ガーディアンと報告
休日だったその日、僕とマリィさんと魔王様は、万屋裏の工房に新たに作られたゴーレムの遠隔操作専用の施設にいた。
『聞こえる。聞こえるかしら?
こちらティマよ。これで起動できてると思うんだけど』
魔法技術とは不釣り合いとも思えるサイバーな空間に浮かべた幾つもの魔法窓の一つに、淡い光に照らされる通路らしき場所で画面を見下ろすようにするティマさんが映る。
横にはポーリさんの姿もあり、二人の肩越しにフレアさんとメルさんの頭が覗いていた。
「ええ、大丈夫です。ちゃんと動いていますよ。
いま、体を起こしますので、少し離れてください」
僕はティマさんからの呼びかけにそう応えながらも、その場から少し離れるように言って、座る椅子の手元にあるムーングロウ製の球体に思念を乗せた魔力を送る。
すると、床から見上げる形だった魔法窓越しの視界がむくりと起き上がり、周囲を見渡せる状況になる。
そう、この映像はティマさんに起動を頼んでおいたゴーレムから送られる映像だ。
そして、そんなゴーレムの視界越しに送られてくる映像を僕の背後で見ていたマリィさんが聞いてくるのは、
「基本は銀騎士と変わらないのですね」
「はい。でも、この機体は銀騎士とちょっと違ってまして、完全に遠隔操作ではなく、魔法式に沿って自立行動をすることも出来るようになっていますけどね」
「つまり半自動型のゴーレムということですの。珍しいゴーレムですのね」
通常、ゴーレムというものは、遠隔操作によって動くものか、定められた命令に沿って動くロボットみたいな存在に分けられるのが定番なのだという。
しかし、今回のゴーレムはそのハイブリッド。
「ずっと僕達が動かしているってわけにもいきませんからね。ゲートキーパーって役目を考えますと、エレイン君のような自立式ゴーレムでも良かったんですけど、一人にずっとあの場所を守らせるのもどうかと思いまして」
「たしかに、人があまり来ない次元の歪みの守りにあの子達を使うのは健全ではありませんからね」
「……かわいそう」
因みに、ゲートを管理する役目というならエレイン君もあまり変わらないように思えるのだが、あちらは同じエレイン君がやっているように見せかけて、工房で生産活動をしてくれているエレイン君にベル君と交代で店番をしてくれるエレイン君。
それ以外にも、ゲートを通じてこの世界に流れてくる物品回収をしてくれているエレイン君や戦闘要員のエレイン君と、このアヴァロン=エラでしている雑事をこなすエレイン君が交代制でやっているから、実はゲートのところにいるエレイン君は毎日違う個体だったりするのだ。
しかし、魔王城に配置するこのゴーレムはゲートの転移システムの関係で代えが効かない。
それでも、闇の精霊など、引きこもり的な性質を持っている精霊をつかえばいいのではないかという考えもなかった訳でもないのだが、いくらソニアでもゴーレムに宿ってもらう精霊を完全に選べないし、残念ながらというか、僕達の友人の中には闇の精霊を選別できるような上位精霊はいないということで、今回は通常使用のゴーレムを作って運用することになったのだ。
「それで、これはどのようなゴーレムになりますの。
基本は銀騎士と変わらないとしても、虎助たちが作ったものなのですから完全に同じものというわけではないのでしょう」
さすが、マリィさんはよく分かっていらっしゃる。
「マリィさんは、以前戦った、山羊の魔動機を憶えていますか?」
「ええ、エクスカリバー2の主となった青年と一緒にこの世界に迷い込んできた魔動機ですわよね」
「あの山羊のゴーレムを人型に改造した機体ですね。
とはいっても、そのまま使ったのではなくて、僕達が操って戦いやすいようにサイズも小さくしていますけど」
レイさんの名前は憶えていなくてもエクスカリバー2のことは憶えている。そんなマリィさんの返事に僕は苦笑しながらも、現在、目の前の映像を送ってきているゴーレムの簡単な仕様を答えていく。
これは例の山羊型ゴーレムの特製を活かす為に鋼鉄の山羊をサイズダウン。基本骨格を人型に変更、山羊頭の悪魔として有名なバフォメットをそのまま金属化させたようなゴーレムである。
場所が魔王城ということで少し趣向を凝らしてみたというのはソニアの談だ。
「しかし、よくもあのゴーレムが持ち込めましたね。小さくしたと言っても元はあの大きな山羊のゴーレムでしょう。ティマ達に持たせたのは例の素材の力に頼らないマジックバッグの試作品ですのに、よくも入りましたわね」
『本当よ。マジックバッグでゴーレムを運ぶなんて、常識外にも程があるわ』
やや説明口調のようになってしまっているマリィさんの声を通信越しに聞きつけて、ティマさんがため息を漏らすようにそう答える。
「今回はマジックバッグの性能実験という意味合いも兼ねていますからね。出す時に壊れなくてよかったです」
『それ初耳なんだけど』
おっと、これは言って無かったんだっけ?
「でも、ティマさん達に渡す前に一通りは試しましたから、役に立っているからということでお願いします」
『そうだな。これ程の魔法の鞄を大した対価なしでもらえるのだから文句は言えないだろう』
さすがはフレアさん。細かいことにこだわらなくて助かる。
そして、フレアさんがこう言い出せば、ティマさんからも文句は出まい。
「それで、そちらはどんな状態ですか?」
『正規兵や名うて冒険者の姿がちらほら見えるくらいか、パーティや一騎士団単位でここに辿り着けるのは、やはり限られた者だけのようだな』
フレアさんの口振りから察するに、魔王城にいる人数は思ったよりも少ないのかな。
『ただ、その全てが銀星騎士団のように姫を探している訳ではないようだ』
「といいますと?」
『つい最近まで魔王がいたという居城だからな。宝が残っていると考える者がそれなりに居るのだろう。一攫千金を狙っている冒険者もそれなりにいるようだ』
向こうの世界の人にとっては主のいなくなった魔王城というものは、財宝探しにうってつけの場所みたいだ。強力な魔獣が残っている可能性も高いのだが、それもまた希少な素材を得るチャンスにもなるということで、腕の立つ冒険者が集まってきているらしい。
「しかし、そういう人達が探索をしていて、アヴァロン=エラに誰も入ってこないのはどういうことでしょう」
目的がなんにせよ、そこそこの人数が調査に入っているのなら、フレアさんが到着するまでに一組か二組、このアヴァロン=エラに迷い込んできてもおかしくなかったのではないか。そう訊ねる僕に、ティマさん達が答えてくれるには、
『それは単純にここが見つかりにくい場所にあるからだと思うわ』
『あの人達が見つけられたのは偶然』
『俺達も銀星騎士団から聞いたという情報と目印がなければ見つけることはできなかっただろうからな』
なんでも、斥候として母さんに鍛えられ、いくつもの魔法を習得したメルさんでも簡単には発見できないような場所にこの次元の歪みがある部屋があったそうなのだ。
因みにフレアさんが言う目印というのは、銀星騎士団を放逐する際、フレアさん達が同じ場所に辿り着けるようにと僕が頼んでおいたものだろう。
あれだけの仕打ちの後なので、お願いを聞いてくれないという可能性もあるかもと思っていたのだが、従わないと例の魔導器が発動すると言っておいたのが効いたみたいだ。
実際には、なにかキーワードのようなものを設定してというのならまだしも、ある行動を指定して〈息子殺しの貞操帯〉を発動させるなんてことは、なかなか出来ないことではあるんだけど、物は言いようというヤツである。
因みに、もしも彼等がやってくれなかった場合は、彼等にこっそりとくっつけたおいた超小粒の〈インベントリ〉から送られてくる念波を頼りに探すつもりでいた。
弱い〈誘引〉の魔法を使ってくっつけておいただけのものなので、吸着力が持続しないから、たぶん探せば隠し通路の内部か、その周辺に落ちていることだろう。
さて、そんなゲートがある部屋への入口に関するちょっとした疑問も解けたところで、先ずはこれを確認しておかなければならない。
僕はバフォメットを操り、その部屋の中に入る。
「これが次元の歪みですの。思ったよりも派手ですわね」
バフォメットが見た映像を投影する魔法窓に映るのは、魔王城からアヴァロン=エラに繋がる次元の歪み。いや、これはどちらかと言えば転移ゲートと呼んだ方がしっくりくるかな。
イメージとしてはRPGにありがちなワープゾーンというべきかな。ちょうど正八角形になるように配置された柱の中央、そこに作られた祭壇のような石舞台に刻まれた魔法陣から背の低い黒い竜巻のように魔力の流れが溢れている。
「人工的に作ってる感じなんですが、僕の知っている次元の歪みとも違うみたいです」
「……魔力の流れが乱れている?」
魔王様の言う通り、細かな光粒が乱舞するように渦巻いて、別空間へと移動する次元の歪みを形成しているようだ。
『だが、俺が使っている遺跡ものとこれはほぼ同じものだぞ』
しかし、フレアさんからしてみると、それは見慣れた次元の歪みであるらしい。
聞く限りでは、アムクラブ近郊にあるダンジョンにある常設の歪みは、空間がひび割れたもののようなものだったハズだ。
そして、賢者様の世界の次元の歪みはプラズマをまとったブラックホールのようなものだった。
前から分かっていたことではあるが、異世界転移をもたらす次元の歪みにも様々な形態があるみたいである。
「しかし、ここまで整備されている転移ゲート? それをフレアさんの世界の魔王はなぜ使わなかったのでしょう」
魔王城にあるこの転移ゲートがどのような目的を持って作られたのかは知らないが、僕の知る限りではそういう人がアヴァロン=エラやってきた記憶はない。
まあ、僕がソニアと出会う前に――、という場合もあるけれど、それでもこの約一年という間、ここが使われていないというのは不自然ではないのか。
そんな僕の疑問に答えてくれたのはティマさんとポーリさんだった。
『単純に見つけられなかったんじゃないかしら』
『この魔王城も遺跡を利用したもののようですから、魔王城に改造したはいいものの、施設のすべてを把握していなかったってことはあるのでは?』
『そうね。この遺跡だけで王城の何倍もの大きさがあるんですもの』
魔王城と聞いて、僕はここを建設したのが魔王だと思っていたのだが、どうやらここは元ある遺跡を改造したものだったらしい。
ティマさんがいう王城というのが、どの程度の広さの施設なのかは知らないが、考えてもみれば魔王と呼ばれる人物が一から巨大建造物を建てていたら、周辺の国とかが何らかの妨害をかけるだろう。
僕がそんな納得を得る一方で、ポーリさんが続けて言うのはまた別の可能性。
『もしくは入れなかったという可能性もあるやもしれません。特にこの空間は清浄な空気を感じます。何らかの結界が敷かれているのかもしれません』
つまり、可能性は一つだけじゃないってことか。
これは、この転移ゲートも含めてソニアにきちんと調べてもらった方がいいかもしれないな。アヴァロン=エラのゲートの防備を強化できるかもしれないからね。
ということで、僕はソニアに今の話を簡単にまとめてメッセージを送り。
「それでフレアさん達はこれからどうするんです。一度、こちらに戻ってきますか?」
『ん、戻るとはどういうことだ?』
「いえ、魔法窓越しですけど、皆さんの格好を見るに魔王城までの道中で相当消耗したんじゃないかと思いまして、
せっかく目の前に転移ゲートがあるんですから、一回こっちに帰ってきて補給をするのもいいんじゃないかと思ったものですから」
数日前、アヴァロン=エラを出発して王都オリオンでポーリさんと合流、フレアさんはずっと緊張状態で動き回っていたハズだ。
だとするなら相当に消耗をしているのではないか。
ならばここは、一度アヴァロン=エラで英気を養ってから、姫様捜索に再出発した方が効率的ではと僕が訊ねたところ、フレアさんは『そうだな』と呟いて、
『俺としてはすぐにでも調査に入りたいところなのだが――』
『フレアがいいっていうなら、私としては半日でいいからゆっくりしたいわね。ここのところ連戦だったから魔力の消費も激しいし』
『そうですね。これから長丁場になるかやもしれませんから、魔素が豊富なアヴァロン=エラで休息を入れることは必要なことです。
……それに生活魔法も万能ではありませんので少し汗を流したいですしね……』
『賛成』
フレアさんはすぐにでも次の行動に移りたいようだが、女性陣としてはここで長旅の間に溜まった汚れなどを落としたいようだ。
結局、女性陣の意見には勝てなくて、フレアさん達は一旦アヴァロン=エラへと来てもらうことになったのだが、
その前に――、
「あっと、こっちに戻ってくる前に〈インベントリ〉の設置をお願いできますか」
『そうだったわね。ポーリ、メル、手伝ってくれる』
『わかりました』『了解』
バフォメットへの指示を確実にする為にも、〈インベントリ〉を設置して、通信環境を改善してもらわなくては、ということで、女性陣に中継機となる機能を詰め込んだ〈インベントリ〉の接地をお願いして、ちゃんとリンクが確立していることを確認してもらい、フレアさん達には改めてアヴァロン=エラへと来てもらう。
長旅でお疲れだろうと万屋特製元気薬を配り、宿泊施設のお風呂で汗を流してもらったところで食事を振る舞う。
因みに今日のメニューは、一人遅れて合流したポーリさんリクエストでドラゴンステーキとなった。
聖職者であろうポーリさんが肉にがっつくのはどうかとも思ったのだが、ドラゴンのお肉には肉体活性などの特殊効果がついている。
ポーリさんとしては、これから先のことを考えて、ここでしっかり体力を回復しておきたいと思ったのだろう。
そして、マリィさんや魔王様の為に買い置きしてある、コンビニやスーパーなどで買えるお安いスイーツの中から、食後のデザートを選んでもらい、和室で、カウンター横の応対スペースで、それぞれ食べながらこれからの動きを確認していく。
「それで本命の調査の方はどんな感じですか」
「全然ね」
「そうですね。今のところ、魔王の行方に繋がるような痕跡は見つかっていませんね」
「俺にはよく分からないがみんなが言うのだからそうなのだろう」
やはり、魔王とも呼ばれる人が自分の行き先を示すような痕跡を残していないか。
「では、ここで手詰まりになってしまいますか」
「ああ、それは大丈夫よ。あの隠し部屋に行く途中、親切な兵士さんを捕まえてね。別口の手がかりを教えてもらったから」
「親切な兵士ですか?」
ティマさんはこういっているが苦笑するポーリさんの反応を見る限り、その言葉を額面通り受け取ってはいけないのだろう。
「なんか文句でもあるの」
「いいえ」
ある訳がない。
僕だってティマさんと同じような状況だった場合、たぶん同じような手段を選んだだろうから。
それよりも、ティマさん達の得た情報の方が重要で、
詳しく聞くと、とある領主が所持する特殊な魔導器を使い、魔の気配を探り、それが多く集まっている街を特定したのだという。
だとするなら、思ったより魔王城に人が少ないといったのには、その情報が関係しているのかもしれない。
「でもね。問題のその街にはロゼッタ姫はおろか魔王が率いる魔獣の姿もまったく見かけないってことなのよ」
「ということは、その情報はあまり正確ではないということですか?」
「いえ、そう断定するのは早いかと、なにしろ相手は追跡専門の魔法使いを持ってしても簡単に尻尾を掴ませない相手なのですから」
「厄介な相手……」
つまり、何も情報がないのが逆に怪しいと、そんな感じなのかな。
僕がマリィさんとポーリさんに話にそんなことを考えていると、フレアさんが、
「なにかいい方法はないだろうか」
「そうですね――」
その魔を探知するという魔導器がどの程度のものなのかは分からないが、ある個人を特定して探すような魔導器を作ることは難しい。
そうなると――、
「こっちから誘い出して見るというのはどうでしょう」
見つけ出すことが難しいなら相手から出てきてもらえばいい。そんな当たり前の作戦を口にする僕にティマさんは「そうね」と頷きながらも、
「現状それしかないって感じだけど、どうやって誘い出すの?」
「そうですね。念話通信の機能をちょっと弄ってみますか」
「念話通信?」
「はい。ちょっと時間はかかりますけど、ウチのオーナーに手を加えてもらえれば、魔王側の人達にピンポイントで呼びかけを行えるシステムが作れるかもしれませんから」
「ふ~ん、よくわからないけど。なら、その間、休みを取らせて貰おうかしら」
「ならば俺は試練の続きをするとしよう。マオ殿お願いできるか」
「……ん」
その後、ティマさん達、女性陣はゆっくりとした休息を、フレアさんもフレアさんで適度に訓練をしながらも、一日後、ソニアによって完成した新しい魔法を携えて、改めて姫様探しの旅へと出かけていった。
◆次話は木曜日に投稿予定です。