アヴァロン=エラにおけるザコ敵について
◆今回は短めです。
「ガウゥゥ――」
腹の芯まで響くような遠吠えを放ち襲いかかってくる緑色の毛並みを持つ狼の群れ。
僕はそんな緑風の群狼に対し、片手に空切、片手に魔法銃を持って立ち向かう。
それぞれが手足であるかのように迫る狼達の連携を躱しながらも、足を刎ね、麻痺弾を撃ち込み、襲いかかってくる群れを制圧していく。
戦いが進み、劣勢を感じて逃げ出そうとする狼も現れるが、所詮は獣、ゲートの仕組みも理解できるハズもなく、狼達は散り散りになって逃げようとする。
しかし、周囲を固めるエレイン君達がそれを許さない。
そうして掃討戦が始まり、ややあって狼が動かなくなったのを見計らったかのように赤錆色の全身鎧を装備した元春がやってくる。
「お疲れさん」
「本当にね。毎度毎度、大変だよ」
元春のねぎらいの言葉に、疲れたとばかりにため息を吐き出しながらそう答えると、元春は意外そうな顔をして、
「毎度毎度? そんなに来んのかコイツ等」
「あら、知りませんでしたの? この手の魔獣はよくやってきますのよ」
「スケルトンやゾンビの上位種もわりと来るんですけど、それは深夜の時間帯ですからね」
狼の出現と同時に遠くトーチカの中に隠れ潜んでいた元春の一方、最初から優雅に現場で戦っていたマリィさんが言う通り、このアヴァロン=エラにおいて、狼の魔獣というのは定番といってもいい魔獣である。
頻度でいうなら一週間に一回は戦うというのがこの狼タイプの魔獣である。
どうして、そんなに狼型の魔獣がやってくるのかというと――、
「アヴァロン=エラみたいな例外はあるけど、魔素が濃い場所っていうのは自然豊かな場所が多いから」
「それで狼か」
「せめて猪とか熊なら、食料としても、素材としても、旨味があるんだけどね」
狼から取れる素材といえば皮に爪、牙くらいがいいところだ。
一応、肉の方も魔素の影響もあり、それなりに美味しいものなのだが、可食部分が余りに少なく、わざわざ手間を掛けてまで確保するものではないのだ。
「でもよ。食料っつっても、もう十分なストックがあんだろ」
べヒーモにドラゴン、ボルカラッカにその亜種と、それ以外にも、獣肉・魚肉問わず、いろいろなお肉が工房にある巨大冷蔵施設には保存してある。
「だけど、ウチに来るお客様の全員が高級な食材ばっかりを買っていってくれる訳じゃないからね」
例えば、不慮の事故により迷い込んできた人や依頼でここを訪れるアムクラブの探索者のみなさんは、帰還時の食料としてリーズナブルな品を求める傾向にある。
そんな食料として、オーク肉やサラマンダーの肉など、雑多様々迷い込んでくる通常の魔獣のものが定番だったりするのだ。
「でもよ。オークとか、ここだと逆にレアだって言ってなかったっけか」
「オークはね。 ただ、その上位個体っていえばいいのかな。純粋に猪を強化したみたいな魔獣はたまに紛れ込んでくるから」
山雪崩とか、デビルズフォートレスとか、無駄に大仰な名前がつけられた猪なんかがそれなりの頻度でこのアヴァロン=エラに紛れ込んでくる。
僕達はそれを時々によって確保して、その一部を保存用のマジックバッグに、残りは缶詰やら真空パック、賢者様の世界の錬金加工品クアリアなど作って売り出している。
そして、そんなイノシシ肉の他にも、以前フレアさんが仕留めたバンブーカリブーのような安価かつ、食用に適した魔獣が次元の歪みに飲み込まれて来たりして、
「もしかして、おすそ分けとかいってくれてた肉にそういうのが紛れてんの?」
「そうだね。そもそもアヴァロン=エラで取れる肉なんてそういうのばっかりだから」
それら魔獣の内在魔素の関係で美味しいものばかりだということで、お客様の保存食はもちろんのこと、アヴァロン=エラにやってくる知り合いのおすそ分けに渡している。
もちろん寄生虫や未知の病原菌がついていると困るから、きちんと〈浄化〉をかけた後でだけど。
因みに、熊肉とか、種類によってはクセの強い肉は、まず僕が食べてみて大丈夫そうなものからお店に出している。
もし僕達の鑑定に現れない毒物なんかがあったとしても、状態異常に高い耐性を持つ僕なら大抵のバットステータスは無効化できるからね。
「あと、狼の魔獣は実績的もあんまりだから」
「そうなん?」
無駄に可愛く首を傾げる元春。
僕がそんなわざとらしい元春の仕草に心の中でうんざりとしたため息を吐いていると、マリィさんが横から入ってきて、
「種類はいろいろとあるようですが、同じタイプの魔獣を狩っても得られる権能の構成はあまり変わりませんものね。多少は同じような権能に効果が加算されるのでしょうが」
【魔獣殺し】として倒した魔獣についてはそれぞれに権能を得ることは可能だが、同じ効果を持つ権能は、基本、上位の権能に統合されて、ほぼ意味のないものになってしまうのだ。
それでも稀に特殊な力を持っている個体もいて、それを受け継ぐこともあるというけれど。
そういうレアな権能を持つ魔獣は百頭に一頭、千頭に一頭の割合で出会えればいい方らしく、基本的に狼の魔獣退治では実績面での恩恵をほぼ受けられないのだ。
「でもよ。狼の毛皮ってゲームとかで定番の素材じゃん。そっちの方で儲かってんじゃねーの?」
元春の言う通り、狼の毛皮を使った防具や防寒具というのはたしかに冒険者や探索者、ハンターなどと呼ばれる職業の人達には人気の商品だという。
「でも、ウチに来て、そういう定番の商品を買う人がいると思う?」
「ああ、ここならもっといいもんがあるからな」
銀貨数十枚も出せば下等竜種であるサラマンダーの装備、もう少しお金を追加すればワイバーンの装備が買えることを考えると、相当強力な個体の毛皮でなければ、わざわざ狼の毛皮を使った装備を買って帰る人はいないだろう。
「だったらよ。その狼とか削ぎ取る意味ないんじゃね」
「まあね。実際、麻痺弾で仕留めた狼はそのまま元に世界に返しちゃってるし、已む無く倒した個体も、面倒ならそのまま葬送しちゃってもいいんだけど、種類によっては特殊な効果を生み出すものもあるみたいだから、一応サンプルをとっておくんだよ」
たとえばビッグマウスの頬袋のように、あまり強くない魔獣でも、素材の力を引き出す特殊な処理をすることによって、思わぬ効果を発生させる素材が中にはあったりするのだ。
それは生前の魔獣を見ればおおよそ予想できるものではあるのだが、中には実際に作ってみるまでわからない素材も存在していたりして、
だから、微妙な差異であったとしても、初見の魔獣はソニアが実験できるようにと、毛皮や牙、爪などを五体分、確保しておくのがこの万屋でのマニュアルになっているのだ。
「おかげで削ぎ取りも随分と腕が上がったよ」
「はあ、それはご愁傷様というかなんというか」
「まあ、こういった技術はあって損はしないものだからね。せいぜい学ばせてもらうことにするよ」
◆特殊な素材を使った装備一例
〈ダッシュブーツ〉……特定の狼型魔獣の革や牙を使って作ったブーツ。魔力を込めることにより移動速度に補正がかかり、一瞬でトップスピードに持っていける。