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勇者に課す試練・ホリルの場合

 放課後、僕がいつものように万屋に出勤すると、店の前にはこれみよがしに素振りをしていたフレアさんがいて、いつもの挨拶なんかよりもこちらの方が大事だとばかりに訊ねてくる。

 その内容は――、


「虎助、今日は魔王殿が来ないのか」


「ええと、店の中にいないのなら多分そうなんじゃないかと、魔王様もご自分の世界でやることがありますから」


 フレアさんからの問い掛けに、僕は魔法窓(ウィンドウ)を開いて、ベル君とエレイン君から送られてくる業務連絡を目を通しながらその問いへの答えを返す。


 結界のおかげで魔王様が暮らす領域の中への侵入者はぱったりといなくなったそうなのだが、自然発生的に現れる魔獣が減ることはない。

 その討伐に加えて、最近始めた畑の手入れ、それ以外にも洞窟の拡張に森の管理、黒龍リドラさんの丸洗いなどと、魔王様のお仕事はいっぱいあるのだ。


「ふむ、成程な――、

 しかし、魔王殿がいないとなるとどうしたらいいものか」


 僕の説明にフレアさんは納得するような素振りを見せながらも、店の中までついてきて、わざとらしくカウンターの前を行ったり来たりする。

 うん。方向転換のタイミングでチラチラとこちらを見ていることから、なにか他に面白いトレーニングがあったら教えて欲しいとか、そう思っているんだろう。

 僕はそんなフレアさんの行動にため息を一つ吐き出し。


「でしたら、魔法の練習をしてみてはどうですか?」


「ただ撃つだけではな。あまり訓練にならないのではないか」


 本当に仕方ないなと、魔法の練習をしてみたらどうかと提案してみるのだが、フレアさんはまた面倒臭くもただ魔法の練習をするだけでは面白くないとばかりにこう言って――、


 しかし、ただ魔法を撃つだけの練習でも、距離によっては射撃の訓練になるし、魔力を上げることが出来てと、それなりに効率のいい訓練のように思えるのだが、フレアさんとしては体を動かしての訓練の方が好みのようだ。


 だったら、ここは適当にフレアさんでもクリアできそうな易しめのディストピアをオススメしてあげようか、そんな考えも脳裏を過るのだが、それを口にしようとしたその時、ゲートから光の柱が立ち上る。


 やって来たのはエルフとホムンクルスの二人組。ホリルさんとアニマさんだ。


「来たわよ――って、あら、お客様かしら?」


「ええ」


「虎助、彼女は? エルフのようであるが――」


 ゲートからおよそ百メートル。グリーンモンスターという二つ名の由来となった翠髪を揺らして店の中へと入ってきたホリルさん。

 フレアさんはそんな彼女を何故か警戒しているようだ。


 はて、フレアさんはどうしてしまったのか?

 僕はフレアさんのあからさまな態度に首をかしげる。

 しかし、少し考えて、思い出したのは魔王様の境遇やその後のイザコザだ。

 そう、フレアさんには例の和解の後、魔王様の境遇やエルフがハーフエルフに向ける悪感情などを説明していたのだ。

 フレアさんはその話をきちんと憶えていたみたいで、ホリルさんが魔王様を貶めた敵ではないかと警戒しているみたいなのだ。


 まったくフレアさんにしてはよく憶えていたものだよ。

 いや、それだけ印象的な話だったのだろう。

 しかし、それは完全にフレアさんの勘違いで――、


「そういえばフレアさんとお二人は会ったことありませんでしたっけ?

 大丈夫ですよ。こちらのお二人――、ホリルさんとアニマさんは賢者様の関係者ですから」


「おお、賢者殿の――」


 賢者様の名を借りて僕がホリルさん達が安全な存在であることを説明すると、フレアさんの警戒が一気に緩和。

 そして、そんなフレアさんの反応にホリルさんが言うのは、


「あらアナタ、ロベルトの事を知っているのね」


「ロベルト殿にはいろいろと世話になっているからな。

 今日は来られていないようだが――」


「ええ、ついこの間、新しい素材を仕入れたみたいでね。いまは実験に明け暮れてるわ」


 新しい素材というのは、たぶんカースドールの一部のことだろう。

 腐っても錬金術師――というのは言い過ぎかな。

 アニマさんが完成したとはいえ賢者様は根っからの錬金術師だ。

 この間、簡易型の聖槍ができた時に万屋を訪れた際、ソニアに言われて、以前この世界に迷い込んできたカースドールの素材を賢者様に見せたのだ。

 すると、賢者様はカースドールの成り立ちに興味を持ったみたいで、少し研究がしてみたいとその一部を持ち帰ってもらったという訳だ。


 ホリルさんとフレアさんのやり取りから、僕がそんなことを思い出していると、ホリルさんがスススと近付いてきて、


「(それで、本当のところどうなのよ?)」


「(たぶん想像通りだと思いますよ)」


「(……彼、純粋そうだものね)」


 その一言だけで察してしまったとフレアさんに惜しみない憐れみの視線を向けるホリルさん。

 賢者様といえば作った魔法薬を他人で試そうという困った癖がある。そのことを知っているホリルさんからみると、あからさまに騎士然としている――というか、いかにも単純そうなフレアさんが被害者にしかみえないのだ。


 と、そんな感じで、それぞれがそれぞれの人間関係からそれぞれを見るファーストインプレッションがありながらも、


「それで今日はお買い物ですか、それとも訓練の方ですか?」


「訓練の方よ。ええと――、師匠は今日も?」


 今日は何を求めてやって来たのか、訊ねる僕に店内をキョロキョロと見回すホリルさん。

 しかし、残念ながらと言うべきか、ホリルさんの探し人は今日この万屋に来ていない。


「はい、お仕事ですね。そろそろ詰めの時期みたいで、今日も向こうの弟子を連れてどこかに引率に行ってるみたいですよ」


「そう、残念ね。稽古をつけてもらいたかったのに――」


 母さんの不在を伝える僕に、ホリルさんは本当に残念そうに頬に手を添えため息を漏らし、母さんの不在を嘆く。

 しかし、嬉々として母さんの修行を受けたがるのはこの人くらいではないか。

 聞く人が聞いたら『何を言っているんだ。この人は?』と本気で心配されてしまいそうなホリルさんのご意見に、僕が微妙な笑顔を浮かべていると、今度はフレアさんの方が近付いてきて、


「虎助、ホリル殿が言う稽古とは?」


「ああ、僕の母が、忍――、じゃなくて武術、というかサバイバル術の講師をしているんですよ。それで、ホリルさんは僕の母の弟子というか指導を受けている立場でして、今日はうちの母がいないと残念がっているんですよ」


 本当、奇特なことにね。


「成程――、しかし、エルフが武術を習うとはまた珍しいな」


「たしかにそうかもしれませんね。

 でも、ホリルさんはこう見えて相当の達人ですよ」


「こう見えてって、どういうことかしら?」


 僕の言い方に抗議の声を上げるけるホリルさんだったが、


「いや、ホリルさんも自分がどう見られていくかくらいは理解しているでしょう?」


「まあね」


 実際、ホリルさんの見た目は、なんていうか、その――、華奢な中学生とかそんな感じの印象なのだ。

 そんなホリルさんがアホみたいに強いなんて、誰かに言われただけではなかなか信じられないことではないか。


 だからだろうか、僕がホリルさんと母さんがいないのなら、どんな訓練をするのかと改めて聞こうとしたところ、フレアさんが、


「ちょっと待ってくれ」


「なんですか?」


「いや、虎助ではなくホリル殿の方だ」


「あら、何かしら?」


 改めて声をかけられた理由をホリルさんが訊ねると、フレアさんはコホンと咳払い。


「アナタが本当に強いのならば、一戦お相手を願えないだろうか」


 そう言って頭を下げるフレアさん。

 うん。フレアさんとしてはホリルさんが強いと聞かされて、その実力を試してみたくなってしまったのだろう。


 いや、魔王様もちょうどいないし、ホリルさんの修行相手になってやろうと親切心からそう名乗り出たのかもしれない。


 しかし、相手はあの(・・)ホリルさんだ。


「あの、フレアさん。止めておいた方が――」


 いくらフレアさんが強くなったとはいえ、それは、ただ戦い方のバリエーションが増えたくらいのものでしかない。その程度のパワーアップでホリルさんに挑むのは無謀を通り越して単なるお馬鹿な所業でしかない。


 僕はフレアさんがホリルさんの実力にショックを受けないように、やんわりとその挑戦を止めようとして、実際に母さんの修行を受けたことがあるメルさんも、母さんの修行を積極的に受けようとするホリルさんの反応を見て、その危険性を察知したのだろう。僕のフォローに入ってくれるのだが、そんな僕達の行動が逆にフレアさんの闘争心に火をつけてしまったみたいだ。


 結局、僕もメルさんもフレアさんの熱意は押さえることができず、万屋からすぐ移動できる訓練場で勝負することになってしまったのだが……、


 ドゴン。


 勝負は一瞬でついてしまった。


 うん。始めの合図と同時にフレアさんが突っ込んでいって、そこをきれいにカウンターで合わせられて終了と、最近どこかで見たような負けパターンである。


「つ、強い。これは魔王殿よりも強いのではないのか?」


 そうですね。純粋な(・・・)近接戦闘に(・・・・・)限って言えば(・・・・・・・)、ホリルさんはたぶんこのアヴァロン=エラにやってくる人の中で二番目に強い人だと思いますよ。


 だが、このフレアさんの発言が、今度はホリルさんの誤解を生んでしまったようだ。


「マオが強いって、アナタ――、マオと戦ったのことがあるのかしら?」


 フレアさんが魔王様と戦ったことがあると聞いて、途端に剣呑な空気を出すホリルさん。

 もしかしなくても、今や懐かしのエルブンナイツのことを思い出してしまったのだろう。

 しかし、これもまたホリルさんの勘違いで、

 仕方ない。ここは僕が説明をとかぶり気味に割って入ってと。


「ええと、それがですね。いまフレアさんの修行相手を魔王様がしているんですよ」


「あら、それはどうしてかしら?」


 とりあえず話は聞いてくれるみたいなんだけど、ホリルさんから向けられる笑顔が怖いです。


「実はフレアさんは【勇者】の実績を持っていまして、僕達(・・)は【魔王】の実績を持つ魔王様と戦うとなにか成長に変化があるんじゃないかと考えていてですね――、

 因みにこれは魔王様も乗り気ですから」


「そうなの?」


 まあ、これはすべてマリィさんの憶測というか、ただの理由付けであるが、それを言ったらまた面倒なことになりかねないからとスルーして、


「ですね。いま試合に使ったバリアブルシステムを使って、ゲームみたいって楽しんでいますよ」


「ああ、そういうことなのね」


 ふう、ここまで説明したらホリルさんも納得してくれたみたいだ。

 魔王様のゲーム好きはホリルさんも知るところにある。

 そして、ホリルさんはフレアさん達が修行に使っているバリアブルシステムのことも当然知っているのだ。

 勘違いしちゃったとばかりに可愛らしくも舌を出すホリルさん。


 一方、フレアさんは空気を読まない。

 僕とホリルさんとの話が終わったと見るやいなや、ホリルさんの実力をその身で味わって、自分よりもはるか格上の存在だと再認識したのだろう。ただ戦ってもらうだけでは何も得られない。

 ならばと頭を下げて助言を求める。


 すると、そんなフレアさんのお願いに、意外にもホリルさんは素直に助言をしてくれることになるのだが、下した評価は厳しいものだった。


「そうね。まずは視野が狭いと思うわ。あと、一撃が弱いかしら。先手必勝はいいんだけれど、それをするなら確実に殺せる技を身につけなさい。スピード以外は及第点に達していないわね」


 うわぁ……。

 おそらく、フレアさんとしては、僕からのアドバイスで遠距離魔法を、そして、魔王様との戦闘訓練を積んでそれなりに強くなったと思っていたんだろう。

 しかし、ホリルさんからするとそれもまだまだで、フレアさんは下された酷評にかなり落ち込んでいるみたいだ。


 因みに、この間メルさんはというと、フレアさんを悪く言われて不機嫌になるかと思いきや、それ以上にホリルさんの実力の高さにショックを受けたのだろう。悔しそうにするフレアさんを見て、オロオロとどう声をかけていいものかと迷っているみたいだ。


 ただ、ホリルさんもただ批評するだけで何も責任を負わない評論家(コメンテーター)になるつもりは無いらしい。

 いろいろ言ってスッキリしたとばかりに僕の方に向き直ると、


「虎助、バンダースナッチのディストピアを出してあげるのはどうかしら。あれと戦えば、たぶん今の彼に足りないものがわかるハズだから」


 さすがはホリルさんだ。

 あの短い間にフレアさんの特徴を的確に捉え、その弱点を潰す方法まで考えつくなんて――、

 長年の経験というかなんというか、僕よりもよっぽど指導者に向いているんじゃないかな。


「ふふふ、私に心配させるなんて悪い子ね」


 いや、うん。これはただ勘違いさせられたことに起こっているのかな。

 まあ、それはそれとして、出された指示は的確なんだ。


「そうですね。ベル君お願い」


 僕はベル君に頼んで、ホリルさんリクエスト通り、バンダースナッチのディストピアを持ってきてもらう。


「虎助、バンダースナッチとはどんな相手なんだ?」


 そして、ベル君がバックヤードまでバンダースナッチのディストピアを取りに行ってくれている中、フレアさんが聞いて来たのはその詳細。


「ええと、なんて言えばいいんですかね。定形不明な影の魔物が一番しっくり来ますか、自分の目で確かめた方が確実ですかね」


 バンダースナッチといえば、僕達の世界の有名な作家であるルイス=キャロルの作品に出てくる姿形すらもわからないという化物だ。

 それが、偶然なのかなんなのか、どこかの世界では実際に存在している化物として知られていて、ある時、その遺骸がゲートを通じてこのアヴァロン=エラに流れてきたらしい。

 それを最近になってソニアがディストピアに加工して、復活したという訳だ。


 僕がフレアさんと話している間にベル君が、硬いのか、柔らかいのか、見た目ではわからない黒い玉を持ってきてくれる。

 そして、ベル君がそれをカウンターの上に置くとすぐに、「ふむ、これがその実物か――」と、フレアさんが迷うこと無くそれに触れて、メルさんもそんなフレアさんのあとに続くようにディストピアの中へと消える。


 一方、フレアさんとメルさんが店内から消えた後、僕は魔法窓(ウィンドウ)を浮かべて、カウンターの上に無造作に置かれたバンダースナッチのディストピアと魔力のラインで接続する。

 すると、そこに映し出されたのはディストピアの中のフレアさんだ。

 それをカウンターの向こう側にいたホリルさんが体を伸ばして覗き込み。


「あら、そんなことができたのね」


「最近追加された機能ですよ。ここのところディストピアを監獄代わりに使うことが多かったですからね。使用中のディストピア内部の状況を確かめられると便利だと、オーナーに頼んで追加してもらった機能です」


 ああ――と、ホリルさんが思い出すのはやはりエルブンナイツのことだろう。

 因みに、これが出来るのはディストピアごとに指定した魔法窓(ウィンドウ)からのみとなっている。


 それでないといろいろ不正ができるようになっちゃいますからね。


 僕がホリルさんが魔法窓(ウィンドウ)の中の二人を見ながら話していると、二人はさっそくバンダースナッチと接触したみたいだ。


「うん。ちゃんと戦えていますね」


「でも、まだ序盤よ。もう少し戦ってみないとあの子達の実力は測れないでしょ」


「ですね」


 バンダースナッチは戦闘などによって千切れた体を利用して分身体を作り出し、その数を増やしていくという厄介な能力を持っている。

 だから、バンダースナッチを倒すには、その元になった本体を見つけ出して、ディストピアの元にもなっているその(シンボル)を潰さなければならないのだが、初見でその特性に気付くのはなかなか難しい。

 しかし、だからといって、ヒントを出してしまったらフレアさんの修行にならないと、僕はなにがあった時の為にすぐに対処できるようにベル君にフレアさん達の監視をお願いして、


「それでホリルさんはどうします?」


 遅くなってしまったが、ホリルさんも同じく修行する為にアヴァロン=エラにやってきたのだ。

 改めて『今日はどんなディストピアに入ります』と、ホリルさんに訊ねると。


「そうねぇ。今日はアニマもいるから、スケルトン系のディストピアで基本の見直しといきましょうか」


「ご迷惑おかけします」


「では、すぐにご用意しますね」

◆ちょっとした補足


バンダースナッチ……多くの世界で目撃され、魔獣とも、魔法生物ともつかない存在だとして知られているが、実際は宇宙空間で生まれた魔獣で、隕石に付着する形で地上へと降りて厄災をもたらす存在だったりする。生物というよりも菌類に近く、知能は低いが、生命力が高く、厄介な存在。


◆次回は水曜日に投稿予定です。


 あと、お盆を前に溜まっていた誤字報告をまとめて処理いたしました。

 ご協力ありがとうございます。

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