勇者に課す試練・元春の場合
◆勘いい読者様ならタイトルからお気づきかと思われますが、今回のオチは低俗な下ネタとなっております。ご注意下さい。
それはフレアさんが試練という名の修行を始めて半月ほどが経った頃のこと。
「良しっ、勝った、勝ったぞ」
「偶然ではありませんの?」
頭上に浮かぶ『WINNER』の文字に、二つの拳を天に突き上げ、大喜びするフレアさん。
そんなフレアさんに懐疑的な視線で見るマリィさん。
そう、フレアさんが魔王様に挑み初めて十数日、今日ついに初勝利を収めたのだ。
とはいえ、その勝利はこの試練を企画したマリィさんが想定していた勝ち方ではなくて、
「まあまあ、マリィさん。偶然だとしても勝ちは勝ちですし」
因みに、問題となったフレアさんの勝ち方だが、別に格闘ゲームにありがちなハメ技のような戦法を使ったとかそういうものではなく、単に追い詰められたフレアさんが苦し紛れに放った〈水縛〉の魔法剣が、確率の壁を超えて魔王様の動きを一瞬なりとも縛り付け、さらにその水が魔王様の視界を上手く塞ぎ、その隙をついてフレアさんが大技を叩き込み、その大技によってノックバックしたところに連撃による追い打ちと、見た目がちょっと発育のいい小学生のような魔王様に行うのはどうなのかというラッシュを叩き込んだフレアさんが、かろうじて魔王様のバリアゲージを吹き飛ばしたというのが真相だったりする。
しかし、その勝利の元となった水のバインド攻撃も、本来、魔法剣士としてはまだまだ修行中であるフレアさんが放ったものとなると、圧倒的な魔力を誇る魔王様には通じなかったハズなのだが、そこはバリアブルシステムの穴というか、訓練途中、フレアさんから入った泣きによって、追加されたハンデ設定の所為で、魔王様の耐久力が本来の実力とは比較にならないほど落ちていたことに加え、体の表面上を覆うように結界を形成するバリアそのものの仕様が〈水縛〉の効果とがっちり噛み合ってしまったことにより、この奇跡と呼ぶべき結果をもたらしたのだ。
つまり、マリィさんとしてはこのシステムに助けられた形となった勝ち方が気に入らないと、あんなかわいい魔王様に情け容赦無く攻撃を加えたことが許せないと、そう言いたいのである。
しかし、偶然に助けられたとはいえ勝ちは勝ち。
結果、フレアさんは次の段階に進めることになるのだが、
「えと、フレアさん。次の試練を受けます?」
「そうだな。俺としては勝った気がしないので魔王殿との修行は続けたいが、それと同時に元春の試練を受けるのもいいのではないか」
躊躇いがちな僕の問いかけに、フレアさんは魔王様との訓練は続けたいけど新しい試練も気になるという。
まあ、強力な精霊魔導師であり、近接戦闘の技術もメキメキと上がっている魔王様とばかり戦うっていうのは精神的につらいものがあるだろう。
気分を変えたいフレアさんの考えは分からなくはない。
マリィさんも「ぐぬ」と不満そうではあるが、フレアさんも自分でも偶然と分かっているなら致し方ない。
ということで、魔王様との戦闘訓練をしながらも次の試練を受けることになるのだが、しかし、その次の試練が問題だった。
はてさて、この男はちゃんとその試練、というか訓練内容を考えてきているのだろうか。
そう、フレアさんに与える試練という名の修行、その残る試練を考えるのは元春なのだ。
これには、僕だけではなく、マリィさんやティマさんも微妙な顔で、魔王様を除き、ここにいる全員の視線が集まる中、元春はまるでマントでも閃かせるように右手を大きく横に払い。
「ふ、勇者よ、ついにここまで来たか。
ならば、俺が特大の試練を与えてやろう」
いや、そんないかにも魔王みたいな雰囲気を出して言われても。
もともとこの試練なんとかって話は君の嫉妬が元凶だからね。
それに、魔王といえば本物の魔王様がここにいるから。
とはいえだ。元春がなにかしらの訓練を用意してきているのなら、それはそれでフレアさんの望むべきことななのだろう。
だから僕は、『まったく』とばかりにため息を吐きながらも、「それで、どんな試練を考えてきたの」と訊ねると、元春はフフンと鼻を鳴らして、
「勇者、お前は女を知るべきだ」
うん。また元春が変なことを言い出したね。
そして、元春のアレは発言に慌てるのは、マリィさんと、フレアさんの修行を見守っていたティマさんだ。純情な二人としてはいま元春の発言は完全にアウトなのだろう。
「ももも、元春、貴方、なにを言っていますの?」
「そそ、そうよ。フレアに女を知れだなんてフシダラだわ」
因みに、魔王様はこの件に関しては我関せずというか、システム上の仕様とはいえ、対戦ゲームのような戦いで負けたことが悔しかったのかもしれない。こちらの話を完全に無視して、僕が母さんに頼んで用意してもらった近接戦闘の指南映像を確認しているみたいだ。
そして、もう一人、フレアさんの修行を応援していたメルさんは静観の構えのご様子だ。
たぶん元春と本格的に関わっていないメルさんは、元春のお馬鹿な発言を額面通りに受け取ったのだろう。ここでフレアさんの意識改革ができないかとかそんなことを考えているようだ。
あと、最後に問題の発言をした元春なんだけど――、
「あれあれ――、マリィちゃんにティマっちも、なに慌ててるん?
俺は単に勇者はもっと女の扱いを知るべきだって言ってんだけど」
鬼の首を取ったとまでは言わないものの、マリィさんとティマさんの迂闊な発言に、いやらしい顔を浮かべて絡んでいた。
たぶん元春としてはこれがやりたくて、あえて微妙な言い回しをしたのだろう。
まさにセクハラオヤジとばかりに『どうしてそんな発言につながったのか』とねちっこく二人にまとわりついていた。
本当、こういう方面に関しては悪知恵が働くね。
ただ、その結果、どうなるのかなんてのは言わずもがなで――、
元春の指摘に顔を真っ赤にしたマリィさんが〈火弾〉を連打して、その追撃にとばかりにティマさんが倒れる元春の上に水の亀を呼び出して、ドスン。
「ぐぇぇ――」
元春からヒキガエルのような声がひねり出されたところで仕切り直し。
乱暴にポーションをぶっかけられ強制的に復活させられた元春が正座を強要させられて、
「早く説明なさい」
これはたぶん『女を知る』という元春の発言からの動揺をまだひきずっているのだろう。漫画だったら頭から湯気が出ていそうなくらい真っ赤になったマリィさんに凄まれて、元春がようやく口を開く。
「いやさ。勇者って女の子の気持ちがまるで分かってない感じじゃないっすか。だから姫様にも振られた訳だし、そこんとこをちょっと勉強した方がいいんじゃないかと思ってっすね。ここは俺が女の何たるかを教えてあげようと思った訳なんすよ」
つまり、フレアさんは女の子に全く免疫がないから、いままでは自分の幻想を押し付けていたような状態だった。だから、そこのところを実際のエピソードやらなんやらを教えて、冷静にいろいろと考えられるようにしてやろうというのが元春が考えた訓練(?)内容ということらしい。
うん。ある意味でその考えは間違ってないと思うんだけど。
それが元春の発案となると、どうもね。
因みに、言われた方のフレアさんはといえば、元春が途中で言った『だから姫様に振られた訳だし――』という言葉が心に突き刺さってしまったみたいだ。さすがに前みたいに抜け殻にならないようだが、ふらふらと足もおぼつかない感じで、かなりショックを受けているみたいだ。
そして、元春の説明をすべて聞き終えたマリィさんは「あながち間違いとも言えませんわね」とアイデアは悪くないと顎に手を添えていて、ティマさんはティマさんでなにか心当たりのようなものがあるのだろう。ウンウンと頷いているのだが、
「でも、それってこの馬鹿に教えられるものなの?」
女性の心が読めないというのなら元春だって同じである。
そんな元春から女性のことを教えてもらってもあまり意味がないのではないか。
いや、元春に講師を頼んだら、幻想を打ち砕くどころか、フレアさんの人格すらも破壊する結果になってしまうのでは?
僕としてはそんな懸念があるのではと聞くのだが、元春は自信満々で、
「大丈夫だって、こういう知識に関しては俺の右に出るヤツはいねーだろ」
確かにそういう知識の量で言えば元春は相当なものになるだろう。
なにしろ、元春は『モテる』と聞けばなんでも取り入れようとするのが元春だ。無駄にいま女子の中で流行っているものや、女子にモテるにはどうしたらいいのかという研究に余念がない。
そうして今までに得た知識を総動員すれば、女性に古風なイメージを抱いているフレアさんの意識を変革できるかもしれない。
だけど。それはあくまで正しく知識が伝達されればであって、教えるのが元春で教えられる側がフレアさんであることを考えると、どう考えてもロクなことにならないのではないか。そんな懸念から僕が躊躇っていると。
「そうなったらそうなったでフレアも同じ目に合わせるだけですの」
「ダメよ。フレアは関係ないわ。殺るならコイツよ」
「そう、フレアに変なことを教えたらちょん切るだけ」
「え゛、ちょん切るってどこを?」
マリィさんが、ティマさんが、メルさんがもしもダメだったらその時は自分が動くと言ってくれる。
ふむ、女性陣が納得しているなら問題ないのか。
「じゃあ、元春。後はお願いね」
ということで、僕がゴーサインを出したところ、何故か元春がすがりついてきて、
「ちょちょちょちょ、なに俺の話だけスルーしようとしてんだよ。
メルちゃんがちょん切るとか言ってんじゃねーかよ。
男の危機、男の危機だぜ」
「いや、今更そんなこと言われても。
別に元春がちゃんとしたことをすればちょん切られないんだし、いいんじゃない?」
最悪、切り取られてもエリクサーを使えばどうとでもなるんだしね。
「それで、その勉強はどこでやるのかな?」
「くっそ、なんでこんなことになったんだっての」
それは紛れもなく自分の所為だからね。
そもそもこうなるのが嫌なら、女性のことを教えるとかじゃなくて、僕とかマリィさんみたいに真面目に別の試練を考えればよかったんだよ。
「それで、結局どうするの。なにか手伝えることがあったら言ってくれれば手伝うけど」
「これがあるからな。別にどこだってできんだろ」
もしも、何か出来ることがあれば言ってくれ。そう言う僕に、元春は魔法窓を開いてため息を吐く。
当然といえばそれまでなのだが、元春は〈メモリーカード〉の中にいろいろと情報を溜め込んでいるみたいだ。
そして、インターネットを使えば足りない情報も保管できると。
「ってことで、勇者達が泊まってるトレーラーハウスを使わせてもらうぜ。もうこうなったら、そこで勇者の幻想をぶち殺してやっぜ」
いや、ぶち殺したらダメなんじゃないのかな。
正直、無駄に必死な元春にフレアさんを心配ではあるけれど、フレアさんのみならずティマさん達も乗り気とあらば止めるのも難しい。
ということで結局、初めての試練というか、お試しでお勉強の時間となるのだが、
小一時間ほどして、そろそろ元春が帰る時間ということで戻ってきた二人に、僕が「どうでした?」と尋ねるたところ。
「そうだな。勉強になったことはいろいろあったのだが、まさか〇〇が女性の機嫌に関係してだなんて全く知らなかったぞ。ティマがたまに辛そうにしているのはその所為だったのだな」
フレアさんの発言に凍りつく店内。
そして、元春もフレアさんがいきなりこんなことを言い出すのは完全に想定外だったのだろう。フレアさんの横で笑顔で固まっており。
「ちょ、ちょっと、アンタ、フレアになに教えてんのよ」
「いや、これは重要なことっすよね」
そうだね。たしかにそれは女性を語る上で重要なことなんだろうけど、それを人前で話しちゃダメってことを教えなかったのかな?
そして、笑顔のまま炎の人形を呼び出すティマさん。
果たして、元春はティマさんの放つ追跡者をかいくぐってゲートという名の安全地帯まで逃げ切れるだろうか。
万屋を飛び出す元春に炎の人形に元春を追いかけるように指示を出すティマさん。
一方、いつもならそれに加わるマリィさんは元春の発言に真っ赤になっていて、乗り遅れてしまったみたいだ。
そして、もう一人、魔王様が聞いてくるのは、
「……ん、虎助。〇〇ってなに?」
あれ、魔王様は知らないんですか?
いや、エルフの寿命を考えると不思議なことは無いのかもしれないけど。
しかし、女性の神秘の説明を男の僕がするのはちょっと難しい。
ということで、ここは、今のマリィさんに説明してもらうのは無理っぽいし、メルさんに頼むのはどうなんだろう。
うん。なんか悶ているしちょっと怖いから、
「それはですね。えと、そうですね。ミストさんにでも聞けばわかると思いますよ」
ここは頼れるお姉さんに丸投げしておこう。
ミストさんなら優しく魔王様にそちらの教育を施してくれるんじゃないかな。
でも、下半身が蜘蛛であるミストさんにその説明ができるのだろうか。
◆今回のオチは完全にセクハラ事案でしたね。ごめんなさい。
しかし、元春xフレアが合わさるとこうなってしまうのは必然というか、正直これを思いついてしまった所為で他のオチが思いつかなくなってしまったというか、まあ、いろいろ言い訳になってしまうのですが、全ては『松平元春』の責任ということで、何卒ご容赦のほどお願いいたします。