ダンボール戦記
フレアさんの世界は大変そうだが僕たち万屋は通常営業。
とはいっても今日は店番をベル君に任せて新しい商品を試していたりするのだが。
「なんかコレ、昔を思い出すな」
そう言いながら元春が出たり入ったりしているのはダンボールで作られたかまくら、子供の頃に作った秘密基地のようなものだ。
「それで、これはなんですの?」
「魔力式強化ダンボールを使った簡易型の拠点、簡単なトーチカみたいなものになりますかね」
「トーチカというとあのゲートの東にある小さな砦のことですわね」
トーチカと同じ概念の言葉がマリィさんの世界にもあるかはわからないが、ボルカラッカの亜種を倒す時に使っているからマリィさんにもこの言葉はきちんと伝わっているようだ。
ええと答える僕に、マリィさんはダンボール製の簡易トーチカの出入り口に寝転び、いやらしい目で見上げてくる元春をゲシッと足蹴にしながらも、魔力式強化ダンボールの壁をコンコンと叩く。
「しかし、こんな紙で作られたものが防御拠点として機能しますの」
「内部に結界術の魔法式が印刷されていまして、組み立てたが完了した時点で周囲の魔素を吸収して、耐久力も強化されるようになっていますから、多少の攻撃ではびくともしないくらいの耐久力はあると思いますよ」
「無駄に高性能だな」
訝しげなマリィさんからの問いかけに僕が答えると、マリィさんに足蹴にされた元春がフガフガと呆れたような声を漏らす。
「周囲の環境や注がれる魔力の量によって耐久力も変わってくるし、特殊なインクを使わないとだけど、使い捨てな上に紙でできているからね。印刷するだけで簡単に強化できるんだよ」
印刷うんぬんの話は木や金属を素材に作っても可能な技法であるのだが、きちんと正確に魔法式を定着させるには紙という媒体が一番相性がいいという。
「つか、これを使えば装備とかも簡単に作れるんじゃね」
「そう言うと思って作ってあるよ」
閃いたとばかりにポンと手を打つ元春に、僕がエレイン君に出してもらったのはダンボールでできた鎧。
だが、これがダンボールで作った鎧だと侮ることなかれ、エレイン君というスーパー職人が身近にいる今、その形からカラーリングまで、かなり凝ったものが作れるようになっているのだ。
「おおう。思ったよりも格好いいな」
「ですわね。紙で作った鎧ということで、もっと安っぽいものを想像していたのですが、ちなみに、この鎧はどの程度の装備になりますの」
「単純な防御力なら鉄の鎧よりも強いと思いますよ」
「それ、おかしくね」
「ですわね。紙でそんな装備が作れてしまうのなら、一般に販売される防具の殆どは淘汰されてしまいますの」
淘汰されるとか、マリィさんの表現は大袈裟だと思うのだが、その懸念自体は分からないでもない。
「でも、魔力強化ダンボール製の鎧は鎧でいろいろとデメリットがあるんですよ」
まず魔法式を書くのに使われているインクが少し特殊なもので、それなりに強い魔獣の血を使わないといけないということが一つ。
次に、素体が紙なので基本的にメンテナンスが出来ないという欠点がある。
そして、これが一番の問題なのだが、素体が紙だけに火や水に弱いのだ。
当然ながら素となっているダンボールには防炎・防水加工を施してあるのだが、それはあくまで加工であって、対抗するのが魔法ともなるとさすがに心もとない。
だから、相手によっては一度の戦闘で壊れてしまうということもあったりして、どちらかといえばこういうものに使ったりするのが本来の使い方なんじゃないか。
そう言って僕が取り出したのは自分の体を隠す程のタワーシールド。
「成程、たしかに盾なら使い捨てが出来ますわね」
「なにより軽いですしね」
防御力を高める為にかなり厚く作ってはあるものの、その重量は一キロ以下。
同じ大きさのタワーシールドが十キロはあることを考えると恐るべき軽さなのである。
「しかし、これは随分と頑丈に作ってあるように見えますね。かなり強力な盾に仕上がっているのではありませんの?」
「五重構造で防御系の魔法式を間に挟んでありますからね。純粋な防御力だけを考えますとチョバムアーマーよりも防御力は高いかと」
「チョバム?」
ああ、マリィさんにこの表現だと伝わらないかな。
つい、元春と二人で話してる感じで言っちゃったよ。
「戦車の装甲の一種ですよ。対物防御力は巨獣の攻撃すらも防ぐってくらいに考えてもらえればいいと思います」
「それはもう魔法金属並なのではありませんの!?」
「てゆーか、それってもう普通に戦車とか作れるんじゃね?」
それが戦車並の耐久力なら、たぶん巨獣の攻撃も一度や二度は防げるんじゃないかと思って、そう表現した僕に二人が詰め寄ってくる。
でも、さすがにマリィさんの言う魔法金属というのは言い過ぎなんじゃないかな。
たぶん、ミスリルを混ぜた合金で同じような構造のタワーシールドを作れば、これよりも遥かに高機能な盾を作れるだろう。
だた、元春の言う魔法強化ダンボールを使って戦車が作れるかという話だが、そっちの方はおそらく可能だと思う。
「戦車というのはあのゲームなどで見かける自走式の魔導砲ですわね」
因みに魔導砲というのは単純に魔法銃の機構をそのまま大型にしたもので、マリィさんの世界では国境際の砦なんかに取り付けられている兵器らしい。
たしかに、そういう物を組み合わせて体裁を整えれば、わりと簡単にダンボール戦車が作れるのかもしれない。
ということで、
「実際に作ってみますか」
僕達はエレイン君に頼んで用意してもらった魔法強化ダンボールを使って、ダンボール製の魔導戦車を作ってみることに――、
そして、工房のエレイン君達のサポートを受け、組み立てること十分ほど、
そのダンボール戦車が完成タイミングになって元春が何気なく疑問に感じたのだろう聞いてくる。
「そういえばよ。なんとなく作っちまったんだけど、コレ、どうすんだ?」
ああ、作ることに集中しすぎて、その後のことは全く考えていなかったね。
考えられる使用方法といえば、迷い込んでくる魔獣を相手に使うことくらいなんだけど、
「もう一台作って戦わせてみるとかはどう?」
「危なくねーか?」
「さっきも言ったけど、元はダンボールだからね。炎や水に弱いから、例えば砲身に水の魔法銃を搭載してやれば安全に戦うことが出来るんじゃないかな」
さすがに水鉄砲みたいな水魔法の攻撃じゃどうにもならないんだろうけど、それなりのレベルの水の魔法を砲身に嵌め込んで、砲弾サイズの水球を作って飛ばしてやれば、それなりに効果があるのでは?
たしか昔そんなTV番組の企画があったと聞くし、そういうふうに戦車同士を戦わせてみたら、案外面白いのではないかと、僕がそう言うと。
「いいな。だったらよ。オリジナルの戦車を作ってみんなで戦わせるっていうのはどうよ」
「……面白そう」
元春の提案にキラキラと目を輝かせる魔王様。
だが、元春はそれに続いてなにか思いついたとばかりにピンと指を立てて、
「待てよ。せっかくだから、乗り込む俺達も素っ裸になったら負けとかにすりゃ面白れーんじゃね」
チュドン。
はい、|いつものヤツだね《雉も鳴かずば撃たれまい》。
途中まででやめておけばよかったのに、調子に乗りすぎだよ。
ということで、元春が最後に出した案は却下され、それぞれが戦車を作って主砲か砲塔が破壊された時点で終了というルールになった。
因みに魔導戦車の動力は魔法世界の運搬業の方に御用達となっている〈フローティングボード〉で作られている為、履帯を破壊されてしまうと動けなくなるのだが、攻撃が続けられれば戦闘続行ということに決まった。
と、ルールが決まったところで全員の戦車を作ることに――、
とはいっても、ダンボールでの戦車作りはパーツを切って世界樹の樹液で接着させるだけの簡単な作業。
それでも自分達だけでやれば大変な作業になるのだが、そこはエレイン君達やそれぞれのスクナのサポートもあって、ものの三十分くらいで四台の戦車が出来上がり、それぞれの魔導戦車のお披露目となる。
僕が作ったのは――というか、みんなで作った戦車を改造したものになるのだが――豆タンクと呼ばれている戦車よりも更に小型の一人乗り用の戦車である。
なんていうか本格的な戦車ではなく、レーシングカートサイズで、アニメ作品なんかのデフォルメ戦車をそのまま現実化したようなデザインとなっている。
マリィさんも魔王様もそれぞれ個性的なデザインとなっているものの基本デザインはあまり変わらずに。
ただ、最後にお披露目となった元春の戦車が問題だった。
「なんですのそれは?」
「ヤクトティーガ。僕達の世界で使われた戦車の中で最大級の戦車をモデルにしたみたいですね」
試作や構想、実験的に配備したものなんかを含めると、もっと大型の戦車も沢山あるのだが、かつての戦争で、実際に戦場へ送られ、それなりに活躍した戦車の中では、このヤクトティーガという戦車が最大級の物になるのではないか。
元春はそれをモデルとして、本格的な戦車を仕上げてきたみたいである。
とはいっても、作ったのは殆どエレイン君なのだが、
それはそれとして、なんで僕がそんなに戦車のことに詳しいのかというと、これもまた元春が中学二年生の時に発症したある種の青春病の余波とだけ言っておこう。
そして、ここでようやく戦闘開始になるのかと思いきや。
「虎助、これは反則ではありませんの?」
「特に大きさとかは決めていませんでしたからね。反則といえばどうなんでしょう。でも、これだけ大きいと小回りが効きかないでしょうから、そこまで有利でもないかと」
「……言われてみればそうですわね」
と、マリィさんに納得してもらったところで、それぞれのスクナと共に戦車に乗り込んでもらって、お互いに距離をとって、改めて戦闘開始。
僕がまず狙うのは元春だ。
射手を担当するアクアに指示を出しながら戦車を走らせる。
いや、僕だけじゃなくて、マリィさんも、魔王様も、元春の戦車目掛けて突撃していく。
「ちょ、みんなで俺を狙うとか、そっちの方が反則じゃねー?」
「面倒な敵を最初に仕留めるのは定石でしょうに」
僕達の動きを見て、慌てたように文句を言ってくるのはもちろん元春だ。
しかし、マリィさんの言う通り、一人圧倒的な戦力を持っている人が狙われるのはバトルロイヤルのお約束。
「クッソ、こうなったらヤルしかねーか」
とはいえそこは、さすがはヤクトティーガというべきだろう、元春作(エレイン君作)ダンボール戦車はかなり装甲が厚く作ってあるみたいで、僕達の攻撃はあまり効いていないらしい。
だが、その分、動きは鈍くなっているので、こちらからの攻撃が面白いくらいに当たるんだけどね。
「しかし、砲塔を狙うのが難しいですわね」
戦車という構造上、近距離での砲撃となると、一段高い場所にあるヤクトティーガの砲身を狙うことは難しい。
それを狙うには距離を取らなくてはならないが、離れると極大の攻撃が飛んでくるということでなかなか面倒な状況で、
しかし、そんな中で善戦しているのは意外というかなんというか魔王様である。
ゲームで学んだテクニックだろう。細かく戦車を操って、元春から攻撃を受けそうになると、その巨大な戦車の内側に張り付きやり過ごして、攻撃がやんだと見るや距離を開けて、ダンボールヤクトティーガーの砲身を狙っていくヒットアンドアウェイ戦法をうまい具合に回している。
しかし、あの砲撃を行ってるのって、魔王様じゃなくてシュトラなんだよな。
魔王様からの指示があるとはいえ凄いな。
と、僕が魔王様たちのヒットアンドアウェイ戦法に感心していると、マリィさんがそれを見て、同じように戦おうとするのだが、素人が実践しようとしてもなかなか難しい技術のようだ。
「きゃあ!!」
距離をとって攻撃をしようとしたマリィさんの戦車に、|元春の戦車《ダンボール製のヤクトティーガ》から放たれた特大の水玉が直撃。
まあ、ルールはバトルロイヤルということなので、最終的には敵になるマリィさんが、ここで脱落しても、勝敗という意味では僕と魔王様のマイナスにはならない。
だけど、一人規格外の戦車を使う元春がいる現状、ここでマリィさんに退場されてしまうのはちょっと困ってしまう。
だからここはと、僕が助けに入るのだが、
思いの外、マリィさんの戦車が受けたダメージは大きかったようだ。
機動力は勿論のこと、砲撃もまともに出来ない状況に追い込まれてしまったみたいだ。
まさに風前の灯、マリィさんはそんな自機の状況に、こうなったら、たとえ自分がやられようとも元春だけには一矢報いたいと、飛沫により自分の戦車にもダメージが及ぶにも構わず、ぎこちない動きで元春が駆るヤクトティーガに張り付きゼロ距離射撃を敢行する。
すると、マリィさんの戦車の射手を務めるアーサーとファフナーが頑張りを見せているのだろう。かなりの数の砲撃がヤクトティーガーに撃ち込まれ、この自爆戦術ともいえる攻撃が、ダンボールの戦車としては恐るべき防御力を誇るヤクトティーガに風穴を開けた。
「ヤ、ヤベー。右のボードが外れちまった」
元春の戦車の側面に大穴が空き、片面に備え付けられた履帯代わりの魔法の板が外れてしまったのだ。
しかし、それが僕達のような豆タンクならば、片方のボードだけでも十分な浮力が得られるだろうが、元春くらい大きい戦車ともなると一つなくなっただけでも致命傷。
その重さが仇となって、その場から動けなくなってしまった元春機に、ここがチャンスだと、僕、マリィさん、魔王様が元春を一気果敢に攻め立てる。
一方、元春の方も、こうなってしまっては仕方がない。
「クソッ、ヤられる前にヤるしかねー」
動けないなら攻撃あるのみと、自分みずからが砲台に座り、僕達を近付けまいと水玉を乱射する。
しかし、三人がそれぞれバラバラの方向から攻撃してくるものを、一門の砲台で全部処理できるハズもなく、どうにかマリィさんを倒したところで、元春のヤクトティーガーはふやけたダンボールの上にただ砲台だけが乗っている状態になって、最後は魔王様が放つ魔力を大幅に注入した特大の水玉によって吹き飛ばされて轟沈。
結果、僕と魔王様の一騎打ちに――、
まだ元春が取り残されるふやけたヤクトティーガを盾にお互いが打ち合うも、最終的に魔王様が僕に撃ち勝つという展開で決着。
「くっ、納得いきませんの。もう一回」
勝負を終えて、最下位に終わったマリィさんが文句をつけてくる。
だが、もう日もくれて魔法によるライティングがなければ組み立て作業も難しい。
この時間から、もう一度、戦車を作り直していたら帰宅時間が大幅に遅くなってしまう。
結局のところ、後日、元春の部活がない日にリベンジマッチをすることとなったのだが、その勝負の結果どうなったのかは、マリィさんの名誉のために触れてあげないことが懸命だと僕は思う。