勇者に課す試練・マリィの場合
◆すみません。予約投稿に失敗していたみたいです。少し遅くなりました。
フレアさんが復活してから一週間、
その間、聖剣・聖槍の性能実験をやってみたり、ちょっとしたポーション講座をやってみたり、破産したティマさんが自分の世界に帰ったりと、いろいろなイベントがありながらも、フレアさんの調子もすっかり元通りに、
現在は遠距離魔法の習得に邁進しているところだ。
「随分と様になってきましたね」
「当然だ。俺も努力してきたからな」
場所は常連のみ入れる工房側の訓練場、フレアさんからの手から発射される水の散弾を見て、僕がそう声を掛ける。
復活からすぐに魔法銃によって水の魔法を飛ばすことを覚えたフレアさんだったが、やはり長年染み付いた意識の改革はなかなかに難しいらしい。
銃を使わずに同じく水弾を使おうとすると、どうしても遠くまで飛ばすのは難しいとのことで、ならばフレアさんのイメージに合わせようと、中距離の牽制に使えるようにと適当な魔法式を見繕って魔法銃に込めてみたのが功を奏したみたいだ。
もう、すっかり補助無しでもこの魔法が使えるようになっている。
フレアさんの魔法も随分と様になってきた。そう確認したマリィさんは「ふむん」と鼻を鳴らして、
「さて、私の出番ですわね」
「出番?」
ズイと前に出ていくマリィさんにフレアさんが頭上に大きな疑問符を浮かべる。
「貴方――、つい数日前に私が言ったことを忘れましたの。試練を受けるのでしょう」
「そうだったな」
それは本気で忘れていたのか、はたまた冗談か。……たぶん前者だろうなあ。
悪びれることもなくマリィさんの言葉に笑うフレアさん。
しかし、僕の課した修行は一応合格点。これからも魔法の練習は続けるとして、ここでマリィさんが課す試練(?)がお披露目になるのだ。
でも、マリィさんが考える訓練か、あまりいい予感はしないんだけど、大丈夫かな。
そんな僕の心配を他所にマリィさんが提案した修行内容は――、
「私が提案するのはマオとの戦闘ですの。
マオに魔王の実績があるというのは業腹ですが、せっかくあるものは利用してこそなのです。
フレアにはマオに勝てる男になってもらいますの」
勇者を自称するフレアさんにとって魔王という存在はどうしても超えなくてはならない壁のようなもの。この修業を終えたのち、フレアさんがどうするのかはまだ聞いていないが、おそらくこれは避けて通れない道なのだろう。
「でも、魔王様はそれでいいんですか?」
僕が話しかけるそこには、黒虎タイプのスクナであるシュトラを頭の上に、少しソワソワと体を揺らしている魔王様がいる。
今日は珍しくゲームをしないでフレアさんの訓練の見学をしているとは思っていたのだが、マリィさんの口ぶりからするに、魔王様はマリィさんに連れられてきたみたいだ。
しかし、魔王様は基本的に争い事があまり好きではないのだ。
だから、魔王様がもしマリィさんに無理やり連れられてここにいるのだとしたら、いまや懐かしのアダマーのディストピアでも貸し切りにして、マリィさんの言うように魔王相手の修行が出来るようにするのだが。
僕はそうも考えたりしたのだが、魔王様にとってフレアさんは良き友人の一人であるのだろう。そして、マリィさんにお願いされては断る選択肢はなかったのだろう。「……ん」と、特に気にした様子も見せずに頷き、フレアさんの相手をしてくれるようで――、
「でも、そのまま戦うのは危ないですよね」
「そうだな。いくら彼女が【魔王】という実績を持っているとはいえ、女子に手を挙げるなど俺の主義に反する」
正直言うとフレアさんの主義主張などどうでもいい。
どっちかっていうと僕が心配しているのはフレアさんの方だ。
しかし、それは知らぬが仏というもので、
そうなるとだ。
さて、どうするか――、
僕が悩んでいたところ。
「虎助、アレですの。以前、特殊部隊、でしたか? 虎助の世界の兵士が訓練していたあのシステムを使えばいいのです」
「そうか、アレがありましたね」
ふむ、マリィさんも何も考えずに魔王様を巻き込んだ訳では無いみたいだ。
確かに、あのゲートの結界の耐久値をダメージの肩代わりに、お互いにそれを削り合うというバトルシュミレーターとも呼ぶべき一つの魔法システム。あれを使った実践訓練なら二人の安全確保も簡単に出来るし、なにより魔王様がここにやってきた理由もなんとなくわかる。
そもそも、魔王様の圧倒的な防御力の前ではフレアさんの攻撃なんてほぼ役に立たないからね。マリィさんはそれも計算に入れてこの修行方法を考えていたのだろう。
と、僕は意外と考えていたマリィさんの提案に感心しながらも、フレアさんは初見であろうゲートの結界を利用したバリアブルシステムを実践込みで説明。
「さて、魔王様の武器はどうしましょうか」
「……虎助が決めて」
戦闘には武器が必要だ――という訳ではないのだが、単純に魔王様に武器を持たせることで、お得意の魔法戦闘だけではなく、近接戦闘を行ってもらうことにより、フレアさんへのハンデとしてしまうというのはどうだと訊ねる僕に、魔王様が一言こう返してくる。
しかし、決めてと言われましても――、
こういうのは自分のしっくりくるものを選んだ方がいいと、僕としてはそう思うのだが、まあ、魔王様たってのリクエストだ。ここは断る訳にもいくまいと、僕はフレアさんの修行の手伝いについてくれているエレイン君を介してバックヤードにしまってあった武器をいくつか取り出してもらう。
「マオのスタイルを考えると下手な武器はいらないのではありませんの?」
地べたに並べられた武器を見て、そう言ってくるのはマリィさんだ。
たしかにそれはマリィさんの言う通り、魔王様の真骨頂は魔法戦。それを考えると本来なら下手に武器を与えるよりも、魔法をブーストすることができる杖などの武器を渡すのが正しい選択だろう。
しかし、今回の戦いはあくまで訓練。ただでさえ強い魔王様の魔法を強化してしまったら勝負にならなくなってしまう。
だからここは――、
僕が手にしたのは義姉さんに渡そうと思って作ったグローブのスペア。
これを使いこなせるようになれば魔王様の戦術の幅も広がるかもしれないし、単純に体が小さく近接戦闘などあまり行わない魔王様でも扱いやすい武器といえばこれくらいしかなかったのだ。
そして、もう一つ決め手となったのが、グローブなら比較的簡単に相手を殺してしまわないように戦うことができるという点だ。
いや、それ以外にも、グローブ内部に魔法式を込めたプレートを仕込むことができるグローブはいろいろと改造がしやすいこともあったりする。
もしもこの訓練で魔王様がこの武器を気に入ってくれたら、後で本格的なグローブは後で作り直してプレゼントするのもいいんじゃないかと、そんな計算まで頭の片隅で考えながらも、一応の武器が決まったところで訓練の開始となるのだが、その前にフレアさんから一つ確認があるみたいだ。
「おい虎助、武器が決まったのはいいのだが、魔王殿の防具はいいのか?
俺は虎助に作ってもらったドラゴンメイルがあるからいいが、マオ殿はなにもつけていないようだが」
「ああ、そちらの方はたぶん大丈夫かと、バリアブルシステムはオーバーキルに備えて結界の強度を強めに設定してありますし、魔王様の服はアラクネのミストさんが自分の糸を使って丹精込めて作ったものですから」
「成程――、
と、アラクネだと!?」
魔王様の服がアラクネ達の糸で作られていると聞いて驚くフレアさん。
「はい、なにか問題があったりします?」
もしかして過剰装備だったかと思って聞いてみたところ、フレアさんの世界でアラクネは『森の死神』と呼ばれていて、恐怖の象徴として知られている存在だという。
たしかに、アラクネという種族は素の戦闘力が高く、その特殊な戦い方から、巣での戦闘力はかなり高いと聞く。
しかし、僕が知るアラクネさん達は、みんながみんな優しい性格をしていて、特にそのリーダーであるミストさんはおっとりとしているといった感じで、普通に素敵なお姉さんって感じだと僕がそう言うと、フレアさんは「ううむ」と唸って考え込んでしまい、マリィさんがなにやら微妙な顔をしてこう聞いてくる。
「以前から思っていましたが、虎助は随分とミストのことを買っていますのね?」
「まあ、義姉さんに母さんと、僕の周りには『強い女性』ばかりですからね」
義姉さんに母さんと、ああいう気性の女性に囲まれて育ったせいか、ミストさんのような優しげな女性を見ると、『ああ、やっぱりちゃんとこういう女性もいるんだな』と再確認させられて、ホッとするのだ。
と、そんな僕の答え納得いったのか、それともそうでないのか、フレアさんに続いてマリィさんも難しそうな顔になってしまったところで魔王様の準備が整ったみたいだ。
まるで手術前の外科医のようにグローブの手首側を掴み、指をにぎにぎとグローブに手をなじませるようにしながらも、魔王様はフレアさんの正面、十メートルほどの位置に立って、
「では、始めましょうか」
「うむ、そうだな」
仕切り直すようにそう言うと、フレアさんが僕の声に顔を上げ、少し偉ぶりながらもそう頷き、手を掲げて一呼吸、僕の「始め!!」という合図で勝負の火蓋が切られる。
すると、そのタイミングに合わせて先に飛び出したのはやはりというかフレアさんだった。
予め実演して見せた甲斐もあってか、バリアブルシステムの守られているという安心感があるのだろう。思いっきり魔王様に斬りかかる。
一方の魔王様はというと、フレアさんの攻撃を最小限に抑えようとしているのか、魔王様らしい歩くようなステップでフレアさん目掛けて高速移動。
スルリと懐に潜り込んで脇腹への一撃を狙う。
だが、魔王様の一撃は届かない。
パワーやスピードはあっても肉体戦闘など殆どやったことがない魔王様の動きは、結局、素人の動きなのだ。
かたや、素早く逆サイドに逃れたフレアさんがその勢いを利用して回転斬りを放っていく。
すると、カシュッと陽だまりの剣が魔王様を守る結界に接触、魔王様のバリアゲージが僅かに削られて、
しかし、魔王様もやられっぱなしではなかった。
自分の守るバリアは削られてしまったものの、かかる衝撃は軽いものだと、攻撃後の隙を狙って魔力を込めた拳撃を放つ。
そんな魔王様の素直な攻撃を、フレアさんは陽だまりの剣に合わせて新たに追加した小さめのカイトシールドで防ぐ。
だが、そこは魔王様が魔力を込めたパンチ。
まるで中国拳法の発勁のごとくその衝撃が浸透し、フレアさんの体を軽く吹き飛ばす。
そして追撃。魔王様がくるっと一回転、前方に大きく追いすがるような後ろ回し蹴りを放つ。
おお、魔王様の今の動きは様になっていたんじゃないのか。
僕は魔王様の流れるような攻撃にそう思いながらも、
しかし、今の動きは――、
「もしかして魔王様はゲームの動きを真似してるんですかね」
「どういうことですの?」
ふと思い当たった可能性を呟くと、隣で観戦していたマリィさんが、わさっとそのボリューミーな金髪ドリルを揺らして聞いてくる。
僕はそんなマリィさんからの質問に、有名な格闘ゲームになるとモーションキャプチャーで格闘家の動きを読み取ったりとかそういう事をしていると、もしかすると魔王様はその動きをお更に真似て戦闘に取り入れているのではないかと自分の推理を語りながらも。
「しかし、やっぱり剣を持ってる方が有利ですよね」
剣道三倍段とは、武術経験があるものならどこかで聞いたことがある言葉だと思う。
これはもともと剣術と槍術の差をそう表したという言葉なのだが、やっぱり拳のみで戦う魔王様と、片手剣とはいえ、剣をメインに戦うフレアさんとではリーチが違う。
「ですが、マオには魔法という武器がありますの」
そうだ。マリィさんの言う通り、魔王様には魔法という遠距離攻撃の手段がある。
だが、今のところ魔王様は魔法を――って、
そういえば――、
「あの、二人共――、これは試合みたいなものですけど、普通に魔法を使っても構わないんですよ」
外野から差し込まれたその言葉にハッとする二人。
魔王様は初めての格闘戦に集中しすぎた所為か、フレアさんの方は単純に忘れていただけだろう。
いや、もしかすると、二人共、単に雰囲気に飲まれていたとか――。
まあ、どちらにしてもだ。僕の声がきっかけとなり魔法が解禁された。
すると――、
「さすがに何でもありとなったら魔王様が圧倒的ですね」
「マオの魔法は多彩で強力ですから」
〈聖盾〉による鉄壁の防御に植物を呼び出し、そして、精霊魔法でいいのかな。呼び出した光球でフレアさんを牽制して、それに気を取られている隙をついて可愛らしいパンチを当てていく。
手札の数がまるで違うね。
かたや、フレアさんはというと魔王様の猛攻に耐えきれずに徐々に押されていき。
ついには防御するのが精一杯となって――、
いくつかのクリーンヒットをその身に浴びたところで、パリンとガラスが砕け散るような音が響く。
そして、魔王様の頭上に『WINNER』の文字が踊り、ぬん。と両腕を掲げて決着。
結局、魔王様の完勝だったね。
一方、やられた勇者様はというと、バリアによって体にはダメージがないにも関わらず、クッコロとありがたくない幻聴が聞こえて来そうな感じで悔しそうに四つん這いになり。
「まあ、一度目はこんなものですか」
「マオも本気ではありませんでしたからね」
「本気じゃないというよりも本調子じゃないという感じでしたけど」
僕とマリィさんの呑気な会話を聞いて、「なん、だと――」と、またお約束なリアクションをしたフレアさんは、
「もう一戦、もう一戦たのむ」
これも以前見たようなリアクションだね。
「……ん」
そして始まるエンドレスバトル。
その後、完全に日が暮れるまでの間、徐々に調子を上げていく魔王様にフレアさんはめちゃくちゃにされることになるのだが、この時の彼はまだそれを知らなかった。
◆今更ながらの補足説明
〈バリアブルシステム〉……ゲートの結界機能を利用したバトルシステム。イズナが鍛えることを任された特殊部隊の訓練の為にソニアが急遽追加した結界機能。特定のフィールドを設定して、その中にいる人物それぞれに外骨格のような結界を発生させるシステム。結界の色は無色透明だが、攻撃を受けるとその部分が赤く変色する。設置式の結界とは違って対象に付与するタイプの為、その強度は低い。結界強度の半分以下を100%として擬似的な真剣勝負を楽しむことができる。それぞれの肉体強度に、それぞれの魔力の保有量などと、様々な項目で結界の強度を変えるなどのカスタムが可能で、ゲームのように体力ゲージを表示することもできる。
◆次話は水曜日に投稿予定です。