スノーリズの鎧品評会
「これがユリス様とマリィ様が作った鎧ですか?」
場所は工房エリアにある東屋の下、
二人のメイドを引き連れてそうため息を漏らすのはスノーリズさんだ。
彼女の目の前に並ぶのは三つの鎧。
一つは、白い魚鱗を重ね合わせた純白のスケイルメイル。
一つは、ミスリル系合金を基礎として要所要所にオリハルコンの装飾を配したドレスメイル。
一つは、蛇革のスーツに黄金のプロテクターを各所に配した派手な鎧。
そんな三つの鎧を改めて確認、スノーリズさんが訊ねてくるのは、
「しかし、完成品が三つというのはどういうことでしょう?」
これはもともとスノーリズさんが転移の魔鏡の転移先にある場所を調査する目的で作る鎧だ。
そんな鎧がなぜ三種類のあるのかという、その理由は――、
「後ろの二人の鎧ですの」
転移の魔鏡から移動できる世界の調査に加わるのはスノーリズさんだけではない。
彼女の他にもユリス様付きのメイドの中から戦闘に長けた者が探索に加わり、安全を確認しつつも交代でそれぞれの世界を少しづつ調査をしていこうという計画だそうだ。
故に新しく作る装備はスノーリズさんのものだけではなく、まずは戦闘に長けた三人のメイドの装備を整えようと、マリィさんとユリス様、そして僕がそれぞれ新しい鎧のデザインをしたのだ。
因みに、スノーリズさんをの後ろに控える二人のメイドさんは、アシュレイさんとシェスタさんといって、左右対称な髪型以外は目立った差異のない双子のメイドさんである。
「では、それぞれどの鎧がいいのか、選んでもらいましょうか」
「あの、どちらの鎧をどなたがお作りになったものなのか、教えてもらえないのでしょうか」
うきうきと期待の乗ったユリス様の声に、スノーリズさんが控えめながらも『説明が足りないのでは?』と意見を挟む。
しかし、誰がどの鎧の製作者か、教えないことには意味があって――、
「選んでもらうといいましたが、どれが誰の作った鎧なのか教えてしまったら、スノーリズはお母様が設計した鎧を選ぶでしょう。それでは勝負の意味がありませんの」
そうなのだ。以前、スノーリズさんの装備を作ろうとマリィさんとユリス様が軽く一触即発になった時、僕がスノーリズさんに言った『考えがあります』というのはまさしくこれのことだった。
誰が作ったか分かっていない状態なら、人間関係からスノーリズさんが余計なことを考えなくても済むのではないか――、
ということで、三人には自分が装備したいと思う鎧を選んでもらうことになったのだが、
「信じていますよ。スノーリズ、アシュレイ、シェスタ」
うん。これはこれでプレッシャーが半端なかったね。
『これは失敗したかなあ』と僕が思うその一方、そんな外野からの圧力が影響しているのだろう。アシュレイさんとシェスタさんが、それぞれに右と左、長めに伸ばした前髪を揺らし、胸の前でギュッと手を握ると、なにか決意を秘めたような真剣な顔を浮かべ。
「ここはスノーリズ様から選んでもらいましょう」
「そうですね、そうですね。ここはスノーリズ様から選んでもらいましょう」
双子らしく息の合った声掛けでスノーリズさんに先を譲るのだが、実はこれに関してはきちんと対策が施してあって、
「あ、アナタ達――」
「安心なさい貴女たち、誰がどの鎧を選んだか、それによって迷わないような対策は既に施されておりますの」
逃げましたね――と、そんな恨み言が聞こえてきそうなスノーリズさんの声を遮るようにマリィさんが説明をしてくれる。
すると、その瞬間、二人の薄い唇から「えっ!?」と情けない声がこぼれ、スノーリズさんが『ほら見たことか』とばかりに薄っすらと口元に笑みを浮かべたところで、
「では早速、虎助、お願いしますの」
マリィさんからの号令が出され、僕が三つの鎧のそれぞれの名前と、その概要が書かれた魔法窓を三人の目の前に展開する。
すると、その魔法窓をじっと見ていた双子の右側、アシュレイさんがそっと手を上げて、
「相談をしてもよろしいでしょうか」
「駄目ですの」
アシュレイさんからのお願いをキッパリと却下するマリィさん。
そして、アシュレイさんが絶句している間に有無を言わさぬシンキングタイム――からの投票。
「では、それぞれ好みの鎧に投票をお願いしますの」
マリィさんの掛け声で自分が装備したい鎧を選んでもらって結果発表へ。
「それで、どうなりましたの?」
「はい。投票は二人と一人に割れまして、綺麗に一・二・三位となりましたね」
「ふふふ、それは重畳ですの」
「ええ、楽しみですわね」
穏やかにいいながらも火花が散らすマリィさんとユリス様。
基本、負けず嫌いな性格のお二人だ。自分が負けるなんてことはさっぱり考えていないのだろう。
そんな微笑ましいお二人を横目にまずは蛇足である僕の順位を発表となるのだが、
正直、僕が勝負に参加したのは、どの鎧を選んだかによってスノーリズさんに発生するかもしれない精神的なプレッシャーを和らげることにある。
だから当然。
「残念ながら三位は僕でした」
因みに、僕がデザインした鎧は、蛇竜の蛇革を使ったライダースーツのような鎧だ。
どこかの聖闘士が装備しているようなそのデザインは、ファンタジーな世界に暮らすスノーリズさん達からしても避けたいデザインだったのだろう。
ということで、マリィさんとユリス様が共に屈辱の最下位が避けられたところで、残る順位の発表に移ろうと思ったのだが、
「私としてはなかなかいい鎧だと思いましたのに――」
「そうですね。似合う似合わないはあると思うのですが、少なくとも女性らしい体つきをした三人なら似合いそうな鎧でしたわね」
おや、逆を狙って作った僕の鎧が意外にもマリィさんとユリス様のお眼鏡にかなったみたいだ。
ユリス様の鎧の完成もまだだから、これはユリス様の鎧を作る際に一応参考にした方がいいのかな。
僕は悪くない二人の反応にそんなことを思いながらも。
「さて、残るは一位と二位ですが、ここはやっぱり一位の発表ですよね」
「ですわね。当然それは私なのですが」
「ええ、焦らす必要はありません。マリィちゃんに現実というものを見せてあげるのです」
ということで栄光の第一位の発表となる。
エレイン君の手によりドラムロールがダララララ――と鳴らされて、東屋の天井に配置された光魔法がその音に反応して光を乱舞。
じゃん。
音が止まると同時に天井から落とされた一筋の光が照らし出したのは黒を基調としたドレスメイル。
「ということで、二票を集めたのはユリス様が設計した黒百合でした」
その宣言を聞いた途端、あからさまにホッとするスノーリズさん。
その一方で、このお方は納得がいかないようだ。マリィさんはドラマティックとそう表現していいくらいに、その金色のドリルを振り乱し振り返ると、スノーリズさんに縋り付くようにして、
「どうしてですのリズ。私の鎧のなにがいけませんでしたの。貴女ならぜったい白を選ぶと思いましたのに」
「いえ、マリィ様がお作りになった鎧も素敵でしたよ。
しかし、強いて言うのならデザインでしょうか。
私はメイドですので、あまり派手なものは――、
あと、黒百合ですか? この鎧は、以前、お城で働いていた頃、ユリス様から賜った服とよく似ていたもので」
詰め寄るマリィさんに少し困りながらも素直に答えるスノーリズさん。
すると、今度はその矛先がユリス様に向けられて、
「なっ、お母様、卑怯ですの」
「あら、マリィちゃん。使う人間の好みに合わせるのは贈り物を送る時などの基本よ」
確かに、ユリス様の言い分はその通りなんだけど、根本的には付き合いの差が如実に現れたってところかな。
「アシュレイさんも知っていたんですか?」
「私は勘ですね」
一方、ユリス様制作の黒百合を選んだアシュレイさんは、潔いというかなんというか、自分の直感で選んだみたいだ。
「しかし、そうなると、僕の鎧はアシュレイさんに装備してもらうとこになってしまうますか」
「えっ、あの、それはどういうことなのです?」
すべての結果が出揃い、スノーリズさんがマリィさんを慰めるようにするのを前にして、ポツリ。僕が零した言葉にアシュレイさんが反応する。
「実は今回、その人が選んだ装備がそのまま自分の装備になるんですけど――」
「はい。それは聞きましたけど、それなら私もリズ様と同じでユリス様の黒百合がいただけるのでは?」
「いえ、作ったのはこの三つですから、あの鎧がスノーリズさんに送られるとなると、アシュレイさんに渡されるのは必然的に残った僕の鎧になると」
そう、今回はあくまでスノーリズさんに着せたい鎧を作る企画。
スノーリズさんが選んだ鎧はスノーリズさんの鎧となり、残った鎧がアシュレイさんに回されるのだ。
「リズ様が虎助様の鎧を着るということは――」
「ユリス様が私の為に作ってくださった鎧ですから、私が装備するのは当然でしょう」
これぞまさに営業スマイル。笑っているのにまったく笑っていない、そんな笑顔を見せられてはアシュレイさんとて否が応にも理解せざるを得ない。
とはいえ、僕の作った派手な鎧を装備するのには抵抗があるのだろう。
「シェスタ――」
慌ててシェスタさんに頼ろうとするアシュレイさん。
しかし、シェスタさんも僕が作った鎧はあまり好みではないみたいだ。
「私はマリィ様の鎧を選びましたから――」
「そんな――、私がアレを――」
「アシュレイ。虎助様がわざわざこしらえてくださった鎧ですよ。失礼な言い方は止めなさい」
うん。スノーリズさんの言い分はまっとうなのかもしれないけれど……、
僕もあえてああいうデザインにしたということもあるから、アシュレイさんの反応もわからなくはない。
だから――、
「そうですね。せめて色を変えるとかくらいならできるかと――」
僕がそう言うと「えっ」と素っ頓狂な声を上げて、しかしすぐに「いいのですか」と期待するようにキラキラとした目で見てくるアシュレイさん。
「ええ、さすがに気に入らないものをお客様に押し付けるのは気がけますので」
ここまで言えばアシュレイさんも安心できたのだろう。
「ありがとうございます。ありがとうございます」
ここまで本気で感謝されると、本当にこのキンキラキンの鎧を着るのは嫌だったんだなあ。僕は心の底から喜んでいるアシュレイさんに苦笑いを浮かべながらも、やっぱり落ち着いた色にすべきだったんだよね。と、鎧の新たなカラーリングに思いを馳せるのだった。
◆三人が作った鎧
〈霜鱗の鎧〉……マリィ作、ボルカラッカ亜種の鱗を使った耐寒・防水性能が高いスケイルメイル。
スノーリズのバトルスタイルに合わせて軽く作られているが、内側に世界樹の樹脂で作ったスポンジが仕込まれており、衝撃に対しても強くなっている。
自在盾や速力強化などの魔法が付与されており、更にボルカラッカ亜種が持っていた特性から、魔力を込めることで鎧に霜を作ることが出来、それにより防御力を高めたり、相手をホールドすることによって霜で覆うことが出来る〈霜柱抱擁〉が使用可能となっている。
〈麗装・黒百合〉……ユリス作、ミスリル系合金をメインにしたドレスメイル。
その名前の通り、要所要所にオリハルコンの装飾がなされ、黒百合を意識したデザインとなっている。ドレスのような鎧、ブラットデアのシステムを転用し、ニーハイブーツのようなレギンスと、全て魔法金属で作ることにより、パワーアシスト機能を使うことが可能となっている。
ソニアのお遊びで黒百合を模した装飾をファンネルのように魔力で操れるようになっている。
アラクネの糸を使用したインナー付き。
〈血蛇鎧アスクレピオス〉……虎助作、蛇竜の蛇革で作ったライダースーツにオリハルコンメッキを施したジュラルミン製(魔法金属化済み)のプロテクターを配置した非常に軽い鎧。
裏地にアラクネ布を使い、その間に世界樹の樹脂から作ったアラミド繊維を挟み込むことによって、軽く作られているものの防御力が高く、高い耐熱性を備えた防具に仕上がった。
世界樹の素材をふんだんに使った為か、装備者に常時疲労回復効果が付与され、プロテクターには風の魔法式が刻まれており、飛び道具などを防ぐ風のバリア、風の補助により移動速度を挙げられる。
※後に、アシュレイの要望により、オリハルコンメッキの上にミスリル+アダマンタイトの粉末を使った塗料による塗装が施され、おちついた暗赤色の鎧に生まれ変わった。
◆次回は水曜日の予定です。




