塩釜焼きを作ってみよう
「お~い。頼まれた通り、マールちゃんのとこから葉っぱもらって来たぞ」
そう言って万屋の中に入ってくるのは元春だ。
その手に数枚にぎられているのは扇代わりに使えそうなくらい大きな葉っぱ。マールさんが管理している世界樹の葉っぱである。
「で、世界樹の葉っぱなんて持ってきてどうすんだ。
またヤバイ薬でも作るんか?」
「なんでそうなるのさ」
まったく、僕がいつヤバイ薬を作ったっていうんだよ。失礼な友人だ。
僕はまた、何も考えていないだろう元春の発言に、内心でそう文句しながらも、ピッと指を立て、どうしてマールさんのところへ行っていた元春に世界樹の葉っぱを持ってきてもらったのかを説明する。
「ほら、この前、ロックソルトゴーレムを倒して大量の塩が手に入ったでしょ。だから塩釜焼きなんかを作ってみようと思ってね」
そう、この葉っぱは塩釜焼きを作る時に、素材に過剰な塩分が移らないようにする為に巻く笹の葉なんかの代用だ。
僕がそんな用途を説明したところ。
「塩釜焼きだと!?」
「虎助、それはどういうものなのです?」
元春が大袈裟に驚き、そのリアクションの大きさが気になったのだろう。マリィさんが興味深げに聞いてくる。
僕はそんな二人の反応にうっすら笑みを浮かべながらも魔法窓を展開して、
「こういうのです」
塩釜焼きの映像を映し出すと、マリィさんは『ほうほう』と魔法窓を覗き込み。
反対側からその様子を見ていた元春が、訝しげに首を傾げ、「でもよ。こういうのって素人がつくれるもんなん」と聞いてくるのだが、そもそも塩釜焼きは縁起物の料理の一種であり、地方のお祭りで出されたりする料理でもあったりするらしい。
だから、その見た目ほど難易度の高い料理ではないみたいで、
「塩釜を作ってオーブンに入れればいいだけみたいだから、たぶん僕でも作れると思うよ」
なんていうか――力技な説明で、元春も一応納得してくれたみたいだ。
ということで、さっそく塩釜焼きを作っていくことになるのだが、
まず、しなければならないのはメレンゲ作り。
因みに、さきほど触れた地方の縁起物料理では、メレンゲなんておしゃれ(?)なものを混ぜ込んで塩釜を作るなんてことはしないそうなのだが、インターネットで調べたところ、レシピの多くはメレンゲを使っていたので、なにかしらの意味があるのだろうと、今回はそれに合わせてメレンゲを作っていく。
まずは白身と黄身を分けていこう。
僕は用意したボールの縁に卵ぶつけて殻を二つに割ると、その片方を小さな器に見立てて黄身を掬い、白身だけを下のボールの中へと落としていく。
すると、その作業を横から見ていたマリィさんが「器用にしますのね」と感心したように呟くのだが、実はこれ、見た目ほど難易度が高い作業ではなくて、不器用な人じゃなかったら、見よう見まねでやっても、あまり失敗なくできる作業だったりする。
なので、マリィさんに「やってみますか」と話題を振ってみたりしながらも白身と黄身を選り分けていき、メレンゲを作りに移行していくわけなのだが、ここで一つライフハックを使わせてもらうとしよう。
なんでも、卵白は軽く凍らせてから混ぜると、通常より早くメレンゲに出来るそうなのだ。
ということで、〈冷手〉。
僕は、最近ようやく無詠唱でできる魔法が増えてきた氷魔法を使って、軽く凍らせた白身を混ぜてゆく。
因みに、今回使わなかった黄身の部分はベル君に頼んでしょうゆ漬けにしてもらっている。
一晩しょうゆに漬けることで、黄身がゼリー状に固まり、濃厚でねっとりとした卵かけご飯が楽しめるのだ。
と、それを聞いて「それは楽しみですわね」と食べる気満々のマリィさん。
そんなマリィさんに微笑みを返しながらも軽く凍った白身を混ぜていると、最初シャリシャリとしていた手応えが、段々と液体を混ぜる感触になり、程なくしてその手応えが重くなってくる。
後は角が立つくらいにしっかりと泡立てれば完成だ。
こうして作ったメレンゲに大量の塩を投入して、さっくり混ぜてやれば塩釜の素は完成なのだが、細かく砕いたロックソルトゴーレムの岩塩を混ぜる前に、塩釜の中に何を入れるのかを決めておいた方がいいだろう。
「塩釜の中身はなんにしようか」
「ん、こういうのって魚じゃねーのか?」
元春としては塩釜と聞いて魚料理を思い浮かべたみたいだ。『普通そうなんじゃねーの?』とばかりに聞き返してくるのだが、
「洋食とかだと肉とかを使ったものもあるんだけど、見たことない?」
「ん――? ああ、もしかしてローストビーフみてーなヤツか」
塩釜料理は魚だけではない、例えば元春が言ったローストビーフのような料理や、以外にも丸鶏をそのまま埋め込んだようなものや、豚のばら肉を詰め込んでベーコンみたいにしたものもあったような気がする。
それに、せっかく一般家庭じゃ簡単に作れないような料理を作るのだから、いろいろと試してみたいところである。
だから――、
「この際ですし、肉と魚、両方作りましょうかね」
「そうですわね。なかなか食べられない料理みたいですので、それでいいのではありませんの」
僕の提案に乗ってくるマリィさん。
これには元春も異論はないようなので、僕は追加分の塩釜製作をベル君に任せて、まずは火を通すのに時間がかかりそうな肉の仕込みから始める。
因みに、今回つかうお肉は、残り少なくなってきたメガブロイラーの肉だ。冷蔵施設に保存してあったものを魔法で解凍して使う。
これなら、たとえ余ったとしても、店の奥でゲームに励んでいる魔王様にお土産として持たせてあげれば、黒龍のリドラさんが喜んで処分してくれることだろう。
僕は工房にある冷蔵施設から持ってきた巨大な丸鶏を、ベル君が作ってくれた塩の土台に世界樹の葉っぱを敷いて乗せる。
実は、この葉っぱ、過剰に塩分が本体に移るのを防ぐ他にも、肉の臭み消しやらなにやらに効果があるものを使うらしく、本来なら、セロリの葉っぱや大葉、笹の葉などを使うそうなのだが、メガブロイラーのサイズがサイズだけに、同じくいい香りのする世界樹の葉っぱで代用とさせてもらったのだ。
まあ、世界樹の葉っぱ本来の価値を考えると、普通にスーパーで大葉やセロリを買ってきた方が安上がりなのは確実なのだが、そうすると近所のスーパーからそれらの素材がなくなるまでとは言わないが、かなりの数を買い占めることになってしまうので、今回は掃いて捨てるほどある世界樹の葉っぱを使うことにしたのだ。
因みに、今更ではあるが、このメガブロイラーには少し手の込んだ処理を施している。
とはいっても、以前やったように、メガブロイラーのお腹の中に冷凍ピラフを詰め込むだけなのだが……、
後はレシピサイト通りの温度に温めておいた窯で焼くだけだ。
因みに、ここで使う窯はソニア特製の魔法の窯だ。ふだんベーコンなどの店で売る食料を大量生産するのに使っている窯である。
今回はものがものなだけに、万屋の簡易キッチンにあるオーブンでは小さ過ぎるからと、こちらを使うことにしたのである。
まあ、以前のように調理専用の火魔法をマリィさんに使ってもらってもいいのだが、さすがにはじめての料理ということで、今回は、温度調整や時間設定が細かく出来るこちらを選んだのだ。
と、そんなこんなでメガブロイラーの塩釜焼きを焼き上げるべく、工房からエレイン君を呼んだところでで、次に作るのは魚を使った塩釜焼きだ。
これにはタンパクな魚が向いているということで、ボルカラッカの亜種を使おうと思う。
僕はメガブロイラーと一緒に持ってきたボルカラッカ亜種の柵を、錬金術で水を浸透させた昆布で巻いてゆく。
肉の時は香草を表面に貼り付けたが、魚の場合は、多分タンパクな身に旨味を移すためだろう、昆布を使うレシピが殆どだったので、それに習ったのだ。
因みに、こちらは余計な下味をつけなくてもいいらしい。
ある程度、塩味がつくように白身の柵を昆布で緩く巻いたところで塩の中に埋め込んで、これも工房から塩釜を受け取りにやってきたエレイン君に頼んで魔法の窯で焼いてもらうことに。
そして、肉と魚、二種類の塩釜焼きを送って数十分、焼き上がりを待つまでの間、元春は漫画、マリィさんはエクスカリバーさんの武器談義、魔王様は相変わらずゲームを、僕は店番をしながら各種整備をして過ごスことに。
そして、小さな魔法窓が知らせてくれた焼き上がりに、僕達は途中で魔王様を回収しながらも窯のある工房に移動して、焼き上がった塩釜焼きを最寄りの東屋の下へ持っていって開封することにする。
しかし、いざご開帳となったその時、僕が取り出したナイフを見て、不思議そうな顔を浮かべた元春が言うのは、
「なあ、こういうのってハンマーでわるんじゃねーの?」
「ああ、外だし派手にわってもいいんだけど、きれいな部分の塩は後で使えるみたいだから、できるだけ綺麗にわりたいんだよね」
「えっ、使った後の塩ってふつうに捨てるんじゃねーの」
「いや、流石にそれはもったいないでしょ。
それにこの塩釜って結局のところ塩と卵白だし、臭いとかも天日干しをすれば飛ぶみたいだから、適当に塩ダレとかそういうのをつくろうかって思ってね。
まあ、最悪、錬金術を使って塩だけ分離してしてもいいし」
「そういう方法もあるんか。
ホント、錬金術は便利だな」
「そうだね」
こういうところは魔法技術の方が発達しているんじゃないかな。
僕は元春とそんなことを言い合いながら塩釜を割る。
すると、ふわりと立ち昇る蒸し料理独特の濃厚な素材の香り。
「いい香りですの」
「……おいしそう」
そんな香りにマリィさんと魔王様が歓声を上げて、
僕が、肉と魚、どっちの塩釜焼きを食べるのかを訊ねると。
「肉」「お肉ですの」「……肉」
まあ、そうなりますよね。
僕は三人からのリクエストを受けて、すぐにメガブロイラーの解体に入る。
すると、ちょっと焼く時間が長めだったか、ちょっとウェルダン気味な焼き具合になってしまっていたが、まあ、普段なら絶対作らないような料理だ。完璧にうまくいくなんて思ってなかったので、これはこれでいいとして、
僕は切り分けたメガブロイラーの各部位を、特にマリィさんと魔王様には食べやすい部位を、デンとそれぞれに用意した平皿の上に乗せ、メガブロイラーの旨味が染み渡ったピラフを取り分けると、あらかじめ用意しておいたプチトマトや茹でたブロッコリーを彩りに添える。
そして、三人の前に配膳したところで、手を合わせて『いただきます』。
まずはやっぱり肉だろう。
それぞれが好みの大きさにナイフでカット、それをフォークで突き刺して、口に運び。
「少し塩気が強かったですかね」
「そうか、俺はこれくらいでいいと思うけど」
「ですわね。おかずとして食べるのにはちょうどいいです」
「……ん、おいしい」
ぱくりと一口、その感想を口にするのだが、ちょっとしょっぱかったかなと感じたのは僕だけだったみたいだ。
まあ、マリィさんが言う通り、何かと一緒に食べるのにはちょうどいい塩辛さかもしれないか。
僕達は盛り付けた肉や野菜を食べ進め、一度、皿が空になったところで今度はボルカラッカ亜種の塩釜焼きを試してみる。
すると、意外にも――というよりも、本来そういうものなのかもしれない。
「あら、これは――」
「……おいしい」
「これ、魚っつーよりもふつうに肉とかそんな感じじゃね」
ボルカラッカ亜種の塩釜焼きは好評で、パクパクとみんなのお腹の中に処理されていくのだが、流石にこれだけの量を四人で全部食べきるのはやっぱり無理だった。
最終的に余った塩釜焼きはマリィさんと魔王様に持って帰ってもらうことになった。
すると後日、この塩釜焼きが大変美味しかったということで、特にマリィさんのお母さんであるユリス様から大好評をいただき、スノーリズさんから作り方を教えてくれと頼まれてしまうが、スノーリズさんは一回の調理で使う塩の量を聞いて、『さすがに希少な塩を大量に使う料理はできませんね』と断念することになってしまった。
やっぱり山間の城だと、塩は貴重な調味料になるみたいだ。
しかし、前に世界的に見て、海から塩をとっている国は意外に少ないとか聞いたことがある気がするから、今度、マリィさんの領地に岩塩がないのか、調べる魔法を作った方がいいのかな。
◆個人的には卵の黄身の醤油漬けがメインだったりします。