聖槍
「あら、珍しい三人が揃ってどうしましたの?」
フレアさんの復活から数日経って、僕とフレアさんと賢者様が一般のお客様は使わない工房側の訓練場で唸っていると、店番をしているベル君から僕達がここにいると聞いたのだろう。訓練場に入って来たマリィさんが聞いてくる。
因みに今日集まってもらっている男性陣の中に元春の姿がないのは、昼休みにちょっとやらかして生徒指導室送りとなったからだ。ついでに友人数人も同じくドナドナされていったんだけど、一体何をやらかしたんだろう。
とまあ、残念な幼馴染+αのことなどどうでもいいとして、問題は僕達が作る輪の中心にある神々しくも澄んだ青銀の光を放つ西洋薙刀である。
「実はですね。オーナーが聖剣に続いて聖槍も作ってみたそうなんですけど、その試用にちょっと困っていまして――、フレアさんは槍を使わないそうですし、賢者様は言わずもがな、僕も槍はあまり使ったことがありませんから、どうしようかと相談していたところなんですよ」
誰にでも使えるようにって考えて扱う人がいないというのはこれいかに――、
そして、言わずもがなというのはちょっと言い過ぎだったのだろう。賢者様が地味に文句を呟いてくる中、その話を聞いたマリィさんが「ふむ」と一考、言ったのは、
「槍ならばトワが得意ですの」
「「トワ?」」
マリィさんの口から出たトワさんの名前にフレアさんと賢者様が声を揃えて首をかしげる。
そういえば、この二人はマリィさん付きのメイドさんに会ったことがなかったんだっけ?
僕はフレアさんと賢者様がマリィさんの城のメイドさん達と面識ないことを思い出して、
「マリィさんのお城で働いているメイドさんですよ」
二人に言うと、
「リアルメイドがいるのかよ」「メイドが槍を使うのか?」
賢者様の反応は予想通りとして、フレアさんのそれは改めてそう言われると違和感があるね。
「あら、側付きのメイドが戦闘能力を持っているのは常識ですわよ」
「そうなのか」
しかし、マリィさんの世界ではそれが常識なんだろう。『なにを不思議がありますの?』と、そんな表情を浮かべるマリィさんに、フレアさんにもなにか心当たりでもあったのだろうか、『言われてみれば――』とすぐに納得したように腕を組み。
一方、僕はといえば、身近に実験台――もとい、使ってくれる人がいるのならそれに越したことはないと、マリィさんにお願いしてトワさんを連れてきてもらうことになったのだが――、
数分後、マリィさんに連れられてやって来たメイドさんはトワさんだけではなく、もう一人、見たことがない小柄のメイドさんがいて、
「ええと、そちらのお客様は初めてのお客様ですよね」
「はい。スノーリズと申します。この度、私共も姫様にご厄介になることになりまして、こちらに参ることもあるかと思い、ご挨拶をさせていただこうと姫様に同行を許してもらいました」
「これはご丁寧にありがとうございます。僕はこの万屋の代理店長を任される間宮虎助です」
つい口にしてしまった問い掛けに、スノーリズを名乗る妙齢のメイドさんがそのアイスブルーの髪を揺らし頭を下げてくれる。
僕はご丁寧なスノーリズさんの挨拶に「おっと、申し遅れました」と簡単な自己紹介。
その後、軽く話したことによると、スノーリズさんはユリス様のお付きとしてベルダード砦に軟禁されていたメイドさんだそうだ。
ルデロック王に任せた交渉も無事に終わったようで、無事にマリィさんが暮らすガルダシア城へのお引越しが完了したみたいである。
そういえば、冬休みの終わりに貸し出した魔動機が帰ってきてたんだっけ?
因みに、ここで出てくる魔動機というのは、最近手に入れたボルカラッカという空魚型の巨獣の全身骨格を使ってソニアが作った超巨大な魔法の箒ことである。
これはボルカラッカの全身骨格をそのまま生かした魔動機で、ソニアと僕がいろいろと趣味を追求した結果、魔法の箒の範疇を越えた巨大空魚型の飛空艇みたいになってしまった乗り物だ。
と、僕がスノーリズさんの話に調子に乗って改造に改造を重ねた魔法の箒(?)の存在を思い出し、あれはあれでちゃんと役に立ったんだなと安心しながらも、その間に、フレアさんに賢者様、そしてトワさんにスノーリズさんと、それぞれ知らない人同士の自己紹介も終わったようなので、
「では、トワさん。これをお願いします」
「これは?」
さて、ここで本題に入りましょうかと僕が突き出した聖槍にトワさんが困惑気味に訊ねてくる。
そんなトワさんの反応に、僕が『どういうことなんですか』とマリィさんに訊ねるような視線を向けてみると、どうやらマリィさんは詳しい説明をせずにここにトワさんを連れてきたみたいだ。
しれっと詳しい話は僕の方からと説明を押し付けてきたので、僕が改めて、どうしてトワさんにここに来てもらったのかを聖槍を見せながら説明したところ。
「あの、聖なる武器とは選ばれた者しか扱えないものなのではありませんでしたか?」
うん。これも説明しないといけないね。
「これは誰にでも使えるように改良したものですから、トワさんにも扱えると思いますよ」
「その、誰にでも使えるとは?
虎助様のお話を信じるのなら、これは聖槍なのではないのですか?」
選ばれし者だけが使うことを許される聖なる武器が誰にでも使えるとはどういうことなのか? この二律背反のような言い回しで質問してきたのはスノーリズさんだ。
信じられない話を聞いたとばかりに聞いてくるのだが、はたして聖なる武器に対して昔ながらの考え方を持っているだろうスノーリズさんに、聖剣と精霊の関係、エレイン君達や〈スクナカード〉の開発によって獲得した精霊を宿したゴーレムコアの技術、そして、本物の聖剣であるエクスカリバーさんの協力によって汎用型の聖剣を創り出すことに成功したなんて事実を伝えたところで信じてもらえるだろうか。
僕は『説明したところでたぶんすぐには信じられないだろうなあ』と、スノーリズさんからの質問を「そういうものだと思ってください」と自然な笑顔で受け流し、実際に使うところを見て判断してもらおうとトワさんに聖槍を手渡す傍ら、聖槍を覗き込んできたマリィさんから聞かれたことに答えていく。
「それで虎助、この聖槍にはどのような精霊が宿っていますの?」
「朝露の原始精霊ですね」
陽だまりの精霊がエクスカリバーさんによる推薦とするのなら、こちらはディーネさんから推薦された原始精霊だ。
そう、この簡易版聖剣および聖槍の制作には、このアヴァロン=エラに顕現している力を持つ精霊の存在が関わっているのだ。
幸運にも彼女等との友誼を結ぶことができたソニアが彼女達にお願いして、ある程度、指向性を持った精霊を素体となる剣に宿ってもらうことに成功したのだ。
まあ、高度な自我を持った精霊がエクスカリバーさんの他に、工房裏の井戸に住み憑くディーネさん、後はドライアドのマールさんしかいないので、聖剣の核となる原始精霊は必然的に、彼女達が属する光・水・樹の三属性に限られるのだが、この簡易版の聖なる武器の制作は、あくまでソニアの興味によって行われているのだから、武器の性能などに拘る必要はないのである。
「それで、その聖槍はどのようなことが出来ますの?」
「それは使ってみないとわかりませんね」
「もしかして、まだ――」
「はい。とりあえず危険がないことを確認しただけで本格的な検証はまだしていない状態ですね」
出来たてホヤホヤの聖なる武器――、そう言ってしまうと妙な安っぽさが出てしまうけど、この聖槍は昨夜、僕が帰る直前になってソニアが完成したと言って持ってきたもので、僕もまだ軽く運用試験をしたくらいの、まだ実戦投入もしていない段階なのだ。
「というか、先程も言いましたけど、ちゃんとした実戦で槍を使える人がいなくてですね」
僕も母さんから鍛えられているからある程度は槍も使えなくはない。
しかし、これを持ってディストピアに飛び込む程の腕ではないことに加えて、属性のことまで考えると、この聖槍を僕が十全に使える訳がなく。
だから、困っていた訳で――、
「了解しましたの。聞きましたねトワ」
そこまで聞けば十分だとばかりに途中で打ち切ってトワさんに声を掛けるマリィさん。
しかし、水を向けられたトワさんはポンと渡された伝説級の武器に、いまだ恐縮しきりのご様子で、
「姫様、そう言われましても、これを私ごときが使うのは――」
うん。トワさんは聖槍というネームバリューにかなり気圧されているようである。
でも、その聖槍はそこまでおごそかな装備でもなくて、
「安心してくださいトワさん。その槍は聖槍といっても伝説に語られるような武器ではありませんから、そうですね。ちょっと特殊なインテリジェンスウェポンだと思って話しかけてから魔力を流し込んでみてください。そうすれば槍に宿っている存在が力の使い方を教えてくれると思うんです」
だから、陽だまりの剣の時はこうだったと、僕が量産型の聖なる武器の使い方を軽く伝授してみると、トワさんは半信半疑といった様子ながらも、言われた通りに『お願いします』と聖槍に語りかけながらも、若干遠慮しているのか、薄めの魔力で槍そのものを覆う。
すると、少しして、トワさんが聖槍を覆うようにトワさん展開した魔力を伝うかのごとく、その周りに水がまとわりつき。
「これは、水の魔法剣か?」
「だな。見たところ魔力を媒介に召喚したって感じになるか、装備者の意思で自由に形を変えられるみてぇだな」
「しかし、それだけのようですわね」
「まあ、自己を確立させたばかりの聖槍ですからね。そんなに強力な力は使えませんよ」
フレアさんに賢者様にマリィさんと、すっかりこの万屋のクオリティに慣れている皆様から反応があがる。
そんな中、やっぱりまだこの空気に慣れていないのだろう、唖然とするようにしながらもスノーリズさんがなにか気付いたたみたいだ。
「あの、その、聖槍でいいのですよね。その槍が纏う水から聖気を感じるのですが……」
聖気というと清浄な魔力とかそういう意味の言葉なのかな?
何か特別な感知能力でも持っているのだろうか、スノーリズさんからご指摘に、僕はスノーリズさん自身の力を気にしながらも、いまは聖槍の検証が優先だと、何も入っていないポーションの瓶で槍にまとわりついている水を採取、〈金龍の眼〉を使ってその液体を鑑定してみる。
すると、
「これは精霊水になっていますね」
「精霊水だと!? ふつうに高級錬金素材じゃねぇかよ」
ここで賢者様の解説が入る。
【東方の大賢者】という肩書の面目躍如である。
「それはなんといいますか、さすが聖槍でいいのでしょうか。
しかし、錬金素材を生み出す聖槍とは、少し間違っているような気もしますが」
そして、スノーリズさんが驚きながらも、聖槍としてその力はどうなのだろうと、自分の発言がきっかけで判明した事実に困ったような顔をするのだが、
「そこは育て方にもよりますね。精霊水には浄化の力もありますからアンデッド特化に、水の魔法を併用して変幻自在の槍としても使えるんじゃないでしょうか」
「ああ、確かに精霊水はそのまま聖水のように扱えるからな。
ちっと勿体無い気もするが水の形状変化を利用してやりゃあ死霊相手なら無双できそうだな」
僕が出したアイデアを賢者様が補強してくれる。
「ただ、どうなるにしても、後はトワさん次第ですかね」
「聖なる武器を自分の好みに育ててゆく。浪漫ですわね。羨ましいですの」
お気楽にも聞こえるマリィさんの言葉にトワさんとスノーリズさんが呆れたようにジト目を向ける。
しかし、マリィさんも他人事のように言っているけど。
「マリィさんも木の聖剣を持っていましたよね。あの木刀はどうなったんですか?」
「ああ、あの木刀でしたら日課の素振りに使っていますの。聖剣で鍛錬すれば剣に関連する実績の獲得が早くなるかと思いまして」
「木刀!? もしや姫様が大広間で訓練に使っていたあれも聖剣だというのですか」
あっけらかんと言ったマリィさんの言葉を聞いてスノーリズさんが慄く。
見た目が観光地のお土産屋に置いてあるような木刀だけに、あれが聖剣だとは気付いていなかったのだろう。
しかし、スノーリズさんがマリィさんに向ける反応が少し過剰なような気がする。
聖槍の性質にもすぐに気付いたみたいだし、やっぱり何か特別な事情があるのかな。
いや、もしかして彼女もマリィさんと同じような趣味を持っているとか――、
僕はスノーリズさんのリアクションにそんな予想をしながらも、
「スノーリズさんにも一つ、聖なる武器を作りましょうか」
まだマールさん由来の聖なる武器も試さないとってソニアも言っていたし、周囲に二本の聖なる武器がある。だったらスノーリズさんがその持ち主になるというのもいいかもしれないと、どこか期待するようにも聞こえるスノーリズさんの声に『聖なる武器を作りましょうか』と提案するのだが、
「私が聖剣の持ち主になるなど恐れ多いです」
スノーリズさんは恐縮しながらも、どこかその否定に力がない。
うん。これはスノーリズさんにもなにか作ってあげた方がいいってことだよね。
「しかし、水の精霊が宿っているというのなら剣の形にしてくれれば、俺が使ったのだがな」
僕がスノーリズさんのリアクションから、やっぱりスノーリズさんもマリィさんと同じような人種なのではないか、そう予想して、それならばどういった装備を作るのがいいのか、取り敢えずソニアに連絡してみようかと魔法窓を開こうとしたところ、フレアさんがトワさんの聖槍を見てポツリとそんな言葉を漏らす。
フレアさんは水の精霊の加護を受けているという。
ならば、その精霊を聖剣に宿した方が自分の力をうまく引き出せるのではと、そんな考えが頭をよぎったのではないだろうか。
でも――、
「あの、フレアさん。そんな事を言っていると、陽だまりの剣が機嫌を損ねますよ」
さすがに聖剣を二本携えるというのは精霊の相性や性格など問題があったりする。
僕が言うのが早いか、フレアさんの腰にぶら下がっていた聖剣のすぐ横に真っ赤なフキダシがピコンと立ち上がる。
そして、それを遅ればせながらにそのフキダシを見つけたフレアさんが「すまない」と慌てて謝るが後の祭り。
その日、フレアさんは陽だまりの剣のご機嫌取りに追われることになるのだった。
◆装備説明
〈聖槍メルビレイ〉……ムーングロウをメインに使ったグレイブ(西洋薙刀)。朝露の精霊が宿っており、水を操り聖水を生み出すことが可能。コミュニケーション能力を持ち、専用アタッチメント(鞘)をつけることで箒への擬態が可能となっている。
◆次話は木曜日に投稿予定です。