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●王都脱出

◆今回のお話は、フレアパーティのメルとポーリにスポットを当てたお話です。

 王都オリオン。

 大陸の雄と言われるルベリオン王国最大の都市にして堅牢堅固な城塞都市。

 都市を囲む石壁は総延長三十キロを超える長大なもので、超高な石壁の内部に作られた街は王都と呼ぶにふさわしい華やかさに満ちている。


 そんな王都の北方にある整備された森の中に建つ大聖堂。

 いま、緑あふれるその広大な敷地に一つの影が舞い降りる。


 影の正体は勇者フレア率いるパーティで斥候を勤めるメルだ。

 彼女は、隙だらけのようで、その実、厳重な大聖堂の警備を風のようにくぐり抜け、奥の院と呼ばれる聖堂裏に建てられた石造りの大きな屋敷の中へと滑り込む。


 建物内を忍び足で移動して、たまにすれ違うシスターや僧兵達を物陰に隠れてやり過ごしながらも、屋敷の最奥、警備の人間が張り付く部屋に世話人だろうか食事を運び込む給仕の背中に張り付くようにして侵入する。

 そして、その給仕が部屋の外へ出て、誰もいなくなったのを確認した上で、その部屋の中、一人、退屈そうに書類仕事をこなす濃紺のシスター服を窮屈そうに着る少女に狙いを定めて忍び足で近付き声を掛ける。


「ポーリ」


「だ、誰ですか!?」


「私――」


「メルでしたか。

 もう、驚かさないでください」


 背後からの声にビクンと飛び跳ねながらも声の主の姿に落ち着いてそう返したのはポーリ。生命の根源たる水の女神を(あが)める中央教会で聖女の立場にある青髪の少女だ。

 そんなポーリが本当に突如として、暗闇の中から現れたメルに向けて訊ねかける。


「しかし、どうやってここへ?

 ふつうは関係者以外はいれるような場所ではないのですが」


「街の警備もそうだけど、ここの警備がかなり厳しかったから、この子の力を借りてみた」


 ポーリの疑問の答えとして、メルが眼の前に出した指に戯れるのは黒色の小龍。

 しかし、ポーリはそれを龍と思わなかったらしい。


「その黒い蛇は?」


「スクナ。万屋で買える召喚ゴーレムみたいなもの。ポーリのも買ってきたからあげる」


 メルが腰のポーチから取り出した黒いカードを受け取ったポーリは「それはありがとうございます」とそのカードに興味深げな視線を落としながらもそれを懐にしまい。


「しかしそうですか、メルさんでも厳しいと思う警備が教会の外でもなされているのですか、私の所為ですみません」


 メルからの情報に溜息を吐きながらも頭を下げるポーリ。

 そんなポーリの謝罪にメルはカックリと首を傾げて、


「ポーリの所為?」


「ええ、メルが来る前にここから抜け出そうとしまして、これでも聖女などと呼ばれている立場ですから、それで警備が厳しくなったと思うんですよ」


 どこかバツの悪そうに言うポーリ。

 そして、情けない話題から目を逸らすようにポーリが聞くのはメルがここに来た理由。


「それで急にどうしました?

 フレア様が無事だという話はティマから聞き及んでいるのですが、

 もしや、フレア様になにかあったのですか!?」


「ううん、フレアは大丈夫。元気になった」


「ならばどうして――」


「向こうにルベリオンの兵隊が来たの」


 フレアの安否に続くポーリの質問を遮るようにティマが言う。

 そんなメルの話にポーリは『なにを言っているのかわからない』と一瞬動きを止めるも、すぐに驚いたように口元に手を持っていき、信じられないとばかりに聞き返す。


「向こうとは、まさかアヴァロン=エラにルベリオンの兵が現れたということですか?」


 ポーリからの問い掛けに「そう」と短く答えるメル。


「遺跡が見つけられたというの?」


 続けざまの質問には首を左右に振り。


「違う。魔王の城から来たみたい」


「魔王の城? あそこにもアヴァロン=エラへの入り口があったのですか?」


「詳しいことはわからない。気になる話を聞いてこっちに戻ってきたから」


「気になる話――、ですか?」


「銀星騎士団がお姫様を探してるって」


 そう、メルがここにやって来たのはポーリとの合流という目的が一番大きなものだったが、その他にもう一つ、先日アヴァロン=エラに襲撃を仕掛けた銀星騎士団から聞き出した話の真相を聞くという目的があった。


 しかし、それに対するポーリの答えはある意味で予想通りであり、ある意味で意外なものだった。


「ああ、その話ですか。

 耳に入った話によると幾つかの家が動いているとか」


「やっぱり本当なの?」


 意外にもあっさりと出てきた情報にメルがすかさず聞き返す。


「私も人伝に聞いた話なので確実にとは言えませんが、おそらくはそうなのでしょう」


「でも、どうしてそんなことをしているの?」


 姫からのメッセージを受け、王が、父親としてはともかく、王族として、姫の救出を諦めているという話は、ここへの道中、調べてきたからほぼ確実だ。

 だったら、どうしてそんな独断が許されているというのか?

 メルの問いかけにポーリが返す答えは以下の通り。


「なんでも、メンフィス第一王子が王の実の息子ではないって主張する人がいるみたいなんです」


「それはどういうこと?」


 もしもそれが事実ならば姫のことも合わせて王城は上へ下への大騒ぎのハズ。

 しかし、そんなことがあったなんて噂にすら聞いていない。

 『ポーリは何を言っているの?』とばかりにメルが聞き返すと、ポーリはため息を一つ吐き出し。


「はっきり言って根も葉もない噂ですね。

 本気でそう思ってる人など誰も居ないでしょう。

 ただ、王自らが出陣してまで助けに赴いたのにはなにか理由があるのではないか、そう勘ぐった人がいるみたいなのです」


 つまり、王が姫を救い出すために自らが出陣したのは、彼女が王にとってどうしても手放せない存在なのではないか、

 いや、実際、姫に宿る魔眼の力を考えるとそうなのだが、

 そんな裏事情が理解できない人間や、無駄に裏を読むことに長けた人間が、その手放せない理由とはなんなのか、もしかして表向きの事情以外になにか理由があったりするのか――と、そんな連想ゲームを膨らませていった結果、馬鹿な噂を信じる人間が――、それを利用しようとしている人物が――、あの遠征に対する正式な理由がそれであると、一部の貴族連中に密かに吹聴しているらしいのだ。


「本当に馬鹿な話なのですけどね。

 おそらく、あんな状態のフレア様が、なんの引き止めもなく王都から出られたのも、その辺りの裏事情が関係しているのではと私は考えています」


 これまでの魔王軍との戦い、この国もその驚異に晒されそうになったヴリトラの討伐。

 多くの功績を積み上げ、圧倒的戦力を持つフレアに、いまの王都にいてもらっては困る。

 おそらく、そこにはフレアに協力的――、いや、同情的な人物の意思も働いたのだろう。

 その結果、あのような状態にも関わらず、フレアはなんの危険もなく王都からの脱出(放逐)になったのではないか、ポーリはそう考えているらしい。


「それでフレア様はどうしたいのでしょう。聞いていますかメル?」


「お姫様が困っているなら助けたいって言ってる」


「フレア様らしいですね」


 メルから聞かされたフレアの考えに思わず笑ってしまうポーリ。

 それを見ていたメルもまた口元をムズムズとさせながらも、そこは真面目な話だと我慢して、


「ポーリはどうするの?」


「考えるまでもありません。私が本来いるべき場所はフレア様の横なのですから」


 ポーリはフレアの仲間になるにあたって教会から籍を抜いていた。

 聖女という立場は変えられないが、自分がいるべき場所はフレアの横だと、水の精霊の加護を得ながらも、それに驕らず子供の頃の夢を追い続ける、まさに子供の頃のあこがれのままに育った青年の横が自分の場所だと、ポーリはそう信じているのだ。


 だから、今こうしてここにいるのは魔王城への遠征の後の成り行きでしかなく、教会も安定した今となっては自分がここにいる意味は無くて、だた問題はどうやってここから抜け出すかだが、


「それで、どうやってここから抜け出すんです? 自慢ではありませんが私は運動があまり得意ではありませんから、メルのようには行きませんよ」


 ポーリは運動能力の低いことを自覚していた。

 それでなければとっくの昔にフレアの元へと駆けつけていた。

 そんな自慢にもならない自慢をするポーリに、メルは「大丈夫。ちゃんと考えてもらった」と腰のポーチから魔法金属製の小箱に入った二つの宝玉を取り出す。


「それはメモリーダストですか?」


 ポーリの言うメモリーダストとは、ポーリとティマが暮らすこの世界における映像記録用の魔導器。


「うん。でも一つはディストピア」


「ディストピアですか……」


 ディストピアという魔導器もポーリは知っている。

 それは、巨獣に、名持ちに、龍種などと、強力な魔獣のシンボルを使用して作る魔獣の残滓との戦闘訓練が行える亜空間を生み出す魔導器だ。


 しかし、それがどうして今この場面で必要になるのか?

 疑問に思うポーリを前に、メルは口で説明するよりも実際にやりながら説明した方が簡単だとテキパキと脱出の準備を整え始める。


 まずはポーリの手を引き、近くの椅子に座らせて、その姿をメモリーダストで記録。

 そして、記録映像を、わざと扉の鍵穴から覗ける位置に映し出すと、大粒のルビーのようなディストピアが入った小箱を突き出して、


「ポーリはこの中に入って、後は私が連れて行くから」


「成程、そういう使い方ですか」


 ディストピアといえば、シンボルの中に作り出された亜空間の中に入り、魔獣の影と戦うことの出来る魔導器だ。

 メルはそんなディストピアの機能を利用してポーリをここから連れ出そうとしていた。


 ただ、ポーリには一つ気になる点があって、


「あの、そのディストピアはなんの魔獣と戦えるディストピアなのですか。

 あまり厳しいものだと私には耐えられないのではないかと思うのですが」


 ディストピアの中に入るということは、その内部に顕現している強力な魔獣と戦うことになる。

 それ即ち、ポーリは脱出までその魔獣と戦い続けなければならないということだ。

 そんな心配するポーリにメルが言うのは、


「大丈夫。これはフレアもクリアしているカーバンクルのディストピア。

 だから、こっちから刺激しない限り、攻撃もしてこない。

 ただ懐かれたりするとクリア扱いになるかもだから、なにもしないで」


 こちらから近づかなければ危険がない。メルの言葉にホッと息を吐き出すポーリ。

 しかし、クリア条件を満たしてしまうとディストピアからからはじき出されてしまう。

 ポーリはメルの注意に神妙に頷くと、すぐに身支度を整えて、ディストピアの中へと入る。




 翌日、大聖堂から【ルベリオンの聖女】が忽然と消えたと大騒ぎになったのだが、その頃、本人は王都から遠い街の中でフレアと楽しそうに歩いていた。

◆ちょっとした補足


 今回ポーリの脱出に際し、ユリス(マリィ母)の救出作戦に使った宇宙由来のゲームマシンを使っていないのは、そのゲームマシンがダンボールサイズという理由からです。

 まあ、マジックバッグがあれば全く問題はないのですが、どういう状況での脱出になるかもわからないということで、持ち運びに便利なカーバンクルの宝石を素体としたディストピアを用意したということになっています。

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