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●幕間・ライカの冒険

◆今回の主役は元春のスクナであるおっぱいスライムのライカです。

 柔らかな陽の光が差し込むそこは物が乱雑に散らばった十畳ほどの板の間。

 そんな部屋の片隅にあるベッドの上の丸められた布団の中で目覚めたライカは、ゴソゴソと自分を包む布団から這い出して、部屋の中を見回てみる。

 すると、そこに広がるのは朝の静寂。

 まどろみが覚めるにつれ、その静けさを把握したライカはこの部屋に足りないものに気付く。

 主人である元春の姿がないのだ。

 トイレにでも行っているのか。最初はそう思いポヨンポヨンとベッドの上で待っていたライカだが、十分たっても、二十分たっても主人が帰ってこないとなると話は変わってくる。

 もしかして置いていかれた?

 慌てるライカ。

 ライカは生まれてからこの方、主人の手元から離れたことがなかったのだ。

 いつも自分を持ち歩いてくれる主人が今日に限ってどうして――、

 不安に駆られるライカ。

 実際は単に昨夜、ライカの感触を楽しみながら眠りに落ちた元春がそのままライカを忘れていったというのが真相なのだが、自分が置いていかれるという初めての状況にライカの不安は膨らんでいく。

 そして――、

 主人を追いかけよう。

 思い立ったが吉日、ライカはすぐに主人である元春を追いかけようとする。

 だが、その決意は出だしからつまづかされることになる。

 スクナであるライカでは部屋の扉が開けられなかったのだ。

 体当たりをして、へばりついて引っ張ろうとも、扉は大きく開いてくれない。

 もう、どうしたらいいのかわからない。開く気配すら見せない扉にライカが泣きそうになっていたところ、部屋に近付いてくる足音が振動となってライカに届く。

 主人が帰ってきた?

 いや、この時間、主人がいるとしたら学校だ。

 帰ってくるはずがない。

 だとすると、この足音は別人のもの。

 ライカは部屋の前で止まった足音に、慌てて近くの本棚の後ろに身を隠す。

 ライカは主人から他の人に見つからないようにと厳命されていたのだ。

 シリコンのような弾性に富んだ体を生かし、本棚と壁との小さな隙間に逃げ込むライカ。

 すると、その直後、部屋に入って来る女性。柔らかに弧を描く目元が印象的な黒髪の女性だ。

 彼女は主人の母である松平千代だ。

 どうやら彼女は主人の部屋の掃除に来たようである。

 千代は手に持った掃除機を畳の上に置くと、部屋に入って正面の大窓を開き、「まったくもう」と床を見やると、そこに散らばっている本やら各種リモコンやらを回収いく。

 そして、引き出しを奥をチェック、ベッドの下をチェック、押し入れの中をチェックとなにやら捜索し始めて――、

 そんな千代の不審な行動の一方、ライカには一筋の光明が差し込んでいた。

 そう、千代が開けた窓からこの部屋からの脱出が出来るのだ。

 ライカはすぐに、母としての(・・・・・)仕事(・・)をまっとうする千代の後ろを通り抜け、この部屋からの脱出に動く。

 某英雄ばりのステルスアクションで窓際までダッシュするライカ。

 そして空いた窓から部屋の外へ。

 因みに、ライカの主人である松平元春の部屋は自宅二階に位置しているが、武家屋敷に似たその建物はちょっと変わった構造をしていて、窓を出たすぐの場所には一階部分の屋根がある。

 ライカはそんな瓦屋根を滑るような動きで端まで移動、そのぷにぷにの体を利用して雨樋を伝い地上へと降りる。

 そして、玉砂利を鳴らさないように慎重に歩を進め、大きな門の下に空いた数センチの隙間からにゅるり屋敷の外へ出るのだが、問題はここからだ。

 ライカは元春の学校がどこにあるのか知らなかった。

 いや、平日、主人と一緒に学校への道のりを進んだことがあるのである程度のことは知っていたのだが、

 しかし、それはあくまでカード化している状態でのこと。

 ここからどうやればそこへ行くことが出来るのかは詳しく把握はしていなかったのだ。

 こんなことなら、カード化している状態でも周りに気を配るべきだった。ライカは自分の怠慢を後悔しながらも、とにかく今は主人に追いつくことが先決だ。

 思い直して、主人がどこへ向かったかを探るべく、主人の魔力を見つけるべくアスファルトの地面を丹念に調べてゆく。

 精霊の魂を持つライカには、魔力を感知する力が備わっているのだ。

 地面を這いずるように動き回ることしばらく、ライカは主人の魔力を嗅ぎつけることに成功する。

 そして、主人の魔力の残滓が向かう先を追いかけるように、ぴょこんぴょこんとアスファルトの地面を進んでいこうとするのだが、そこに自転車に乗った青年が通りかかる。と――、


「おっぱい?」


 青年の一言に、バレたと思ったライカがスーパーボールのような反発力を伴う動きで電柱の影に隠れる。

 これは主人と一緒に編み出した移動術。シリコンボディの弾力を存分に利用したショートダッシュだ。

 後は青年がこのままどこかへ行ってくれれば――、

 祈るライカ。

 しかし、現実は非情である。

 ガチャンと自転車のスタンドが降ろされる音が聞こえ、電柱に近付く影。

 そう、青年はまるで意思を持つように動き回る謎のおっぱいに興味を示したのだ。

 迫る青年に身構えるライカ。

 そして、青年がライカの隠れた電柱の裏を覗き込もうとしたその瞬間、ライカの頭にちょんと突き出す突起から乳白色の液体が噴射される。

 これはライカの特技〈乳液噴射〉。

 一見、まったく意味のない特技のようであるがそうではない。栄養満点の乳液は乾くと臭くなるのだ。


「うわっ、なんだこれ?」


 大量の乳液を浴び、ひるむ青年。

 ライカは青年が浴びせられた乳液に驚いている隙にその場から離脱。

 後は青年が浴びせられた乳液に気を取られている間に遠くに離れればいい。

 しかし、このまま道路を移動するのは危険だということはさっき学んだ。

 ライカはなるべく人の目に触れないようにと茂みの中から塀の上、そして跳ねるショートダッシュで低い屋根の上に、そこから電線を伝って主人が向かったと思われる方向へと進むことにする。

 途中、鳥にちょっかいを掛けられたりしたのだが、それも〈乳液噴射〉で撃退。そして、時おり地面に降りながら主人の痕跡を探り、ようやく主人がいると思われるその建物に辿り着く。

 再び地面に降りたライカは、右見て左見てまた右を見て――、人や車が来ないことを確認すると、素早く道路を横切り、むにゅっとそのやわらかボディを変形させて金網フェンスをすり抜ける。

 無事に学校内への侵入を果たしたライカは、数十名の生徒が体育の授業を受けるグラウンドを横目に校舎の中へ、授業中ということで人気のない廊下を進み主人の元へと歩を進める。

 そうして、感じ取れる魔力の濃さから主人が元まで後少し、そんなタイミングで響くベルの音。

 そのベルに合わせるように教室から一斉に溢れ出す人・人・人。

 ライカはそんな人の群れに踏み潰されないようにと、廊下の片隅に設置してある消火栓ボックスの下に避難する。

 そして、人の流れが途切れるのを物陰でじっとしながら待ってると、そんな人混みの中に主人の姿が――、

 すぐにでも飛びつきたい気持ちに駆られるライカ。

 しかし、ここで出ていってしまったら主人に迷惑をかけてしまうかも。

 なにより主人は急いでいるようだった。

 ならば、自分は主人が出てきたあの部屋で主人の帰りを待っていよう。

 そう考えたライカはバタバタと教室を出入りするドサクサに紛れて教室内に潜入を果たす。

 そして、ここまで来れば大丈夫。

 後は主人の机の中に潜み隠れ、彼の帰りを待てばいい。

 ライカはステルスアクションで見覚えのある机に移動、その机の中にむにゅり体を押し込んでハァと気を抜いたまさにその時だった。


「おおいモト、あれ元春はいねぇのか?」


 主人の名前を呼びながら近付いてくる短髪の少年。

 あれはたしか主人の友人。

 しかし、自分が対応するわけにもいなかないと、ライカはそのまま黙って机の奥に。

 だが、ライカのその行動が悲劇を招くことになる。


「ああ、元春ならトイレに行ったぜ」


「しゃーねぇな。ちょっと元春に英語の教科書借りていくって言っておいてくれるか?」


「OK」


 やり取りが行われた次の瞬間、ライカの乗っていた本が引き抜かれてしまったのだ。

 白日の下に晒されるライカ。


『へっ!?』


 誰のものだろう間抜けな声が幾つか上がり、集まる視線にライカがプルプルボディを震わせる。

 だが、ライカを日の下に引っ張り出したその少年は、しばらく絶句した後、無言のままでライカの乗った教科書を机の中にしまってくれたのだ。


 いったいどういうことなのか? 自分をそのまま元に戻してくれた主人の友人の考えが理解できずにピンと自己主張をする突起をへにょっと歪めて考え込むライカ。

 しかし、その考えがまとまるよりも先に主人の声が聞こえてきて、


「おお、ノリ、どったの、また忘れ物でもしたんか?」


「お、おおう……、ちょっと英語の教科書を借りに、な」


 気安そうな主人の声に戸惑うような少年の声。


「ああ、英語の岩田な。忘れ物とかうっせーからな。いま出すから待ってろよ」


「あ、いや、別にいいって――」


 主人に遠慮する少年。そして改めて取り出される教科書。

 しかし、そこにライカはいない。

 そして、その教科書を受け取った少年は震える声で、


「ごめんな」


「なに改まって言ってんだよ。気にすんなって」


「ああ、今度、おごらせてもらうから」


「ん、ノリがおごってくれるなんて珍しいな。大丈夫か」


 何度も何度も謝り、教室を飛び出してゆく少年。

 そして、一人遺された主人は、


「しっかし、何だったんだアイツは――、なあ」


 明らかに変だった少年の態度に周囲に話しかけるのだが、それに言葉を返せる人間は誰もいなかった。


 さて、ライカの主人である元春が、なぜクラスメイトから哀れんだ目線で見ていたのか、その真相を知るまであと数分。

 ライカはそのぷにぷにボディを揺らして嬉しそうにその時を待つのだった。

◆無垢なる公開処刑。

 たぶん誰も悪くないという、そんなお話でした。


◆ライカに関する裏設定


 因みにおっぱいスライムのライカは「はわわ」と、そんな感じの口癖を持つ、天真爛漫なヒロインをイメージして書いております。

 もしも元春が主人公の物語があるとしたら彼女が正ヒロインとなるでしょう。(ただし、インなんとかさんポジション)

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