秘密基地を作ろう
それは、そろそろ三月も終わりというある日のこと。
暖房を使わなくても、差し込む光だけでじゅうぶん温かい春の陽気に、僕が気を引き締めて店番をしていると、和室の掘りごたつに足を突っ込み、お上品に干しリンゴを食べていたマリィさんが、同じく和室で寝転がってマンガを読んでいた元春に声を掛ける。
「そういえば、貴方、ここ二日ほど姿を見ませんでしたけど、どこかへ行っていましたの?」
「あれ、もしかしてマリィちゃん。俺がいなくて寂しかったとか?」
何気なくかけられた言葉にいやらしく顔をニヤつかせる元春。
多分、マリィさんの言い方から、自分がいなくて寂しかったんだと都合よく解釈したのだろう。
しかし、マリィさんとしては、ただ桜餅を食べる箸休めにした質問だったみたいで、元春からの反応に面倒臭そうに首を振って、
「別に、虎助もマオもいましたから、そういったことはありませんでしたの」
バッサリとそう斬り捨てる。
ただ、元春としてそれは誰かに聞いて欲しかった話だったみたいだ。
「いやいやいやいや、聞きたいでしょ。話させてください。お願いします」
跳ねるように体を起こすと、必死の形相でそう懇願、マリィさんが断りを入れるよりも早く「実はですね。ダチと雪山に写真を撮りに行ってましてね」と、ここ数日、万屋に顔を見せなかったその理由を語りだす。
因みに、元春本人は雪山の写真を撮りに行ったと言っているが、本当は冬休みに企画した雪山ナンパのリベンジだったハズである。
その結果がどうなったのかは聞いていないが『雪山の景色を撮りに行った』と嘘をついている時点でお察しというものだ。
そして、ちょうどいま聞かされている無駄に臨場感あふれる雪山遭難の話は、その細かい描写説明からして本当の話なんだろうが、マリィさんはそちらの話にもあまり興味がなかったようだ。段々と熱がこもってくる元春の話をぶった切るように――、
「しかし、改めて思うのですが、元春にも友達がいたのですね」
「ええっと、いやいやいやいや、マリィちゃんは何を言ってるのかな。
俺、友達は多い方っすよ。
てか、話、聞いて欲しいんすけど」
「いえ、貴方が雪山でクマに押し倒されようと私は構いませんの。それよりも、貴方に一緒に旅に出かけるような友達がいたことが驚きを禁じ得ないといいますかなんといいますか」
うん。マリィさんとしてはこう言いたいのだろう『元春と一緒に旅なんて、疲れるだろうによくも一緒に出かけてくれる友人がいたものだ』と――、
確かにマリィさんの予想は間違ってはいない。
なにしろ、元春と一緒にどこか観光地などに行ったりすると、いま熱弁していた雪山遭難の話みたいに、ラブコメ漫画やギャグ漫画の世界でしかあり得ないようなハプニングが、ヒロインの介在なしに、いや、正確には女湯を覗きに行こうなどといった元春の無軌道な行動が原因で巻き起こったりするのが常だったりするのだ。
そんなトラブルメーカーと、誰が好き好んで旅行なんかに行くだろうか。
まあ、マリィさんもさすがにそこまでのハプニングが起こるとは考えていないだろうけど、どちらにしても元春と一緒に旅に出るような人物がいるなんてことが信じられない話なんだと思うけど。
「元春の友人には特殊な趣味を持つ人が多いですから」
「ああ、そういう――」
そう、元春と深い付き合いがあるということは、元春という存在に達観した人間か、方向性の違いはあれど元春と同じような特異な性質を持った人間である場合が多かったりするのだ。
僕やマリィさんが前者だとすると、今回の雪山ナンパに同行したメンバーは後者にカテゴライズされる人物が殆どだったのである。
しかし、元春は言う。
「ちょちょ、それは失礼だって、俺よりもアイツ等の方が酷いぜ。脳筋単純馬鹿に変態的アイドルオタクだろ、他にも、妄想全開むっつりショタにド変態ロリ野郎とかいろいろヤベーヤツばっかだから」
「元春……、ねぇ、失礼なのは君の方だから」
たとえ元春の主張が――、残念ながら、非常に残念ながら本当だったとしても、それが元春がまともだという評価には繋がらないのだ。
むしろ、友人を蹴落として自分の株を上げようとするその行為が、ただでさえ低い元春の評価をさらに貶めることになってしまうのだ。
僕が諭すように宥めると、元春もようやく自分に向けられるマリィさんからの視線に気付いたみたいだ。
その汚物を見るような視線にハッとしたのも一瞬、すぐにわざとらしくも「う゛うん」と咳払いを入れて、
「てか、そういえばよ。友達の話で思い出したんだけど。ジローとノリをここに連れてくる話ってどうなってるん?」
うん。露骨に話題を変えてきたね。
とはいえ、ここにはいない友達の悪口を並べ立てるだけの不毛な話を続けるより、そっちの話のがよっぽど建設的だし、(特に元春が――であるが)被害も少ないだろう。
だから、ここはあえてその流れに乗って。
「どうなんだろうね。前にも言ったけど二人をここに連れてきて大丈夫かな」
「たしかにな。次郎は大丈夫だろうけど、ノリのヤツがマリィちゃんの魔乳を見たらどんな反応をするか」
いや、僕が言ってるのは二人に魔獣の相手ができるかって話なんだけど……。
せっかく話題を変えたっていうのに、本当に元春は自殺願望でもあるのかな。
そんなことを言ってたら、またマリィさんに――、
「だ、誰が魔乳ですの。
いえ、そうではなくて、魔乳とはなんなんです。
私の胸が魔力樽だとでもいいますの」
あれ、てっきりマリィさんのことだから問答無用で火弾を撃ち込むんだと思ってたんだけど、意外な反応だ。
でも、魔力タンクって、どこぞの紅髪姫じゃないんだから、そんなことはありえないと思うんですけど。
「虎助もなにか言って下さい」
おっと、危ない危ない。僕としたことがちょっと元春的な発想に取り憑かれていたみたいだ。
しかし、なにか言えといわれても、どうコメントしたらいいものやら。
下手にコメントすると僕もマリィさんの制裁対象になりかねないし、褒めそやしてマリィさんの機嫌をとるにしても、その褒める対象がマリィさんの豊満なそれだとなるとどう転んだところでセクハラ以外の何物でもない。
だからここはと、僕は「まあまあ、マリィさん。元春が言うことですから」と魔乳の話をいったん有耶無耶にして、
「それよりも、僕が大丈夫かなって言ってるのは魔獣のことと、
あと、いまふと思ったんだけど、ここに二人を追加したら、さすがにちょっと狭いと思うんだけど」
「ああ、言われてみるとそうだよな。今日はマリィちゃんしかいねーからいいけどよ。マオっちがたまにミストさんとかチビッコ共を連れてくるし、師匠達も来たりするからな。そこのあの二人を放り込むとか教育に悪いってレベルじゃねーからな」
いや、教育に悪いっていうなら、元春が一番教育に悪いんですけど。
たしかにその時そこにいるメンバーによっては、二人どころか、元春すらも和室でくつろげない状態になってしまうかもしれない。
まあ、その時の為にカウンター横の応対スペースがあったりするのだが、そういう時に限って強盗がやってくるとか、ハプニングが起こるのがいつものことで、元春一人ならどうにかなるとは思うのだが、まだこの世界にすら来ていない二人がいる時に、もしもそうなった場合、僕とベル君が二手に分かれたとしてもちょっと対応が難しくなるだろう。
「でもよ。それなら、俺と師匠がネットカフェ代わりに使ってたトレーラーハウス。あれを工房の置いて使えば安全なんじゃね」
たしかに元春の言う通り、工房側なら各種結界が揃ってるから安全なのかもしれないか。
だけど、あの顔――、また何かおかしなことを考えているような――、
とはいえ、元春の企むことだ。だいたい予想はつくけれど。
「ただ、あれはフレアさん達が使う用に改造しちゃったからないんだよね」
「おいおい、ちょっと待て、もしかして勇者が使ってたアレが俺達のトレーラーハウスだってのかよ。まさか俺と師匠の夢の城が勇者達の愛の巣になっていただなんて……、マジかよ」
いや、愛の巣って何を今更――、
そもそもフレアさんがメルさんが連れてきた後、折をみて報告したと思ってたんだけど。
あれ、言ってなかったっけ?
まあ、あれはもともと万屋のものだし、元春に報告する義務はないから別にいいんじゃないかな。
「つかよ。今更だけど、あのトレーラーハウスってどうやってゲットしたんだ。どっかで拾ってきたとかじゃねーよな。それだったら、またすぐに手に入れられんのか?」
「ああ、それなんだけど。あのトレーラーハウスは義父さんのツテだから、すぐに新しいのっていうのはちょっと難しいかな。タイミングとかもあるだろうし」
冒険家として世界のあちこちを冒険する義父さんには、移動式の家とか、プレハブ造りの家とか、そういうものを作っている業者さんとの付き合いがあったりする。
前回のトレーラーハウスは、賢者様と元春からインターネット関連の相談を受けた時、たまたま義父さんと連絡がついて、その話の流れから知り合いの業者さんに売れ残っていた物件(?)があるなんて話をもらったから手に入れられたもので、今回も同じように上手く入手できるとは限らないのだ。
「じゃあ、すぐに用意できるもんじゃねーか」
「そうだね。
でも、今なら一から作った方が早いんじゃないかな」
「一からって――、そんなんできんのかよ」
工房の建築に万屋の改装、トレーラーハウスだけでも修理したり改装したとその経験は伊達ではない。
それを記憶と記録によって蓄えるエレイン君がいれば、トレーラーハウスそのものを一から作り出すことも可能なのだ。
「でもよ。それでも、一日二日じゃ無理だろ」
「う~ん、どうなんだろ。そもそも万屋の改装だってそんな時間がかからなかったし、マリィさんや魔王様の注文から箱のストックもあるから、エレイン君に他の仕事を休んでもらえば一日なくても作れると思うよ」
「箱? ストック?」
「マリィさんのところの小上がりや魔王様の拠点建設に使ってるプレハブ造りの建物だね。それを一つ流用してやれば凝った内装のものを作ったとしても、そんなに時間はかからないと思うよ」
「この店は、んなモンまで作ってんのかよ」
呆れるように言う元春、しかし、エルブンナイツがもたらした古代樹の森、その伐採によって手に入れた木材の在庫がバックヤードには大量に存在している。
それは、木材なだけにきちんと保管してやればかなりの期間保存できるのだが、それでも全てを使い切るには相当な時間が必要なのだ。
その上で、ことあるごとにマリィさんや魔王様に頼まれた施設を作っているから。
その作りかけの箱を利用すればトレーラーハウスも楽に作れるんじゃないかというと、元春も『そういうことなら作っちまうか』と元春とゆかい仲間たち専用のトレーラーハウス建造が決定。
すぐにその内装をどうするのかを詰めるべく、前にマリィさんと魔王様が小上がりを作った時、参考にしたのと同じように魔法窓に幾つかの内装サンプルを表示させて元春に飛ばしてみたところ。
元春としては珍しくセンス良く、書斎風のカフェのような内装をリクエストしてきて――、
それを横から眺めていたマリィさんがそれに触発されたように。
「元春にしてはなかなか面白いデザインの部屋を選びましたわね。
そういえば、トワさんがお城のキッチンが使いにくいと言っていましたね。私も一つ注文しましょうか」
どうやらマリィさんはお風呂に続いてキッチンをご所望のようだ。
「そういえばよ。これって作るのもタダじゃねーよな。
でも、俺、こんなの払える金、持ってねーぜ」
「建築費用はこっちで持つよ。書斎風のトレーラーハウスにするのなら、図書館みたいに使えなくもないし」
紆余曲折があって、例のトレーラーハウスはフレアさん達の休憩所になってしまったが、元春と賢者様からリクエストされたインターネットカフェもどきの時も、魔法窓とインターネットの連携が終わった後はそういう使い方をするつもりでいた。
だから、お金を払う必要はないと言うと、元春が調子に乗ってしまったらしい。
ならばと、ちょっとしたロフトやら、そこから屋根の上に登る天窓やらを追加していって、
その設計を元に数日後にはそのトレーラーハウスは完成。
そんな、ザ・秘密の隠れ家と言わんばかりのトレーラーハウスを見て、魔王様や魔王様のところの妖精さんが触発されたのだろう。自分達の欲しがりを発動させたことは当然の結果だったのかもしれない。
◆マリィが食べていた干しリンゴは元春のお土産です。(長野)