クリスタルゴーレム?
それは元春がそろそろ家に帰ろうという午後五時過ぎのこと、
元春が「じゃーな」と正面のスライドドアを開け、向かおうとしたその時、ゲートからいつもよりも随分と大きな光の柱が立ち上り、その中からのっそりと巨大なゴーレムが現れる。
しかし、そのゴーレムの体は普通のゴーレムとは少し違っていて――、
「って、なんじゃありゃ? 透き通ってるぜ。
もしかして、あれってクリスタルゴーレムとかそういうヤツか?
これって一攫千金じゃね」
いやいや、そういう問題でもないんじゃないかな。
元春が店の入り口でそう騒いでいるように、その巨大ゴーレムの体は透明な素材で構成されていた。
しかし、
「う~ん。どうなんだろうね。透明度は高いみたいだけど、クリスタルだったらそんなに高くならないんじゃないかな」
「そうなんですの?」
ベル君が発した遅ればせながらのサイレンに促されるように店の外へと出た僕の呟きに、同じく店の外に出てきたマリィさんが聞いてくる。
調べてみないと分からないが個人的にクリスタルと言われるとあまり高いイメージはない。
でも、水晶玉なんかは高いヤツだと何十万もすると聞いたことがあるから、もしかするとモノによっては高いのかもしれない。
僕はズシンズシンと重い足音を響かせながら、何故か僕達がいる万屋ではなく、今日は誰も居ないハズの宿泊施設の方へと向かっている巨大な水晶ゴーレムに、『やはり巨大なモンスターには建物を破壊したいという本能でも備わっているのだろうか』と埒もなく思いながらも、取り敢えず建物に被害があっては困ってしまうと、移動するゴーレムの動きに合わせるように魔法窓経由でゲートにアクセス。
防御結界を壁のように配置して、バリスタなどがあって巨大な敵と戦いやすい、ゲート東に広がる荒野へ誘導しようとするのだが、
いざ、そのゴーレムを追いかけようと走り出そうとしたその時、ゲートに詰めていたエレイン君からの報告が届く。
その内容は――、
「これは、元春には嬉しくないニュースが届いたみたいだよ」
「なんだよ。嬉しくないニュースって、
しかも俺限定でって」
残念と言わんばかりの僕の声色に訝しげに聞き返してくる元春。
「エレイン君の分析によるとね。あのゴーレムの名前はロックソルトゴーレムっていうみたいなんだ」
ロックソルト――つまりは岩塩だ。
あの氷のようなゴーレムのスケルトンボディは、すべて塩でできたものらしい。
すると、それを聞いた元春のやる気が急降下。
でも、敵を前にして気を緩めないで欲しいかな。
何故なら、重苦しい音を立てて歩いていたロックソルトゴーレムが一旦立ち止まり、空気を震わせるような威圧感と共に大量の光弾を無差別にばらまき始めたのだ。
僕は素早く魔法窓に指を閃かせる。
次の瞬間、僕達を――、そして万屋や工房を守るように板状の巨大結界が展開され、放物線を描いて飛んでくる光弾の雨から僕達を守る。
「うぉう、なんじゃこりゃ」
「まるであのゴーレムそのものが爆発しているみたいですわね」
「つか、どこの弾幕ゲーだよ。こんなん結界が無かったら死んでんだろ」
無数の光弾の直撃を受ける結界に元春が喚く。
しかし、結界越しに見る周辺の被害を見るに、たぶん生身で受けても一発やそこらでは、それほど大きなダメージにはならないだろう。
たぶん、その威力は魔弾や魔球と言った初級魔法とほぼ同じくらいのハズだ。
だとするなら、魔法使いとして最上級になるだろうマリィさんの〈火弾〉をくらいながらもすぐに復活する元春なら全く問題ないのだが、
そもそも元春はあのクリスタルなゴーレムが実は岩塩ゴーレムと知ってやる気がないということで、その辺りの心配はしなくてもいいだろう。
そして、そんな元春の声に僕はと言えば――、
「そうだね。ここは僕が一人でやるよ」
「おっ、珍しくやる気だな」
いや、僕はいつだってやる気だけど。
元春の適当な発言に僕は心の中でそんな抗議の声を上げながらも、こういうタイプのゴーレムはゲームよろしく発狂モードがあるのが定番である。僕はいつ防御に手が回らなくなってもいいようにと、ロックソルトゴーレムが放つ光弾の雨を受け止めている結界を魔法窓経由で強化。
「相手は塩のゴーレムだからね。もしかすると料理系の権能とか、変わった権能を内応した実績が手に入るかもしれないしね」
塩だけに、そっち方面の権能が手に入ると面白いな――と、そんな可能性の話を元春にして、
「それに相手がゴーレムとなると倒せる時に倒しておかないと厄介だし、なにより塩には水が効くからね」
「アクアですわね」
「はい」
そうなのだ。相手が塩の塊ならこっちには相性がいいアクアがいる。
僕は懐から取り出した銀色のカードに魔力を通し、海色のドレスに身を包んだ小さな小さな美女・アクアを召喚。
そして――、
「アクア。ウォーターカッターをお願い」
僕の指示を受けたアクアが、自分を空中に留める水球から小さな水球を生み出す。
そして、僕達の前面を守る結界を飛び越えるようにその水球を送り出し、そこから撃ち出す水鉄砲でロックソルトゴーレムの攻撃を始める。
すると、そんなアクアの攻撃を見て、元春が「って、いつの間にそんな物騒な技を覚えたんだよ」と驚くのだが、
「〈水操り〉の応用だよ。それにウォーターカッターっていっても、撃ち出すのは純粋な水だから、漫画とかみたいに鉄を切り裂くとか、そういう威力はないんだけどね」
「でもよ。あのゴーレム切れてんじゃん」
元春の言う通り、ソルトロックゴーレム腹部にはアクアのウォーターカッターによって、傷が一筋、刻み込まれていた。
しかし、それはあくまで水と塩の相性の結果であって、切れてるというよりも溶けてるっていった方が正しかったりする。
「だったらさっさと大量に水をぶっかけて溶かしちまえばいいんじゃね。お前ならそれっくらいできんだろ」
それはそうかもなんだけど。
これだけ大きな岩塩は中々手に入らない。素材を獲得する為にも攻撃は最小限にしないとならないと――、
僕がそんな考えを伝えると、元春は呆れたようにロックソルトゴーレムを指差して、
「つか、アレを料理とかに使うんかよ」
「まあね。あのゴーレムはたぶん自然の中で発生したゴーレムだから、相当な魔素を含んでいると思うんだよ」
「虎助の言う通りですわね。人工的にゴーレムを作るのならわざわざ岩塩を使うことも無いでしょうし、なにより、魔素が豊富な食材は美味しいのが定番ですの」
ベヒーモしかり、ドラゴンしかり、強力な魔素をその身に宿す個体から取れる食材は美味しいというのが異世界の常識だ。
その法則に則ると、このロックソルトゴーレムから取れる塩もまた美味なハズなのだ。
「とにかく、このまま近づかれて面倒になるだけだから、さっさと倒しちゃおっか」
「つか、そんなに簡単にアイツを倒せんのかよ」
「人工的なものでも、自然発生したものでも、ゴーレムは必ずコアによって動いてるからね。幸いにもこのロックソルトゴーレムの体は透明度が高いから、コアがどこのあるのか一目瞭然だしね」
魔法生命体であるゴーレムにとってコアとは心臓のようなもの、それをえぐり出すことができればゴーレムを機能停止に追い込める。
本来なら、そのコアも、体のどこにあるのかがわからないようになっているハズなのだが、このロックソルトゴーレムの体はほぼ無色透明で、体内のどこにコアがあるのか一目瞭然なのである。
「しかし、これだけ大きなコアなら魔石に変質している可能性もありますか、慎重に取り出した方が良さそうですね」
「ええ、あれがすべて魔石でしたら一財産ですから」
「一財産!? それって、どんくらいになるんすか?」
僕とマリィさんの会話を聞いて、元春が揉み手をしながら聞いてくる。
「まあ、あのコアが完全に魔石化していればって前提になるけど、最低でも金貨百枚くらいの価値にはなるんじゃないかな。純度によってはもっとなんてこともありえるかもから」
まあ、その金額も純度や宿す魔素の量とその属性によって様々あるのだが、百メートル近く離れているこの位置からちゃんと確認できるほどのサイズのコアの半分でも魔石化しているのなら、それくらいの価値になるのではないか。
すると、それを聞いた元春はパシンと手の平に拳を叩きつけ。
「よーっし、水鉄砲を持って来い。俺がやってやんよ」
「いや、水鉄砲くらいじゃどうにもならないから」
本当に現金な友人である。
魔石の買い取り値を聞いた途端、急にやる気を出す元春。
しかし、いくら相手が水に弱い塩のゴーレムだったとしても、ただの水鉄砲、いや、水の魔法銃を使ったとしても水のスペシャリストであるアクアのようにはダメージは与えられないだろう。
ということで、さっさと仕留めてしまおうと僕は一応と元春に水の魔法銃を渡しながらも、アクアにお願いしてウォータージェットでコアの周りを狙ってもらうのだが、
そんなアクアの弱点を狙う攻撃にロックソルトゴーレムを本気になったみたいだ。
ロックソルトゴーレムはその体から耳が痛いくらいの高音を発し、前身から光を溢れ出させたかと思いきや、ずっと放ちっぱなしだった光弾の密度が更に高まる。
「うぉ、なんだよ。まだ、威力があがるんかよ?」
「正確には威力じゃなくて弾数なんだけどね」
「――って、そんなツッコミはいいからよ。さっさと倒さねーとヤベーんじゃね。アクアっちが出した水の玉の光の玉にやられて消えちまったしよ」
うん。確かに、その弾幕の所為でビットのように飛ばして攻撃を担っていたアクアの水球が全部撃ち落とされてしまった。
しかし、それならそれでやりようがある。
「アクア、水玉をいっぱい出して」
僕が声を掛けると、アクアは自分の周りに先ほど呼び出したものより随分と小さい水球を幾つも幾つも浮かべてゆく。
その一方、僕は魔法窓を操作、前方を守る結界の一部に手のひらサイズの穴を開けて、そこに手を突っ込むと、
「〈誘引弾〉」
これは神獣であるテュポンさんとの戦いでも活躍した〈標的指定〉を改良した誘引の魔弾。命中させた相手に誘引の属性を付与して、魔法攻撃を誘導するという魔法だ。
僕の指先から放たれた魔弾が魔弾としてはややゆっくり目のスピードで真っすぐ飛んでゆく。
そして、遠く離れたロックソルトゴーレムにヒット。
そこはちょうどコアの正面で、
これを目標にアクアの〈水操り〉とを連動してやると、どこから飛ばしてもコアを狙って飛んでいく水弾の完成だ。
さて、後は防御を固めてアクアに魔力を供給、それを源泉として生み出された水球がロックソルトゴーレムのコアに到達するのを待つだけだ。
と、ロックソルトゴーレムの側としてはそんなつもりはないかもしれないが弾幕vs弾幕の物量勝負が始まる。
しかし、ゲート由来の魔力によって防御を固めて耐えるこっちとは違って、防御することなく、それでいてずんぐりむっくりと動きが鈍そうなソルトロックゴーレムがアクアの水球をすべて受けきれる訳もなく。
あっという間に体を穿たれ、そこからコアがこぼれ落ちることで機能停止。
そして、念の為にと追加で数発の水球を打ち込んで、完全に動かないことを確認した上で近付いて、コアを拾い上げ、『さて、鑑定を――』と僕が腰のポーチに手を入れたところで、元春が崩れ落ちたロックソルトゴーレムを見て、
「バリアとホーミングのコンボでハメ殺しとか、どこの裏技だっつーの」
「戦いに卑怯もクソもないからね。勝つべくして勝つ。それが一番なんじゃないのかな」
そう、相手はコアに込められた使命を果たすためだけに動く魔法生命体。
そんな相手に正々堂々真正面からぶつかっていくなんていうのは愚の骨頂。
「それでコアの方はどうでしたの?」
やや文句じみた元春の声を聞きながらも、僕はマリィさんに促されるように〈金龍の眼〉を取り出して、ロックソルトゴーレムのコアを鑑定。
「ええと、これは大部分が魔石になってますね」
因みに、その属性は光である。
これはロックソルトゴーレムの攻撃からして察していたんだけど、光の魔石は使い勝手がいいからありがたい。
「これを使えば陽だまりの聖剣を強化できるかもね」
「でもよ。こんだけデッケーのを剣にとか勿体なくね」
「そこのところはオーナーに相談しないとなんとも言えないね」
さすがにこれだけ大きな魔石である。その加工も含めてソニアに相談しなければならないだろう。
ということで、魔石の使用方法はまた後で、僕は残るロックゴーレムの体の回収にかかるのだった。
◆ちょっとした解説・魔石編
魔石……強力な魔獣や龍種、魔法生物の体内から見つかる宝石。
他にも鉱脈などから見つかるパターンもあって、これはかつて死んだ魔獣の死骸が地中に存在する魔素の流れ(地脈)にさらされ、生成されるものだと考えられている。
(人工的に動揺の環境を作り生成実験を行っているが、今のところ成功例がない為、これ以外にも条件があると考えられている)
そして、上記二つの方法で見つかった魔石すべてが同じように魔石として使える訳ではなく、魔導器や魔動機によっては高純度の魔素を保持する部分を削り出さなければならない。
要するに宝石の純度のようなものがあり、マジックアイテムのランクによって使い分ける。
以前、ソニアが作った混合魔石は魔石の純度を揃え魔石を合成することによって製造したもの。
◆ロックソルトゴーレムの設定
ロックソルトゴーレム……とある世界において海中に沈んだ都市の管理をしていたゴーレムの成れの果て。
ある時、地殻変動によってその都市があった海域が塩湖になり、長い年月をかけて岩塩が生まれ、同時に長い年月をかけて魔石化したゴーレムコアが岩塩というボディを得ることによって動き出し、再びその都市を管理するという使命を果たしていた。
今回、ロックソルトゴーレムが暴走していたのは、次元の歪みに巻き込まれたそれを、自分が攻撃を受けたと判定した為。