●姫の行方とアギラステア4
◆今回、「」での会話はルベリオン(フレア)サイド、『』での会話がアヴァロン=エラ(虎助)サイドとなっております。
フレアの報告と情報確認が終わり、魔王パキートとロゼッタ姫、そしてエドガーが去った遺跡の入り口。そこでは冒険者フレアと魔王パキートの四従魔の二人との話し合いが始まろうとしていた。
「それで、これからどう動くのだ?」
「……そうだな。 虎助、ティマの状況は?」
人間達から巨人兵と呼ばれ恐れられているリビングメイルのリーヒルの問いかけに、フレアが自分の肩口に浮かぶ切手サイズの魔法窓に話しかける。
『レニさんとの合流はまだできてきないみたいですね。ティマさん達も隠れながら逃げている状態ですから、レニさんもなかなか見つけられないのでしょう』
答えるのは、特殊な魔法ネットワークにより異世界からのアドバイスを送る間宮虎助。
「ということは急いだ方が良いということだな」
呟くフレアの目の前に呼び出されたのは彼等が拠点とする街を中心とした地図。
「これは、この周辺の地図であるな」
「俺の仲間がこのバツ印がつけてある場所の近くにいるらしい」
「つまり、レニ殿と合流するにはその点へと向かえばいいということであるか?」
「でも、すぐに移動するのは賛成なんだけど、行くなら僕と彼だけだね」
フレアが開いた地図を覗き込んだリーヒルの疑問符、キングはその質問自体には賛成の立場を表明するが、リーヒルが赴くことには否定的なようだ。
そんなキングの発言に「それはどういうことであるか」と、戸惑うような声をあげるリーヒル。
だが、キングは冷静で、
「普通に考えればわかるでしょ。急がないといけないなら空を飛んでいくのが一番なんだけど、リーヒルは僕に乗れないじゃない」
「くっ」
山陰を逃げ惑う相手を追いかけ見つけるのなら上空からの捜索が手っ取り早い。しかし、馬よりも少し小さいくらいのキングに、通常の二倍サイズの全身鎧であるリーヒルが乗ることが出来るものか。
遠慮のないキングの指摘に悔しそうな声を漏らすリーヒル。
するとそこに『あの――』と差し込まれる通信越しの声。
『リーヒルさんにはこちらから一つお願いしたいことがあるんですけど、いいですか?』
「お願いしたいこと、であるか」
『はい、リーヒルさんにはここの戦力を引き連れて、フレアさんとレニさんが巻き込まれた落盤現場を捜索して欲しいんです』
「何故そんなことをしなければならないのか。聞いてもいいだろうか?」
虎助の提案の意図が理解できず、その真意を問い正すリーヒル。
相手が王国側――、正確にはフレア側の人間ということで、何らかの裏があるのではないかと、そんな懸念を抱いたのだろう。
そんなリーヒルからの疑問符に、虎助は『勿論です』と応えながらも、フレアの手元に浮かぶ地図に今から向かってもらう場所に落石注意のピクトグラムを表示して、
『フレアさんとレニさんが崩落に巻き込まれたのがここ、ここにはあの崩落の音を聞きつけ、なにがあったのかと集まってきているルベリオンの追跡者が集まっていると思いますから、リーヒルさんにはそこに向かってもらい敵の数を減らして欲しいんです』
「成程、そこなら主を追いかける敵をまとめて討ち取れるということであるな」
虎助の説明に一定の納得を得るリーヒル。
しかし、疑問はまだ残っている。
「それで、捜索というのはどういうことであるか?」
あえて、捜索という言葉を使うということはなにかあるのだろう。リーヒルの質問に虎助は続けてこう答える。
『実はですね。僕がいま使っていますこの通信用魔導器を回収して欲しいんです』
虎助がリーヒル達に捜索してもらいたかったのは、フレアのマジックバッグ内にしまわれていた予備の〈メモリーカード〉。
これはフレアパーティそれぞれのマジックバッグにパーティの人数分入っている中の一つである。
『これがあるだけで、レニさんとの合流が簡単になりますから』
「たしかに、その魔法――なのかな? それが使えれば便利そうだね。
でも、その通信の魔導器ってだいたいの位置がわかるようになってるんだよね。
そんなのを僕達が持っていたら主に迷惑がかかるんじゃ」
おそらく、地図上に表示されるティマ達の現在地を見てそう考えたのだろう。意外と目ざといキングの突っ込みに虎助は通信越しに苦笑を零しながらも。
『その判断はそちらにおまかせします』
このお願いはあくまで自分達の側の判断だ。最終的な判断はキング達に任せる。
虎助は正直にそう答えながらも。
『ただ、念の為に言っておきますと、例えば特殊な鉱物で囲まれた空間など、魔素が薄い場所では通信の精度が下がりますし、そもそも通信の範囲外に出てしまえばこちらとの通信が不可能な状態になってしまいますから、キングさんが懸念していることは殆どクリアできるかと』
もともと、この〈メモリーカード〉を使った通信は、この世界では一部地域しか使えないシロモノだ。
それをピンポイントで位置を特定するとなると、周囲の環境および魔素の濃度などが関係する。
だから、それだけを持って相手の位置を完全に把握するのは難しい。
そんな〈メモリーカード〉の仕様を上手く利用することができれば、リスクは少なく便利に運用することができる。そう説明を加える虎助に、「どうしよう」とリーヒルに意見を求めるような視線を送るキング。
すると、リーヒルは迷うような素振りも見せずに。
「せっかく使えと言っているのだから取りに行けばいいではないか」
「リーヒル、ちゃんと考えてる?」
使えるものがあるのならもらっておけばいい。シンプルに考えるリーヒルに、キングがじっとりとした視線を向ける。
「だが、どちらにしてもレニ殿との合流には此奴等の手を借りねばならないのだろう。ならば使えるものは使い、その後の使い道はエドガー殿に任せればいいではないか。そもそも此奴の言う通り、人間たちの目を引きつける役目は必要であろう。ならば我が出ることに文句はないのである」
何も考えていないようで直感的にその真理を捉えている。
ある種、質の悪いリーヒルの言い分に、キングは「はぁ」と鳥の頭で起用に溜息を吐き出しながらも。
「まあ、リーヒルならこの役目は適任だからね。君が決めたのなら僕はいいよ」
「適任というのは?」
『リビングメイルは核となるパーツさえ残っていれば何度でも再生できるんですよ』
キングの呟きにフレアが反応、虎助からの補足が入ると、それを聞いたリーヒルが、「詳しいのであるな」と感心したように兜の顎を擦って感心。
『僕の周りにそういうことに詳しい人がいましてね。
それで、ティマさんとレニさんを見つけた後はどうします?』
虎助は少しはぐらかすようにしながらも、話を先に進めようと促す。
すると、そんな虎助の思惑を敏感に察したキングがまるで肩でもすくめるように羽を揺らして、
「そうだね。空から行く僕も目を引くだろうから、彼を現場に届けた後はレニ様の状態にもよるけど、リーヒルの応援に行くよ。どっちかっていうとリーヒルの方が危なそうだからね」
すでに坑道を脱出しているレニと、これから坑道の中へとアタックするリーヒル。魔王パキートから受け取った戦力があるとはいえ、どちらが危険なのかと言えば、それは比べるまでもないだろう。
そんなこんなで、各々がやるべき行動があらかた決まると、フレアが「良し」と気合を入れ、キングが自分の背に乗るようにフレアに声をかけ。
「張り切るのはいいのだが、力み過ぎぬようにな」
「ボクがヘマをするとでも?」
リーヒルからの声掛けに皮肉で返すキング。
しかし、リーヒルが心配の声をかけたのはキングにではなく。
「我が心配しているのは人間の方である。この男がやられてしまうと、レニ殿との合流も危うくなってしまうのであるからな。この男には生き残ってもらわないと困るのである」
「大丈夫だ。彼女は無事に君達の元へ帰すと約束しよう」
◆
フレア達が動き出しす一方で、ティマ達はピンチに陥っていた。
「フハハハハ――、近くに隠れているのはわかっているぞ。大人しく出てくるがいい」
虎助から提供されたマップを使い、坑道から脱出したまではいいのだが、坑道の外では隠れるところが少なく、周辺に広く展開する姫奪取強硬派からの目を避けるように移動する中、何故か黄金の鎧を窮屈そうに着るヒースが、薄っすらと黒靄を立ち上らせる龍牙の大剣を掲げ、ティマ達を追いかけてきたのだ。
「皆の者、近い、魔人はこの近くに潜んでいるぞ。探せ、探すのだ」
ヒースの号令を受け、周囲に散らばる兵士達。
そんな様子を少し離れた岩陰から覗き込むティマ達。
「なんで私達の方にくるのよ」
「わからない」
声を潜めたティマの文句に淡々と答えるメル。
その傍らでヒースの動きを注視していたポーリが言うのは、
「これはどう考えても私達を追いかけているような――」
「でも、それってどういうことよ? あの剣は魔人を追いかけてるんじゃなかったの」
ティマは聞くが、それはポーリにも答えられない。
ただ、魔を探知するのなら、自分達を追ってくるのは不自然であり、しかし、自分達を追いかけてきているようなヒースの動きを考えると、かの魔剣が感知しているのが自分達としか考えられないとポーリは思ったのだ。
ティマとポーリがそんな会話を交わしていると、そこに静かであるが鋭さのあるメルの警告が割り込んでくる。
「二人共静かに」
メルが警戒を促した理由、それは、ついさっきまで五月蝿いまでに聞こえてきていたヒースの声が急になくなったからだ。
しかし、彼の場所を探ろうにも、これ以上、体を乗り出すと他の兵士に見つかってしまう。
だが、ヒース達が遠くに去ったのではないようだ。
それは聞こえてくる足音から判断できる。
メルが今の自分が唯一頼れる情報に耳を澄ませたその時だった。
「そこか!?」
ヒースの鋭い声が放たれ、ズズンと鈍い地響きが周囲に響く。
見れば、ティマ達が隠れているのとはまた別の巨石が斜めに切り裂かれ地面に倒れていた。
ただ、その巨石はティマ達が隠れている側から随分と離れた位置にある巨石であって、
それを見た、ティマはホッと一息。
しかし、ティマたち三人が手をつないでも、おそらくは余りあるだろう巨石を、ただの一薙ぎで倒してしまうヒースの行動を見て呆れるように。
「もう、めちゃくちゃね。強力な剣を持って調子に乗っているのかしら」
「大き過ぎる力は人を狂わせる」
「ですが、いまのでこちらの細かな位置は測れないということがハッキリしました。この騒ぎを利用して逃げるべきです」
ポーリからの尤もなその意見に、静かに、だが迅速に逃走を再開させる三人。
しかし、そこは魔導師二人を抱えるグループ。運動能力の低さには定評があり。
「あのメルさん。私達をディストピアに取り込んで運ぶ、例の方法は取れないんでしょうか?」
見つからないようにと慎重に逃げること五分ほど、胸に大きなハンデを抱えるポーリから弱気な発言が飛び出す。
どうせ足手まといになるのなら、以前王都からの脱出に使った異世界の修行場に繋がる魔導器を使った移動方法が使えないかと、その豊満な胸を抱きかかえるようにしながら訊ねるポーリだったが、
「ゴメン。ディストピアはこの前むこうに行った時に店長に返したの」
「そ、そうですか、そうですよね。希少なものですものね」
いいアイデアだと思ったのだが、肝心のモノがなければ仕方がない。器用にも胸を抱えて走りながら肩を落とすポーリ。
そして、そんなポーリの苦しげな様子にじっとりとした横目を向けるティマ。
と、次の瞬間、そんなティマの目の前に音もなく一枚の透明な板が現れる。
それは、とある世界に存在する万屋で売っているマジックアイテムを所持する人間だけが呼び出せる仮想デバイス。
因みに、そこに書かれていた内容は『虎助です。いま大丈夫ですか?』と簡単なもので、これは、たぶん追跡されているだろうティマ達の状況を考慮してのメッセージだろう。
しかし、ティマはそんな送信側の配慮を特に気にもせず念話通信を展開して。
「どうしたの。フレアに何かあった?」
フレアが無事なことは既に伝えられている。しかし、その後でなにかあったのかもしれない。
慌てたように訊ねるティマに通信の向こう虎助が言うのは、
『いまフレアさんがそちらに向かいましたから、一応、ご報告をと思いまして――』
虎助からの報告に逃走をしながらも沸き立つティマ達。
だが、そんな小さな歓声が敵を呼び寄せることになる。
「見つけたぞ」
地獄耳がその小さな歓声を聞きつけたか、それとも単純にアギラステアの力を使って見つけ出したのか。逃げるティマ達の進路を塞ぐように近くの大岩を乗り越え現れたのは、黄金の鎧が眩しい近衛兵長のヒースだった。
しかし、ティマは慌てない。
「メル。唐辛子爆弾」
すぐにフレアが来てくれる。そんな思いを胸に、突然現れたヒースにも邪魔なローブを脱ぎ捨て即座に対応。
そして、ティマからの指示を受けたメルも、迷うことなくマジックバッグから魔石を取り出し投擲する。
「二度目はない」
だが、投げられた唐辛子爆弾は大ホームラン。
ヒースは前回の遭遇の反省を生かして、自分の眼の前に投げ込まれた唐辛子爆弾を炸裂する前に弾き飛ばしたのだ。
しかし、メルが持つ唐辛子爆弾は一つだけではない。
すぐに変わりの唐辛子爆弾を用意、投げようとする。
だが、それをやらせるほどヒースは甘くなかった。
「その程度のマジックアイテムなど、一度見てしまえば恐るるに足らず」
ヒースがとった行動はメル達の懐へと強引に飛び込むことだった。
唐辛子爆弾の効果は煙が届く範囲に発揮するもの、それは敵も味方も見境ない。
張り付いてしまえばいいと考えたのだ。
そんなヒースの対抗策に一転してピンチに陥る三人。
だが、ティマ達は何もせずにやられるほど、やわではなかった。
素早く地面に杖を突きロックゴーレムを呼び出すティマ。
かたやメルはアイテムが駄目なら魔法を使えばいいと〈毒弾〉を連射。
残るポーリは反撃に備え魔力を高める。
けれど、ティマ達の攻撃はヴリトラの牙から削り出されたアギラステアには無意味だった。
黒靄をまとった一閃、ただそれだけでティマが作ったロックゴーレムは切り散らかされ、メルの放った毒弾がロックゴーレムの破片に遮られてしまう。
これを偶然と見るか必然と見るか、それはヒースの技量にもよるのだが、腐ってもそこは一国の近衛をあずかる者である、おそらくは狙って行ったことだろう。
一歩遅れてポーリが防御結界を展開、それを盾に再び逃走に移ろうとするのだが、アギラステアから発生した黒靄はそれすらもやすやすと切り裂いて、
「無駄だ」
おそらくそれは肉体強化魔法の一種だろう。ヒースは全身に薄くまとった魔力を足に集中、不安定な岩の足場を砕く勢いで大地を蹴りつけて、三人の中で唯一の戦闘職という自覚からだろう、しんがりを務めていたメルを捕まえ、そのまま近くの岩に叩きつける。
体全身に受けた衝撃に崩れ落ちるメル。
ヒースはそんなメルの胸ぐらを掴み上げ。
「女はどこだ?」
「女?」
端的なヒースの詰問に苦しげな声を返すメル。
ヒースはそんなメルの疑問に対して、一瞬メルの体を浮かせ、再度、近くの岩へとその背中を押し付けて、
メルの口から溢れる呻き声。
ヒースは苦痛に顔を歪めるメルを蔑むように見下ろし。
「しらばっくれるな。貴様らと一緒に居た吸血姫のことだ」
怒鳴り散らすもメルの答えは変わらない。
「知らない」
メルはあの落盤によってフレア達と離れてから、彼等がどこにいるのかを知らないのだ。
そう、これは答えのない問いかけだ。
いや、メルにとっては暴力に屈してフレアを危機に貶めることがあってはならないと、そちらの方が重要だったのかもしれない。
けれど、ヒースからするとそれはまったく関係ないことで、
「口を割らなければ死ぬことになるが」
メルの喉元に大剣の切っ先を突きつけるヒース。
「近衛兵長がそんなことをしてしていいと思ってるの」
ヒースに声を荒らげるティマ。
近衛を任される騎士というのは守護の騎士。不用意に一般人を殺してしまえば、その権威は失われてしまう。ティマの抗議にはそういう脅しも込められていた。
しかし、ヒースは周囲に集まり始める兵士達を一瞥すると、人を小馬鹿にするような表情でティマを見据え。
「黙れ小娘。我はここへはハイパ家の次期当主としてやって来ているのだぞ。そもそも、今この場には他の騎士の目もないのだ。俺がこの女を殺したとしてもそれをどうやって証明するのだ?」
それでもヒースにかかる疑いは避けられないだろう。
そもそもヒースこそがその規律を守らねばならない騎士なのだ。
しかし、お家の名前を持ち出すということは、そんな汚名など自分の力を持ってすればもみ消せる。ヒースにはそういう自信があるのだろう。
「卑怯者」
「卑怯者だと……、
卑しい冒険者風情が近衛の長である我を馬鹿にするのか!?」
ティマからの非難を受けてヒステリックにがなるヒース。
それは、ヒエラルキー上位に立つ者としての驕り以外のなにものでもない。
ヒースは選民意識を強調、傲慢な理論を展開しながらも、もう一度、メルを彼女が背にする木に押し付け言い放つ。
「ならば貴様に聞くとしよう。冒険者よ。仲間の命が惜しくば慎重に考えて答えるのだな」
いやらしくもティマにメルの命運を任せようとするヒース。
ティマはそんなヒースの脅しにどうしたらいいものかと軽いパニックになりながらも呟くのは一人の名前。
「……フレア、助けて……」
そう、彼女が最後に頼るのは自分達の仲間にして、最高の冒険者――、
すると、そんなティマの思いが天に通じたのだろうか。
「ふう、やっと見つけました」
今まさに少女達に聞きが及んでいる、そんなタイミングに颯爽と現れる一人の人物。
ただ、その姿はティマが想像していた彼とは違っていて、つややかな黒髪が美しいメイド姿の美女だったのだが。
そう、吸血姫と呼ばれ、魔王軍の幹部であるレニ、その人だった。
◆ヒーローは遅れてやってくる。
しかし、それが想い人である必要はないと思います。
因みに、ヒースに見つかった時、ティマがわざわざローブを脱ぎ捨てたのは〈裸身開放〉の効果を狙ってのことです。わかりにくかったですよね。
◆次話は木曜日に投稿予定です。