拘束魔法
魔王城を経由して銀星騎士団がやって来た翌日、フレアさん達は万屋で準備を整え、銀星騎士団がもたらした情報の真偽を確かめるべく自分達の世界へと旅立っていった。
一方、捕まえた銀星騎士団の方は、既に定番となりつつある〈息子殺しの貞操帯〉を使った処置を施し元の世界に放流しておいた。
毎度の如く、次元の歪みに近付くと魔力のゆらぎに反応して金的が発動するという定番の仕掛けに加えて、今回はマリィさんやティマさんに手伝ってもらって、居丈高な発言を放った際も同じく股間に強烈な一撃が入るという仕掛けを施しておいたから、あの悪い意味での猪突猛進な騎士団長の性格も徐々に改善していってくれるとは思う。
因みに、彼等を元の世界に帰してあげる際に、魔王城にあったとされる次元の歪みを調査・保守をするゴーレムを持っていってもらおうとも思ったのだが、残念ながら彼等の中にはソニアのゴーレムを起動させられるほどの魔法に詳しい人物はおらず、また持ち帰ったゴーレムをそのままくすねてしまうなんて可能性もあったということで、先に出発したフレアさん達にゴーレムの運搬と起動をお願いしておいた。
とはいえ、さすがのフレアさん達でもソニア謹製の銀騎士などを起動させるのは難しいとのことなので、そこはゴーレム自体のスペックを少し落して、単純に魔法によるデータ集めができて頑丈なだけのゴーレムを渡して対応しておいた。
事の発端となった銀星騎士団の実力を考えると、ミスリルの装甲で全身をガチガチで固めるだけでも、簡単に突破されないだろうとの予想から、自律行動状態での戦闘でも不覚をとらない能力が必要だとソニアが言ったのだ。
まあ、後になって戦力不足が発覚しても、一旦むこうの世界で起動させてしまえば、ゲートを通じてアヴァロン=エラに戻ることができ、改造することも可能になるから、特に問題はないと思う。
さて、そんなこんなでフレアさんと同じ世界からやってきたお客様への対処も一段落。
いま僕達が何をしているかというと、魔王様に手伝ってもらって魔法の開発をしていたりする。
何を今さら魔法開発する必要があるのかといえば――、
いや、魔法開発に終わりがないというのが本当の話なのだが――、
年末に立て続けにやって来たエルブンナイツにルデロック王率いる魔導兵団、そして、昨日やってきた銀星騎士団と、最近なぜか大軍と戦うイベントが多かったからということで、マリィさんが拘束魔法を欲しがったのである。
ならばと僕は、魔王様が以前エルブンナイツ達の拘束に使っていた〈静かなる森の捕食者〉をベースに、新しくマリィさんに適した広範囲拘束魔法が作れないかと思ったのだが、残念ながらあれは上位精霊との契約をベースにした特殊な魔法らしく、一定の実績の獲得など、条件を満たさないと魔法式を用意しただけでは使えないということなので、別の方法を模索することにした。
「魔王様の魔法が憶えられないとなりますと、フレアさんが魔法剣として使っている〈水縄〉か、あと、エルフがそういう魔法を使っていませんでしたっけ?」
「言われてみますと、たしかになにやら使っていたような。
しかし、なんでしたっけ?」
「調べてみましょうか」
ということで僕は和室に置いてあるパソコンから目的の魔法の検索をかけてみる。
すると、ヒットしたのは〈茨の戒め〉という魔法。
「これは木の初級魔法みたいですね。魔法式の情報量からすると中級の魔法に近いようですが、マリィさんなら楽々発動できるかと」
【魔法使い】の実績さえ持っていれば、初級に位置する魔法ならどんなものでも使える。
だから、マリィさんが持つ携帯型の〈インベントリ〉に、すぐさま〈茨の戒め〉の魔法式をダウンロード。
万屋からすぐ行ける訓練場で僕自らが実験台になるのだが、
「イマイチですわね。すぐ外れてしまいますの」
うん。僕もマリィさんが使う〈茨の戒め〉を受けてみたのだが、魔法は発動するものの簡単に引きちぎれる茨しか作り出すことしかできなかった。
しかし、圧倒的な魔力を誇るマリィさんが、いくら初級の魔法だったとはいえ、どうしてこのような結果になってしまったのか、それは――、
「マリィさんは火に適正がありますから、植物系の魔法にはマイナス補正が働くんでしょうね」
「……ん、そう」
すべてのケースがそうではないが、基本的に植物系の魔法は火の魔法に弱いという関係にある。
僕の意見に魔王様が頷いてくれる。
「しかし、これはどうしましょうか」
「属性の部分を調整すればいいのではあるませんの?」
簡単な魔法の改変くらいなら僕にもできる。僕はマリィさんの提案に「成程――」と、再びパソコンがある和室に戻って〈インベントリ〉の中にある魔法式を少し改変してみることにするのだが、ここで問題となるのが、
「マリィさんの魔法特性は火と風ですよね。どっちにした方がいいでしょう」
「正直、どちらもあまり拘束系の魔法と相性がいいように思えませんわね。
しかし、どちらかといえば火の方が強力な魔法になりますわよね」
改変するならどの属性がいいのかを聞く僕にマリィさんが選んだのは一番得意な火の属性だった。
そして、単純に属性だけを変えるなら一分もかからない。
僕は元となる〈茨の戒め〉の魔法式の属性を司る部分に他の魔法式から持ってきた属性情報をコピー&ペースト。
「これでたぶん発動はする魔法にはなっていると思うんですけど、ちゃんと動くか心配なので、まずは僕が使ってみますね」
パソコンで改造できるのはあくまで魔法式そのもの。
だから、魔法発動にはその他、分析だけでは読み切れない細かな条件なんかもあったりするからと、僕が実験台を名乗り出ると。
「別に構いませんのに――」
心配してくれているのか、単純に自分が使ってみたいだけなのか、マリィさんは口を尖らせるのだが、初めて使う魔法でマリィさんに何かあったら大変だ。
だから、ここは僕が実験台になるということで訓練場で魔法の実験をすることになるのだが、
「〈炎の戒め〉」
僕が手元の魔法窓に魔力を流し魔法名を唱えると、その声に応えるように地面から炎が吹き出し、用意された藁束に絡みつく。
ここまでは、この〈炎の戒め〉の前身となった〈茨の戒め〉と全く一緒だ。
しかし、次の瞬間、絡みついた炎が藁束を焼き切ってしまう。
その光景を見たマリィさんは、
「これは完全に攻撃魔法ですわね。面白い魔法ではあるのですが、目的とは合致していませんの」
うん。そもそも相手を拘束する魔法を作るつもりが、相手を拘束して焼き殺す魔法になってしまったんだから失敗以外のなにものでもない。
「しかし、そうなると残る選択肢は風の属性を帯びた戒めになるんですけど」
とはいえ、炎の魔法がこの様子だと残る風の魔法も攻撃的な魔法になってしまいかねない。
僕は手元に浮かべた〈炎の戒め〉の魔法式を表示した魔法窓を指先で弄びながらもどうしようか考える。
すると、そこで魔王様が僕の袖を引っ張って、
「……風の魔法ならフルフルが得意」
フルフルさんというと魔王様のお仲間の一人、風の妖精さんだったっけ。
たしかに彼女なら風の拘束魔法を持っていても不思議ではないか。
ふむ、魔王様がそう言うならここはそのお言葉に甘えようか。
ということで、魔王様にはすぐにご自分の世界からフルフルさんを連れてきてもらって、その風の魔法の魔法式を使ってもらう。
「じゃあ行くよ――。〈あ~そ~ぼ〉」
フルフルさんのちょっと気の抜けた詠唱によって発生したのは風のリング。
どうやらこの魔法は、浮き輪のような風の渦を対象の周囲に発生させて、そこから動けなくする魔法みたいだ。
無理やりその魔法から抜け出そうとすると、リング状に発生している風の渦に巻かれて目を回してしまう効果を持っているみたいだ。
「なんか静流さんの〈風精の繭〉似た魔法ですね」
「〈風精の繭〉?」
朝顔の花を逆さまにしたようなフレアワンピースをひらりと揺らして宙を舞い、魔王様の頭に着地したフルフルさんが首をかしげる。
そうだね。忙しい中(?)、わざわざ万屋まで来てもらって、協力してくれたフルフルさんのリクエストとあらば答えないわけにもいかないだろう。
僕は、いまフルフルさんが使ってくれた〈あ~そ~ぼ〉のデータを万屋のデータベースに取り込むと同時に、パソコンから〈風精の繭〉の魔法式をダウンロードしてきて、その魔法式をフルフルさんに見せてみる。
すると、さすがは魔法にずば抜けた適正を持つ妖精だ。一目魔法式を見せただけで完全に自分のものにしまったらしい。静流さんが聞いたら発狂しそうな話であるが、魔法式を利用するまでもなく〈風精の繭〉を使ってみせる。
「うわっ、なにこの魔法。怖っ!!
でも、こんな魔法をタダで貰っちゃってもいいかな」
「それは構わないと思いますよ」
そもそも著作権なんかと違って覚えた魔法の使用許可なんてものは無い。
それをわざわざ確認してくるなんて律儀な人だな。
僕はフルフルさんの確認にそんなことを思いながらも、本来の主役はこちらである。マリィさんに水を向ける。
「それでマリィさんの方はどうですか?」
「使ってみますの」
僕の声掛けに真紅のオペラグローブを装備した手を突き出して魔法を使おうとするマリィさん。
すでに〈あ~そ~ぼ〉の魔法式はマリィさんが持つ〈インベントリ〉の中にダウンロードしてある。
後は魔法窓に呼び出した魔法式に魔力を流して、魔法名を答えるだけなのだが、
マリィさんの動きはいざ魔法名を唱える段階になってストップする。
「あれ、どうしたんですか?」
「いえ、あの魔法名はそのまま使わないといけないのかと思いまして」
ああ、確かにフルフルさんの使った魔法名はマリィさんにはちょっと似合わないかも。
そんなマリィさんの遠慮がちな声に、当の本人であるフルフルさんが言うのは、
「別に魔法名にこだわらなくても大丈夫だと思うよ」
「……ん、意味があっていればそれでいい」
魔法名というのはあくまで本人の認識であって、必ずしも同じものを使う必要は無い。
そもそもフルフルさんの唱えた魔法名も翻訳魔法でそう聞こえているだけで、みんなそれぞれ自分の知る言語で使っているのだから。
とはいえ、そこに魔法を開発した、もしくは伝えた本人のこだわりがあるとしたら、それを無視すると上手く発動しない場合もある。
マリィさんはそれを懸念したのだが、幸いにもフルフルさんにはそういうこだわりのようなものはないみたいだ。
「では改めて、〈お付き合い願えませんか〉」
コホンと咳払いをした後に唱えた魔法名によって現れるのは風のリング。
僕はその風のリングに触ってみて、その引き込む風の力を体感する。
「これは、けっこう力があるみたいですね」
「しかし、フルフル様に比べると少し力が弱いように見えますわね」
マリィさんに褒められて悪い気はしないようだが、まだまだ納得のゆく出来ではなさそうだ。
妖精の使う魔法と比べるのもどうかと思うけど、そういうところでこだわるからこそ【ウルデガルダの五指】なんて呼ばれるまでに魔法が上手くなったのかもしれない。
僕は「精進あるのみですわね」と、大きな胸の前で拳を握り気合を入れるマリィさんを見て、ただただそう思うのであった。
◆ちょっとした設定・妖精編
妖精……妖精は原始精霊が小動物に宿った存在の子孫だとされている。(詳細は不明)
生まれつき『体内に保有できる魔素(=魔力)』の量が多く、寿命もエルフ並みに長いとされている。
そして、その生まれつきの魔力の高さが故に体が自身の持つ魔法特性に引っ張られ、それによって決定する属性に特化した個体になるとされている。




