勇者と魔王
放課後の異世界には今日も今日とていつものメンバーが揃っていた。
やはり城にいてもやることがないのだろうか、代理店長である自分よりもずっと長い時間、万屋に入り浸るのは、目下自宅軟禁中の筈のお姫様のマリィさんだ。
そして、つい先日、部下である黒竜のリドラさんに苦労をかけたばかりというのに、マリィさんよりも長い時間を万屋で過ごしているのは、とある世界で魔王に崇め奉られる少女マオ様だ。
と、そんな魔王様が遊ぶのは人気RPGシリーズの過去作。幾つかの世界を渡り、狭間の世界に住まう大魔王を倒す事が目的という。なんだかこのアヴァロン=エラどこか通ずるところがあるストーリー。
しかし、暇を見つけてはそんなゲームをプレイする為、この万屋へやってくる彼女を見る度、僕には思うことがある。
それは、設定上『倒されるべき魔王様が勇者を操り魔王を倒しに行く』というこのあべこべな状況を、本人がどう感じているのだろうかという心配だ。
しかし、本人は気にする様子もなく楽しんでいるのだから余計なお世話というものか。
すっかりゲームをする姿もこなれてきて、魔王的なローブが最早ジャージにすら見えてきた小さな背中に、そんな事を埒もなく考えていると、お気に入りとなったクリームどら焼きを行儀よく食べていたマリィさんが、クライマックス真っ只中のゲーム画面を見つめ、ポツリこんなことを言い出すのだ。
「そういえば、あのお馬鹿さんは魔王を退治するべくエクスカリバーを抜こうとしているのですのよね。その魔王ってこの子のことなのかしら?」
ぽふん。マリィさんに撫でくりまわされる魔王様は、ゲームに集中しているみたいで、こっちの話に見向きもしない。
しかし、そんな我関せずとも取れる態度が逆に沈黙を誘ってしまう。
そうなのだ。マリィさんからお馬鹿さんと揶揄されたフレアさんは、打倒魔王を掲げてエクスカリバーを手に入れようとしている。そんなフレアさんが魔王様と出会ってしまったのなら、どうなってしまうんだろう?その瞬間に最終決戦が始まってしまうのではという懸念は確かにあるのだ。
魔王と呼ばれる存在は膨大な魔力を誇り、幾千もの魔法を操る魔人を指すという。
そんな魔王達は、自らの力を誇示し強化する為に、他の国を支配することも厭わない。いや、次元の壁すらも超えて他の世界にまで触手を伸ばす存在だと各世界では認識されているらしい。
ならば、星の数よりも多くある世界の中でも、特に膨大な魔素を有するこのアヴァロン=エラが目に留まるのは当然の懸念である。
しかし、僕が万屋に勤めてこの半年の間に、この世界に現れた魔王は、そんな各世界の魔王観の中でも例外に分類されるだろう。魔王らしからぬ魔王である魔王様ただ一人だけだった。
そこから導き出される一つの結論として、実は各世界で恐れられる魔王という存在は一人で、ここでゲームに興じている彼女こそがフレアさんの求める魔王ではないかと考えてしまうのだ。
けれど、のんびりゲームをプレイしている魔王様は、フレアさんから断片的に語られる魔王像とは結びつかない。
だから、
「ぐ、偶然じゃないんですか」
「そ、そうですわね」
ぎこちない笑顔を交わした僕達二人の視線が、ついに魔王を撃破し、その醜悪な巨像が徐々に消滅していくその様を、感慨深げに眺める小さな背中に注がれる。
まるで未来を暗示しているかのようなシーンを見せつけられ、言い得ぬ不安が胸に去来するけど、冷静に考えて、戦いになったところで、むしろやられるのはフレアさんではなかろうか。
でも、そうなった場合、どう収集をつければいいんだろう?
いや、そもそも魔王様がフレアさんの求める魔王と確定した訳ではないのだが、
しかし、争いというものが、ちょっとした行き違いから生まれるというのは、様々な歴史、いや、現在も世界中のどこかで今も勃発し続けている戦乱がそれを証明している。
ましてや、放任主義というか、魔王としての自覚を持たず、日がな一日ゲームをして過ごすような魔王様のことだ。『部下が勝手にやりました』なんていう現実があったりするのかもしれない。
聞いてみたい気もするが聞くのも怖い。そんな逡巡に捕われていると、やはり聞かずにはいられなかったのか、向かいに座るマリィさんが意を決したように口を開く。
「ねえ。マオ、貴女――」
しかし、その台詞が核心に至る事はなかった。
魔王様が滑らかかつ素早い動きでこたつの中に逃げ込んでしまったのだ。
まだエンディングの途中にもかかわらず。
そんな魔王様の行動に、もしかして本当にそうなのか?僕が嫌な連想を脳裏に浮かべたその時だった。
窓の外、ゲートの方向から聞こえた荘厳な雰囲気の魔導音と共に光の柱が立ち上がる。誰かがゲートをくぐりこの世界にやってきたのだ。
そして「魔王様。魔王様はおられるか?」と変換される嘶きが轟き渡る。
ああ、そういうことでしたか。
「いったい何事ですの!?」
その咆哮を聞き僕が納得するのを他所にマリィさんが叫ぶ。
彼女はこたつから飛び出し、上がり框に座る自分のところまで素早く移動。その身を低くすることで万屋の外へと視線を飛ばす。
かたや、魔王様がひょっこりこたつ布団の一角から顔だけを出し、普段の彼女からは想像できない滑らかな口調で言う。
「隠し通路に隠れるから、来なかったって言って」
一方的にそう言った魔王様は再びこたつの中へ、ガタリ。板を外すような音が耳に届く。どうやら掘りごたつの内壁のいち部を外したらしい。
いつもの間にそんなものを、というか、もしかして脱出路みたいなのが作られてるんですか?
与り知らぬ間に作りつけられていた謎のギミックがどんなものかと、僕が魔王様を追いかけてこたつの中に顔を突っ込もうとする後ろ、轟音と共に絹を裂くようなマリィさんの悲鳴が聞こえてくる。
二重の大音量に僕が見たものは、もうもうと立ち昇る砂煙。
「本当にどうなっていますのよ!?」
驚声を上げながらも店の外へと飛び出すマリィさん。
それを止めようと僕も休憩所から飛び出そうとするのだが、
「待って――」
引き止めるウィスパーボイスに振り返ると、再度にょっこりこたつから顔を覗かせた魔王様が言う。
「誰かがリドラと戦ってる」
それを聞いた僕は慌ててマリィさんの背中を追いかける。
だが、駆けつけたゲートでは既に、魔王様の部下である黒竜リドラさんと赤いスケイルアーマーを身につけたフレアさんとの一戦が始まっていた。
お互いがお互いに裂帛の気合を放ち、剣を、鉤爪を、己が相手に突きつける。
そして、黒竜の硬い表皮に銀剣を打ち付けたフレアさんは、僕とマリィさん。二人の存在に気づくと、攻撃の手を止めて後退り、ふぁさっとマントを翻しながらこう言うのだ。
「危険だから下がっているといい」
さらりとやってのける過剰演出に、マリィさんが巨大なドラゴンを前にしているのにもかかわらず、胸焼けがするような表情を浮かべる一方で、僕は日を置かず再会したリドラさんに苦笑を送りつつも、背中で冷たい汗を流していた。
どうしよう。一番の解決策は魔王様が現れてこの場を収めてくれることだけど、フレアさんがいる以上、ここでご対面という訳にもいかないし、魔王様は魔王様でリドラさんがいる限り迂闊に動けない。
とはいえ、ゲートの近くでのドンパチは他のお客様がやってきた時の迷惑になる。
仮にも僕は万屋を預かる身。お客様の安全を確保する為にもどうにかこの場を平和的に収めなければ、
そんな使命感から僕は二人を止める解決策を探すけど、一言で争いを収めるような言葉が咄嗟に浮かぶ筈もなく、
そうしている間にも、勇者と黒竜。一人と一匹のバトルはエスカレートの一途を辿り、
ええい。ままよ――、
これ以上はどちらかに被害が出てしまう。目の前で繰り広げられる壮絶な殺し合いを見て、そう判断した僕は後は出たとこ勝負と特に策もないまま睨み合う二人の間に割って入る。
そして、既知の人物の強引な乱入を受けて動きを止める一人と一匹に、あれやこれやと思いつくまま言い訳を並べる内に、どこから飛び出したのか。リドラさんは実は深き森の賢竜で、魔素が豊富なこの世界に特殊な魔法薬を作る為に度々訪れているなどという、自分ですらも理解できない設定が絞り出し、フレアさんの戦意僅かに緩んだとみるやいなや、人間以上の知性を持つリドラさんにアイコンタクト。後は、少し頭の方が修行不足のフレアさんを狙い撃ちに、流れに沿った適当設定を積み重ねることによって、どうにかその場を収める事に成功する。
そして、なんとか矛を収めてくれた一人と一匹に、
さて、魔王と勇者。この二人が出会うのは何時のことになるのやら。
そんな日が訪れないことを願いながらも、ほっと胸を撫で下ろす僕だった。
二連発で登場の苦労人ドラゴンです。
何度もいいますがフレアはあくまで自称勇者です。
タイトルを直せば分かりやすいのに?との意見があるとお思いでしょうが、あえてそのままいきたいと思います。




