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来たる日に向けた布石

◆作中の季節は一番寒い時期ですが、作者は夏バテに喘いでいます。

 皆様、熱中症にはお気をつけを――、

 それは二月に入ったばかりの万屋の一幕。

 僕がいつものようにカウンターの前に座り、一般のお客様のいない時間を宿題の消化にあてていたところ、|マールさんへの魔力供給《日課のお勤め》を終えて店に入ってきた元春が、シュトラやアーサー、ファスナーの応援を受け、魔王様とチームを組んでネット対戦を楽しんでいたマリィさんにこう声を掛ける。


「なあ、マリィちゃん。バレンタインって知ってたりするん?」


「たしか恋人にチョコレートを送るイベントでしたわよね。マンガで見たことがありますの」


 何気ない感じを装って掛けられた元春からの声に、マリィさんは画面内のキャラクターを操って、出会い頭でのショットガンのぶっ放し、遭遇した敵を仕留めながらも言い返す。

 すると、元春はややたじろぎながらも表面上は冷静を装い。


「い、いや~、あれって、実は親しい人やお世話になった人にも送るんだけど。マリィちゃんはバレンタインにチョコとか送らねーのかなって思ってっすね」


「そうなんですの?」


 元春からの話を聞いてマリィさんがその疑問を僕にスライド。

 元春のことなんて微塵も信じていないってことですね。


「そうですね。義理チョコもそうなんですけど、友チョコって言われるものがそれになるんじゃないですか。

 お世話になった人にチョコを配るってパターンもありますよ」


 しかし、義理チョコ、友チョコなんてのは、普通に漫画を読んでいれば出てくる知識ような気もするけれど、いかんせんマリィさんの読むマンガはバトルをメインにした少年漫画。バレンタインデーネタでも扱われるのは、本命か、それに準じたツンデレ的な展開に限定されるてしまうのだ。古式ゆかしい義理チョコの認識はともかく、友チョコの知識が無くても仕方が無いのかもしれない。


「ならば(わたくし)も、虎助やマオに送らねばなりませんのね」


「必ず送らないといけないというものではないんですけどね」


 マリィさんが送りたいというのならそれはそれで構わないのだが、そのチョコレートを誰が買ってくるのかと言えば僕になる。それを改めて渡されるのはどうなんだろうと微妙な言い回しで意見するが、もともと貴族王族であるマリィさんにとっては、こういう儀礼的な行事は外せないのかもしれない。


「いえ、こういうことはしっかりとしておかないといけませんの」


 しかし、マリィさんはチョコレートを渡す気満々のようだ。


 ふむ、そういうことなら早めに用意しておいた方がいいのかも、ギリギリになってチョコを買うのも恥ずかしいし。


 僕が、今日あたり、バイトを切り上げて適当にチョコを買い込んでおこうかと、この後の予定を考えていたところ。


「つか、マリィちゃん。俺は? 俺の名前がなかったんだけど」


 『チョコレートを渡さなければならない』というマリィさんの発言の中に、自分の名前がなかったと抗議する元春だったが、


「別に元春にはお世話になっていませんの」


 ああ無情――、

 元春には義理チョコも友チョコも送られることはないようだ。

 元春の今までの行動を考えるとそれは当然のことなんだけど、元春本人は納得がいかないみたいだ。


「いやいやいやいや、俺だってそれなりにマリィちゃんの役になってると思うんだけど」


「例えばどのように?」


「そりゃ、マンガを買ってきたりとか、お菓子を買ってきたりとか、マリィちゃん達が今やってるゲームも俺が手伝って買いに行ったんだぜ」


 うん。元春には時たま買い出しの荷物持ちなんかを手伝ってもらっている。

 しかし、それはあくまで荷物持ちとしてであって、実際にお金を出しているのは、僕――というか、ソニアだったりする。

 と、やんわりと僕がそんな指摘をするのだが元春はなんのその、わざとらしいというか、鬱陶しいというか、ゲームをするマリィさんの背中に元春は、


「つか、もう何でもいいからマリィちゃん。俺にチョコをくんねーかな。

 いや、くださいませだ。

 今年は、今年こそ、同盟の奴等にチ○ルじゃねー、マジなチョコを見せつけてやりてーんだよ」


「あの、元春? それって――」


「シャラップ。お前は余計なこと言わないでヨロシ」


 いったい君はどこの国の人なんだい。

 元春のキャラが定まらない言動はともかくとして、つまり元春は、義姉さんが毎年のようにお恵みくださる、とってつけたような駄菓子チョコではなく、本格的なバレンタインチョコレートを欲しているようなのだ。

 そして、そのチョコレートを友達に見せびらかしたいと――、


 いや、マリィさんに知識を与えることで、トワさんからもチョコレートがもらえるかもしれないという計算もあるのかもしれない。


 とまあ、可能性の話をしだしたら色々とキリはないが、どちらにしても。


「たかがチョコレートでそんなに必死にならなくても別にいいと思うんだけど」


「た、たかがチョコレートだと!?

 虎助、お前は甘いぜ。チョコを貰えたヤツと貰えなかったヤツでどれだけ評価に差が出るのか、お前ほどの男がそれに気付いていないのか?」


「そうなんですの?」


 まるでどこぞのミステリー調査隊のように、無駄に迫力ある語り掛けをしてくる元春に、マリィさんがやや心配そうな瞳でそう訊ねてくるけど。


「そこまで必死なのは一部の人だけですね。大抵の人はもらえないのが当たり前なので、元春みたいに過剰に気にしている人はそんなにいないかと」


 そういう意味では、その日、チョコをもらえた一部の男子がヒーロー扱いをされるというのはあるのかもしれないが、学校から帰って、しかも、異世界の人からもらったチョコレートを、元春はどうやって自分が貰ったものだと自慢するつもりなのだろうか。

 まさか翌日に学校に持っていって見せて回るとかしないよね?

 それだと自作自演を疑われるし。

 まあ、元春が考えるような小細工をまともに考えるのは時間の無駄か。


「それに、たくさん貰っても大変なだけですから」


「大変ですか……、

 虎助はそんなにチョコレートをもらっていますの」


 おっと、これはちょっと誤解を招く言い方だったな。

 何気なく口にした言葉にどこか白けた目で聞いてくるマリィさんに僕は――、


「今の話は僕じゃなくて義姉さんがですね。女の子から人気で毎年いっぱいもらうんですよ」


「そうなんですの?」


「はい、それはもう――」


 さすがにどこかのアイドルみたいにダンボール何箱とかそういう単位ではないのだが、紙袋を一つ二ついっぱいにするなんてことは普通にあったりするのが義姉さんという人なのだ。


「あれ、本当に謎なんだよな。

 なんで志保姉があんなにチョコが貰えるのかって、中身は完全に【メスゴリラ】なんだぜ。

 それを【お姉様】って、世の中ゼッテーに間違ってるよな」


 うん。義姉さんがたくさんチョコレートを貰えて自分が貰えないのが凄く悔しいんだろう。普段なら絶対言わないような禁句を交えながらもブチブチと重ねる元春。

 しかし、それは普段の義姉さんを知っているが故の評価であって、表面上の義姉さんしか知らない人からすると、義姉さんはスポーツ万能で気のいい姉御肌って感じで、たまに絡まれてる女の子なんかに出会すと、そういう男が嫌いだっていって助けたりしていたから、たぶんその御礼っていうのが大きいんだと思う。

 何よりも、ああ見えて義姉さんは、身内と知り合いと、善人と悪人と、お気に入りとそうでない人と、個人的な線引きできっちり扱いを変える人だから、人によって評価が全く違ってくるのも当然だったりするのだ。


「でも、そんなことをばっか言って、後で義姉さんに折檻されてもしらないよ」


「へっ、大丈夫だって、今の俺なら志保姉から逃げるなんざ簡単なことよ」


 あからさまな失言を注意する僕に元春がそううそぶく。

 数々の魔獣を倒し、まかりなりにもいくつかのディストピアを攻略して、今の元春はそれなりの数の実績を獲得している。

 それによって強化された身体能力をフルに発揮すれば義姉さんから逃げ切れる(・・・・・)と、幼い頃から刷り込まれた意識からか、弱気にもそう開き直っているみたいだけど。


「そう上手くいくかな」


「オイオイ、虎助様ともあろうものが弱気だな。

 言っちゃ悪いけど、俺等あっちの世界じゃ立派なチートなんだぜ。

 てか、俺が本気になれば体育祭とかでヒーローになれんじゃね」


 実績の能力を全開にしてヒーローになる云々の話は元春の勝手だけれど、それを言うなら同じく実績に【G】なんてものがあるのだから、まずはそっちをどうにかするのが先なんじゃないかな。

 そして、もう一つ、義姉さんのことなのだが……、


「前にさ。義姉さんと宇宙的なゲームをしたよね」


「ああ、それがどうしたんだよ」


「あれ、元春は途中で死んじゃったけど、実績のおかげで元春の動きが凄く良くなっていることに義姉さんが気付いたみたいでね。このまま元春に負けるのは我慢ならないって、ここ暫く、アヴァロン=エラに通っていろんな実績の獲得を狙ってるんだよ」


 義姉さんがどこぞの蔵からサルベージしてきた地球外ゲームマシン。そのゲームをプレイした時に、元春だけは中ボスで死んでしまったが、そのきっかけは、いつものように猪突猛進に前に出る義姉さんをフォローするべく動いたことが原因だった。

 その時に元春の動きに義姉さんは目を見張り、弟分二人に置いていかれるのは姉的ポジションである挟持が許されないと思ったのだろう。あのゲームプレイの後、義姉さんは意外にも真面目にディストピア攻略なんかを進めたりしているのだ。


「おいおいおいおい、俺、そんなこと聞いてねーぞ」


「元春が知らないのも無理はないよ。だって、元春に知られないようにって、わざわざ学校に行ってる時間に入り浸ってるみたいだし、それに自分がそんな努力をしているなんて元春に知られたら、その時は殺してやるって言ってたからね」


 万屋のバイト店長としてこの世界の情報を一手に管理する僕の目は誤魔化せないにしても、元春に知られるのだけはムカつくと、内緒にしておくように言われていたのだ。


「――って、言っちゃってんじゃん」


「そうだね」


「そうだね――じゃねーよ。

 お前、たまに天然でやらかすことがあんよな。どうしてくれんだよ」


 義姉さんとの内緒事を暴露する僕に慌てる元春。


「でもさ。義姉さんの目的を考えると遅いか早いかの違いだったんじゃない」


「遅いか早いか?」


「うん。だって義姉さんの目的は僕達に負けないようにってことだから――」


 そうなると何を持ってその特訓の成果を示すと思うか。


「おいおい、つーことは、もしかして、また俺が無意味にボコられる流れになんのか?」


 そう、義姉さんの目的は幼馴染の姉ポジションを不動とすることにある。

 だとするなら義姉さんのことである、何らかの実力行使に出るのは間違いないだろう。

 そして、そうなった場合、被害に合うのはたいてい元春と相場が決まっている。


 そして、こうなると、もうバレンタインデーの話なんて忘却の彼方――、

 いや、バレンタインデーの仕込みに努力している場合じゃないって言った方が正しいかな。


「チクショー。なんで俺ばっかこんな――」


「やっぱりキャラクターじゃないかな?」


 知らぬ間にヒタヒタと近付いてきていた身の危険に絶叫する元春。

 しかし、それ以上、何が出来るかといえば何も出来ないというのが実際のところだ。

 うん。襲撃してくる義姉さんの対処法なんてないんだよ。


 因みに、その後、バレンタインのチョコレートの件に関しては、義姉さんの対応に頭を抱える元春抜きに相談され、結局、皆でお金を融通しあってチョコレートフォンデュをすることになった。

 もちろん例のタワー型のフォンデュマシンをエレイン君に作ってもらってである。


 後に、このことを聞かされた元春は直接自慢できなくて残念そうだったが、そのチョコレートフォンデュの試食会にメイドさんが来ると知るやいなや機嫌を取り戻し、いそいそと録画準備を始めたのは言うまでもないだろう。

 もちろん、義姉さんからの可愛がりは間違いなくあったことだけは記しておく。


 そして、これはバレンタインデー当日の話だが、元春が受け取ったチョコレートは、クラスメイトに土下座をして手に入れたベビーチョコレートが数粒、英字チョコレートが一つ、そして、元春のお母さんである千代さんからのトリュフチョコレートが一つだったという。

 因みに、その受け取ったチョコレートは、千代さんからのもの以外、すべて風紀委員に没収されてしまった。

 周りに聞くと、普通、そういうものバレンタインチョコレートなどは見逃してくれたりするのが通例らしいのだが、やはり【G】の実績が何らかの影響を与えているのだろうか、元春が醜くもゲットしたそれらチョコレートは問答無用で没収されてしまったのだという。やはり日頃の行いが物を言うのだろう。

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