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メル到着

 それは春休みに入ってすぐのこと、「来た」と一言、万屋に入ってきたのは忍者のような黒装束で全身を固めたメルさんだ。

 ここを出ていく時、新品同様だった黒装束は胸元の部分が大きく切り裂かれて、背中には剥き出しのままの大剣が担がれているという勇ましい姿でのご帰還だ。


 どうして、メルさんがそんな格好になっているのかというと――、

 魔王パキートとロゼッタ姫の捜索、その渦中で出くわしたルベリオン王国の近衛兵長ヒース=ハイパ、彼が持っていたルベリオン王国の宝剣、アギラステアが魔剣化していたからに他ならない。

 何がきっかけでそのような状態になったのかはわからないが、フレアさん達が出会った時には、ヒースはすでにアギラステアの影響下にあり、最終的に彼はアギラステアに体まで乗っ取られてしまい、そんな彼を倒して入手したアギラステアを安全に処分をするべく、メルさんはこの万屋にやってきたのである。


 というわけで、僕は受け取ったアギラステアを用意してあった聖水がなみなみと注がれる容器の中に沈める。

 メルさんが普通に持ち運んでいることから、もう浄化の方はなされていると思うのだが、ヒースの暴走を考えると念には念を入れておいた方がいい。

 後の処分は工房にいるソニアに任せるとして――、


「それでアギラステアの代わりは出来てるの?」


「はい。ですが、その前にメルさんの新しい防具からですね」


「新しい防具?」


「破れたままではいろいろと不便でしょう」


 現在、メルさんは胸元が切り裂かれた黒装束をベルトで無理やり抑えている状態だ。

 僕は別にいいんだけど、僕の後ろにいる元春なんかには目に毒だから、メルさんには防具を新しくしてもらわなければならない。

 しかし、メルさんからしてみるとそれは新しい出費でしかなく、渋るように「それは――」と口籠るのだが、


「大丈夫ですよ。回収した方も素材として使えますから、それと相殺で新しいのを渡します」


 そもそも、ヴリトラの素材はメルさんがいたからこそ確保できた素材だ。古い防具と交換に新しい防具を用意するくらいは訳ない。

 だが、そんな僕達の会話を聞いて割って入るおバカが一人いた。

 うん。わざわざ名前をあげなくても誰なのかわかるよね。そう元春だ。


「あいや待たれい」


「えと、何かな?」


 無駄に時代がかった横槍に、僕が『またなにか面倒なことを言い出すんだろうなあ』とげんなりしていると、ズビシッ!! 勢いよく指を突きつけ元春が言ったのは以下のようなセリフだった。


「お前、それ、回収するって――、後でhshsするつもりだろ」


 はい? 本当に何を言ってるんだい君は、僕がそんなことする訳がないだろう。

 そもそも、万屋で売っている防具には基本的に浄化の魔法式が刻み込まれていて、使った後に魔法式に手を当てて少し魔力を流すだけで綺麗にすることができるのだから元春の言っているような匂いを嗅ぐことなんて不可能で――、

 と、そんな説明したところ、元春はわなわなと震え出し、涙目で僕を指差して、


「テメ、なんてMOTTAINAIことしやがんだ」


 はい、本音が出たね。

 でも、そこで諦めないのがこの元春という友人(へんたい)だ。「いや待てよ」と顎に手を添えて、こんなことを呟き出すのだ。


「浄化も使わなきゃ意味ねえ。つーことはよ。最低でも今日、ここまで来る分の汚れは残ってるってことなんだよな。ペロペロ出来るってことなんだよな」


 いや、ペロペロとか――、さすがにそこまでくると僕も擁護は出来ないんですけど。

 まあ、元からするつもりはないけど。


 しかし、ここであえて僕が何かをする必要はない。

 そう、この気持ち悪い一連の流れは、カウンター奥の和室にいるマリィさんに筒抜けなのだ。

 それはまるで、脂ぎったおっさんがうら若い女子に足蹴にされて恍惚の表情を浮かべる現場を偶然目撃してしまった時かの如く、いつになく不快そうに顔を歪めるマリィさん。

 その指先に魔力を集中して、その指先から放たれた火弾が元春の後頭部に撃ち込まれる。


 悪は滅せられた。


 僕は、「ありがとうございまっす!!」と、何故かお礼の言葉を叫びながらその場でぐるんと一回転する元春に『何を言ってるんだ』という胡乱な視線を向けながらも、そんな制裁の結果を見ること無く試着室に入っていったメルさんから黒装束を回収して、〈浄化(リフレッシュ)〉をかけていく。

 〈浄化(リフレッシュ)〉を発動させた瞬間、足元から大きな悲鳴が聞こえてきた気がするが、たぶん気の所為だろう。うん、気の所為に違いない。


 因みに、メルさんに着てもらった新装備はボディスーツに近いヴリトラレザーのつなぎだ。

 要所要所にヴリトラの鱗を加工したプロテクターようなものを取り付けた、近未来的でスタイリッシュな忍び装束ような感じに仕上がっている。


「これは月数とはまた違った感じでいいデザインですわね。

 ふむ、こういう方向性もアリですか」


 試着室から出てきたメルさんを見て思案げな表情を浮かべるマリィさん。

 もしかして、スノーリズさんの装備作りにこれを反映させようと考えているのだろうか。


「メルさんのバトルスタイルを考えて動きやすさを追求してみました。

 多少防御力が落ちているとは思いますが、そのぶん動きやすくなっていると思いますよ。

 どうでしょう?」


 僕はマリィさんの声に答えつつもメルさんにその着心地を訊ねる。

 すると、メルさんは、いま出てきた試着室に設置された姿見に目をやり、体を捻ったりしながら、新しい黒装束の伸縮性などを確かめて、


「前よりも着心地がいい?」


「そうですね。裏地にミストさん提供の〈アラクネの布〉を使っていますので、それが仕事をしているのかもしれません」


 防御力を犠牲にしたといっても、この黒装束はその中での最上限の防御力に迫れる工夫はしてある。

 その工夫の一つが裏地に使った〈アラクネの布〉。

 結果としてそれが着心地にまで反映されたのだろう。

 メルさんからの高評価に和室でゲームをしていた魔王様が嬉しそうに体を揺らす。


「でも、そんな高級品使って大丈夫?」


「はい。さっきも言いましたけど、素材的にはこちらの方が多くもらっていますから、

 それに、メルさん達には魔王城までバフォメットを運んでもらったりしていますので、その報酬分を差し引いても余りありますよ」


 ヴリトラ製の黒装束は破損こそしているものの、代わりに受け取った前の黒装束はまだまだ素材として使えるものだし、アギラステアに至ってはヴリトラの牙がそのまま一本戻ってきたようなものだ。

 なによりも、魔王城ではなく、その元となった遺跡にはソニアですらも未だ分析できない超技術が使われている。

 そんな場所に監視カメラやら探索ゴーレムやらを運んでくれた功績を考えると、この位のお礼は当然なのだ。


「それでこちらが代わりのアギラステアなんですけど」


 僕はメルさんの装備確認が終わったところで一本の剣をカウンターの下から取り出す。

 それは大型のワイバーンの上腕骨(手羽元の部分)から削り出した大剣だ。


「この剣は普通の剣なの?」


「いえ、アギラステアの代わりということですから、性能は落としてありますが、もともと備えていた武器や防具への腐食効果、それに浄化されたという経緯から高度な浄化効果を追加してあります。

 なので、このアギラステア改とも呼ぶべき剣は対物対悪霊特化の剣になっていますね」


 まあ、それ意外にも秘密のギミックが組み込んであるのだが、ふつうに使う分にはその効果は意味ないので、あえてメルさんに伝える必要はないだろう。


 因みに、実物が届いていないにも関わらず、どうして僕達がアギラステアにそっくりな大剣を作れているのかというと、魔王軍の幹部である吸血姫レニさんとの会話からヒースとの戦いまで、念話通信で送られてきていた映像を後で使うかもしれない証拠として全て記録していたからだ。

 もともとフレアさんの身体データはあるので、その映像を分析してアギラステアのサイズを算出、様々な角度からの映像を検証してそっくりな剣を作り上げたのだ。

 さすがに寸分違わず同じものをとまではいかなかったとは思うが、魔法による偽装工作も施してあるので、かなり高度な鑑定能力を持つ人間でない限り、偽物だとはえ気づかない仕上がりになっていると思う。


「そして、こっちがメモリーダストです」


「凄い。よく用意できた」


 因みにこのメモリーダストには、フレアさん達の潔白を証明するべく、ヒースとの戦闘シーンと、プラスしてアギラステアの性質がなぜ変化しているのか、そのつじつまを合わせの映像などが記録されている。


 そして、メルさんが驚いた、かの世界にて希少と言われているらしいメモリーダストを用意できた方法なのだが、


「実はこれ、ロゼッタ姫のメッセージが入っていたメモリーダストなんですよね」


 特別な魔石を加工して作られるメモリーダストは一度記録した映像を書き換えられないのが普通らしい。

 だが、その手の解析はソニアの得意分野。

 そして、どうもこのメモリーダストという映像記録の魔導器は、僕達がというよりも、賢者様の世界で開発された、魔導パソコン〈インベントリ〉とその構造に共通点が多いらしく、結果的に自由に映像が上書きできる技術の確立にいたったのだ。


 因みに、このことをメルさんが来るよりも先に連絡を入れてくれたポーリさんに伝えたところ、なんでもこのメモリーダストという魔導器は国同士で行われる覆せない条約を交わすのに使われている為、記録の書き換えが出来てしまうとなると、いろいろな問題が出てきてしまうかもしれないと、この技術を公開するのは待ってくれということになった。

 まあ、後で移籍側にいるメンバー(特に魔王軍関係者)にも確認を入れてみたところ、実は同じ技術を魔王パキートなどは持っているとのことなので、意外と知られた技術なのかもしれない。


 うん。ちゃんと証拠がある状態で交わした国と国との約束を破るなんてことは、地球でもわりとある話だからね。


「それでこれは頼まれていた品物を納めたマジックバッグですね」


「あれ、もう聞いてる?」


「はい、定期連絡の時に、追加注文があるとかで品物は増えていると思いますが、メルさんの方でもチェックしてみて下さい」


 用意してくれたのはベル君なので、足りないものは無いと思うけど、念の為のチェックは必要だ。

 ということで、メルさんにそれなりの時間をかけてマジックバッグの中身を確認してもらって、


「支払いは?」


「これも魔王城の件で相殺でもいいって言ったんですけど、追加分はフレアさんが次に来た時に支払うとのことなので、取り敢えず頭金としてメルさんから本来買うべきだった分の料金をいただいて、残りは次に来た時にまとめて払っていただくようになっています」


「了解。これお金」


 そして、支払いを終えるとすぐに「じゃあ、行くから」と店から出ていこうとするメルさん。

 僕はそんなメルさんを呼び止めて「休憩とかしなくていいんですか」と訊ねると。


「うん。出来るだけ早く届けたいから」


「なら、せめてこれを持っていって下さい」


 面倒事はさっさと済ませるに限るとマジックバッグの中からアギラステアの柄頭を見せるメルさん。

 そんなメルさんに僕が渡したのは万屋謹製の元気薬。これでここまでの疲労も一発で消し飛ぶだろう。


「でも――」


「高いものじゃないんでごちそうしますよ」


 実際、これは栄養ドリンクに魔素を込めただけの安価な代物だ。

 僕がそう言うと、メルさんも遠慮は無粋だと思ってくれたのだろう「ありがとう」と感謝の言葉を残してそのままゲートに向かう。


 と、僕がそんなメルさんの背中を見送って、『さて、僕はメルさんから回収した黒装束の直しを――』と踵を返すと、そこには浄化済みの黒装束に顔を埋める元春がいて、


「何やってるのさ」


「いや、少しでもメルっちの残り香が残ってないかと思ってだな」


 はぁ、本当に君ってヤツは――、


「マリィさん、もう一発お願いできますか」


「もちろんですとも」


 嬉々として火弾を放つマリィさんにぶっ飛ばされる元春。

 そんないつも通りの光景に、僕は「まったく――」と乾いた息を吐きながらも回収した黒装束にもう一度浄化をかけて、カウンターの向こう、工房に続く裏口へと向かうのだった。

◆ちょっとした補足


 インベントリが最新型の携帯端末だとしたら、メモリーダストは、ちょっと本格的な子供のおもちゃ程度の代物と、そんな感じでイメージしていただけるとありがたいです。


◆次回は水曜日に投稿予定です。

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