたもの。
スノーリズ……ミスリルナイフ(ペーパーナイフサイズ)x99と黒針x99。
アシュレイ……アダマンタイト製のロッド(普段はヘッドをつけてモップに偽装)。
シェスタ……ムーングロウ製の指輪x8(魔法発動体+片手四本の指に装備して魔導式のナックルダスターとして使用)。