とある男子高校生の日常
◆今回は長めのお話となっております。
それは終業式の帰り道。
「ハァ、また駄目だった」
「君が落ち込むのは似合いませんよ」
うなだれるように落ち込んでいる男臭い短髪少年が榊原正則君。その横でそっけなくも慰めの声を掛けるメガネの男子が酒井次郎君。どちらも僕と元春の小学校時代からの友人だ。
因みに、正則君が落ち込んでいるのは三学期が終わった今日――、クラスが変わる前にと気になっていたクラスメイトに告白して見事に玉砕したからである。
でも、彼女って言うなら――、正則君には彼のことが大好きなひよりちゃんという幼馴染の女の子がいる。だから、『ひよりちゃんに告白すれば、すぐにでもかわいい彼女ができるんじゃないかな』僕がそんなアドバイスを贈ろうとしたところ、元春と次郎君が凄い剣幕で迫ってきて、
「シャラップ。虎助――、そいつは俺等が言っちゃ駄目なヤツだぜ」
「そうですよ。それはあえて自分で気付くことが大事なんです」
たしかに、正則君とひよりちゃんのことを思うのなら、二人の言い分は間違いでもないかもしれないんだけど、二人の場合、たぶん自分には恋人がいないのに正則君だけにできたら悔しいとか、そんな感じで反対してるんだよね。
一見、いいことを言ってる感じになってるんだけど動機がね――と、僕が友人たちの醜い嫉妬に呆れていると、単純な正則君は自分が本気で心配されていると思ってくれているみたいだ。気合を入れるように頬を叩き。
「そうだよな。いつまでも落ち込んでるなんて俺らしくねぇよな。次だ次」
持ち前のポジティブシンキングで復活。
「そういえば、虎助のバイト先に巨乳美女がいるんだよな。紹介してくれたりなんかしちゃったりしてもいいんだぜ」
ふと思い出すようにそう聞いてくるのだが、
「紹介か――、どうなんだろ。すぐにっていうのはちょっと難しいかな。
でも、それよりも、正則君、僕のバイト先のことを知ってるみたいだけど、僕、話したっけ?」
こっち側の友人には別の世界の話はしていないはずだけど……、僕の疑問に正則君が答えるには、
「そりゃ動画を見たからな。なんかいろいろ面白いことやってんだろ」
そういえば、前に元春がマリィさんが撮った動画をみんなに見せるとか言ってたような。
「っていうかあの動画、かなりの再生数になってたけど、あれ儲かってんじゃね?」
「儲かってる?」
正則君の問い掛けに首を傾げる僕。
すると、そのリアクションに元春が呆れるように言ってくるのは、
「おいおい虎助――、
もしかして、お前、動画の広告料とってねーの?」
「広告料?
ああ――、うん。あの動画を撮ろうって言い出したのマリィさんだし、面倒臭そうだから余計なことはまったくやってないんだよね」
動画配信者だったっけ? インターネットに動画をアップして、それでお金を稼ぐ人がいるってことは知ってるけど、それがどういう仕組みになっているのか僕は知らない。
だから、アップした動画は最初の設定のままで投稿して、後は放置してある状態だと言うと。
「そんなに面倒でもないだろうがよ。アクアちゃんの歌も評判いいみたいだし、なんなら広告料とかそういうのは俺がやってやろうか」
「おいおい、モトがやんなら俺でもいいだろ」
「君たち待ちなさい。お馬鹿と脳筋の君達にそういう細かい契約が出来るわけがないでしょう。ここは僕が管理するべきでは」
元春が自分を指差してオレオレとアピールしてきて、正則君がそれに追随、そして次郎君がクイッとメガネを持ち上げて最後に美味しいところを持っていこうとするのだが――、
そこは長年の付き合いだ。僕が飛ばす湿り気を帯びた視線に気付いたのだろう。元春が争う二人を止めるように両手を広げて、
「セイセイセイセイ、びーくーるだ。びーくーる。お前ら落ち着けって、もともとあれは虎助がアップしてる動画だぞ。
ってことで、ここは一つ、俺達が協力してやるってことでどうよ」
「ん? あ、ああ、そうだな。みんな仲良くが一番だ」
「そ、そうですね。幸い――ではなく、残念ながら虎助君はそういう方面に興味が無いみたいですので、僕達が管理しなければせっかくの動画が無駄になってしまいますからね」
正直、僕としてはその辺のことは別にうるさくツッコむつもりはないんだけど。
どちらにしても、その動画を使ってなにかやるとするなら――、
「一回、マリィさんに話を通しておかないと。あの動画のメインはマリィさんなんだし」
「そうなんだよな。
でも、それなら、どうせだからよ。その話をするついでにジローとノリも紹介しとくってのはどうなん」
「うーん、前も言ったけど、二人がくるならやっぱり準備をしないと危ないかもだし」
母さんに鍛えられた二人なら、滅多なことはないと思うんだけど、ともすれば命の危険があるかもしれないのがアヴァロン=エラという世界である。
だから、きちんと安全を確保した上でないと連れて行くのはちょっと心配だと僕が言うと。
「それ、前に元春からも聞いたんだけどよ、どんなところなん。
ここいらにそんな危ねぇ場所ってないだろ」
「そうですよね。虎助君の行動範囲でそこまで危険がある場所はないと思うのですが」
二人共、所詮は学生のバイトっていうことで、この近辺で僕が警戒しなければいけないような危険な場所はないんじゃないかと指摘する。
常識的に考えるとそれは間違いじゃないんだけど。
「動画そのものの場所って言えばわかるかな。
僕のバイト先はそういう場所だから」
「いや、そりゃさすがにありえねぇだろ」
僕の説明に、あんなゲームみたいな場所があってたまるかと言う正則君。
それは次郎君も同じみたいなのだが、ここで元春が「ふふん」と鼻を鳴らして、
「でもよ。そこがイズナさん関係先ってことだったらどうよ」
「「イズナさん(師匠)の!? それなら――」」
母さんが関わっている。ただそれだけでどんな不思議があったとしても許されてしまう謎の説得力。
そして、その事実が逆に二人の興味を引くことになったみたいだ。
元春の一言をきっかけに『本当にそんな場所があるならちょっと行ってみたいかも』という意見が主に正則君からあがり、『だったら今週中にでも連れてってやるよ』と何故か元春の仕切りで春休みの計画を立て始めるのだが、駅前を通り過ぎ、そろそろ僕と元春の家がある住宅街が間近となったその時、僕達の進路を塞ぐようにゆっくりと近付いてきた車が止まり、その中からいかにもチャラそうな数人の男が降りてくる。
えと、この状況はなんなのかな。
すぐに思いつくとしたら元春がまた何かをやらかしたとかくらいだけど。
元春に義姉さんと、ちょっと特殊な部類に入る幼馴染と付き合っていると、わりとよくあるシチュエーションに、僕と次郎君、そして正則君の視線が元春に注がれる中、車から降りてきた男達の一人、金髪に鼻ピアスといかにもなルックスの男が、ダボダボのズボンのポケットっから取り出した携帯電話と僕達――というよりも元春とを見比べて、
「テメェが松平元春だな」
「違うっすよ」
鼻ピアスからの誰何にしれっと嘘をつく元春。
すると、鼻ピアスの金髪は「オイオイ本気かよ」と呟いて、仲間達の方へと振り返り、「なぁ、違うってよ。どうするよ。コレ」しゃがれた声で言うのだが、全員が全員、彼のようなお馬鹿さんではないらしい。
「騙されんなって、どう見たって本人だろ」
ジャージ男の指摘にきょとんと元春をもう一度見る金髪鼻ピアス。
そして、携帯を見て、元春を見て、再び仲間の方へと振り返り。
「あん? じゃあなにか、アイツ、俺を騙そうとしたってことかよ」
「だから、そう言ってんじゃねーかよ」
そんなお間抜けなやり取りをした上で、
「テメェ、いい度胸してんじゃねぇかよ。ちっとツラ貸しやがれ」
ようやく自分が騙されれていたと気付いたみたいだ。ここが漫画の世界だったなら『ゴゴゴ』とそんな擬音が背景に浮かびそうな怒りの表情を浮かべて掴みかかってくるのだが、元春は慌てない。
するりと胸ぐらをつかもうとする男の手からスウェイバックで逃れ。
「知らない人について行ったら駄目って言われてるんで断りまっす」
キッパリと断りを入れる。
すると、男達もこの流れて断られるとは思っていなかったのだろう。たっぷり数秒間、フリーズしながらも、『はい、撤収――』とばかりに男達を避けるように歩き出そうとしたところで、我に返ったみたいだ。
「待てや、ゴラァ!!」
叫びながらもう一度、元春に掴みかかろうとする鼻ピアス。
だが、元春は自分の肩めがけて伸びてくるその手をパシッと軽くいなして、
「テメェ、やりやがったな」
「いや、軽く叩いただけじゃないっすか」
理不尽なことを言う鼻ピアスに珍しく正論で返す元春。
と、その隙を狙うように別の男が元春の背後に回り込むのだが、
「こっそり後ろからとか、見えてんだよ」
元春は敬語を使うことを止めたらしい。華麗(?)なステップで回避。
するとそんな元春の動きを見て、最初に鼻ピアスと話していたジャージ男が標的を次郎君に変えて、「だったらお前だ」と情けなくも威勢のいいことを言いながら次郎君に手を伸ばすのだが、
「ハァ、やっぱり僕の方に来ますか」
見た目、真面目で線が細い次郎君だが、こう見えて次郎君も母さんから訓練を受けたことがある一人である。
いや、むしろ付き合いの長さから、いかにもなスポーツマンである正則君よりもこういう場面での対処には心得があったりする。
だから当然、男の目論見は外れる訳で、
ひらりひらりと逃げ回る次郎君の動きに男はついて行けない。
そして、こういう手合にありがちな日頃の不摂生が響いているのだろう、だんだんと息があがってきて、
「もう面倒だ。全員であの坊主を捕まえに行くぞ」
これは逆ギレってことでいいのかな。
次郎君すらも捕まえられなかった男は必殺の『仲間を呼ぶ』を発動。
ジャージ男の掛け声を受けて元春に群がる男達。
これが女子なら元春も本望だったろうが、相手が男。しかもいかにもな強面集団ともなると切実だ。
「虎助、ちょ、助けて」
ゾンビのように群がってくる男達の背中を飛び越え、股の下をくぐり、捕まらないようにしながらも助けを求めてくる元春。
でも、今の元春ならこの程度の相手なんて一人で制圧できそうなものなんだけど。
まあ、前のことがあるから、やりすぎちゃうかもしれないって遠慮してるのかな。
だったら――と、僕がそれを発動させた途端、白目を剥き、その場に倒れ込む男達。
「なんですか、今の?」
「おう、それもだけどよ。なんだ虎助がめっちゃ怖ぇえ」
いきなり倒れてしまった男達に驚く次郎君と正則君。
予想はしていたんだけど、やっぱりこの二人は実績由来の威圧をも耐えるんだね。
母さんに鍛えられただけのことはある。
そう、僕が使ったのは威圧。殺気などを魔力に乗せて飛ばすことによって相手を威圧する技だ。
しかし、威圧の説明ってどうすればいいんだろう?
これを実績やら権能やらを知らない二人に説明するのはなかなか難しいかな。
だったら、ここは今しがた学んだばかりのこの言い訳で誤魔化すとしよう。
「母さんから習ったんだよ」
「なんだよ。やっぱイズナさんに習った技かよ」
「師匠が――というならあり得ることですね」
うん。なんでもかんでも母さんの一言で済んでしまうこの素晴らしさ。
ということで、威圧の説明はこんなものでいいとして、問題は威圧の被害にあわれた男達の処分だ。
「で、どうしようか、この人達」
「どうしよっかって言われてもな」
「てゆうか、コイツ等、思いっきり漏らしてんだけど、これも俺等がどうにかしなきゃならねぇのかよ」
「それに関しては本当にゴメンって言うしかないね」
正直、僕もちょっとした威圧でここまでの状態になるなんて思ってなかったんだよ。
「しっかし、その殺気みたいなヤツ、マジで便利過ぎね」
「ああ――、でも、相手が自分よりかなり格下じゃないとこうはならないんだと思うんだよね」
因みに、この威圧という技術、実はわりと簡単に獲得できるものだったりする。
そもそも威圧なんてものは、ある程度のレベルの魔獣なら誰も彼もが持っているもので、実績に付随する権能としてはわりとポピュラーなものなのだ。
だから、その効力の強弱を問わずで調べれば、元春だって似たような権能を既に獲得していて、使う分には使えるのではないだろうか。
そう考えると元春を助けたのは余計なお世話だったのかな。
僕は自分がなんで見つめられているのか分からず疑問符を浮かべる元春にそんなことを思いながらも、やってしまったのもは仕方ない。偶然にも持ち歩いていた万屋製の強力ガムテープを使って気絶した男達の手足をぐるぐる巻きにしていって――、
「元春、ちょっと靴を貸してくれないかな」
「は? なんでだよ」
「なんで襲ってきたのか、その理由を聞こうと思ってね。
元春の靴を気付け薬の代わりに使おうかななんて――」
気付け薬とは気絶した人を目覚めさせる為に使う嗅剤のことである。
症状によってはまったく無意味な薬ではあるが、今回の場合、この男達は恐怖や強いストレスを受けて気絶しただけなので、気付け薬を使えばたぶん目覚めさせることができるだろう。
後は目覚めさせた男に事情を聞けばと、僕はそう思い、いかにも臭そうなイメージがある元春のスニーカーを借りようとするのだが、
「オイオイ虎助、そりゃねーぜ。そういう使い方すんなら俺のよりも――、
そうだ。ノリのを使った方がいいんじゃね」
「ちょ、それ、どういう意味だよ」
「どうもこうもそういう意味だって」
「あ゛あん?」
「まあまあ、僕としては彼等を目覚めさせることができるのならどっちでも構わないんだけど」
「よっし、じゃあ、どっちがよりクセーか、こいつ等で実験してみようぜ」
言い争いというよりも醜いじゃれ合い。
そんなやり取りの結果、気合を入れて何を言い出すかと思ったら、またくだらないことを――、
「起こすのは一人でいいんだけど」
「んなの知らねーよ。ここで重要なのはどっちの靴がクセーかだ」
なにかまた変なスイッチが入っちゃったみたいだね。
元春と正則君がそれぞれ男を一人選んで靴の臭いを嗅がせることになったみたいだけど、目を覚ましたのは正則君の靴の臭いをかがされた男の方だった。
「おらっしゃ――、やっぱ俺の言うことがあってたんじゃねーかよ」
「いやいや待てって、やり直しを要求するぜ。
モトが靴の臭いを嗅がされた茶髪、絶対臭いフェチだったんだって、たぶん俺の嗅がせても起きねぇから」
臭いフェチって――、どっちかっていうと気絶の度合いによるもののような気もしないでもないんだけど。 まあ、僕としては一人話しを聞ける人物さえいれば後はどうでも良かったりするので、これ以上の拷問は二人の好きにしてもらうとして、僕はこの咳き込んでいる男から元春を連れ去ろうとした事情を聞こうと、元春と正則君が非人道的な所業を行うのを横目に次郎君と目覚めた男の尋問を始めるのだが、
斯く斯く然々、穏便に事情を聞いたその結果――、
「で、結局なんだったんコイツ等?」
「なんか、田島先輩に頼まれて来たみたい」
嘔吐いたり、咳き込んだりする男達を背景に不満顔で訊ねてくる元春に僕がそう答えると、同じく不満そうな顔をする正則君が聞いてくるのは、
「田島って 誰だ?」
「二年の先輩ですね。たしか三学期明けに校内新聞で話題になった人ですよ」
「三学期明けの校内新聞って――、
ああ、もしかしてあの暴露記事か」
『三学期明け』そして『校内新聞』というワードを聞いて、思い出すように納得する正則君。
そう、件の田島という先輩は、元春がというよりも、元春が所属する写真部と新聞部が合同で行ったリア充撃退作戦の被害者なのだ。
まあ、その田島っていう先輩は『女の敵』という意味では加害者であって、
だからこそ、大いなる嫉妬とちょっとばかりの正義感から元春達が動いたという理由もあるのだが、田島先輩はその自業自得ともいえる制裁に復讐をしたいようなのだ。
「んで、俺が狙われたってわけか」
「正確には元春君だけを狙ったことではないみたいですね。
写真部と新聞部、それとあの件に関わっていた全員に何かをしようとしていたみたいです」
まあ、あの件は田島先輩の被害にあった女性の証言があってこその結果だった。
おそらく田島先輩は彼女達の口からさらなる真実が晒され、公的に裁かれる可能性を恐れているのだろう。
「それでモトが最初の犠牲者ってことかよ。そりゃ運が悪かったな」
「いや、ある意味で運が良かったんじゃないかな。僕達が関わらなかったら他の人が連れ去られていたかもしれないからね」
この誘拐じみた反抗が僕達以外の人に向けられたら危険だった。
ただでさえ、いろいろと犯罪まがい(?)なことをやっていたとされる田島先輩だ。
たぶん、他の人が連れ去られていたら、その人を人質に――、いや、それ以前に、彼には被害者に脅しをかける幾つかの切り札が残っているのかもしれない。それを使って強制的に命令に従わせるとか、そういうことになってしまったら、ちょっと面倒なことになっていただろう。
だから、彼等が最初に元春に声をかけてくれてきたことは幸運といえるだろう。
「で、コイツ等はどうすんだ」
「それが問題なんだよね」
このまま開放したところでまた来るに違いない。
だったらどうすればいいのかというと。
「そうですね。彼等がやろうとしていたのは拉致監禁。このまま放っておいたら面倒になりそうですからね。やはりここは警察に相談してみてはどうでしょう」
うん。次郎君の言う通り、無難に対応するならやっぱり警察だよね。
僕が次郎君の提案に、さっそく知り合いの警察関係者に連絡を取ろうとしたところ、元春か正則君か、どちらの臭いによって目覚めたのかわからないが、ジャージ男が「くくく」といかにもな噛み殺すような笑い声を上げて、
「無駄だぜ。警察にいったところでどうにもなんねーよ」
「はぁ? そりゃどういうこった」
自信満々といった様子のジャージ男に元春が訝しげに聞き返す。
すると、ジャージ男いわく、なんでも彼等の雇い主である田島先輩――というよりもそのご両親かな――には、警察へのかなり強力なコネクションがあるそうだ。
だから、僕達が今日のことを警察に訴えたとしてもすぐに揉み消され、第二第三の刺客が送られるだろうと予言めいたことを言うのだが――、
第二第三の刺客とか、どこの魔王様なのかなってツッコミが欲しいのかな。
そもそも、そんな糞尿まみれのままで凄まれてもね。
たぶん、これはみんなも同じようなことを思っているのだろう。
僕達は虎の威を借るウンコマンとなったジャージ男に白けた視線を向けながら。
でも、そうなのか。
警察に通報しても握りつぶされるかもしれないってなると――、
「はぁ、こういうことはドラマの中の話だけだと思っていましたけど。本当にあるんですね」
「こりゃもう、イズナさんに頼むしかねーんじゃね」
「師匠にですか、それだと彼等の命が危ないのでは?」
「だったら志保の姐さんとか」
「おいおい、ノリ――、それマジで言ってんのか?」
「だね。義姉さんがこのことに関わってきたら母さんに任せるより酷いことになるんじゃないかな。義姉さんそういう馬鹿なことする人が一番嫌いだし」
僕達が『この男達の処理をどうしよう』とあーでもないこーでもないと相談していると、その緊張感のないやり取りが気に障ったのか、金髪の鼻ピアスが、元春か正則君かの靴の臭いを嗅がされてそういう体勢になってしまったのだろう。うつ伏せになった体をくるり振り向かせて眼光鋭く。
「なに余裕ぶっかましてんだテメェ等、志保だかなんだか知らねーけどよ。そんな女がどうしたってんだ。見せしめにヤっちまうぞ」
うわっ、この人はまたなんて恐ろしいことを言い出すんだ。
鼻ピアスの発言に『コイツ、自殺願望でもあるのか』と一気に顔色を真っ青にする僕達。
すると、そんな僕達の様子を見て、この鼻ピアスの金髪男は自分の都合のいいように僕達のリアクションを勘違いしたのだろう。「へ、わかりゃいいんだよ」と満足そうに顔を歪める。
しかし、僕達としては彼の自己満足に付き合ってる場合じゃない。
もしも彼がいま言ったような蛮勇を敢行しようとするのなら、その被害は僕達の想像を絶するものとなってしまうだろう。
だから、
「おい、ヤベェぜ」
「そうだな。このままだと血の雨が降んぞ」
「自ら地雷原に踏み込んで行こうとは本当に救いようがありませんね。
しかし、こうなった以上、もう手段は選んでいられません。このお馬鹿さんには見せしめになってもらう必要があるでしょう」
焦る元春と正則君。そして、メガネをくいと持ち上げ物騒なことを言い出す次郎君に、鼻ピアスの男やジャージ男、その他一同が『なに言ってんだコイツ』とばかりに馬鹿にするような表情を浮かべる。
まあ、義姉さんを知らない人ならそうしてしまうのも分からなくもないけれど。義姉さんという存在をしる僕達からしてみると、次郎君が言うこの人達が救いようがないという言葉はまさにその通りで、なにかをやらかす前にガツンとやっておく必要があるのはそうなんだけど。
「でも、見せしめっていってもどうするの?」
空切で首を切って脅すとか、〈息子殺しの貞操帯〉をつけるとか、アヴァロン=エラならいくらでも彼等を脅かす方法があるんだけど、こっちだとそんなこともできないし。
そう聞く僕に次郎君キランとメガネを光らせて、
「簡単です。現状を写真に撮って彼等のコミュニティーにアップすればいいんです」
「ああ成程――」
まあ、こっち側で脅しといったらそういう手段になるかな。
「でも、そういうのって犯罪にならないかな」
これは同性が同性にすることで、別にやましい気持ちもなく、単にお漏らししたっていう事実を写真に撮って知らせるだけだから、別にリベンジポルノとかそういうものとは違う思うんだけど。次郎君のアイデアは似たようなケースになるんだと思うんだよね。
だから、そんなことをして大丈夫なのかと心配する僕に、次郎君はガムテープでぐるぐる巻きにされ動けない男達に近付いて、その懐を弄ると。
「彼等の携帯を使えばいいんですよ。それなら僕達が関わっている証拠は残りませんし、なんだったら、彼等の携帯からデータそのものを適当なクラウド上に保存してロック、また何かあったらそれを公開するということにしておけば多少は大人しくなるでしょう」
そう言って複数の携帯電話を掲げて見せてくれる次郎君。
「おま、ホントそういう悪知恵が回るよな」
「悪知恵とか失敬な言い方ですね。単純に僕はこの場面にあった対処法を考えただけですよ」
うーん。次郎君の案が悪知恵かどうかはともかくとして、現状ではこれが一番穏便な説得になるかな。
そして、僕達が本気でそれを実行しようとしていると悟ったのだろう、急に焦りだす男達を見下ろして、
「という訳であなた達には少々恥ずかしい目にあってもらいますよ」
「お、おい、それマジで言ってんのかよ――」
「冗談だよな。な。そんなことしたらどうなるのか分かってんのか」
携帯を構えてにじり寄る次郎を慌てて逃げ出そうとする鼻ピアスたち。
しかし、手と足を自由に動かせない彼等にはどうすることもできず、芋虫のように動き回っている間に、ズボンのシミも広がっていき。
「おいおい、お偉い友達が助けてくれるんだろ。だったら待てってことはないっすよね」
「まあ、自業自得だっけ? そういうことだから諦めた方がいいと思うぜ」
ここで元春と正則君も加わるみたいだ。
ふむ、これは僕が手伝う必要はないみたいだね。
だったら僕はどうしよう。
母さんに連絡をするのはマズいとしても、このことは誰かに伝えておいた方がいいよね。
そうなると――、
僕は、お尻の茶色いシミがよく見えるアングルがどうのこうのと、よくわからないこだわりを見せる元春を横目に信用できる警察関係者に連絡をすることにする。
数日後、僕達は風の便りでとある半グレ集団が原因不明の壊滅をしたという話を聞くことになるのだが、その頃になると僕達は自分達が襲われた件をすっかり忘れていた。
◆なぜかたまに投稿時間が13時になってしまっています。
自分では12時に設定しているつもりなのですが……、
マウスの調子が悪いのでしょうか。