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精霊の卵

 精霊喰いとの戦いから明けて翌朝、

 軽く仮眠を取った僕が、春休みに入って暇なのか――、朝も早くから遊びに来た元春と一緒に出勤すると、そこには既にマリィさんと魔王様の姿があって、


「昨晩なにやら面白そうな敵が現れたそうですね。どうして私を呼んでくださらなかったんですの」


「いや、真夜中のことでしたし、さすがに連絡は出来ませんよ」


 店に入るなり絡んでくるマリィさん。

 マリィさんの世界への連絡網はすでに確立しているが、時間が時間だけに――、というか、そもそもお客様であるマリィさんを危険な戦闘に駆り出すなんて、本来ならあってはならないことなのだ。

 まあ、そんな建前など今更の話ではあるかもしれないが……。


 でも、昨夜のことは特に連絡とかは取っていないハズなんだけど――、

 マリィさんはいったいどこから聞きつけたんだろう?


 僕が顔をズイと近づけてくるマリィさんに、そんなことを考えながらも苦笑いを浮かべて、どうにかマリィさんに落ち着いてもらおうとしていると、その横を通り過ぎた元春がマリィさんに詰め寄られている僕に恨めしそうな視線を向けながらも、さすがに変わってくれとは言えなかったみたいだ。


「でもよ。そんな大物――でいいのか? つえー魔獣を倒したってんなら、また肉とかいっぱい手に入ったん?」


 代わりにとばかりにしてきた質問に、僕はナイスフォローとマリィさんの両腕からするりと抜け出し、カウンターの向こうへ素早く逃げ込むと、奥の土間に置いてあった戦利品を持ち出してきたそれは、特注の小さな浮遊板(フローティングボード)二つに挟み込まれるように浮かされて、地面から約30センチくらい空中に浮かぶ巨大な黒いクリスタルだった。


「今回は霊体みたいな相手だったから、これだけだね」


  そう、これは精霊喰いの核になっていたクリスタル。

 二人は、小柄な女性くらいならすっぽりと入ってしまいそうな巨大クリスタルに「おお」と唸るような声をあげながら。


「なにか波動のようなものを感じますが、魔石ではありませんのよね」


「つか、ジョブチェンジとか、そういうんができそうなクリスタルだな」


 うん。パッと見、そう言いたくなるようなクリスタルだよね。

 マリィさんの声に続く元春の感想に『わかるわかる』と心の中で頷き、その一方で、魔王様はこれがどういうものなのか知っていたみたいだ。ゲームを一時中断、元春がベタベタと触るクリスタルの前までやって来て、


「……精霊の卵?」


「魔王様、正解です。このクリスタルは、精霊石またの名を精霊の卵という魔素結晶だそうですよ」


 そう、この巨大クリスタルは精霊喰いの核にして上位精霊を育む卵なのだという。

 因みに、本来なら、地脈や龍脈などといった魔素が、循環する通り道に生成されるとされるそれが、どうして精霊喰いの核となっていたのかというと。

 そもそも、この精霊の卵を核としていた精霊喰いそのものが、自然発生的なものなのか、それともなんらかの作為あってのことなのか、強力な精霊を生み出す為のシステムとして存在しているのではないかというのが、この精霊喰いの核――もとい、精霊の卵を調べたソニアが立てた予想である。


「しかし、精霊の卵ということは、この中から精霊が産まれるということですの?」


「はい。周囲の魔素を吸って、何十年か、何百年かすると精霊が生まれるそうですよ」


「それは、なんといいますか、お伽話の世界ですわね」


 おそらく、この卵が孵るのを見られるのは魔王様やホリルさんといった長命種だけだろう。

 まあ、地球に住む魔女さん達がそうであるように、魔力を高めていけば、ふつうの人間でも寿命が大幅に更新されるなんてことがあるみたいだから、場合によっては僕やマリィさんも、その時に立ち会えるかもしれないけど、どちらにしてもそうなるのはまだまだ先の話。

 だから今はそっとしておこうと僕が精霊の卵をしまおうとしたところ、物欲というか金欲的なことからかな。文字通り、舐め回すように精霊の卵を見ていた元春が、ふと気付いたとばかりに、


「なあ虎助、ここんとこ、ヒビが入ってんだけど大丈夫なんか?」


「え、ホント?」


 精霊の卵の下の方を指差す元春に、『精霊喰いを倒したすぐ後、一応チェックを入れたけど、その時にはヒビなんてなかったと思うんだけど』としながらも、もしも元春の言う通りだったら大変だ。

 ふわふわと浮かぶクリスタルを下から覗き込んでみると。


 うわ、本当だ。


 見逃していたのか、しゃがみこんで見ないと気付きにくい位置に小指くらいのヒビが入っていた。


「えと、これはどうしたらいいんでしょう」


 この傷の具合からして精霊そのものに何かしらの影響が出てしまうかも――、

 僕が誰にともなく話しかけると、魔王様がその声に応えてか、精霊の卵に手を添え目を瞑り。


「……生まれる」


「えと――」


「マオ、それは本当のことですの?」


「生まれるまで十年以上かかるんじゃなかったのかよ」


 魔王様の呟きに、僕が戸惑いを、マリィさんと元春が驚きの声を上げる。

 そして、僕が代表して魔王様に詳しい説明が欲しいと魔王様にお願いしたところ、どうも、地球の数万倍、数十万倍の魔素濃度を有するアヴァロン=エラの環境のせいで、精霊の卵の孵化が大幅に短縮されてしまったのではないかとのことのようで、


「要するに、このヒビは俺がやっちまったとかじゃなくて、ここの環境の所為で一気に生まれそうになったってことか」


「……ん」


 ああ、元春は見つけたヒビが自分の所為で入ったものかもしれないと心配していたのか。

 しかし、それはそれとして、まさかアヴァロン=エラの環境が孵化に大きな影響を与えるとは、これはソニアに連絡を入れたほうがいいかもな。

 あと、精霊と言えばディーネさん――は頼りにならないから、マールさんにも連絡を入れておこう。

 と、魔王様の話を聞いて、あちこちにメッセージを入れていく僕。

 すると、その間にもヒビは徐々に大きくなっていってるみたいで、

 ソニアからの『出来れば孵化の瞬間をを録画しておいて欲しい』というメッセージを受けて、僕がその準備を進めていたところ、元春がなにか重大な事実に気付いてしまったと言わんばかりに「ちょっ」と大きく目を開いて、


「待てよ。精霊が生まれるってことは、要するに、このクリスタルからアクアちゃんみたいな美少女が生まれてくるんだよな。

 こりゃ、チャンスじゃねーの」


 また大げさに驚いたと思ったら、なんてことを言い出したんだろう。このお馬鹿な友人は――、

 唐突に訳のわからないことを言い出した元春に、僕がソニアとの通信を行う手を止めて『頭は大丈夫化』と言わんばかりの目線を送ったところ。


「いや、こういうのって生まれて初めて見たヤツを親って信じるパターンだろ。

 だったら、生まれた瞬間に俺の姿をバッチリ見せて、俺を親って思わせたら、美少女精霊が俺のモンになるってことなんじゃね」


 うわぁ。君はまたよくもそんなアホみたいなことをマリィさんの前で堂々と言えたものだね。

 そして、そんなことを聞いてしまったら、マリィさんが動かないということは有り得ないことで、


「させませんの」


 鼻息荒く熱弁を振るっていた元春の側頭部に、マリィさんの発動させた〈火弾(ファイアーバレット)〉がヒット。軽い回転をしながら吹き飛んでゆく元春。

 しかし、今日の元春はいつもと違うらしい。

 ……いや、正確には違わないかな?

 強烈なその一撃をくらいながらもすぐに立ち上がり。


「効かぬ。倒れぬ。諦めぬ。精霊少女とイチャイチャする為なら、俺はマリィちゃんを越えていく」


 まるでどこぞの聖帝様みたいなことを言って、自分が新しく産まれる精霊のご主人様になるんだと万屋の真ん中で奇声をあげるのだが、

 果たして、そんなに上手くいくのだろうか。


 そもそも生まれたばかりに見たものを親と思うのは、鳥とか一部の生物だけなんじゃなかっただろうか。

 同じ卵(?)から生まれるといっても、精霊が同じ性格を有しているとは限らないのだ。

 しかし、その一方で、もしも精霊が本当に元春がいうような特徴を持っていたのだとしたら、元春の言い分もまったく無視できないということになる。


 だから、ここは精霊の卵を保護する意味でも――、


 ということで、僕は元春の対応を遺憾ながらマリィさんに任せて、ベル君に手伝ってもらって精霊の卵を元春の手の届かない場所に移動させようとするのだが、

 いざ、精霊の卵を運びはじめようとしたところ、パリンと響くガラスの割れるような音。

 そして、剥がれ落ちる精霊の卵の外側の一部。

 どうやら、孵化が始まってしまったみたいである。

 そして、徐々に崩れていくクリスタルに、元春の奇声が叫び声に変わり、乱れ飛ぶ火弾が激しさを増す中、ついにその時がやって来たみたいだ。

 精霊の卵の中からボロボロの黒ローブを被ったようなてるてる坊主が現れる。


「これは――」


「……闇の精霊?」


「みたいですわね」


「俺の美少女は?」


「残念だけど元春のご希望には答えられなかったみたいだね」


 その一言でガクリと崩れ落ちる元春。

 そして、さすがにこれ以上の追撃は必要ないと思ったのだろう。マリィさんも全身のそこかしこから煙を立ち上らせて倒れる元春を足元に、自分の周囲に浮かべていた火弾を手の平に集め、握り潰すようにかき消して、


 ただ問題はこの闇の精霊の扱いなんだけど……、

 それは話を聞いてみないことにはわからないかな。

 ということで、


「君が新しい精霊だよね。えと、ここからどうすればいいのかな」


 眼の前に浮かぶ黒いてるてる坊主のような闇の精霊に話しかけてみるのだが、闇の精霊もゆらゆらと何かを伝えようとしてくれてはいるんだけど、よくわからない。

 バベル(翻訳魔導器)があるから、こっちの言葉は通じていると思うんだけど、さっきからこの闇の精霊は一言も発しようとしないのだ。

 僕がそんな闇の精霊の状態に戸惑っているとバタンと開く万屋の裏口。

 入ってきたのはドライアドのマールさんだ。

 どうやら僕がいろいろなところに送ったメッセージに見て来てくれたみたいだ。

 ライトグリーンのスカートをたなびかせ、僕達のところまでやって来て、


「あ、マールさん。いいところに来てくださいました」


 僕の挨拶に軽い手振りで答えながらも、念話通信のようなものだろうか、ふわふわと浮かぶだけの闇の精霊に微弱な魔力を送り、少し考えるようにして教えてくれるのは、


「生まれるのが早すぎたのね。持ってる力はかなりのものみたいだけど、精神の方は原始精霊に近いわね」


「あの、それって大丈夫なんですか?」


 生まれるのが早すぎた――というと、まず思い浮かべるのは例の巨大生物兵器だ。

 まあ、今回生まれた闇の精霊は、やや不定形な姿形をしているとはいえ、きちんと人形を取っていることから、すぐにどうにかなることはないと思うのだが、未熟な精神に強大な力という組み合わせを聞くと、どうしても『暴走』という言葉がチラついてしまう。

 しかし、マールさんはそんな僕の心配を察知したのか。


「心配しないで、力があるといっても私達は精霊だから、たぶん虎助が考えてるようなことにはならないわ。

 ただ卵から生まれる上位の精霊は、精霊石の中で魔素を取り込みながら、その中にある情報を取り込んで世界の理を学ぶのよ。

 本来なら数年、数十年と猶予があるから噛み砕いて自分のものにするんだけど、この子はそういうのを殆どしないで出てきちゃったみたいなのよね」


 つまり、本来なら最低でも数十年くらいは精霊の卵(クリスタル)の中で知識を貯めるものを、この闇の精霊はそれをせずして出てきてしまったと。


「それはそれで問題なんじゃ……」


「どうかしら、そこまで深刻な話じゃないと思うけど。

 力を持った精霊っていっても、基本、他の生物と変わらないから、親――っていうかこの場合は達がこの子に知識を与えてあげればいいだけだからね。

 ほら、原始精霊を宿したスクナがいるでしょ。アレと同じことよ。

 というか、この子もアクアみたいにカードで契約してやればいいんじゃないかしら」


 成程、そのアイデアは悪くないかも。


「ただ、その場合、誰がこの子を預かるかなんですが……」


「そうね。私達の方で引き取る――って言いたいところなんだけど、誕生に関わったからかしら、いえ、これもアナタの持つ魔法特性が関係しているのかしら。よくなついてるみたいだから、私としてはアナタに預かってもらいたんだけど、その前にソニアに調べてもらった方がいいかもね。なにかあったら私達を頼ってもらってもいいから」


「そういうことでしたら仕方ありませんね。

 では、なにかあったらいつも通り、連絡は、ベル君か、レイクに頼むということで」


「そうね。お願いするわ」


 因みに、ここで名前が出てきたレイクというのは、世界樹農園を管理する為に栽培(?)したマンドレイクの第一号で、なんやかんやで万屋のマスコット枠に収まった通常個体である。


 と、そんなこんなで闇の精霊の処遇も決まったところで、調べてもらうなら割れた精霊の卵も必要かなと、僕が足元に視線を足元に落としたところ、そこでは砕けた精霊の卵を立体パズルのように組み上げようとする元春がいて、


「なあ、虎助、この砕けたクリスタルを組み上げたら、また精霊とかが生まれてくんねーかな」


 いや、さすがにそれは出来ないんじゃないかな。

 僕はまた突飛なことを言い出した元春に苦笑いを返しながらも、元春のお馬鹿な発想が真実を射ていることがたまにある。

 だから、マールさんに問いかけるような視線を飛ばしてみると、マールさんは困ったように肩を竦めて、


「私はディーネ様とは違って成り上がりの精霊だから、精霊の卵についてはそこまで詳しく知らないのよ」


 そういえば、マールさんは原始精霊から成り上がった精霊だから、精霊の卵に関する知識は聞きかじったものになるのかな。

 ということで、わからないのなら本人に聞いてしまえばいいと、マールさんの通訳でご当人にも聞いてもらったのだが、


「この子も精霊の卵についてはよく知らないみたいね。

 というよりも、どうでもいいっていった感じかしら」


 まあ、考えてもみれば、このクリスタルがあくまで卵の殻。

 そこから抜け出してきた闇の精霊にとってはあまり必要のないものなのかもしれない。


「私達よりもこういうのはソニアに聞いた方が早いんじゃないかしら。こういう素材の検証は彼女の分野でしょ」


 たしかに、未知の素材を扱わせるなら、ソニアの右に出る人はそういないだろう。

 いや、もしかして、有名な錬金術師である賢者様やエルフのホリルさんなら詳しく知っているかもしれないな。

 僕はマールさんに「そうですね」と頷きを返しながらも、とりあえず、頼まれていた精霊の孵化シーンの映像と一緒にマールさんの話を添付してソニアに送り、ついでに賢者様にもほぼ同じ内容を送信しておく。


 さて、これで何かわかるといいけど。

 ただ、研究馬鹿な二人の性格を考えると、また物騒なアイテムとか作り出してしまうなんてこともあるかもしれないけど……、


 それは、まあ、それもいつものことか。


 僕はそんなとりとめのないことを考えながらも手元の魔法窓(ウィンドウ)を消去、元春に手伝ってもらって精霊の卵を回収を進めていった。

◆次回は水曜日に投稿予定です。

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