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姫の行方とアギラステア1

◆今回、虎助が実際に聞いている音声が「」、通信越しの音声が『』となっております。

 フレアさん達が親切な兵士から魔王一派が隠れ潜んでいるとされる街の情報を聞き出し、その街に移動してから数日、フレアさん達がルベリオンのお姫様の足跡を探しながらも、連日のように念話通信を使った呼びかけを行った結果、つい昨日(さくじつ)、相手側からのコンタクトがあったという。


 最初は相手側の警戒心が強く、話にならなかったそうなのだが、粘り強く交渉を行った結果、直接、話を聞いてもらえることになったそうだ。


 その待ち合わせ場所に指定されたのは、フレアさん達が滞在する街の近くにある鉱山の中腹に存在する廃坑道の一つ。

 この話があってから、急ぎ放ってもらったスカラベ型のゴーレムによるマッピングによると、坑道の内部はちょっとした迷路のようになっているみたいだ。

 たぶん、相手はこの話し合いが罠だった場合を考えて、すぐに逃げられるようにと、この場所を指定したのだろう。


 そして、指定された日がちょうど春休みに入ってすぐのタイミングだったこともあって、僕もフォローに入ることになった。

 とはいっても、あくまで通信越しの参加で、気になったことがあれば口を出す程度の役目になるのだが……。


 そんなこんなで待ち合わせ当日、フレアさん達は指定された時間の一時間以上前から坑道内部に入り、僕もちょうどお店にいたマリィさんと一緒に、工房の一部をちょろっと改造した作戦本部から、交渉の成り行きを見守る準備を整える。


 だが、指定の時間になっても話し合いの相手は現れず。


「指定時間はすでに過ぎていますわよね」


「警戒して周囲の状況を伺っているんじゃないでしょうか。

 坑道の内部にはフレアさん達の他にも捜索隊がいるみたいですから」


 当然といえば当然ではあるが、魔王が隠れているとされる近辺にこんなに隠れ潜みやすい場所があるということで、フレアさん達と同じく、魔王およびルベリオン王国のお姫様を探している人間がこの周辺を徘徊しているのだ。


 魔王側としてはそちらの方にも警戒を払っているのではないだろうか。

 僕は待ち合わせの相手がなかなか現れない理由をマリィさんと話しながらも、この余った時間を利用して、魔法窓(ウィンドウ)越しに送られてくる映像の録画準備を進めたり、もしもの場合どう動くのかをフレアさんに確認してみたりとしていたところ、約束の時間から随分と遅れて、坑道の奥から、二人の鎧の剣士を引き連れたメイドさんが現れる。


『遅くなって申し訳ありません』


 黒髪赤目の彼女は、たしか――吸血姫のレニさんだったかな。フレアさんの右肩にセットされた魔法窓(ウィンドウ)を経由して送られる映像に見る彼女は、以前、ティマさんが万屋に持ってきた映像記録用魔導器〈メモリーダスト〉に映っていた人物だ。


 フレアさん達の話によると、念話通信による呼びかけに応じた相手は男か女かわからない声になっていたそうだが、呼びかけ式の念話通信はティマさんが持ち帰ったメモリーダストに残された魔力の波長に呼びかけるものだったハズだ。たぶん、彼女があの映像の撮影者だったのだろう。


 あからさまに強そうな鎧の兵士を引き連れての登場に緊張感が漂う遭遇の中、吸血姫のレニさんはクールな微笑みを浮かべて、


『警戒せずともいまのところ我々の側に敵意はありませんよ。

 アナタ様方がなにもしなければですが』


『べ、別に警戒してたんじゃないんだから。ただ私は冒険者として当然の行動をとっているだけよ』


 本気か冗談か、判断がつき難い発言をするレニさんにティマさんが突っかかっていく。


 えと、それを警戒していると言うんですけど……。


 とはいえ、ティマさんも別に間違ったことを言っている訳でもなく、レニさんもそれは分かっているのだろう。特に気分を害した様子もなく。


『それで、話したいことがあるということだそうですが、どういったご用件でしょう』


『ああ……、そうだな、君達があらぬ疑いをかけられて様々な勢力に追いかけられていること、それは知っているな?』


 端的なレニさんからの質問に確認を返すフレアさん。


『もちろん存じておりますよ。特に空からの目が不躾で――、

 アナタ様からもなにか言っていただけると助かるのですが』


 フレアさんの確認に困ったとばかりに頬に手を当てるレニさん。

 彼女が言う空からの目というのは、フレアさん達が滞在している鉱山都市の上空を飛んでいる魔法使い達のことだろう。

 現在、この周辺では魔法がある世界らしく、魔法の箒を使った空からの大捜索網が展開されているのだ。


『いや、残念ながら俺は今その立場にはないのだ』


『かの黒雲龍を倒したとされるアナタ様ならばとも思ったのですが、駄目ですか』


 その口振りからして、彼女はフレアさん達の活躍をある程度把握しているみたいだ。

 まるで『不甲斐ない』とでも聞こえてきそうな重いため息を吐き出すのだが、そんな態度がティマさんの気に触ったみたいだ。

 文句を言おうとしてだろう身を乗り出すティマさん。

 しかし、それよりも先にフレアさんが、


『俺の出来る範囲でいいのなら協力も出来るのだが――』


『ええと、それはどういうことでしょう?』


『困っているなら俺が力になると言っているのだが』


 若干言い難そうに協力の申し出を繰り返すフレアさんに、『何を言っているんでしょう?』そんな声が聞こえてきそうな表情を浮かべるレニさん。


『つまり、アナタ様が我々の助けになると?』


『そうだな』


 レニさんからの確認に迷うことなく頷くフレアさん。


『それは彼女達もでしょうか?』


 それがフレアさんの決めたのならティマさん達も文句はない。レニさんからの問い掛けに他の三人も先のフレアさんと同じように頷く。


『ふむ、これは――、

 ロゼッタ様のお体に障るのならと、もしやの場合はここで刺し違えてでも排除してしまおうという算段なのでしたが、これはどうするのが正解なのでしょうか』


『待ってくれ、お体に障るだと。姫はなにか病気にでもかかっているのか』


 フレアさんはレニさんが何気なく零した『お体に障る』というその言葉に引っかかりを覚えたらしい。物騒なレニさんの呟きに過敏な反応を見せる。

 その一方、フレアさんの慌てようを見たレニさんは、フレアさんの質問に答えていいものだろうかと悩むような素振りを見せながらも、『そうですね』と頷き、続けてなにか言おうと口を開いたその時だった。


 ドゴン。


 坑道内に響く轟音。

 音の発生源はフレアさんと対面するレニさんのやや後方、坑道の天井の一部がとつぜん崩れ落ちたのだ。

 何事かと身構えるフレアさん達。

 そして、レニさんが率いる鎧の剣士二人が彼女を庇うように構え振り返る中、舞い上がる土煙の向こうから高らかな笑い声が聞こえてくる。


 土煙を切り裂くように現れたのは、黄金の鎧を身にまとった涼やかな顔立ちの偉丈夫だった。


『ついに見つけたぞ、魔王に連なる吸血姫よ』


『何者ですか?』


 レニさんは唐突に現れた鎧の男に誰何しながらもチラリとフレアさん達の位置を確認する。

 一方、鎧の男はそれが隙になるのも構わず、片手に持つ大剣を掲げるように持ち上げて、


『我が名はヒース、ヒース=ハイパ。ルベリオン王国の近衛兵の長にして、ハイパ家の次期当主となる者ぞ』


 黄金の兜に覆われた涼し気な顔立ちとは対象的に暑苦しい名乗りを上げる近衛兵長ヒース。


「近衛の長がどうしてこんなところにいるのでしょう?」


 その口上にマリィさんが素朴な疑問を呟く。

 他方、魔法窓(ウィンドウ)の向こうではちょっとした言い争いが起きていた。


『ルベリオン――、ということは、成程、そういう訳ですか』


『違う。俺達は彼等とは関係ない』


『どう違うと?』


 坑道の天井を破壊して現れたヒースと距離を取りながらも厳しい視線で問い正すレニさんに、慌てながらも否定を返すフレアさん。

 その一方で、この男はマイペースだった。


『おや、そこにおられるのは勇者殿ではないですか。どこぞに消えたかと思っておりましたが魔人と密会とは、いけませんなあ。これは懲罰ものですぞ』


 自らが近衛兵長を名乗るヒースがフレアさんを挑発するような言葉を投げつける。

 しかし、フレアさんはヒースの挑発に乗るようなことはせずに、警戒の構えをヒースに向けて、そんなフレアさんに代わるようにポーリさんが聞くのは、


『ヒース殿。どのようにしてこの場所へと辿り着けたのです』


『おや、聖女殿もおられましたか。

 いやね。この剣がここに導いてくれたのですよ。悪を倒して姫を救えとね』


 ポーリさんからの問いかけに、ヒースがいやらしい視線をポーリさんの豊満な胸元に落とし、右手に構える大剣を見せびらかす。


『それはアギラステア――、

 魔王の居場所を暴いたという魔導器はアギラステアだったのか』


 そして、フレアさんからの質問にはニタリと歪んだ笑みを浮かべることで答えを返す。


 しかし、彼の持つあの剣にそれらしき魔法式が刻まれている様子は、少なくとも通信越しには見受けられない。

 そうなると、あの剣がもともと持っている特性を使ったという可能性くらいしか思い当たらないのだが、アギラステアとはヴリトラの牙を削り上げて作った武器だったハズ。だとしたら、素材の力を引き出す加工を施したとしても、人物の特定なんていう高等魔法じみた能力は発現できないんじゃないのか。


 僕が魔法窓(ウィンドウ)に映るその大剣に、そんな分析をしていると。


『しかし、これはどうしたものか。まさか勇者に加えてルベリオンの聖女殿まで魔人と通じているとは、これは困りましたな』


 吸血姫と呼ばれているらしい魔王軍の幹部であるレニさんと一緒にいたフレアさんに、わざとらしくも戸惑うような素振りを見せるヒース。

 しかし、そんな臭い演技も長くは続かなかった。


『まあ、全員捕らえてしまえば問題あるまい。魔空隊ここに』


 無駄に偉そうな声を張り上げ、天井の穴から魔法の箒に跨がった魔法使いらしき人物達を呼び込む。

 ヒースが豪快に大穴を開けて話し合いの場に乱入してきたのには味方を引き入れる意図があったみたいだ。


 しかし、フレアさんの方もここで引くつもりはないようだ。


『問答無用で襲いかかってくるのか。

 なれば、押し通らせてもらうことになるが』


 フレアさんはスラリと剣を抜き。


『ティマ達は彼女達をフォローに回ってくれ』


『私達も戦うわ』


 人間同士の争いにレニさんを巻き込んでしまったという負い目もあるのだろう。ティマさん達にそう指示を送る。


 すると、そんなフレアさんの行動に対し、ヒースは地面に降り立ち杖を構える魔法使い達を背後に『待て』と言わんばかりに片方の手を軽く掲げつつも優しげな声で、


『おや、剣を抜きますか。我らルベリオンの兵に刃を向けるということは、それ即ち国への反逆になるのですが、それでいいのですか?』


 あからさまに脳筋な彼も、そこは名乗りを上げるような貴族だったらしい。権威を盾にフレアさんの攻撃を防ぐ狙いみたいだ。


 だが、フレアさんの意思は変わらない。

 ヒースの宣告にも『かまわない』と、自分達の、そしてレニさんの退路を開こうと駆け出していく。


 それに対してヒースは、フレアさんが国に歯向かうと言ったことが意外だったのか、軽く瞠目しながらも、すぐに背後の魔法使い達に迎撃の指示を出す。


 しかし、ヒース以外のものにとって、フレアさんの行動は完全に予想外のものだったみたいだ。

 ヒースからの唐突な命令に唖然にとらわれる魔法使いたち。

 だが、目前にフレアさんが近付くとなると流石になにもせずにはいられなかったみたいだ。魔法使い達は急ぎ魔法を構築、全員がタイミングを合わせてとはいかなかったが、大量の魔弾をフレアさんに向けけて発射する。


 一方、魔弾の雨を差し向けられたフレアさんだが、フレアさんにとっては、こんな攻撃などアヴァロン=エラでの特訓の最中に何度も味わった攻撃である。悠々と――というまでにはいかないものの、ある程度の余裕を残しつつも自分に殺到する魔弾を斬り飛ばし、そのままヒースを押さえるべく急接近。


 しかし、そこは腐っても近衛兵長といったところだろうか――、

 いや、どちらかといえばあの剣の存在が大きいのかもしれない。

 ヒースはフレアさん必殺の鋭い踏み込みからの横薙ぎを受け止め、アギラステアの力に余裕を取り戻したのか、軽くホッとするような表情を浮かべると。


『これで反逆成立か。

 仕方がありませんな。私はアナタのその首を逆賊のものとしてを持ち帰るとするしかないようだ』


 軽薄な笑みを浮かべて強引にフレアさんの剣を弾き返す。

 そして、格闘ゲームにありがちな墨色のエフェクトのようなものをたなびかせての袈裟斬り。


「あれがヴリトラの牙を鍛えて作った剣の能力(ちから)ですか」


「みたいですね。フレアさんの話によると、あの剣筋に沿って現れた霧のようなものに腐食の効果があるそうですけど」


 僕の肩越しにフレアさん達の戦いを見ていたマリィさんが声を漏らす。

 素材の力を引き出しているんだろうけど、能力といい、見た目の感じといい、完全に魔剣とか妖刀の類だろう。


 だが、それは相手の装備が通常のものであった場合であって、


『どうしてアギラステアと打ち合える? なんだその剣は――』


『それは、この剣――ソルレイトが、太陽を司る聖剣だからだ』


 驚愕するヒースに謳い上げるようにそう告げるフレアさん。

 そして、そんな宣告を聞かされた僕達は――、


「太陽を司る剣ソルレイトですか、悪くない名ではありますわね。

 しかし、あの剣に宿っている精霊は陽だまりの精霊でしたわよね」


「まあ、陽だまりの剣そのものが嬉しそうに光っていますから、属性も属性ですから特に問題はないかと」


 因みに腐食効果にも問題なく対応できているのは、陽だまりの精霊の力もあるのだが、その剣が、絶対普遍の魔法金属であるオリハルコンを混ぜて作られていることが主な要因だ。


 そして、始まる激しい剣戟。

 その背後では魔法使い達が近衛兵長ヒースをフォローしようと魔法を発動させようとするのだが、それをティマさん達に潰されるという戦いが繰り広げられていて、

 ヒースは、なかなか入らない魔法使いたちの支援にしびれを切らし、アギラステアから大量の黒靄を発生、フレアさんに距離を取らせ、その隙を狙って攻撃を仕掛けようとするのだが、そこにレニさんの背後に控えていた鎧の剣士が襲いかかる。


 たぶん、鎧の剣士はヒースの目が自分達に向いていないと判断して、攻撃を仕掛けたんだろう。

 しかし、それは明らかなる悪手である。


『ダメだ。引け、彼の剣は鎧を腐らせるぞ』


 レニさん率いる鎧の剣士の迂闊な行動にフレアさんが叫ぶ。

 けれど、その声は届かなかったみたいだ。

 鎧の剣士はそのままヒースに襲いかかり、その途中、ヒースの剣から滲み出した黒靄の腐食効果に鎧を錆びつかせてしまったのだろう。二人の動きが鈍ったところに、


『遅い』


 ヒースが横薙ぎ一閃、二人の鎧の剣士が切り捨てられてしまう。

 しかし、この一撃で驚いたのは、鎧の剣士の方ではなくヒースの方だった。


『鎧の中身がない、だと』


 胴体から真っ二つになった鎧の剣士、その鎧の中身が無かったのだ。

 職業柄というかなんというか、僕は一瞬、空蝉の術を疑ってしまったが、どうやら鎧そのものが動いているみたいだ。


 おそらく、この鎧の剣士はリビングメイルという魔法生物だろう。

 考えてもみれば、彼等は魔王の配下、普通の人間であるハズがなかったのだ。

 そして、妙に綺麗だった魔王城内部、その答えがおそらくこれなのだろう。


 しかし、戦いの最中でのこの場面、相手がリビングメイルと分かってしまえば容赦がない。

 ヒースは一瞬ひるんでしまった自分に苛立ちを覚えたのか、大袈裟にラギアステアを振りかぶってリビングメイルに止めを刺そうとする。


 だが、そこに薄暗い坑道の中、赤い眼光をたなびかせ横槍を入れる人物がいた。レニさんだ。

 彼女はやられてしまった部下を囮にして一気に勝負を決めてしまおうという腹積もりのようだ。


 一見すると非情な選択のような気もするが、これこそがリビングメイル本来の役割なのだろう。


 だが、ヒースはその動きを読んでいたようだ。

 いや、どちらかと言うとただの偶然という方が正しいのかもしれない。


 飛び退くフレアさんのフォローをしようとしたメルさんが周囲の魔法使い達の相手をしながら放った〈毒弾(ポイズンバレット)〉を回避。

 その流れのまま、右に腕に絡みつく血のように赤い刃を突き出し側面からの攻撃を仕掛けるレニさんに黒靄をまとった薙ぎ払いを放ったのだ。


 対するレニさんは、すでに飛び出してしまった後ということもありその勢いを殺せない。

 レニさんの持つ赤い刃とヒースが持つ黒い刃が打ち合わされる。


 次の瞬間、打ち負かされたのは、やはりレニさんの方だった。

 しかし、レニさんも伊達に魔王軍の幹部を名乗ってはいない。

 自らの魔力を使って作ったとみられる赤い刃を破壊されながらも、刃と刃がぶつかりあった反動を利用して飛ぶように縦回転。黒靄をまとったヒースの攻撃を空中で回避する。


 しかし、ぶつかり合いの際にアギラステアから発生していた黒靄を吸ってしまったのか、着地と同時にその場に蹲る。


 動けないレニさんに振り下ろされる黒靄をまとった凶刃。


 だが、あわや斬り捨てられるかと思われたそこに飛び込む赤い影。フレアさんである。

 メルさんが放った〈毒弾(ポイズンバレット)〉で生まれた隙で体勢を立て直し、ヒースに斬りかかられるレニさんの助けに入ったのだ。


『助けが欲しいなどとは言っておりませんが』


『それはわかっている。

 しかし、助けを求めている人がいるなら助けに入る。それが俺なのだ』


 おお、今日のフレアさんはなんか勇者勇者してるな。

 僕がいつになくカッコいいフレアさんにそう心の中で驚くのとほぼ同時、


『フレア、その女を連れて引いて』


 メルさんが小さいながらよく通る声を通し、乱戦状態となっている戦場に破裂音が響く。


『何だこれは?』


 溢れ出すのは赤い煙。

 巻き込まれたヒースや魔導師達の悲鳴がそこかしこからあがる。


 しかし、その混乱に乗じ、フレアさんがレニさんを担ぎ、撤退に移ろうとしたその時だった。


『逃がすか!!』


 それはラギアステアの効果にによるものか、それともヒース自身が特殊な実績でも持っているのか、普通の人間だったら動けないだろうカプサイシンの煙に目や鼻を塞がれながらも、ヒースはアギラステアを振りかざし、撤退を始めるフレアさんパーティに襲いかかる。


 膨大な黒靄をアギラステアにまとわてフレアさんを追撃しようとするヒース。

 しかし、力の調整を誤ったか、大量に立ち上った黒靄が天井を舐めるように広がり、ズズッと何かがずれるような音が聞こえ、天井が崩れ落ちる。


 おそらくはヒースが突入時に天井を破壊したことが影響したのだろう。連鎖的に起こる落盤。


『フレア――』


 レニさんを抱え最後尾を逃げるフレアさんの頭上に落ちようとする巨大な岩にティマさんが叫ぶ。


 その声に、頭上に視線を送ったフレアさんが急ブレーキ。

 このまま進んでも逃げられないと判断したのだろう。懐に持っていた〈メモリーカード〉をティマさんにフライングディスクのように投げ渡し。


『ティマ、先に行ってくれ、俺は別の出口から追いかける』


 その言葉を最後に、崩れ落ちる巨大な岩の向こうへ消えるフレアさん。

 ティマさんはすぐにフレアさんを助けようと魔法使い達の相手をしていたロックゴーレムを動かそうとするのだが、その時にはすでにフレアさんが消えた先の通路は崩落する岩によって塞がれてしまっていた。

◆アギラステアから発生する黒靄はウル4の墨エフェクトからイメージしました。


 長編になると、どうしても一話一話が長くなってしまいます。

 次話の投稿はたぶん木曜日にはできると思います。


 

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