●召喚師ティマはお金を稼ぐ
その日、ティマはルベリオン王国南部最大の都市ヒアデスをぶらついていた。
目的はこの時期にヒアデスで開催される王国最大の骨董市。
ティマはそこでなにか掘り出し物を見つけられないかと、トレードマークのとんがり帽子を揺らして、ヒアデス庁舎前で開かれている青空市を見て回っていた。
しかし、ティマが一人、なぜこの微妙な時期に自分の世界の骨董市で掘り出し物を探しているのかといえば、それは、数日前に起こったマリィとの決闘、そして、フレアの復活の後に買った魔導器にあった。
それは〈スクナカード〉という簡易的に小さなゴーレムを呼び出すカード型の魔導器で、ティマは、マリィとの戦いの後、戦闘中に彼女が使っていたそのカードの詳細を聞かされて、自分自身の戦力アップを考え、すぐに〈スクナカード〉の購入を決めたのだが、その値段は一枚金貨五十枚とかなりのお値段だったのだ。
まあ、金貨五十枚というのはあくまで最高品質のカードの値段であり、安価なカードを買えばそれほど散財せずに済んだのだが、ちょうどその時、ティマの手元にはその最高品質の〈スクナカード〉が複数買えるお金があり、その直前の決闘で完膚無きまでに打ち負かされてしまったことが尾を引いてしまったのだろう。
もともとの予定では一枚でやめようと考えていたものを、自分の引きの弱さから、つい二枚目に手を出してしまったのが更なる追い打ちとなった。
結果的に数十分の間に金貨百枚を失ってしまったティマは、〈スクナカード〉の購入に使ってしまった生活費を補填する為、自分達が拠点としているルベリオン王国にお金を引き出す為に戻ってくることになってしまったのだ。
そして、折角だから少しでも負債分の補填ができないかと、このヒアデスに立ち寄ったという訳なのだが、いくら国内最大の骨董市とはいえど、そうそううまい話が転がっているハズもなく。
「ふ~む、なかなかこれぞってものが見当たらないわね」
骨董市会場を回りはじめて一時間、ティマは未だ値打ちものを見つけられずにいた。
いや、【魔法使い】としての知識から、それなりに高く売り抜けられるのではと思う古い魔導器なんかはいくつか見つけて手に入れたのだが、それはあくまでルベリオン王国国内の――、この世界で価値のあるものであって、これから戻るアヴァロン=エラという異世界で高く売れるとは限らなかったのだ。
まあ、そちらはそちらで、またアヴァロン=エラへの道中、別の街で売り払うなりなんなりすればいいのだが、〈スクナカード〉を買ったマイナスを補填するような高額の買い取りを狙うなら、アヴァロン=エラの万屋で買ってもらえる商品を探した方が効率がいい。
ティマが自分以外に見ることができない魔法窓を手元に展開させて、万屋から出ている大まかな高額買取商品の条件データを参考に出店をひやかしていると、とある露天を通り過ぎようとしたその時、ふと薄く魔力をまとうティマの視界に違和感が飛び込んでくる。
それはクリスタルのケースに入れられた道化師の仮面だった。
銀の合金だろうか、銀色の土台に綺羅びやかな魔石や金や銀といった比較的魔力伝導率の高い金属があしらわれていることから、それなりの魔導器であることは間違いないだろう。
しかし、その見た目から読み取れる情報に反して、思いの外値段が低いことが気になった。
「ねえ、おじさんこの仮面は?」
最初は各所にあしらわれた魔石や宝石がイミテーションなのではないかと疑ったティマだったが、自分の目利きを信じるのなら、この仮面に使われている魔石や貴金属は本物で、微量に流れる魔力から、これが魔導器の類であることは間違いなく。だとするなら、どうしてこの仮面は安いのか、そう訊ねるティマに、この露天の店主が言ったのは――、
「おぉ、お嬢ちゃん。お目が高いねぇ。こいつは魔法の障壁を発生させる魔導器だ。
ただ、コイツは呪われててな。魔導器としいての価値はあんまねぇんだよ」
使用するならリスクが有り、性能がいいものの一般の人間が使うには難しく、単純に美術品としての価格をつけざるを得ないとボヤく露天商。
「で、その呪いはどんなものなの?」
「こいつはな。一度装備したら簡単には外れなくなってんだ。
まあ、呪われても仮面自体をズラすことは可能だそうだから、それでも構わねぇってんなら普通に使える装備だな」
なるほど、それならこの厳重な扱いも微妙な値段も納得できる。
ティマは露天商の説明にしげしげと頷きながらもお財布と相談。クリスタルケースにつけられた値札とお財布の中身を見比べ、若干迷いながらであるが「良し」と自分自身に勢いをつけるように決断。
「ねぇ、おじさん、これいただける?」
「いいのかい。安いと言ってもこれだけの装飾だ。結構いい値段なんだが」
仮面の効果を聞いた上で買うと言うティマに、露天商もまさかこの仮面が売れるとは思っていなかったのだろう。鳩が豆鉄砲を食らったような顔を浮かべる。
ただ、その表情の中には『お前さんのような嬢ちゃんにこれが買えるのか』と言わんばかりの失礼な反応もあったのだが、そんな露天商の態度にもティマは特に不機嫌になるようなことはなく。
「大丈夫よ。これでもそれなりに名の知れた冒険者だから」
そう言いながらも、ティマは懐からジャラリと重そうに膨らんだ小さな皮袋を揺らして見せる。
すると、露天商の方もニッコリと現金な笑みを浮かべ、「毎度」と一言、取り引きが成立。
ティマは仮面が入ったクリスタルのケースを抱えて、ホクホク顔で青空市の人並みに消えていくことになる。
◆
数日後、ティマの姿は万屋にあった。
しかし、その目的は仮面の売却ではなく、慌てた様子で――、
「ああ、ようやく。
店長、助けて」
「ええと、ティマさんですよね。どうしました?」
ゲートに光の柱が立ち上ってから暫く、ようやく来店したティマにこの店の店主である虎助が苦笑いを浮かべて訊ねる。
だが、虎助のリアクションもそのハズ、店に入るなりの必死の懇願もさることながら、ティマの格好に問題があったのだ。
変な仮面にボロボロのマント。ゲートにいるエレインからの報告がなければ、虎助も彼女がティマと気付かずに、『また、変な客がやって来たな――』と、そう思ってしまうような格好だったからだ。
しかし、ティマに言わせると、この姿は断じて自分の意志で行っているものではなくて、
「呪われちゃったの」
「ああ、もしかしてその仮面ですか?」
そう、ティマがこんな珍妙な格好をしているのは顔に装着している仮面の効果によるものだった。
そして、ティマはすぐに自分の状況を理解してくれた虎助に感謝しながらも、キョロキョロと挙動不審になりながらも、ここまでの経緯を簡単にではあるが話していく。
すると、虎助はティマの話を最後まで聞いた上で少し考え込むようにして、
「成程、魔法の力によって他の装備品を身に着けられなくなる仮面ですか」
「呪い甘く見ていたわ。単純に武器や防具が身につけられなくなるものかと思ってたんだけど、まさか服とか小物まで全部装備できなくなるなんて」
因みにティマの体を隠しているこのボロ布はティマが宿泊していた宿のカーテン。
どういう基準なのかはわからないが、この仮面に装備品と認識されなければ強制的に剥ぎ取られるようなことはかったのだ。
しかし、それも肌を隠す面積なのか、それとも密着度なのか、あまり完全に隠そうとするとカーテンすらも剥ぎ取られてしまう訳で、わざわざこんなボロボロのままでここまでやって来たということだ。
「しかも、ケースから取り出したが最後、強制的に装備させられるなんて聞いてないわよ」
ティマはこの仮面を買って宿に帰り、そこで変な偽物を掴まされていないかと、改めて自分でも簡単な鑑定をしてみようとケースから取り出して、そこで装備品を全部剥ぎ取られてしまったのだという。
「ですが、それがきちんと処理されて売っていたのなら、その売り主に呪いのことを詳しく訊ねてみれば良かったのでは?」
一度身につけてしまえば簡単に外れなくなってしまう装備とはいえ、それを商品として扱っているのなら、もしもの場合の対処法をなにか知っているのではないか?
そう訊ねる虎助に対するティマの言い分は、
「こんな格好で街中を歩ける訳ないでしょ」
「いや、それでしたら何でここまで辿り着けているんです?」
虎助の意見も尤もである。
ティマは豪華な仮面に裸マントと、ファンタジックな変態スタイルでこの異世界までやってきたのだ。
それが出来ているのなら、直接、売り主に聞きに行くことくらい訳ないと。
しかし、ティマに言わせてみると、その状態での街中の移動は、魔獣が蔓延る領域に初心者装備で飛び込むよりも危険なことなのだという。
そう、有り体に言えば貞操の危機だったのだ。
それなら、人のいない魔獣の領域を移動して、仲間もいるアヴァロン=エラまでやって来た方が安全だと、ティマはそう考えて、装備できない杖やローブなどは全部アイテムバッグに放り込んで街を脱出、人里離れた山の中を選んでここまでやって来たという。
「それで、これは外れるの?」
「そうですね。これが本当に呪いのアイテムだったのなら、工房にストックしてある聖水を頭から被るだけで大丈夫なんですけど。そうすると、その呪いと一緒に効果も消えてしまいますから仮面の商品価値がなくなっちゃうんですよね」
外せるものなら早く外したい。そんなティマからの問い掛けに、とりあえずはと虎助が答えたのは一般的な呪いのアイテムへの対処法。
しかしティマとしては、羞恥心という情けない動機からではあるが、まともな装備をつけることが出来ず、召喚ゴーレムとスクナ頼りの危険な旅路をここまでしてきた結果、それがタダ働きだというのは残念過ぎる。
「ちょっと、それは困るわよ」
「ですよね。だったら、その仮面を外す条件を満たすしかないですね」
抗議の声を上げるティマに虎助が別の方法を提示する。
「条件って――、そんなものどうやったらわかるのよ。
国で抱えてる鑑定士でも連れてこいっていうの?」
おそらくは、かなり上位の鑑定能力を持つ人物でもなければ、この仮面が何なのか、それすらもわからないだろう。ティマはそう言うのだが、
「それはたぶんこっちで把握できると思いますよ。
取り敢えず、見てみますから、そこに立ってください」
そう、この万屋には有名な蒐集家と知られる龍の眼を冠する規格外の鑑定魔導器がある。
それを魔法としてでなく、魔法の道具として使ったのなら、これまでに鑑定してきた物品のデータを収集、自動的にアーカイブを作り出し、それを鑑定結果に反映してくれるハズ。
虎助はカウンターの引き出しから取り出した金縁の片眼鏡を覗く。
すると――、
「ああ、きちんと条件がありますね」
「ホント?
で、どんな解呪条件だったのよ」
鑑定からすぐに仮面の解除条件があることを知らされて、自分の格好も忘れてカウンターに身を乗り出すティマ。虎助はそんなティマの無意識の行動に若干身を引きながらも、
「ええと、それがちょっと言い難いんですけど。その仮面を外す条件は、装備者がその仮面の恩恵を受けて幸福感を得ることみたいですね」
「ちょっと待って、それって――」
「だぶん裸になって外を走り回ったりしてはしゃいでいれば外れるのではないかと――」
ティマは聞かされた仮面の解除方法に一瞬固まりながらも、落ち着いてとばかりに手の平を前に出し、もう片方の手はカウンターに、崩れ落ちそうになる自分の体を支えながらも、仮面の奥に真剣な眼差しを潜ませ聞く。
「……一つ聞いてもいいかしら」
「なんでしょう」
「もしも、条件を満たした上で外れたら、この仮面はどれくらいの価値になるの?」
「そうですね。強制的な装備解除とか、面白そうな効果があるみたいですし、希少なもののようですから、最終的な結果を見なければ分かりませんけど、最低でも金貨二十枚は出せると思いますよ」
「金貨二十枚……」
〈スクナカード〉や万屋で売っている魔法薬などの値段から考えると、この金貨二十枚という金額は大したことのない金額のように思える。
だが、金貨二十枚というと、ティマが拠点としているルデロック王国ではベテランの冒険者が一ヶ月稼ぐ金額に相当する。
それが、特に危険もなく手に入れられるチャンスなど滅多にないだろう。
だた、ティマにとってはなによりもその条件が問題で、
例えば、その呪いを解くといってフレアに裸を見せるのはむしろいい。
しかし、幸運にもいまこの場にはいないが、この万屋にはいろいろと問題がある常連客が二人ほど存在しているのだ。
もしも、その二人に仮面のことがバレてしまったら、
ティマは最悪の事態を心配するのだが、
「あの、別にこの仮面を外す為に人に裸を見せる必要はないんですけど」
そう、この仮面の解除条件はあくまで裸になった状態で一定以上の満足感を覚えるだけでいい。
だから、別に他人に見せる必要はなくて、
例えば、いまティマがいるアヴァロン=エラという世界には何者も存在しない荒野が広大に広がっている。そんな人の目が全く無い場所で裸で過ごせば、仮面から課せられた解除条件を満たすことが出来るのだ。
悪魔の囁き――と言うにはおこがましいが、虎助が出した提案にティマは少し悩むような素振りを見せ。
「わかったわ。私やるわ」
それからティマの全裸生活が始まった。
そして、ティマが仮面の力から解放されたのは五日後のことだったという。
その後、ティマは以前は着なかった露出度が高い服を着るようになったのだが、その原因なんなのかという話は本人しかわからないことであった。
◆ちょっとした補足
〈聖女の仮面〉……とある伯爵夫人が夫の圧政を諌める為に起こした行動を讃え作られた仮面。定められた条件を満たすことによって【解放者】の実績を得る。実は呪われた魔導器ではなく、聖具と呼ばれる特殊な魔導器。
【解放者】……聖女の仮面:〈裸身解放〉
〈裸身解放〉……より多くの素肌を晒すことにより、その権能を持つ人物の潜在能力が解放されてゆく。
つまり裸身○殺拳である。
◆次話は水曜日に投稿予定です。