高反発と低反発
場所は万屋の裏の一角、ちょっと大きめの石造りの工房の中だ。隣には元春がいる。
そんな僕達が見上げる先にはちょっとした小屋くらいはあるだろう巨大なスポンジ状の二つの物体。
「で、このデカスポンジみたいなのはなんなんだ?」
「マリィさんのところに新しいメイドさんがたくさん追加されたでしょ。今まではありもので我慢していたみたいだけど、ルデロック王の件が落ち着いたからベッドを頼まれてね。低反発と高反発のスポンジを作ってみたんだよ」
ベルダード砦からお引越ししてきたスノーリズさん達――ユリス様付きのメイド隊。彼女達はつい最近まで、小上がりなどで使っていたクッションや座布団などで簡易的なベッドを作り、皆で交代で使っていたそうなのだが、ルデロック王関連の騒動も落ち着き、これからはマリィさん達が暮らす城にもお客様が来るかもしれないということで、このタイミングで本格的に実用家具や調度品を揃えていこうということになったそうで、まずはメイド達のベッドを揃えることになったのだ。
しかし、高校生である僕が地球側でベッドばかりを数十台、かき集めるのは難しい。
ならば、工房で自作できないかとソニアに相談してみたところ、ベッド本体はバックヤードに有り余っている古代樹を、マットレスの方は世界樹の樹液を使えば寝具として定番である各種反発素材を作れるとのことから、今回この量のスポンジを用意してもらうことになったのだ。
「でもよ。こういうのって普通に作れるもんなんだな」
「知育玩具でいいのかな? スポンジ作成キットがあるでしょ。ほら、握ったりして楽しむ小さい人形を作るやつ。あれを分析して作ったみたいだよ」
必要なのは特定の性質を持つ樹脂にその硬化剤と発泡剤、その三つさえ揃えばあとは分量を調整してどうにかなるシロモノらしい。
「ふ~ん。そんな簡単に作れるんなら俺もちょっち欲しいかも、クッションとかにも使えるんだよな」
「そうだね。 でも、これだけあるんだから、マリィさん達が選んで余ったぶんを使えばいいんじゃない」
全員分のベッドを作ったとしてもこの量なら確実に余る。少なくとも端材が出ることは間違いないだろう。ならば、それを荒く切って、それを布袋に詰めるだけでもそれなりのクッションが作れるんじゃないのかと僕が言ったところ。
「だったら、トワさんが使ったスポンジをさり気なく確保しておいてくれよ。それで抱き枕を作っからよ」
元春はまた変態じみたことを口にしながらも、トワさんと直接会う度胸はないみたいだ。
「じゃあ、俺はあっちから見てるからよ。頼んだぜ」
おそらくはこれから来るトワさんを盗撮するつもりなんだろう。手をひらひらと、さも当然のように工房を取り囲む壁に向かって歩き出す元春。
僕はそんな去りゆく坊主頭に、この件はマリィさんに報告しておこうと心のメモにチェックを入れながらも、マリィさん達が来るまでにサンプルになるベッドを作っておかないとなと、工房のエレイン君達のサポートを受けて、二つの巨大スポンジを切り分けていく。
そして、切り分けたそれをミストさんに頼んでおいた布団カバーの中に詰め込んで、あらかじめ作っておいた木組みのベッドの上に置いていく。
因みに、このベッドはウッドスプリングベッドなる総木組み造りのベッドで、古代樹の薄板をスプリングにアラクネの糸で作ったバンドをくくりつけ、それを左右に動かすことによってある程度の反発を調整できるような仕組みになっている。
僕がそんな感じでベッドを組み立てているとマリィさんたち御一行が到着したみたいだ。
作業を続ける視界の端っこに来客を知らせる魔法窓がポンッと表示されて数分、ベル君に先導されてマリィさんとメイドの皆さんがやって来て、
「いらっしゃいませ」
「ありがとう。それが例のベッドですの?」
「はい、低反発と高反発、いま僕達が用意できる最高のマットレスを二種類用意したんですけど……、皆さんの好みもあるでしょうから、それぞれご確認の方をお願いできますか」
定番の挨拶からのお願いに、マリィさんとユリス様が「「わかりました(の)」」とまずはと低反発のマットレスの感触を確かめるように手の平をベッドの上に押し付けるようにして、
「こ、これは、マオが使っているクッションとはまた違って味わったことのない感触ですの」
「そうですね。これはなんというか、何かしら?」
驚きの声を上げる一方で、メイドさん達の年少組であるルクスちゃんが、ゴールデンレトリーバーな犬耳メイドフォルカスちゃんの手を引いて高反発のマットレスが敷かれたベッドにダイブ。
「凄い。フォルカスちゃん。バルンバルンです」
「ふわぁ。すごい」
「ルクス、フォルカス。貴方達は――、まずは姫様が確認していただいてからですね――」
すると、まだマリィさんとユリス様のお二人が確認をしている最中だというのに、飛び出してしまったルクスちゃんとフォルカスちゃんに、トワさんからの注意が入るのだが、それを無礼というようなマリィさんではない。
「構いませんのトワ。寝具選びは大切です。トワ達もしっかりと自分のベッドを選ぶといいですの」
多分、この許可が下りるところまでが定番のくだりなんだろう。無邪気なルクスちゃんに眉をひそめるトワさんに周囲のメイドさん達が苦笑をしながらも、マリィさんの許可が降りたのならやむを得まい。トワさんからのお許しが出たところで、一部、始めてアヴァロン=エラを訪れたメイドさん以外の皆さんが、すぐにベッドの感触を確かめに動く。
「それでマリィさんはどちらのベッドがいいか決まりましたか?」
事前の注文では、マリィさんとユリス様のベッドだけは、メイドさん達のものよりもグレードアップしたものを作ってもらいたいとトワさんから言われていた。
だから、二人のマットレスはメイドさん達の二倍ほどの大きさになり、選んでもらった後で改めて切り出すことになるのですがと訊ねたところ。
「迷いますわね」
「わかります。どちらもベッドとしては極上ですもの」
二人は元王族ということで、これくらいのベッドに寝たことくらいあるのではと思っていたけど、どうもそうでもなかったみたいである。
まあ、つい最近まで軟禁されていたことを考えると、本来の王族が使うようなベッドの感覚を忘れてしまっているなんてこともあるかもしれないけど。
「虎助様のおすすめはどちらですか」
「そうですね。低反発は寝心地、高反発は寝返りのしやすさに定評があるみたいですから、それぞれの特徴を意識して選ぶのも手かもしれませんよ」
他にも、低反発は熱が溜まりやすく、逆に高反発は熱が溜まりにくい。
そして、耐久年数にも多少の違いがあるとか。
まあ、耐久年数に限っていえば世界樹の樹脂が原料なだけに、本来のものとはまったくレベルが違うものになっているだろうけど。
としながらも、マットレス自体がそんなに高いものではないからと、両方のマットレスを作ってみたらどうかと提案してみたところ、「そうですわね」と二人のご了承。
因みに、メイドさん達はというと、どちらかといえば高反発のマットレスの方が優勢か。
しかし、結局のところ、実際にしばらく使ってみなければわからないと、メイドさん達のマットレスは半分半分ご購入。後はそれぞれ交換で使ってみて、気に入ったものに偏りがでたら、改めてマットレスだけを追加購入をすることになったみたいだ。
「しかし、この素材は他にもいろいろと応用が効きそうですわね」
「そうですね。特に低反発素材は枕とかクッション、ソファなんかによく使われていますよ」
注文も決定し、次々と出来上がるマットレスがメイドさん達に受け渡される中、マリィさんの呟きに、僕が元春と話していた内容をそのまま話すと、マリィさんは軽く首を横に振って、
「いえ、そうではなくて、この素材、防具とかに使えませんの」
「防具にですか?」
「ええ、原料が世界樹の樹液だそうですから、鎧の隙間などに詰めたりしたら面白いのではないかと思いましたの」
言われてみると、たしかに鎧の可動部や兜なんかの内側に貼り付けて、衝撃を吸収するようなことに使えるのかも。
「では、これを使って新しい防具を作るということでしょうか」
まだ『月数』も実戦投入していないのにも関わらず、また新しい鎧を作るのだろうか。
訊ねる僕に、マリィさんは「そうですわね」と楽しそうに答えながらも。
「伯父様のゴタゴタも落ち着いてきましたし、メイド達の数も増え余裕が出てきましたので、せっかくですから鏡の世界の探索をもう少し進めてみようと思いまして、そうなるとスノーリズ達にも鎧が必要になるかと思いますの」
例の鏡の魔導器から行ける世界の探索か。
たしか、ここアヴァロン=エラの他に、空中要塞に地下迷宮、人里離れた雪山に熱砂の砂漠、そして奇妙な生物が暮らす無人島と何もない空間だったかな。
その探索にスノーリズさんも加わるとなると本格的な装備が必要になるのかもしれないな。
まあ、半分はマリィさんの趣味を満たすための言い訳なんだろうけど。
「では、これと、トワさん達の時に使ったベヒーモの皮を組み合わせて防具を作るってことでいいですか?」
「ベヒーモの皮、ですか?」
その呟きは、マリィさんとの話を聞きつけてか、いつの間にか側に来ていたスノーリズさんのものだった。
だが、そんなスノーリズさんの呟きには気づかなかいのか、マリィさんが、
「しかし、同じ素材を使って新しく工夫をするというのも芸が無いですか。
それにスノーリズ達はあくまでお母様の従者ということになっていますから、別に新しい衣装の装備を作った方がいいですか」
領主といえばいいのか、現在ガルダシア城に暮らすメイドさんたちの最高責任者はマリィさんなのだが、そこはやはり長年使えたユリス様に使えるメイドさんなんだろう。
基本的にはユリス様の意見が尊重され、所属の違いで特色を出すとかそういうこともあるのかもしれない。
だからなのだろう。マリィさんがスノーリズさんに似合う鎧の仕様を考え始めると、そこへユリス様がやって来て、
「マリィばかりズルいわ。スノーリズの装備は私が作ります」
さすがは親子と言うべきだろう。その豊満な胸を張ってユリス様がスノーリズさんの装備は自分が作ると主張する。
しかし、それに噛み付いたのがマリィさんだ。
「ですがお母様、この万屋に頼むのなら、慣れている私がした方がいいものが作れるかと」
相手がユリス様だからだろう。やや低姿勢に言いながらも自分の方が慣れているからと主張するマリィさん。
「いいえ、私も作りたいのです。スノーリズ達の鎧は私が作ります。ねえ、スノーリズも私に作ってもらいたいですよね」
それに対して、ユリス様は駄々っ子のようにスノーリズさんに迫る。
そして、そんなユリス様の態度に、今度はマリィさんがスノーリズさんに声をかけようとして、
このままではスノーリズさんが板挟みになってしまう。そう考えた僕は、
「だったらこうしたらどうでしょう。マリィさんとユリス様、それぞれがデザインした防具を作って、装備するスノーリズさんに決めてもらうというのは」
その提案に一番の反応を見せたのはスノーリズさんだ。
「え!?」
まあ、最終的に誰の防具を選ぶのか。その結果によって、マリィさんかユリス様、そのどちらかの機嫌を損ねてしまうのではないか。スノーリズさんはそんな事態を心配をしたのだろうが、それに関してはちょっとした考えがある。
ということで、さり気なくスノーリズさんの側に歩み寄って「ちゃんと考えがありますから」と小声で言うと、スノーリズさんも僕を信じてくれたのだろう。若干の戸惑いを残しつつも頷いてくれて、
「負けませんわよ」
「それはこちらのセリフです」
はてさて、どんな装備が出来上がるやら、当人を置き去りに盛り上がるお二人に、僕は微笑ましげな視線を送るのだった。
◆ブクマからいつの間にか作品が消えているのを見つけると凹みます。
◆次回は水曜日に投稿予定です。