久しぶりの来訪者
「テメェ、売れねぇってのはどういうことだよ!?」
細く長い西日の斜線が差し込む万屋の店内、カウンターを乗り越える勢いで荒ぶっているのは迷宮都市アムクラブからのお客様だ。
しゃくれ顎にスキンヘッドという個性的な二人の戦士と索敵役らしき軽装備の青年、そしてキツネ目の女魔導師からなるパーティだ。
因みに軽装備の青年はこの騒ぎに加わっていない。気弱そうだから無理もない。
彼等がどうしてこんなにまで荒ぶっているのかと言えば、それは僕がエクスカリバーを売るのをきっぱりと断ったからである。
いや、正確に言うのなら、きちんとエクスカリバーを抜くチャレンジを成功させた上じゃないと売れないと言ったのだが、僕がそう言った途端、彼等はこうやってクレームをつけてきたのだ。
「ふざけるなよ。剣が持ち主を選ぶなんてありえねぇだろ。どうせ何か仕掛けがしてあんだろ」
「そうよ。こんな小汚い店でそんなおとぎ話みたいな話ある訳ないじゃない」
彼等が憤っているのはエクスカリバーさんに関するこの店の姿勢。
どうも彼等は僕がエクスカリバーを使ってぼったくっていると思っているらしく、こうしてクレームをつけてきているという訳だ。
しかし、小汚い店というのは無いんじゃないかな。
実際、増築というかリフォームして、まだ半年も経っていないんだし、木材だって世界樹とかかなりいい素材を使ってるんだし。
けれど、まあ、彼等の怒りも分からなくはない。
なぜなら僕達としても、たぶん抜けないだろうなぁと思いながらもエクスカリバーチャレンジをしてもらっているんだから。
因みに、エクスカリバーさんはこの騒ぎの前からずっとだんまりである。
エクスカリバーさんもこんな子供の我儘のようなことを平然と言う相手とは言葉も交わしたくないのだろう。
それは、このパーティのリーダーらしき、眼の前のしゃくれ顎の青年がエクスカリバーさんに触ろうとした瞬間、自分に触るなとばかりに電撃が放たれたことからもよく分かる。
まあ、それが彼等の怒りに拍車をかけた結果になるのだが……。
「これ以上、文句をいうようでしたら強制退去となりますが、それでよろしいでしょうか」
「俺は客だぞ」
「それがどうしましたか?」
まさか異世界にまで『お客様は神様だ』なんて間違った解釈が出回っているのだろうか。
因みに、僕達がよく聞く、この『お客様は神様です』という言葉の由来は意外と新しく、1960年代に五輪音頭で有名な歌手・三波春夫がとある対談の席で、歌に対するこだわりを聞かれた際に『聴衆の前で歌う時は神前で歌うような気持ちで歌わせてもらっている』と、そう答えたことから始まっているのだそうだ。
そして、そんなインタビューを見たのか聞いたのか、とある漫才トリオが掛け合いの中に取り入れたことによって一般にも広がり、その言葉をストレートに受け取った一部の人間が、まるで自分が王様とばかりに振る舞った結果、間違った解釈が広まってしまったのだという。
だから、クレーマー側が『お客様は神様だ』と言うのは完全に筋違いというか、自分は勘違い野郎です。と言っているようなものなのだが、そんなお馬鹿さんはどこの世界にでもいるのだろう。
「金を持ってきてんだ。テメェはテメェの商売をしてりゃいいんだよ」
「アナタの知っているお店でしょう。ここは違うというだけですよ」
「テメェ。こっちが大人しくしてりゃあ、つけあがりやがって――」
というか、最初から別に大人しくなかったですよね。
自分勝手にヒートアップしたしゃくれ顎の青年とその仲間が偉そうな態度で迫ってくる。
そして――、
「おい、テメェ等ァ」
「ああ、ここまで馬鹿にされたんじゃ引き下がってらんねぇ」
「そうね。殺しちゃってもいいのかしら」
はい、いただきました殺人予告。
あわあわする軽装備の青年を置き去りに他の三人が武器を抜く。
因みに武器を向けられる僕の背後では元春と魔王様がゲームを楽しんでいるのだが、ゲームに集中しているのだろう、なにも言ってくることもないようだ。
以前なら、元春がギャーギャーとうるさく言ってくる場面なのに、それも全くないなんて、元春も随分と図太くなったものだ。
いや、単にこの万屋の防衛機能を信頼して関わらないようにしているだけなのかな。
僕が珍しく大人しい元春の態度にそんな事を考えていると。
「ああん。何を無視してんだよ。ビビり過ぎておかしくなっちまったか」
おっと、彼等はまだ文句を言っていたようだ。第一クレーマーであるしゃくれ顎の青年が実力行使とばかりに僕の喉元に剣を突きつけて来る。
僕はそんな無作法な彼の行動に対して、危ないなぁと思いながらも、座ったまま抜いた空切でその剣を分断。さっと刀身を回収した上で改めて、
「それでどうやって僕を殺すんです?」
聞くと、たぶん何が起こったのか理解できなかったのだろう。彼等はポカンとした表情を浮かべるも一瞬、一応は|ここ《このアヴァロン=エラに》まで辿り着ける実力を持っているようだ。すぐに精神を立て直して――、
いや、ただ武器を壊されたと思ってキレただけかもしれないな。
「テメェ。よくも俺の剣をォ。おい、アリアンナ」
金切り声をあげるしゃくれ顎の青年。
そして、その声を受けた魔法使いらしきキツネ目の女が「わかってるわ」と答えつつも、持っていた仰々しい杖に魔力を注いていく。
しかし、その魔法が発動されることはなかった。その時にはすでに僕が魔法銃を抜いていたからだ。
そして、銃身を横に滑らせるようにしながら麻痺の魔弾を叩き込んでいくのだが、一人、この騒動の元凶となるしゃくれ顎の青年が弱いながらも麻痺に対する耐性を持っていたようだ。よろめきながらもなんとか麻痺弾の攻撃に耐えるものの、しかし残っているのは彼一人。
正確には恐喝騒ぎにも加わらず、ずっとオロオロしていたレンジャーの青年が残っているのだが、劣勢であるには違いない。
周囲を見渡したしゃくれ顎の青年は、カウンター横、応対スペースのソファーからこちらを気にするようにしているフレアさんを見つけて、
不幸にも彼はフレアさんを人質になにかしようと考えてしまったみたいだ。
来店してから一番いい動きでフレアさんに近付くと、結界できちんと守られているフレアさんの首元にサブウェポンであるナイフを突きつけ、こう脅迫をしてくる。
「おい、コイツを殺られて欲しくなかったら、その武器をこっちに渡しやがれ」
しかし、彼が要求してきたのは魔法銃を渡すことだけ。
たぶん麻痺の魔弾さえ使えればこの万屋から逃げ出せると浅はかな考えをしているのだろう。
でも、そういうことなら別にこの魔法銃を渡してもいいかな。
別にこれを渡したって予備があるわけだし、僕が撃たれたとしても状態異常を引き起こす魔弾は僕の実績でどうとでもできるのだから。
しかし、残念ながらそれも無理みたいだ。
それは何故かというのなら。
「どちらかといえば、僕はアナタの方が心配ですかね」
「ふざっけんなっ!!」
拒絶にも聞こえる僕の返答に叫ぶ青年。
だが、僕は決してとぼける意味でこう言っているのではない。
「ふざけてないですよ。
それよりも首のところを見た方がいいと思いますよ」
「は、はぁん。ああ分かったぞ。そうやって俺を騙すつもりだろ」
僕の指摘にどもりながらも強がる青年。
まあ、このシチュエーションならそう言いたくなるのは分からなくもないけれど、ことは彼の命に関わることだ。
「本当に見た方がいいと思いますよ」
極めて真剣にそう言ったことが彼の心を少し動かすことに成功したのかもしれない。
青年は僕の動きを警戒しつつもチラリ首元に視線を落として二度見。
「えっ」
そして、耳元で囁かれる呪言。
「ねぇ君――、フレアをどうするつもりなの。死ぬの。殺すの。ううん、わかってる。フレアは死なない。死なないけど、あなたがやったことは許されないの。だから殺してもいい。ねえ、聞こえていないの。殺してもいいかって聞いているんだけど。まさか自分だけは殺されないとか思ってないよね。うん。人を殺そうとする人は殺される覚悟を持ってないといけないって聞いたよ。ねぇ、ねぇ、どうなの……」
うん。まさかメルさんがここまでお喋りさんだとは思わなかったんだよ。
ボソボソと囁かれるメルさんの声に滝のような汗を流すしゃくれ顎の青年。
単純に逃げればいいではないかと、もし誰かが、この場面を傍から見たならそう思うかもしれいない。
しかし、残念なことにそれはできない。何故ならメルさんが彼の首にナイフを突きつける時に弱毒の魔法を使って青年の動きを封じていたのだから。
そう、彼はあまりの迫力に立ちすくんでしまったのではなく、本当に動けなくなっているのだ。
そして、この状況に怒っている人物がもう一人いた。
「それで、コイツはフレアになにかしようとしたのよ?」
こちらはメルさんと違って普段通りにみえるのだが、かなり頭にきているのだろう。粗相をした青年の横顔をまるで路上のゴミでも見るかのような目で見ている。
そして、そんなティマさんの問い掛けられたのがきっかけか、それともメルさんがナイフを通じて送り込んでいた毒の威力を緩和させたのか、青年が急に騒ぎ出す。
「なんだよ。なんなんだよ。お前等なんなんだよ。俺は、俺等は『穴熊の二爪』、二級探索者だぞ。こんなことしていいと思ってんのか」
しかし、そんな青年の喚く声などこの二人には届かない。
いや、それでも少し気になることがあったみたいだ。
「ちょっと聞いてもいい。この馬鹿が言う二級探索者ってそんなに凄いの?」
「そうですね。彼の拠点であるアムクラブから来るお客様の年齢層から考えると、この若さで二級探索者というのは、それなりに実力があるんじゃないでしょうか」
西洋人のような顔立ちだけに細かな年齢まではわからないけど、僕よりも少し年上とそんな年齢ばかりのパーティで、アムクラブ近郊に存在する高レベルダンジョンを抜けてここまでやって来れるのだから、人柄はともかく、実力はそれなりのものを持っているのだろう。
たぶん、向こうの世界では期待のホープとかそんな位置付けなんじゃないだろうか。
随分と増長もしてるみたいだし。
「ふぅん。ま、いいわ。どっちにしてもコイツがやったことは許されないことだし」
しかし、僕の憶測にティマさんはそう言って鼻を鳴らすと、メルさんに何やら囁いて、
「もちろん、ここに転がってる奴等も同罪よね」
懐から取り出した水色の魔石を触媒にベル君よりも少し大きめのアイスゴーレムを召喚。
「それじゃ。連れて行くけどいいかしら」
痺れて動けない三人を担がせてからそう聞いてくるので、僕はため息を吐きながらも、
「仕方ないですね。
でも、殺さないようにしてくださいね。こちらにお仲間もいるんですから」
「当たり前じゃない。コイツ等には調子に乗ったことを一生後悔させないといけないから」
店内に残る軽装備の青年を指差し言うと、ティマさんが満面の笑みでそう答え、可哀想な三人がドナドナされていく。
連れて行かれる彼等の表情は恐怖で引き攣り、今更ながらに助けを求めるような視線を送ってくるのだがもう遅い。
そして、痺れた体で声なき悲鳴をあげる彼等とティマさん達を見送った僕はと言えば、
「あの――」
「ひゃい」
声をかけたのは置いてけぼりをくらった軽装備の青年だ。
ティマさん達のおしおきはそれなりに時間がかかりそうなので、ひとり残された彼のフォローをしないといけないのだ。
「あの、彼等の処理に時間がかかりそうなのでよろしければ宿泊施設を提供させていただきますが、どうしましょうか」
「処理って――」
「ああ、いまさっきはああ言ってましたが、一種の脅しのようなものですから、まあ、たぶん生きて戻ってこられると思うのでご心配なく」
僕に話しかけられた軽装備の彼は自分も同じ目に合わされるのではないかと心配していたようだ。
しかし、連帯責任なんてのは古いタイプの体育会系のような悪しき慣習でしかない。勿論、このアヴァロン=エラでは個人の罪が優先される。
だから、彼に罪は無いのだが、
「彼等が心配なら一緒にいることもできますけど」
彼自身が仲間と一緒を望むのなら、それは個人の自由。
しかし、彼としてはそういう意図で言ったのではなかったらしい。
僕の言葉にすぐさまブンブンと激しく首を左右に振って、
「それじゃあ、しばらくお願いします」
因みにティマさんとメルさんに連れて行かれた三人が戻ってきたのはそれから半日後、身体的な異常はなにも見られなかったのだが、その目は完全に死んでいたことだけを記しておこう。
◆次話は水曜日に投稿予定です。