マリオとスクナ
「いらっしゃいませ」
いつもの放課後、いつもの万屋。
日も沈み、そろそろ元春が帰る時間となった頃にそう言って店に入ってきたのは青髪の冒険者マリオさんだ。
しかし、その様子はいつもとちょっと違っていて、
どこが違っているのかというと、それは彼を見れば一目瞭然。彼の肩に小さな女の子が座っていたのだ。
「おや、スクナですか?」
「ええ、先日、買って帰ってすぐに契約してみましたよ」
わざとらしい僕の問い掛けにマリオさんが問題のスクナを指先に乗せて答えてくれる。
すると、そんな遣り取りをする後ろで、元春が「小悪魔ちゃんもなかなか」と馬鹿なことを言い出すのだが、お馬鹿な幼馴染の言うことをいちいち気にしていたら負けである。
「それで今日はどのような御用で?」
「いつも通りこれでカレー粉を――と言いたいところですが、新商品も出ているみたいですね。それらも試しに一定量が欲しいですか」
いつも通り残念な幼馴染の言動に軽く息を吐きだしながら訊ねる僕に、マリオさんはカウンターの近くに設置してある調味料のコーナーを軽く見て金貨袋を差し出して言ってくる。
「〈スクナカード〉はどうします?」
「そうですね。せっかくですからミスリル製のものを五枚ほどいただいていきましょうか」
僕が金貨袋の中身を確認しながら『ポテトもセットでいかがですか』と〈スクナカード〉を勧めると、マリオさんは苦笑をしながらも〈スクナカード〉が欲しいみたいだ。
カウンターのすぐ目の前にある商品棚からマリオさんが持ってきてくれた〈スクナカード〉を加えて再計算。改めて調味料の量を調整したオーダーをベル君にパス。
僕がマリオさんが取ってくれた〈スクナカード〉を包装していたところ。
「あの、この方、どうしちゃったんです?」
マリオさんがカウンター横にある応対スペースのソファで燃え尽きているフレアさんを見て聞いてくる。
やっぱりみんな気になりますよね。
……まあ、それが狙いなんだけど。
「ちょっといろいろありまして精神的に落ち込んでいるんですよ」
「それは大変ですね。
けれど、それならどこか静かなところで休養させた方がいいのでは?」
どう言ったらいいものやら曖昧に答える僕にマリオさんが心配そうにそう言うのだが。
「彼――、フレアさんの場合は引きこもっていてもあまり症状が回復しないとわかりまして、こうして人が少ない時間を狙って店頭に出して反応を見ているんですよ」
そして、マリオさんの肩に止まっていた小悪魔がふわりフレアさんに近付こうとするのだが、
「あっと、危ないですよ」
「えっ!?」
僕はフレアさんの頭の上に止まろうとする小悪魔に手の平を突き出し、素早く割り込みをかける。
滅多にない僕の行動に驚くマリオさん。
「ええと、ゴメンね。
実はいまフレアさんの体にはちょっと特殊な魔法が掛けられていまして、下手に接触すると危ないですから」
僕が小悪魔本人に謝りながらも、向き直ってマリオさんに説明すると、マリオさんが「すみません」と申し訳なさそうな顔で謝ってきてと、そんな一幕がありながらも。
「そういえば最近、向こう側になんか強い魔獣が住み着いているとか聞きましたけど、マリオさんは大丈夫だったんですね」
「それは初耳ですね。僕はスカウトですから、可能な限り戦闘を避けて通るんですけど、情報収集不足でしたか、今回はこの子に助けられましたかね。
実は彼女、相当高い索敵能力を持っているんですよ」
ベル君の方の準備が整うまでにつなぎに僕が出した話題に、マリオさんが小悪魔風のスクナを受け取りながらもそう答えてくれる。
「へぇ、便利そうな特技をもってるっすね。どんな感じの特技なんすか?」
すると、それを耳にした元春が不躾にも彼女の特技を聞こうとするので、
「コラコラ。こういうところで人の手札を聞こうとするのはマナー違反だよ」
僕が注意をすると、元春は「ああ、そりゃそっか、すいませんっす」と頭を下げる。
すると、マリオさんは、そんな珍しくも殊勝な元春ににこやかにも笑顔を浮かべつつも。
「いやいや、ふつうに風の魔法で敵を探知するみたいな力だから構わないよ」
「はぁ、風の魔法で敵を見つけられるんすか、それがあったら俺の仕事も捗るかもっすね」
マリオさんのフォローにまた元春が真剣な顔をしてくだらないことを言い出す。
因みにここでいう仕事というのは元春が所属する写真部の活動のことだろう。
そんな活動にスクナの、しかも魔法を利用した索敵能力を使うなんて才能の無駄遣いなんて気もしないでもないんだけど。
「元春も同じような特技を覚えさせてみたら」
別にこれは元春が部活の仲間と行っている不埒な活動を応援しているのではない。
単純に、このアヴァロン=エラに索敵能力が高い人が増えてくれた方が僕としてはありがたいからである。
と、どこかツンデレ気味にも思えなくもない理由になってしまったが、ここでマリオさんが聞いてくる。
「スクナが特技を覚えることは聞いたんですけど、特定の特技を狙って覚えさせることができるんですか?」
「スクナに宿っている存在がどんな存在なのかにもよりますね。
憶えさせようとしている力がそのスクナにちゃんとみあった力なら、僕達が実績を得られるように特技も覚えられるハズですよ」
言い換えるとしたら才能のようなものか、例えばスクナの中に宿っているのが火の精霊だとしたら、火に関する特技はもちろんのこと、その派生として鍛冶や料理といった火を扱うことによって成立する技能に関わりのある特技が覚えさせやすいといったふうになっている。
と、僕達がスクナの成長について話し込んでいる間にすべての品物が揃ったみたいだ。
ベル君が、黄色い粉やら白い粉、後は濃縮スープが入れられたポーションの瓶が敷き詰められたアタッシュケースを口の中から取り出してくれたので、僕はそこに〈スクナカード〉を入れた封筒を添えて、
「以上でよろしかったでしょうか」
きちんとすべての商品が揃っている事をマリオさんに確認してもらった上で蓋を閉めると、そのアタッシュケースを受け渡す。
すると、マリオさんはそれを肩掛けタイプのマジックバッグの中にしまい、「ではまた――」と軽い会釈でご退店。
「どうしたの? なにか気になることでもあった?」
ゲートへと歩いていくマリオさんの背中を見送る中、隣で難しそうな顔をする元春が気になり、僕がそう聞いてみると。
「いや、俺もあの人みたいなスクナをゲットすべきかって思ってな」
「この前、フーカを仲間にしたばかりじゃない」
聞いて損した。
因みに、フーカというのはお正月に元春が義父さんからもらったミスリル製の〈スクナカード〉から生み出したスクナである。
「フーカにも仲間がいるだろ」
「ライカがいるじゃない」
ライカというのは元春が初めて手に入れたおっぱいスライム型のスクナである。
「ライカはペット枠つーかなんつーか。
とにかく、もう一枚カードを追加しようかなって思ってよ」
「別にいいけど、あんまりライカをないがしろにしないようにね」
精霊にも当然意思はある。あまりに扱いがひどい場合、依代である〈スクナカード〉を捨てて出ていってしまうことだってあり得るのだ。
前にも言った指摘をもう一度する僕に対して、元春はにかっと爽やか(?)な笑顔で親指を立てて、
「そこは大丈夫だと思うぜ。毎晩可愛がってやってるからな」
毎晩って――、それは純粋なスキンシップなんだよね。
普段の元春を考えるとアウトなコミュニケーションをしているんじゃないかという不安が過るけど、それを確認したとして後悔するだけだ。
僕が元春の発言にげんなりしていると、今度は元春の方から質問があるみたいだ。
「そういやあよ。お前のアクアちゃんは順調に育ってるみてーだけどよ。新しい特技とか覚えてんのか?」
「いや、そんなに簡単には増えないから、
でも、マリィさんのファフナーは〈鷹の目〉っていう特技を覚えたみたいだよ」
例の空中要塞からルデロック王のご乱心騒ぎと、偵察要因として大活躍だったファフナーはドラゴン型のスクナなのに何故か〈鷹の目〉という特技を覚えたそうだ。
それを元春に教えてあげると。
「マジかよ。やっぱちゃんとしてれば特技って増えるんだな。
こりゃ、夜のスキンシップを増やすことも考えねーとな」
はてさて元春は自分のスクナに何を覚えさせようとしているのか、僕は欲望に正直過ぎる幼馴染にため息を吐き出して、
「程々にしときなよ」
一言、そう伝えるのがやっとだった。
◆
「ねぇ、バレてたと思う?」
「どうだろうね。飄々としているけど彼は相当の手練だからね。自分を悟らせない演技くらいできるんじゃないかな」
「あの子が大丈夫だったから、この体ならいけると思ったんだけど、ちょっと甘かったかな」
「そもそも君がわざわざ出向く必要はなかったよね。しかもそんな体になってまで」
「だって欲求不満なんだよ。暇なんだよ。遊びたいんだよ」
「別にただ遊ぶだけならあの場所にこだわらなくてもいいと思うけどね。僕達の役割はあそこの監視だけじゃないんだから」
「それはそうなんだけどさ。あそこが一番面白そうなんだもん」
「否定はしないけどね」
「ってゆうかさ。なんであそこにだけ、ああも面白そうなことばっかり起こるのさ。しかも、ここ最近のことだよね」
「多分、なにかしてるんだろうね。それが何かは分からないけど、彼女の目的を考えると故意にそれを引き起こしていることは確実だとおもうよ」
「だったら、その故意を利用してさ、こっちからちょっかいが出せないかな」
「どうやって?」
「それを考えるのが君の役目だろ。
期待してるぜ」
「はいはい。じゃあ、期待しないで待っててよ」
「えぇ~、そこはもっと頑張ろうよ~」