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義姉さんの持ち込み品

 それは凍えるように寒い冬の夕暮れ。

 暖房の効いた店内で、僕が錬金術を、元春が魔王様を相手に格闘ゲームを、そしてマリィさんが新たな魔法剣や鎧の設計をしていたところ、久しぶりに義姉さんが万屋にやって来てこう聞いてくる。


「邪魔するわよ」


「義姉さんお帰りなさい」


「はいはい。ただいま、ただいま。

 で、どうしちゃったのよソレ」


「ちょっと訳ありでね。今ここでリハビリしてるんだよ」


 義姉さんが指差すのは、カウンター横に置いてある革張りのソファーで真っ白に燃え尽きたフレアさん。

 あれから数日、いまだ無気力状態のフレアさんを見かねて、いろんな人が出入りするこの場所なら何かしらの反応があるのではないかと、ここにいてもらっているのだ。


 因みにフレアさんに過保護なティマさんとメルさんの二人は現在ディストピアの中で修行中。

 フレアさんになにかあった場合、ベル君から連絡が飛ぶようになっているということで、もしもフレアさんがこのまま元に戻らなかった場合でも、自分達だけで冒険が続けられるようにと鍛え直しているみたいだ。


 僕がそんな説明を簡単にしてあげると義姉さんは――、


「ふ~ん」


 ちゃんと答えてあげたにも関わらず興味がなさそうに鼻を鳴らす。

 そのリアクションからして、たぶん久しぶりに帰ってきた微妙な気不味さを打ち消すダシに、ちょうど目に止まったフレアさんを利用したといったところだろう。

 だから、このリアクションも当然といえば当然で、


「それよりも今日はなんの用があってきたの?」


 義姉さんがこのアヴァロン=エラに出入りするのは、基本、店での売ったり買ったりするものがある時が多い。『今日はどっちですか』と訊ねる僕に、義姉さんはすぐに気を取り直して、お正月にグローブと一緒に渡しておいたマジックバッグをまさぐり。


「ちょっと見て欲しいものがあるのよ。いい?」


「うん」


 頷く僕の前に義姉さんがデデンと取り出したのは銀色の箱。

 ちょうど奥の土間におかれているみかん箱と同じくらいの箱だった。


「義姉さん。これ、どこで手に入れたの?」


 僕が見覚えのある(・・・・・・)その箱に、まさかと思いながらも聞いてみると。


「ちょっとしたツテでね。好きにしてもらっていいっていう古い蔵の一つにあったものよ。他は向こうで買い手がついたんだけど、これだけはよくわからないからってここに持ってきたんだけど。それはどれくらいの価値なるのよ。アンタの反応を見る限り、悪いものじゃないんでしょ」


 たぶん義父さんの紹介なんだと思う、義姉さん曰くこの銀色の箱は、どこぞの家の蔵から貰ってきたものだという。


 しかし、さすがは義姉さんだね。同級生なんかから薄過ぎると定評のある僕のリアクションをきちんと読み取ったみたいだ。


「予想通りだったら、地球上のものじゃないってことになるんだけど、とりあえず使ってみていい?」


「地球上じゃないってどういうことよ?」


「それも使ってみればわかると思うよ」


 勿体ぶるような言い回しに少し苛立っているご様子の義姉さん。

 僕はそんなきつい口調をいつものことだと軽く受け流して、箱の側面にあるだろうスイッチを探す。


 ――と、あった。


 うん。どうやら僕の予想は当たっていたみたいだ。

 箱の丈夫に浮かび上がったウィンドウに「なによこれ?」と驚く義姉さんにニヤリと笑い。


「ウィンドウだね。義姉さんも使ってるでしょ。

 まあ、正確に言うと僕達が使ってる魔法窓(ウィンドウ)とはまた別のものなんだけどね」


 僕達が使う魔法窓(ウィンドウ)が、その名の通り魔法を利用したものであるとすれば、こちらは科学の力を使って動いている三次元ディスプレイのようなものである。

 ただ、そんな細かい仕様を義姉さんに説明したところで『あ~、もう、よく分かんない』と不機嫌になってしまうのがオチである。

 だから、僕は浮かび上がったウィンドウからこの銀色の箱がどんなものなのかを把握して、


「実はこれって体験型ゲームなんだよね」


「体験型ゲームぅ?」


 論より証拠とこの箱の機能を体験してもらおうとするのだが、義姉さんはなにか警戒しているみたいだ。

 僕はそんな義姉さんの反応に少し考えて、


「ああ、これはディストピアと違ってちゃんとしたゲームだから危険とかはないよ」


 そう言ったところ、ちょこっと興味を持ってくれたみたいだ。

 途端に前のめりになる義姉さんからの圧力から、僕は逃げるように振り返って、


「プレイ人数は四人までみたいですけど。誰かプレイしてみます?」


 和室にいる常連の皆さんに声を掛けたところ。

 元春は当然として魔王様にマリィさんと集まってきたので――じゃんけんぽん。

 義姉さんを除く三人のプレーヤーを決めるのだが、最終的に勝ち残ったのは僕と元春と魔王様だった。


 結果、一人除け者のような形になってしまったマリィさんが口を尖らせていたので、「代わりましょうか」と訊ねてみたのだが、マリィさんは勝負の結果は絶対だと、悔しそうにしながらも僕の申し出を固辞。

 なので僕は、『これは後で何かフォローをした方がいいだろうな』と思いながらも、取り敢えず今はなにをしてもマリィさんを不機嫌にするだけだ。ウィンドウから参加メンバーを決定してゲームスタート。


 視界が明転して、そこは近未来的な建物の中だった。

 なんていうか、ロボットアニメでみるようなメカメカしい秘密施設の内部とかそういう感じだ。


 説明を読むにこのゲームは超リアルなFPSのようなジャンルのゲームみたいだ。

 プレーヤーである僕達はとある生態調査団の一員で、新発見された惑星の調査に行ったその帰りという設定だそうだ。とつぜん船内に発生した危険生物を排除するというパニック系SF映画にありがちなストーリーになっているらしい。


 ゲーム内容と簡単なストーリー、アイテムの確認をしたところで元春が疑問符を浮かべる。


「すげー広いけど。どうなってんだ?

 あれって空間拡張がどうのこうのっていう装置じゃなかったか?」


「正確に言うとあの中にVRマシンがあって、僕達はその中でゲームをしているって感じになるのかな」


 これはあくまでアカボーさんから貰ったゲームマシンを調べたソニアから聞いた話で、それを僕なりの解釈で話すことなのだが、例の箱の中にはカプセルとかそういうものが入っていて、その箱に取り込まれた僕達は、内部に組み込まれたカプセルの中で仮想現実を見せられているとか、このゲームマシンはそんな仕組みで動いているらしい。

 要は、あの銀色の箱は筐体で、僕達は空間拡張技術によってコンパクトに収納されているそのマシンの中でゲームをしているといったところだろう。


 しかし、義姉さんにとってはそんな細かい技術など、どうでもいいことのようだ。


「アンタ達、ボサッとしてないでさっさと構えなさい。敵が来るわよ」


 カシャッカシャッと通路の向こうから近付いてくる足音に、壁を背にした義姉さんが声を弾ませ、初期装備であるレーザー銃を構える。


「志保姉はノリノリだな」


「なんだかんだいって義姉さんもゲーマーだからね」


 高校を卒業してからというもの、義父さんに認められようとしてか、せわしなくあっちこっちと出かけている義姉さんだが、それ以前はよくこうしてゲームなんかを一緒にプレイしたものだ。


 まあ、以前とはまったく違う状況だけど、なんとなく懐かしい、そんな義姉さんの背中を追いかけて、魔王様に僕と元春も移動を開始する。


 そして、なぜか妙にこなれた義姉さんと魔王様の連携で通路の先にいた、いかにもなエイリアンを撃破すると。


「そういやゲームの中だと魔法とかの扱いはどうなってんだ?」


 手を出す暇もなかったと元春が聞いてくるので僕は――、


「魔弾とかそういう魔法は意味ないっぽいけど、身体強化なんかはちゃんと効果を発揮するみたいだね」


 どういう仕組みになっているかはよく分からないが、前にアカボーさんから譲ってもらったスカッシュのようなゲームがプレイできるマシンはそういう仕様だった。

 だが、その一方で、魔導器の類は使えないようになっている為、たぶん空切で壁を斬り裂いてショートカットなんてことも出来なくなっているのだろう。


因みに(ちな)ゲームオーバーになった場合はどうなんだ?」


「設定によっていろいろあるみたいだけど、今回はデフォルトのままだから、三度まではその場でリスポーンできるみたいだよ」


 ゲーム内で呼び出せるウィンドウから確認すると、その後はチームが全滅するまで幽霊状態でただついて見学するだけと、そんな感じになってしまうらしい。

 しかし、そういう仕様なら、ちょっとした索敵くらいならこなせるのかな?

 こればっかりはそうなった場合じゃないとわからないか。


「途中でセーブとかは?」


「アイテムを獲得すればできるみたいだけど、義姉さんがあの調子なら別に必要ないんじゃない」


 僕が前方をゆく義姉さんに視線を送りながらそう言うと、元春は「ああ」と納得したような顔をして、


「ま、志保姉がやる気になってたら、そうなるわな」


 と、そんなこんなで、義姉さんと魔王様がガンガン進む後、そのおこぼれとなるエイリアンをレーザー銃で焼いていき。

 戦闘は主に義姉さんと魔王様、謎解きの部分は僕と魔王様が担当して、約二時間ほどでラスボスまで撃破する。


 因みにクリア時に幽霊状態になっていたのは元春一人だけだった。

 中盤に現れた部屋の半分を埋め尽くす肉肉しい巨大エイリアンボスに壁ハメのような状況に持っていかれ、全機消滅してしまったのだ。


 ゲームにありがちな中盤の山場だったから、あれは仕方がないとして、最終的に僕と義姉さんが残機を残り1にしながらも、ショットガンのような使い心地のレーザー兵器を二丁巧みに扱う魔王様の活躍があってどうにか初見クリアに至ったのだ。


 そして、超大作ゲームを遥かに上回る壮大なエンディングにリザルト画面を確認と、終了後のイベントをこなし、ようやく戻ってきた万屋で僕が義姉さんに聞くのは、


「それでどうするの?」


「どうするって?」


「いや、このゲーム、けっこう気に入ってたみたいだから、売らないでそのまま持ち帰るって手もあるけど」


「そうね。なかなか面白かったけど、エンディングまで見ちゃうとあれで満足ね」


 まだハードモードなんかはまだ残っているけど、おそらくストーリーはそんなに変わらないだろう。それなら一回でクリアできて気持ちよかったのならそれでいいじゃないかと、らしいことを言う義姉さんの一方で元春が、


「なあなあ志保姉――、コイツをお化け屋敷みたいにして儲けられるんじゃね」


 商売に繋がるアイデアを口にする。

 しかし、このアイデアには少々問題点があって、


「でも、これ一台じゃ大した儲けにならないんじゃないかな」


 僕達がクリアまでにかかった時間が二時間ちょっと、最大プレイ人数が四人。

 そう考えると客の回転効率が物凄く悪いのではないか。

 少なくともこの筐体では四人以上同時にプレイできないから、丸一日可動させたとしてもプレイできる人数は大体五十人くらい。

 それでも上手く値段設定をすれば楽に儲けることができるのだが、そもそも、こんな新技術を地球で公開してもいいのかという問題もある。


 入手先とか聞かれた時とか、物凄く面倒そうなんだよね。


 というか、正直に答えたとして、なんでそんな宇宙的なアイテムがどっかの蔵にそんなものがあったかなんて話になるだろうし、後で欲張った人が現れて、権利関係でゴタゴタなんてことになりかねない。

 そんな懸念もあったりして、ここはさっぱりとウチで売り払った方が後腐れがないのではないか、そんな説明を追加すると、義姉さんは話半分も理解していないみたいだ。「ふむ」と考える事を止めたよう顔しつつも頷いて、


「虎助の言う通りね。

 で、買い取ってくれるとしたらどれくらいなるの?」


「そうだね――、金貨千枚でどうかな?」


 義姉さんからの確認から魔法窓(ウィンドウ)を片手に数十秒、しっかりと考えた末、僕が出した買い取り値に義姉さんと元春が動きを止める。

 そして、フリーズからいち早く再起動した元春が、


「ちょ、ちょっ待てって、金貨千枚って……どれくらいだ」


 うん。正気に戻ったのはいいのだが、それがどのくらいの価値になるのか、単純に計算ができなかったみたいだ。

 僕は元春の記憶力と計算能力を心配しながらも。


「そうだね。時価に換算すると一億円前後なるんじゃないかな。

 なんなら取引しやすいようにインゴットに錬成し直してもいいけど。どうする?」


 義姉さんもそこまでの価値になろうとは予想していなかったのだろう。僕の目を見て「いいの?」と聞いてくるので、


「ウチはわりと儲かってるからね。それに僕達が払うのは日本円じゃないから」


 僕のような高校生が大量の金を日本で換金するのは意外と難しい。

 だったら欲しいものにどーんと使った方が有意義だと、そんな僕の言い分に対して、元春がため息一つ。


「あるところにはあるもんだな」


「前にも言ったかもだけど魔法が普通に存在する世界には錬金術なんてものがあるからね。

 それに、魔獣の中には体の一部が金でできてるなんて場合もあるから、地球よりも金は手に入りやすいみたいなんだよ」


 他の世界でも金が貴重なものには違いない。

 しかし、産出量が限られている地球と違って、他の世界では金そのものを生み出す方法や生物が存在しているのだ。


「金でできたゴーレムとか鱗が金ピカのドラゴンとかもいそうだしな」


「だね」


 〈金龍の眼〉なんてアイテムもあるくらいだしね。

 まあ、その場合は龍が持つ膨大な魔力から金じゃなくてオリハルコンになっちゃいそうなんだけど。


「でも、たかがゲームに一億円とか――、

 なにか隠してるんじゃないでしょうね」


 たかがと言ってもそれは未来の世界から来たようなゲームである。

 僕は一億円でも安いと思うのだが、人の価値観なんてそれぞれだ。


万屋(ウチ)の主目的はお金儲けじゃなくて珍しいアイテムを集めることにあるからね。このゲームマシンは、魔法ともまた違う、全く未知の技術が使われてたりするからね。しかも、応用範囲の広い空間系の技術が使われてるから、それくらいは出してもいいと思っただけだよ」


 一億円と日本円に直すとかなり多いように思えるが、金貨にするとたかだか千枚。地球産の調味料に、上位魔法金属の〈スクナカード〉や防具などを十、二十と売りさえすれば取り返せる額なのだ。

 それに、あんなリアルな仮想空間を生み出すゲームマシンが一億なんて、むしろ安いんじゃないのか。

 だから、特に深い意味はないのだと説明したところ、義姉さんもようやく納得してくれたみたいだ。「そう」と一言、それ以上の追求を止めて。


「それで義姉さん、どうするの?」


「そうね。延べ棒にしてくれるかしら。金貨をいっぱい渡されても売るのが面倒なのよね」


「少なくとも僕はだけどね」


 ということで、僕はベル君に出してもらった金貨を一キロの金塊(インゴット)に錬成して、出来上がった金の延べ棒は都合二十四本。


「純度の関係でちょっと少なくなっちゃってるけど。たぶん最初に予想していたくらいの売値にはなるんじゃないかな」


「ふ~ん。よく分からないけどそれでいいわ」


 ピラミッドのように積み上げられる金塊を見下ろし、満足そうに笑う義姉さん。


「しかし、高校卒業していきなりトレジャーハンターになるって、最初は心配してたけどよ。コレもう働かなくてもよくね」


「義姉さんは運がいいから。

 それに義姉さんはあの義父さんの娘で母さんに鍛えられてるんだよ」


 果たして、これほど説得力がある言葉があるだろうか。

 僕のその言葉を聞いて元春はただただ頷くしかなかった。

◆時価である金の価格設定は難しいです。


 今回の設定は一キロの延べ棒(24K)一本で400万超という設定になっております。

 そして、今回、虎助が志保に譲ったインゴットには、地球での売買を考えてメルターズマーク以外の刻印が施されています。(いわゆる無印)

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