姫の行方とアギラステア7
結論から言うとヒースの右手は無事にくっついた。
完全に切断された上にレニさんの赤い針で串刺しにされたことで、後遺症が残るかもしれないが、こればっかりは彼の自己責任だと思う。
とまあ、ヒースの腕のことはこれが僕達のできる限界ということで終了。
しかし、治療を終えた彼が目を覚ましてまた暴れだしたら面倒だからと、ヒースを手近な岩にロープで縛り付けることになった。
しかし、ヒースは全身を黒靄に取り込まれた影響からアギラステア以外の装備をすべて失っており、そんなヒースをそのままの状態で岩に縛り付けてもいいものか、これはフレアさんから上がった疑問であるが、懲罰の意味も込めてだろう。女性陣から情けをかける必要はないという声が上がり、最終的にヒースには助けが来るまで全裸待機してもらうこととなった。
あと、これはヒースの右手をつなぎ合わせる時のことなのだが、ヒースが助け出された後、また追いかけ回されるのは鬱陶しいと、レニさんがヒースの右手になにか呪いのような魔法を仕掛けていた。
なんでもロゼッタ姫を追いかけようとすると、その行動をトリガーとして、今回のことがフラッシュバックするようになる魔法だそうだ。
幻惑系の魔法の応用かな。
意外と使えそうな魔法なので、できれば魔法式を教えてもらいたいものだ。
と、そんなこんなでヒースにはこの辱めを教訓として反省してもらうということで処理は完了。ついでに、周囲に倒れる兵士達の武具を回収して、ヒースと同じく持っていたロープでぐるぐる巻きに、すぐに戦線復帰できないようにした後、ここから退散するだけとなったのだが、たぶんそれは別れの挨拶の一環だったのだろう。『アナタ様がたはこれからどこに向かうのですか?』とレニさんに対し、フレアさんがさも当然というような顔をして、
『ん、キング殿たちと合流するのではないのか?』
『合流というのはどういうことでしょう?』
四従魔の一人であるグリフォンのキングと合流するのではというフレアさんに、疑問符を浮かべるレニさん。
まあ、魔王パキートへの報告、それからティマさん達の救出までが、フレアさんとレニさんが交わした約束なので、レニさんからしてみるとその疑問は尤もなものではあるのだが、フレアさんは魔王パキートにレニさんを無事に送り届けるという約束をしていた。
だから、それを果たすまでは終われないとレニさんにそう説明したところ、レニさんも主から心配されて嬉しくない訳がないのだろう。意外とすんなり納得してくれたみたいで、
「ただ問題なのは、ルベリオンの兵士達がレニさん達の居場所をどうやって見つけたのかが分かっていないことですよね」
『ん、それはアギラステアをヒース殿から取り上げたことで解決したのではないか?』
しかし、相手側にまだ魔人を探知する方法が残っているとなると、ここからの立ち回りは慎重に行わなくてはならない。
僕の呟きに疑問符を浮かべるフレアさん。
どうやら、フレアさんはこの辺りの話をさっぱり理解していなかったようだ。
まあ、この話の元となった、アギラステアの力が実は魔人を追跡するようなものではないという推理をしたのがヒースとの戦闘中だったので、フレアさんがそれを聞いてないのも無理もない。ただでさえ人の話を聞かない人だからね。
だから改めて、
「いえ、あの剣が察知しているのはメルさんですから、ロゼッタ姫が追いかけられていることには関係ないんですよ」
『だが、どうしてそれがメルなのだ』
「それはメルさんが持つ【龍の巫女】という実績に関係があると思われるからです」
アギラステアは、おそらくその素材となっているヴリトラの意思を色濃く残している。
だからアギラステアは【龍の巫女】を手に入れたメルさんを求めたのではないか。
僕は改めてヒースとの戦闘中に考えた仮説を話す。
『しかし、アギラステアの他にもそういった魔導器があるとはな』
そもそも、魔王がこの付近にいると判明したのはフレアさん達が魔王城に到着する前のこと。
他に魔人か魔王か、特定の波長を持つ強い魔力を感知するような魔導器が存在すると考えた方がしっくりくる。
『だとすると、これはどうすればいいのだ?』
ええと、それを聞きいているんですけど――、
だが、フレアさんにそれを言ったところで、たぶんまともな答えは返ってこない。
だから、ここは建設的な意見が出てきそうなレニさんに話を振ってみる。
「レニさんの考えはどうですか?」
『パキート様、ロゼッタ様の安全を考えるなら、ルベリオンの目は、私やリーヒル、キングに引きつけておきたいですね』
当然そうなりますよね。
『だとしたら、やはり問題なのがその魔導器の仕様になりますか』
誰がそれを持っているのか。
その魔導器がどのくらいの精度を誇るのか。
何を対象にして魔王パキート陣営の居場所を特定していたのか。
知りたい情報はいろいろあるけど、手っ取り早くそれを解決するには、
『相手の動きを見る必要があると――』
「ですね」
魔王パキートがこの地を離れた今、相手がまたその魔導器を使う可能性が高い。
その時こそ、その魔導器の情報を得るチャンスだ。
しかし、そんなアイデアに異を唱える――とは違う、他のアイデアを出してくれた人がいた。マリィさんだ。
「その魔導器を騙すような魔導器は作れませんの?」
「どうなんでしょう?」
たしかにその魔導器の力を阻害するような魔導器が作れたら、それはそれで一つの解決方法になるのかもしれない。
面倒な魔導器が存在するなら、ピンポイントにその魔導器に対抗する魔導器を作ればいいのだから。
僕はマリィさんのアイデアに感心しつつも、ソニアにそういう魔導器を作れないか聞いてみようと魔法窓を開く。
すると、ちょうどそのタイミングで一本の連絡が入ってきたみたいだ。
メッセージそのものはまるで意味不明なものだったけど、発信元はフレアさんに渡していた予備の〈メモリーカード〉の一つ。
これは――、
リーヒルさんが無事に〈メモリーカード〉を回収してくれたみたいだ。
たぶん、この意味不明なメッセージはリーヒルさんには魔法窓が上手く使えなかったからだろう。
そういうことなら、ここは僕の方から連絡を取った早いか。
僕はフレアさん達に一言ことわりを入れ、ティマさん達にそうしたように、戦闘などの邪魔にならないように、呼び出し音などが発生しない設定してコールをかけてみる。
すると、呼び出しに応じたのはキングさんだった。
キングさんは現在、リーヒルさんと合流して逃走中なのだという。
「フレアさん達に助けに行ってもらいましょうか?」
『いや、それには及ばん。ここでする仕事はほぼ完了したのでな。後は逃げるだけだ』
『リーヒルは被られているだけでしょ』
なんでも、リーヒルさんはルベリオンの兵士と戦闘をしながら、崩落現場に残されたアイテムを回収。キングさんが助けにやってきたタイミングで、引き連れていた魔王パキートが召喚したリビングメイルと自分の体をその場に残し、兜だけの状態で脱出を図ったのだそうだ。
だから、逃げる分には問題なく、それよりもレニさんに自分達が無事だと伝えてくれと言われたので、
僕はリーヒルさん側の通信を保留状態に、その話をレニさんに伝えると。
『そうですか。キングがそう言うのだから大丈夫なのでしょう。
なにより、こちらが行くと足手まといになりかねませんので』
たしかに、魔法使いを二人も抱えるフレアさん達が、機動力に優れたキングさんを助けに行っても逆に足手まといになってしまうか。
「では、レニさんはこれからどこへ?」
『そうですね。キング達がそのような状況でしたら、私は一度仮宿にしていた遺跡に戻りましょうか。
リーヒルが陽動に動いたことで敵に見つかっているやもしれませんが、あの場所には主が施した結界もありますし、合流地点としてもわかりやすいでしょう』
あの遺跡が合流地点なら、キングさん達には一言伝えるだけで事足りる。
それに、陽動と言う意味でもあそこの遺跡はやりやすい。
「では、暫くは、あの遺跡にとどまると――」
『そうだな。とりあえず相手の動きがわかるまではここにいる必要があるだろう』
あの、フレアさんには聞いてないんですけど。
でもまあ、パキートさんとの約束もあるし、フレアさん達もレニさんに付き合うのかな。
しかし、そうなると――、
「アギラステアはどうします?」
『それが問題なのよね』
『アギラステアは国の宝剣に指定されたものですからね。近衛兵長はそのまま置いてきましたし、我々が持ち去ったことは明白ですから』
別に魔王パキートとの約束は、フレアさんが一方的にしたものなのだから、ティマさん達が付き合う必要はない。
だが、ティマさん達としてはフレアさんを一人にしておくのはいろいろと心配なのだろう。
そうなると、それとは別にメルさんに危害が及ぶかもしれないと回収してきたアギラステアがまた問題になると。
アギラステアの処理に頭を悩ませるフレアさん達、すると、僕のすぐ隣でそれを聞いていたマリィさんが、
「ならば、偽物を作ってしまえばいいのではありませんの?」
成程――、
フレアさん達の誰かにアギラステアを万屋に届けてもらい、それを元に精巧な偽物を作り、王国に届けるって感じかな。
「それが無難ですかね。幸いにも先程の戦闘の映像も残っていますから、メモリーダストを添えて、その危険性を伝えれば下手なことにはならないでしょう」
因みに、なぜそんな映像が残っているのかというと、レニさんとの面会に合わせて、なにか重要な情報が出るんじゃないかと、魔法窓越しに届く映像を録画設定にしておいたからである。
ということで、僕はマリィさんのアイデアをフレアさん達に伝え、
次に誰かアギラステアを万屋まで持ってきてくるかという問題になるのだが、
『私が行く』
意外にも手を上げたのはメルさんだった。
たしかにメルさんなら単独での行動でも危険が少なく、移動速度もフレアさん達の中で一番早い。こういったお使いクエストには最適の人物なのだが、
『メルいいのか?』
アギラステアの性能を考えるとメルさんがその役目を負うのは危険なのではないか?
フレアさんだけでなく、皆がメルさんを心配するけど。
『今回は私が迷惑をかけたようなもの。
だから私が頑張る』
別にメルさんだけが悪いのではないのだが、それでもこの件に関しては出来るだけ自分の力でなんとかしたいんだろう。
その思いはフレアさん達も届いたみたいだ。
『メル、無理をするなよ。危ないと思ったら帰ってくるんだぞ』
『了解』
そう言って、フレアさんからアギラステアを受け取るメルさん。
しかし、最後にメルさんが放った一言がその場の空気を弛緩させる。
その一言とは――、
『向こうに行くついでになにか買ってくるものとかある?』
メルさんとしてはどうせついでだからという軽い気持ちで聞いたのだろう。
だが、その提案そのものは特に女性陣にとっては重要なことで、一瞬前までのシリアスな雰囲気が崩れたのは間違いなかった。
『あ、それだったら――』というティマさんの声から始まる山盛りの注文。
ハァ、これは長くなりそうだね。
喧々諤々のHANASHIAIを始めるティマさんとポーリさんとメルさん。
僕はそんなフレアさんのパーティの女性陣の勢いに、乾いたため息を一つ、念話通信をそのままにマリィさんの方へ向き直ると。
「さて、メルさんがここにくるまでに偽物を作っちゃいましょうか」
「ですわね。
……しかし、私が言っておいてどうなのかという話なのですが、よろしかったのですか、今回の件は万屋の信条にやや反する内容だと思うのですが」
この時間にさっさとアギラステアのコピーを施策してしまおうかという僕に、少し心配そうな顔をするマリィさん。
自分が言い出しっぺなだけに、万屋の方針と今回の依頼が噛み合わないことが遅まきながらに気になったみたいだ。
「そうなんですけど。アギラステアを野放しにする方が危険ですからね。もともとアレはウチから出た素材でしたし、それならマリィさんの言うように、いっそのことこちらで安全な剣を作ってしまった方がいいかと――」
幸いにもアギラステアが聖水に清められている映像が残っている。これを証拠として〈回復水〉の魔法式を刀身内部に刻み込み、斬った相手を回復させる剣として作ればいいんじゃないのか。
僕がそんな考えがあると伝えると、マリィさんも迂闊な提案したことに責任を感じていたのだろう。「ならば私も手伝いますの」と腕まくり。
しかし、武器作りにマリィさんが絡んでくると、またコールブラストのように危険な機能が搭載されかねない。
なので、マリィさんにはご自分の趣味に没頭してもらうということで――、
工房にいるエレイン君達にフレアさんのフォローとマリィさんの接待を任せた僕は、なにはなくとも材料がなければ始まらない。アギラステアもどきを作る素材を確保するべくバックヤードに向かうのであった。
◆これにて七章の終了。
次回から八章です。