メルさんの新装備
その日、僕が万屋に出勤しようとアヴァロン=エラ側のゲートに降り立ったつと、そこではフレアさんとメルさんがトナカイのような魔獣バンブーカリブーと大立ち回りを演じていた。
このバンブーカリブーという魔獣、バンブーカリブーというその名前だけを聞くと弱そうな魔獣という印象を受けるのだが、その角は鋼鉄のように固く、それをロケットのように発射してくるのだから質が悪い。
正直、フレアさん達でも手こずる相手なのではと、僕は素早くその戦いに加わろうとしたのだが、いざ近付こうとしたところ、これも修行や試練の一環なのだろうか、二人から少し離れた位置にいたエレイン君にストップをかけられてしまった。
どうやらフレアさんが実際の魔獣と戦って実践感覚を取り戻したいとエレイン君にわがままを言ったみたいだ。
そして、エレイン君達の判断は――というか、最終的にはソニアの判断らしいのだが――どうせ、邪魔されるのなら、フレアさんに戦わせて、もしもの場合は自分達が割って入ればいいという結論になったそうだ。
ふむ、そういうことなら仕方ない。
だったら僕もエレイン君達に習ってと、フレアさん達がピンチに陥りようならすぐに介入できるように、片手に風のディロックを握りしめて、飛んでくる角を回収しながらも観戦することにする。
そうして待つこと暫く、バンブーカリブーの動きが目に見えて悪くなる。
たぶん、メルさんが隙を見て放っていた〈毒弾〉がその効果を発揮しだしたのだろう。
そして、そんなことは戦っている本人達が一番わかっている。
メルさんがここがチャンスと〈毒弾〉を連射。
大量に撃ち込まれた〈毒弾〉によって、足元がおぼつかなくなてしまったバンブーカリブーの動きを見て、フレアさんが一気に距離を詰める。
しかし、バンブーカリブーの方も殺されてたまるかと必死の抵抗。角ミサイルを大量発射して、弾幕を張りフレアさんの接近を妨害。
だが、それも長くは続かない。
メルさんの毒の影響から、徐々に角の再生が追いつかなくなってゆくバンブーカリブー。
フレアさんはその薄くなった弾幕をすり抜けて一閃。
最終的に首を落とすことで決着と相成ったみたいだ。
そして――、
「お疲れ様でした」
「――っ、虎助か……、
いや、これくらいの相手ならば全く問題ない」
背後からポーションを差し入れる僕にフレアさんが一瞬見を固くしながらもそう言ってくる。
相当集中していたんだろう。普通に歩いて近付いた僕の存在に全く気付いていなかったみたいだ。
しかし、メルさんともどもかなり息が上がっているその姿を見る限り、『これくらいなら全く問題ない』と言って返してきた言葉は強がりにしか聞こえないのだが――、
まあ、フレアさんが自分でこう言っているのだから、そういうことにしておいてあげよう。
「それでどうします?」
「どうしますとは?」
「いや、このバンブーカリブーの素材はどうするのかと思いまして」
微笑ましげにフレアさんの言葉を受け流して僕が訊ねるのは、目の前に倒れるミサイルランチャー搭載の巨大カモシカの処分方法。
しかし、フレアさんはその意味がいまいちピンときていないようで、
「ふつうに買い取りでいいのではないのか?」
「そうですね。メルさんがどんな毒を使ったかにもよるんですけど、肉なんかは全て買い取りでも問題ないと思います。
でも、皮は防寒着や防具に、角や骨は武器や小道具に加工できるんですよ。
そっちも買い取りにしてしまいます?」
基本的にアヴァロン=エラに迷い込んでくる魔獣は強力な個体がほとんどだ。
だから、その素材を使えばかなり上位の装備を作れますよと聞くと、フレアさんは少し考えて、
「ならば、俺以外の三人の防具と――、あと、出来ることなら武器も頼めるか?」
つい最近新調したばかりのフレアさんはここは残り三人の装備刷新をと頼んでくる。
しかし、そのお願いの最後で言葉を濁したのは、あまり強力な武器は売りたくないという万屋の基本方針を知っているからだろう。
でも――、
「大丈夫ですよ。常連のフレアさんの頼みですからね」
万屋であまり真っ当な武器を売っていないのは、その武器が戦争やらなんやらと、ドロドロとした人間同士の戦いの切り札なんかに使われることを防ぐ為だ。
フレアさんはそんな変なことにはここの武器を使わないだろう。
だから、フレアさんから頼まれれば武器を作るのもやぶさかではないのだが、
「ただ、適当にといわれても――、
なにかリクエストとかはあったりしますか?」
特に指定もなく武器と防具を作ってくれと言われても困ってしまう。
まあ、本来なら、この要望は武器や防具を装備する本人に聞くのが一番なのだが、残念ながら今この場所にいる当事者はメルさん一人だけ――ということで――、
「たしかにな。メルはどう思う?」
メルさんに向ける僕の視線に合わせてフレアさんがそう問いかける。
すると、メルさんは深く考える様子もなく。
「防具は全員胸当てみたいなのでいいと思う。あんまり重いと動きづらいから」
たしかに、装備するのは女性三人で、特にティマさんとポーリさんは完全な後衛職だ。あまりゴテゴテした防具を装備するのは難しいだろう。
「でも、武器の方は少し難しい。
ティマとポーリは杖でいいと思うけど、私が使える武器がこのトナカイの角から作れるの?」
メルさんがメインで使っている武器はナイフである。
魔法をメインに使う二人は杖でいいとして、この大きなバンブーカリブーの角から他にどんな武器が作れるのかと聞いてくるメルさんに、
「そうですね。シンプルに行くならこの角を削ってナイフやクナイを作ることですかね。
後は先っぽの部分を短く切り取って警棒みたいにしてみたり、同じく先の部分で刺突武器なんかも作れますか、他には鉄のように硬いと言えども竹だけに、竹刀? 竹光? いや、ここは素材の特性を生かして鉄扇がいいですか、総竹作りの扇子ってのもありますから、珍しい暗器になると思いますよ」
考えられるだけでもざっとこれくらい、思いつく限りの武器を並べ立てる僕に、メルさんが気になったのは最後に言ったキワモノ武器だったみたいだ。
「鉄扇?」
いや、首を傾げるこの反応はどっちかというと上手く伝わらなかったのかな。
フレアさんの世界にも似たようなものはあるかもしれないが、それが武器という認識がなければ、〈バベル〉もうまくその効果を発揮できていないのかもしれない。
だから、「こういうものですよ」と、インターネットで拾ってきた実物の映像を魔法窓に映し出して見せてあげたところ。
「王族などが使う冷風の魔具だな。それが武器になるのか?」
王族が使う冷風の魔具? アラビアンナイトとかに出てくる王様が仰がれてるようなでっかい孔雀の羽を使った団扇みたいなのかな。
しかし、フレアさんの言うこともあながち間違ってもいなくて、
「そうですね。魔法式を組み込めば、フレアさんの言うような、魔導器的な扱いもできるでしょうが、基本は打撃武器ですね」
「打撃武器?」
「はい。その扇子というやつは開いたり閉じたり出来るアイテムでして、完全に閉じた状態で使えば、素材の重量にもよるんですけど、棍棒のように扱えるんですよ」
オウム返しに首を傾げるメルさんに、僕は回収した角ミサイルの一本を持ってコンコンと叩きながら言う。
「それに、素材の強度が高ければ開いて、ちょっとした盾のように使えますし、その見た目から、武器が持ち込めないような場所にも持って行けて便利ですよ。羽の部分に魔法式を刻み込めば、魔力を流して扇ぐことで魔法の効果を発揮させられますから」
「それは、確かにメルにぴったり武器なのかもしれないな。
メルはそういう武器を使うのが上手いからな」
「いいかも」
おっと、メルさんはいつの間にか暗器使いになってしまっていたみたいだ。
「まあ、ちゃんと鉄扇として使えるものになるかは実際に作ってみないと分かりませんけどね」
バンブーカリブーの角はその強度からして鉄扇の素材として使って問題ないとは思うのだが、生体素材だけに薄く加工した場合にもろくなってしまう可能性もある。
だから作ってみないとハッキリしたことは言えないのだがと、僕は答えながらも続けて、
「因みに、どういう魔法式を組み込んで欲しいとか、リクエストがありますか?
まあ、一つはカモフラージュに冷風を入れることは確定だと思いますけど」
「お任せで」
組み込む魔法式はどうするのか、そう訊ねる僕に、メルさんは考える素振りも見せずに『お任せで』と丸投げをしてくる。
適当なようではあるが、それは僕達万屋を信頼してくれているということで理解していいと思う。
そもそも、万屋の常連であるメルさん達は既にいくつもの万屋製の魔導器を持っているし、他にも重要度は低いもののそれなりに使う魔法は〈メモリーカード〉に魔法式が保存されているのだから、ここで特段これといったリクエストは無いのかもしれない。
と、一通り作る装備の方向性が決まったところで、フレアさん達は訓練に戻り、僕はバンブーカリブーを担いだエレイン君達を引き連れて工房へと向かい、工房の施設の一つ、解体場で手早く解体を済ませて、錬金術を使っても加工に時間がかかる皮の処理をエレイン君達に託し、僕はすぐ近くの小工房に移動、角の加工に入る。
とはいっても、ティマさんとポーリさんの為に作る杖は、エレイン君達が共有する情報ネットワークの中にあるおおよその身長データから、彼女達にちょうど良さげな長さに切り取るだけの簡単なお仕事だ。
しかし、さすがにこのままだと、どこかの副将軍が持っている杖みたいでティマさんとポーリさんには似合いそうにない。
だから取り敢えず僕は竹状になった角の節の部分が目立たないようにと、アダマンタイトヘッドを取り付けたペンサンダーでヤスリがけ、魔力の通りを良くするべく錬金術を使ってミスリルコーティングした上で、杖の頭にテニスボールサイズの〈インベントリ〉をセット。
後は各方に登録する魔法を選んでもらえばそれでいいだろう。
さて、微妙にデザインが違う魔法の杖を二本仕上げたところでメルさんに頼まれた鉄扇作りに入る。
先ずは杖に使わなかった角の根本の太い部分を八等分にする。
因みに、バンブーカリブーの角は、名前そのまま角の内部が竹のように空洞になっている。
たぶん、この金属のように硬く重い角で首を傷めないようにと、中を空洞にして軽量化を図っているのだろう。
そんな竹筒状の極太トナカイ角の一片を、これまたアダマンタイト製の刃を取り付けたチップソーでスライス。
スライスされたものを更に削って形を整え、中骨と扇面を一体化させた薄い板を作り、それをミスリルの金属糸でつなぐことによって一枚の扇子にしようと思う。
そして、近くにいたエレイン君に手伝ってもらいながら作業すること三十分ほど――、
それぞれの羽が完成したところで魔法式を刻み込むことにする。
この作業は素人が聞くと難しそうな作業なのだが、万屋の和室に置いてあるパソコンから鉄扇として使うのに適当な魔法式を引き出してプリントアウト。枠線の中を塗り潰していくだけの作業なので僕にもできる。
因みに、この時使う塗料は前に義父さんのベルトのバックルに使ったムーングロウを混ぜた塗料である。
今回鉄扇に仕込んだ魔法式は〈風波〉〈冷却〉〈浄化〉〈鎮静〉〈流水〉の五つ。
一見、大したことのない魔法のようではあるが、たとえば〈冷却〉と〈流水〉とか、それぞれの魔法の組み合わせを考えれば戦闘にも使えるものとなっている。
と、魔法式を書き込んだ羽とそうでない羽と合わせて十枚のパーツを完成させたところで組み立てだ。
ちょうど羽と羽が重なる位置に魔法式がくるように羽を重ね合わせてミスリル糸で繋げていく。
そして、要を揃えて、こちらはミスリルとは少し違う銀合金を魔法金属化させたもので作ったの軸で固定すれば扇子本体は出来上がり、最後に魔力を効率的に流せるようにと、ミスリルの金属糸を混ぜた房を取り付けて仕上げとなる。
後は処理を終えた革の鎧のデザインを悩みながらもしてみたりしてと、その日は制作に没頭して――、
翌日、完成した装備をメルさんに試してもらう。
「こんな感じですけど、どうですか?」
「いい感じ」
受け取った魔導扇子を振り回し、書き込まれた魔法式がきちんと発動できるか確認した上で、満足そうだ。
そして――、
「後はここにはいないお二人の装備なんですけど」
「そうだな。これなら二人も満足してくれると思うぞ」
これは二人に見てもらわないと――、そう言って見せた装備に何故かフレアさんが太鼓判。
まあ、あの二人なら、フレアさんがプレゼントしたものなら、なんでも満足してくれるかな。
僕は完成した杖と防具を手に嬉しそうにするフレアさんを見て、そう苦笑するしかなかったのであった。
◆今回登場した武器
〈鉄角扇〉……鉄のように硬い鹿の角を使って作った鉄扇。その扇部分それぞれの内側には隠されるように魔法式が刻まれていて、軸に取り付けられたミスリルの糸で同時発動させることにより、強力な魔法を作り出すことができるようになっている。
〈鉄角杖〉……鉄のように硬い鹿の角を使って作った杖。その頭には巨大なインベントリが仕込まれており、数多くの魔法式を記録しておくことが可能で、短いキーワードや規定された魔力の流れを伴った動きによって素早く魔法を発動させることができる。
◆次回は水曜日です。