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●忘れられていた男

◆今回の主役はマリィが暮らす城への潜入を果たし捕まった密偵です。

 俺の名前はジェイク。

 現在、俺は首だけの状態になって生かされている。

 首だけになってなぜ生きているのか、信じられないような話であるが本当のことだ。


 事の発端は二ヶ月ほど前のことになるか、俺は組織が所属する国の国王に命じられ、その姪が暮らす辺境の古城に忍び込んでいた。

 潜入自体はうまくいっていた。

 しかし、城の内部で見つけた転移の魔鏡。そんな稀有な魔導器を使ってどこかへ転移していた姫の動向を探るべく、後を追うようにその魔鏡に飛び込んだのが間違いだった。

 そこには、狼の影として幼い頃より訓練を受けていた俺を持ってしてもまったく歯が立たない程のゴーレムが存在し、さらに巨獣の出現など、予想外のハプニングも重なって、俺は捕縛されてしまったのだ。

 そして、特殊な魔導器によって生きながらに解体されるという憂き目にあってしまった。


 首だけになってしまった俺が連れてこられたのが、伝説に歌われるような精霊が収める楽園。

 恐ろしいまでの生命力に溢れる樹の根本、水と植物、二体の精霊がその眷属を操り、箱庭を作る精霊たちの楽園だ。


 俺はその楽園にいたドライアドによって、どうして自分がここにいるのか、なにを目的としているのか、その全てを吐き出させられ、それからずっとここにいる。

 柔らかい布が敷かれた箱の中に寝かされ、日に数度、魔力を抜かれるだけの生活。

 人によっては羨ましいとも思えるような環境かもしれないが、感覚は繋がっているものの、首から下から先がどうなっているのか分からないこの状況は、ある意味で拷問に近いものがある。

 伝わってくる感覚からしてなにか液体が詰まった樽のようなものに放り込まれているようだが、どうあがいてもそこから抜け出すことができなくて、ただただ閉じ込められているというのはなかなか厳しい状況なのだ。


 まあ、そこから抜け出せたとしても、どこに体があるのかが分からないのでは意味がないのだが……。


 俺がどこにあるともしれない体のことを思い、もう何度目かになる諦めのため息を吐き出していると、そこへ近付いてくる小さな影。

 どうやら食事の時間が来たようだ。

 食事を運んできてくれるのは精霊の楽園で働く人型のマンドレイク。

 日に三度、代わる代わる食べ物を運んできては俺に食べさせてくれるその一時が、この首だけ生活の中での唯一の楽しみだ。


 さて、今日のメニューはなんだろうな。

 おっ、今日の昼飯はカレーパンか。後はハムレタスサンドに野菜ジュースだな。

 因みにカレーというのは、俺が潜入した古城、現王の姪であるマリィ姫が軟禁(・・)されている城でメイド達が食べていた芳しい香りを放つ食べ物だ。

 見たこともない透明な袋に知らない文字で書かれていたのだが、何故か読めしまったので憶えたのだ。

 多分、この付近で範囲型の翻訳の魔法が発動しているのだろう。

 それ自体は珍しいことではないのだが、常時発動されているということが驚きである。

 おそらく相当に高価な触媒が使われているのだろうが、なんの為にそんな面倒なことを――、

 やはり、他国との取り引きに使われているのだろうか……。


 おっと、いかんいかん。捕まっていても、つい余計なことに思いを巡らせてしまうのは職業病というヤツだな。

 俺は軽く自分自身に苦笑して、脳裏に過った思案をリセットすると、カレーパンを一口サイズに千切って口まで運んでくれるマンドレイクにこう訊ねる。


「なあ、俺のお迎えはいつ来るんだ?」


 別にこれは解放を期待しての発言ではない。

 ただ、こんな機会でも作らなければ声を出す機会もないだろうと、毎回のようにかける言葉の一つだ。

 だから当然マンドレイクからの返事はない。

 そもそも言葉を知らないのか、それとも考える知能すら無いのか、どちらにしてもだ。


「誰か呼んできてくれると助かるんだがな……」


 と、付け加えた些細な願望がきっかけだったのかもしれない。

 要望を出して数時間、そろそろ日暮れ時という頃、忘れもしない、俺をバラバラにした少年がやって来たのだ。


 もしかしてやってしまったか。

 俺は捕まった時のことを思い出し、数時間前の自分の行いを激しく後悔するも、意外なことにその少年は殊勝な態度で、


「放っておいてすみません」


 少年の態度に混乱する俺。

 しかし、いざ話を聞いてみると、どうも俺は忘れられていたみたいだ。

 捕らえた当初はどうこうしようとするつもりがあったみたいだが、それが、一週間、二週間と放置する内に、俺の存在は記憶の片隅に追いやられ、それでも、一時期、俺の身柄をどうするのかを話し合ったりもしたらしいのだが、それから彼らもまた別件(・・)で、いろいろと立て込んでいたらしく、すっかり俺の処遇の話をするのを忘れてしまっていたとのことである。

 そして、つい先頃、マンドレイクから俺が文句を言っていると報告を受けて、取り敢えずここに駆けつけたのだという。


 まったく、滑稽な話しだな。

 いろいろと考えていたのが馬鹿みたいだ。


 しかし、彼の独断で俺を開放するわけにはいかないのだという。

 なんでも、現在、俺の身柄はマリィ姫の預かりになっているそうなのだ。

 まあ、俺が捕まった状況を考えると彼女が身元引受人であることは当然ともいえるだろう。

 なにしろ俺は彼女が閉じ込められている城の内情を探る為に送り込まれた密偵なのだから。

 彼女が俺を警戒する気持ちは理解できる。


 しかし、あれから二ヶ月、マリィ姫は無事なようだがいまはどのような流れになっているのだ。

 てっきり、俺の報告を受けてルデロック王がマリィ姫になにかしたのではと心配していたのだが、少年からの話では、まだ大事には至っていないようにも聞こえる。


 その辺りのことが気になって少年に聞いてみると、衝撃の事実が少年の口から語られる。

 なんでも俺が送った情報を元にルデロック王がマリィ姫のいる古城に攻め込んできた。それは間違いないそうだ。


 まあ、そこまでなら俺も驚かない。

 なにしろルデロック王は、まだ少年と呼ばれる年齢の頃から、王座に並々ならぬ執着心を持っていたのだ。名君になるだろうと言われていたアースレイ様の落とし子であるマリィ姫が強力な武具を持っていることが既に罪であったのだろう。


 だが、事態は思わぬ展開になったのだという。

 たしかにルデロック王はマリィ姫を断罪するべくその居城に乗り込んだ。

 しかし、乗り込んだ側のルデロック王はマリィ姫側の戦力に完全無効化されてしまったのだという。


 相手は魔導兵団、王位簒奪を成功させた中核メンバーだぞ。

 そのメンバーに攻め込まれておいて、一人の姫が――、いや、姫が持つ戦力が打ち砕いたというのだ。

 いくらマリィ姫が【ウルドガルダの五指】と呼ばれる魔導師の一人と謳われているとはいえ、一方的な展開になるだろうか。

 しかも、ルデロック王側にはマリィ姫と同じく【ウルドガルダの五指】に数えられる錬金術師が紛れ込んでいたという。

 ただでさえ一騎当千と言われている魔導兵団に加えて、マリィ姫と同格である錬金術師がいる戦力を相手に完勝しただと。


 唖然とするしかない俺。

 だが、その一方で納得もしていた。

 考えてもみれば、マリィ姫は【ウルドガルダの五指】でありながら、比類なき魔法の才能を持った人物、千年に一人の逸材とも評される人物と呼ばれてもいるのだ。

 かの革命の折に、彼女が先王の側におられたならルデロック王による王位簒奪はなかっただろうと言われるような大魔導、それがマリィ姫なのだ。

 今回、俺がわざわざ軟禁されている城へと潜入せよというチグハグな任務を与えられたのも、ルデロック王がそれだけマリィ姫を警戒していたに他ならないのだ。

 だから、これはある意味でこれは当然の結果とも言えのではないか。


 だがその一方で、ルデロック王が惨敗したとなると、これはマズイことにならないか。

 ルデロック王の乱心、その引き金はこの俺による情報。

 そんな俺がこのまま放置されるなんてことはありえない。

 展開によってはこのまま処分なんてことにもなりかねないのだ。

 ここは、この少年に願い出て、どうにか罪を軽くしてもらえるように取り計らってもらわなければならないだろう。

 それには先ず、マリィ姫が何を求めているのかを調べる必要がある。

 彼から情報を引き出し、マリィ姫に取り入る。それが俺に残された唯一の道。

 しかし、どういうとっかかりで斬り込んでいけばいいのか。

 問題の少年を前に頭を働かせる俺だったが、続く少年の話でなにをしようにも全てが遅いことが知らされる。

 少年によると、なんでも俺のことは既にマリィ姫に伝えられており、もうしばらくすると、マリィ姫がその片腕ともいうべきトワ女史を連れてやってくるというのだ。


 そして、その数分後、俺は地獄の淵にいた。

 いや、『地獄の淵』というこれは、あくまで比喩的な表現だが、マリィ姫と一緒にやって来たトワ女史が俺を射殺さんとばかりに見つめてくるのだ。

 首だけとなった俺にどうにかできる相手ではない。

 せめて、どうして睨まれているのか、その理由が知りたいと、隙を見て少年に訊ねてみたところ、どうもトワ女史は俺が城への潜入に成功したことを苦々しく思っているらしく、俺に忸怩たる思いを抱いているようだ。


 あ、駄目だ。これ、死んだ。俺の命運もここまでだったみたいだ。


 少年から聞かされた内容にそう思っていた俺だが、しかし俺は許された。

 いや、許されたと言うのはちょっと違うだろう。

 俺は潜入スキルを持つ敵に対する実践訓練の相手として生かされたのだ。

 逃走を防ぐ枷として〈息子殺しの貞操帯(ジュニアキラーベルト)〉なる魔導器を取り付けられ、このアヴァロン=エラという場所の一角でメイド達の相手をする仕事、それが俺に与えられた新しい任務だった。


 因みに、許可された区域から出ようとすると、この〈息子殺しの貞操帯(ジュニアキラーベルト)〉により、股間に強烈な衝撃が入れられるという。

 まったく、こんなふざけた魔導器で俺の逃亡を防ごうだなんて舐められたものだ。

 そう思っていた時期が俺にもありました。

 だが、そんな俺のゆるい考えをを挫くためだろう。実際に一度それを使われてしまえば、もう逆らえない。

 俺に残された道は真面目に職務をまっとうして、彼女等に許される日を待つしかないのだ。

 まあ、訓練の相手はなにもトワ女史だけでなく、普通のメイド達も含まれているらしいから、トワ女史との訓練はともかく、せいぜい彼女達には楽をさせてもらうとしよう。

◆本当の地獄はここからだ――というお話でした。


 因みにマリィ付きのメイドさんで一番弱い女の子でも、単独でワイバーンのディストピアをクリアできるレベルにまで強化されています。


 はたして彼が真の意味で気の休まる時間はあるのでしょうか。


 そして、そんなメイドさん達の標準装備は以下の通り。


〈マジックアサルトライフル〉……各種状態異常+衝撃の魔弾。(普段は城の保管庫にしまわれている)


〈ベルセルクカフリンクス〉……肘から先にガントレット状の物理障壁を生み出すカフリンクス(バニーガールなどが手首に巻く白いアレ)。


〈アラクネシルクのエプロンドレス〉……自然治癒の魔法式を付与。


〈ピュアホワイトブリム〉……頭部防護+自在盾の魔法式を付与。


〈魔法のブーツ〉……結界魔法を利用した空歩が可能になる。


 これにプラスして、箒・警棒・ナイフ・カードなど、個人個人に合わせた携帯武器も装備している。


◆次回は水曜日に投稿予定です。

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