魔王捜索中
「はい、はい、はい、了解しました。気をつけてくださいね」
細く長い西日が差し込む万屋の店内、僕が魔法窓越しに届く念話通信に対応していると、その通信が終わるタイミングを見計らってマリィさんが声をかけてくる。
「それで、ティマはなんと?」
「ポーリさんと無事に合流して、いまは魔王の城に向かっているところだそうですよ」
「ゴーレムを仕掛けに、ですか?」
「あと、逃げた魔王の痕跡を辿る為ですかね」
マリィさんが言うゴーレムというのは、魔王城に発生したという次元の歪みを管理する為のゴーレムのことだ。
この前やってきた銀星騎士団と、そしてティマさんの意見を総合すると、どうもこれから魔王城近辺が騒がしいことになるやもしれないとのことで、また面倒な輩がアヴァロン=エラに紛れ込んできても面倒だと、魔王城にあるという次元の歪みがある隠し通路のような場所に守護者を設置して侵入者をシャットアウトしてしまおうと考えたのだ。
とはいえ、それは錬金術にあまり詳しくないだろうフレアさんのパーティに起動してもらうことになるゴーレムだ。マリィさんのところで運用している銀騎士のような機体は配置できないとのことで、フレアさんに――ではなく、ティマさんに試作品として作った大容量かつコンパクトなマジックバッグを持たせて、大きめのサイズの守護ゴーレムを送り込むことで解決としたのだ。
ただ場所が魔王の城の中ということで、大きいといっても全長五メートルほどと、同じ役割を持ったモルドレッドとくらべてかなり小さめのサイズとなったのだが、とはいえ、ミスリルコーティングされたその頑丈なボディーはしっかりと次元の歪みの守りとなってくれるだろう。
「しかし、痕跡を辿る、ですか……。
果たしてそれは上手くいくのでしょうか、相手は魔王なのでしょう」
「それはそうなんでしょうけど。他に手がかりもないみたいですからね」
マリィさんが訝しげにするのは魔王相手にフレアさん達の追跡能力が通じるか懸念しているからだ。
フレアさん達パーティの斥候が新人のメルさんということ、そして、追跡対象が魔法技術の高い魔王となると、やはり力不足の感があるのだ。
しかし、そこはいろいろな探査系の魔法を詰め込んだ〈メモリーカード〉を渡しておいたし、ティマさんやポーリさんもいるから、ある程度、なんとかなるんじゃないかと僕は思っている。
「でもよ。それだったら、魔王と駆け落ちしたっていう姫様を探した方が早くね。
そもそもどっかの馬鹿貴族に狙われてる姫様をどうにかするってのが勇者の目的なんだしよ」
うん。魔王からの追跡が無理ならば一緒にいるハズのお姫様の痕跡を探した方が楽なんじゃあ――という元春のアイデアは分からないでもない。
もともと彼女と接触することが目的なんだから、最初から彼女の痕跡を探せばという元春の主張はまっとうなものではあるのだ。
「でも、それは前に来た銀星騎士団や他に動いてる人達も調べた後なんじゃないかな。それでも上手く行かないみたいだから魔王城を探索していたんだし。たぶん、いろいろと証拠隠滅をしたであろう魔王の痕跡を辿るって作戦は間違いじゃないと思うよ」
ティマさんからの経過報告によると、銀星騎士団なんていう脳筋集団以外にも動きがあるらしいのだ。そんな人達が未だに手がかりを見つけられず、なんとか追跡できないかと魔王城にいる時点でそこは察して欲しい。
そんな僕の意見に元春が「な~る」と納得の声を上げる一方でマリィさんは、
「しかし、そうなりますと周囲の動きが気になりますの。その者共が魔王城に集まっているとティマたちとかち合うことになるのではありませんの」
「そうですね。結構な数の組織が動いているみたいですから。
ですが、全部が全部、姫様狙いって訳ではないようですし、そこまで心配することはないかと」
これは、いまの連絡で聞いた情報なのだが、どうも姫様を追跡しているグループと単純に魔王が残したお宝を手に入れようとするグループが居るらしい。
それに加えて、そもそも単独で魔素濃度の高い魔獣あふれる森の奥に存在する魔王城に辿り着ける組織がどのくらい居るのかが問題らしく。
おそらく、一旦、探索に相当な時間がかかったという魔王城に入ってしまえば、そういったバッティングは避けられるのではというのがティマさんたちの予想らしい。
そもそも、逆に言えば魔王城に辿り着けるってことは、それだけ腕の立つ人間だということで、わざわざリスクを犯してそこまで辿り着いているのだから、無用な争いは避けたいというのが本音だとのことだ。
しかし、その理論でいくと、あの銀星騎士団も相当腕の立つ人間になるってことなんだよね。
そして、魔王城の中から移動したこのアヴァロン=エラで包囲戦を行った訳なんだけど。
はて、これはどういうことなのか?
いや、考えてもみると、僕が簡単にあしらったように思ったのはゲート由来の結界の防御があったからで、それに、対生物兵器としてはワイバーンにすらも効果のある唐辛子爆弾があったから、あんなに簡単に倒せたということもあるのかもしれない。
たぶん、本来、彼等には、結界さえなければ僕達を抑え込めるだけの実力があり、その自身があったからこそ、あの転移直後の状態からも動揺せずに僕達を取り囲んでしまうなんて大胆な行動に移れたんだろう。
うん。そういうことにしておこう。
僕がマリィさんとの話の流れから、魔王城にはどうもその行動指針と実際の行動がとも合わない銀星騎士団の実力を疑問に思っていると、マリィさんはマリィさんで僕の推測を添えたティマさんからの情報を整理したのだろう。次に聞くのは――、
「もともと姫を救出しようとしていた王はどうしていますの?」
「そちらの動きは表向きないみたいですね。優先順位が低いということで、フレアさん達も道すがら噂を集めた程度とのことですが、今はフレアさんが追いかけているこの動きを見極めて、自分の足元を揺らす勢力の燻り出しているのではないかって――、特にあちら側でそういう情報を得る立場にあったポーリさんなんかはそう考えているみたいです」
なんでも聖女として教会の上部に食い込んでいるポーリさんには、教会に滞在中、この手の諍いの仲介依頼がいろいろと届いていたらしい。
メルさんの手によってそこから抜け出すまでの間にポーリさんは、日々、様々な筋から届けられた依頼から、ルベリオン王国内に渦巻く勢力争いの動きを読み解き、出来る限り、その矢面に立たないように立ち回っていたそうな。
「で、でもよ。姫様放置で立場固めとか薄情過ぎね」
「姫自身がもう戻らないって宣言してたから、その辺はね」
「といいますよりも、むしろ王の周辺が進言したというのが正しいのではありませんの」
ふむ、姫の身柄と近隣に魔王が存在するという脅威。それを天秤にかけて王の周辺が姫を諦めろと迫ったと。
あの遠征は王様の我儘だったと聞くし、マリィさんの予想も間違いじゃないのかもしれない。
とはいえ、それでも王様が本気ならスパイとかそういう人を各地に放っているのでは?
そこまで考えて僕がふと思い出すのは、
「そういえば、今の話の流れで思い出したんですけど、狼の影の彼はどうしましょう」
「ん、狼の影の彼って誰のこった?」
僕の何気ない問いかけに首を傾げたのはマリィさんではなく元春の方。
「マリィさんの国の密偵って感じかな。
ほら、年末にマリィさんの城に忍び込んできた人がいたって会議を開いたじゃない」
「ああ、あの時の首なし死体の人か」
いや、首なし死体って――、
それはあんまりな憶え方なんじゃないかな。
「つか、なんで今それを思い出したん」
「いや、マリィさんが言ったフレアさんの世界の王様が、周りの意見を聞いて姫を探すのを諦めたっていう話だけど、表向きはそうだとしても、王様が本気なら裏からいろいろ手を回してるんじゃないかなって考えた時になんとなく彼のことを思い出してね。
ついでだからマリィさんに聞いておこうと思って――」
と、そんな僕の説明に元春が「ああ、スパイ繋がりな」と手を叩いて納得。
「けど、元春もよくあの人のことを憶えていたよね」
元春は一度や二度ちょっと会ったくらいの男の顔なんて、殆ど憶えないのがデフォルトである。
いや、それがイケメンだとか、何故かモテている相手とかなら、嫉妬という方向性で顔を憶えたりもするのだが、あの狼の影の彼はお世辞にもそういうタイプではなく、たぶんスパイという性質上だろう、どこにでもいるような平凡的な成人男性って感じだったのに、どうして元春がそんな彼のことを憶えていたのかと、つい気になって聞いてみると。
「俺、ここにくると必ずマールちゃんのとこに魔力を供給しに行くだろ」
うん。元春が部活や用事などがない日に、マールさんに魔力を与える為に世界樹農園に行くのは既に日課となっている。
そして、例の狼の影の彼もだが、僕がマリィさんの依頼を仲介する形でお願いした、マールさんに花粉による自白供与の報酬として、魔力タンクの代わりを務めてもらっている。
元春はその関係で週に二・三度、彼と会っているみたいで、
「そん時にたまに見るんだけど、おの兄ちゃんブツブツ呟いて笑ってたりしてやべー感じになってんのよ。それで気になってな」
「ああ、それでね」
でも、今ってそんな感じになってるんだ。
前に僕が見に行った時には普通に受け答えをしてくれたから、まだ大丈夫かと思っていたんだけど、やっぱり首だけにされてずっと動けないっていうのは精神的な負担になっていたみたいだ。
元春の話に放置してしまったことを反省する僕。
しかし、彼の処遇に関しては僕の一存でどうにか出来るものではないし。
だから、彼の生殺与奪を握るマリィさんに「どうしましょうか」とお伺いを立ててみると。
マリィさんはタプリ思わせぶりに腕組み「難しい問題ですわね」呻くようにするので、
僕はそんなマリィさんの反応に、もしかして引き渡し交渉が難航しているのかと思って訊ねてみると、そもそも引き渡し交渉自体が無いみたいで――、
「それが、彼の身柄取引に関してはまったく項目にあがっていないのです」
「あの、それってどういうことです?」
「出し渋っていたのが仇になったのでしょうね。死んでいると思われている節がありますの」
つまり、何かあった時の為にあえて彼の存在に触れずに交渉を進めた結果、相手側はすでに彼が処分されているものと勘違いしてしまったと?
うん。確かにそれはちょっとありそうだ。
密偵として放った人間の連絡が途絶えて既に二ヶ月以上、マリィさんの暮らす世界は実力行使で王位簒奪なんてことがありえる世界。捕まってしまったスパイがそのまま生きているなんて甘い考えはすぐに斬り捨てるなんてことも当たり前なのかもしれない。
しかし、そうなるとだ。
「どうしましょうか。さすがにこのままというのもいけませんよね」
捕らえたスパイとはいえ、生きていく為には食事をしなければならない。
今のところ、それはマリィさんが万屋にプールしてくれているお金からその食費を払っているのだが、さすがにずっとそのままという訳にはいかないだろう。
「しかし、今さら開放するのも――どうなのでしょう。戻ったところであの男の居場所などありませんの」
既に死んだものとして扱われているかもしれない彼が、ひょっこりと元の職場に戻ったらどうなるのか、密偵という立場を考えると碌な末路が待っていないことは簡単に想像が出来る。
かといって、政治状況が故とはいえ一ヶ月以上軟禁状態に置いておいて、後は知らないとほっぽりだすのもまた理不尽。
そうなると、どう始末をつけるのがベターなのか、マリィさんがその小さな顎に指を添えて考えること数十秒、出した結論は、
「そうですわね――、私達の味方として再利用するのはどうでしょう」
「再利用って、大丈夫なんですか?」
彼はもともと敵側のスパイだ。そんな人物を自分の手駒に使うだなんて、最悪、二重スパイなんてことにならないのだろうか。
そんな心配をする僕にマリィさんはこてんと首を傾げて、
「それは、首輪――、いえ、ベルトをつけておけば問題ないでしょう」
「えと、また、ですか……」
僕はベルトというその言葉だけで全て理解した。
わざわざベルトと言い直したということはアレを使うということなのだろう。
「とはいえ、この件に関しては、私一人で決めてしまう訳にもいかないのでしょうね。お母様にトワ、そしてスノーリズに、なにか考えがあるのかもしれませんから、なにより、今の状況で彼を国に戻すのは難しいでしょう。なので、今しばらくは現状維持でお願いしますの」
「わかりました」
◆次話は水曜日に投稿予定です。