遡って魔王城
◆新章開始です。
「それで、これはどういうことなんですの?」
ふらりと万屋を訪れてそのまま無気力状態に陥ってしまったフレアさん。
そんなフレアさんを追いかけてきたティマさんとメルさんの二人が落ち着くのを見計らってマリィさんが問いかける。
と、そんな質問に対し、ティマさんの口から語られたことによると、フレアさん達はこの数日前、ついに魔王の拠点に乗り込んだのだという。
しかし、いざ魔王の居城に乗り込んでみると、城の中には魔獣はおろかネズミ一匹すらおらず、もぬけの殻だったみたいで、
これは一体どういうことなのか――、
もしかしてこれが魔王の罠なのか――、
自分達は幻術を見せられているのでは――、
魔王の本拠地とも思えぬ場内の静けさに、何かしらの作為を感じたルベリオン王国の一行は魔王城から一時撤退、少し離れた場所に陣取って作戦会議を始めたのだそうだ。
そして、喧々諤々議論の末、フレアさんパーティを含めた腕利きの冒険者にルベリオン王国軍の精鋭と、戦闘能力の高い人員を先頭に城の安全を確認しながら徐々に城の攻略を進めていくことに決まったのだという。
亀の歩みで数時間、襲撃や罠の存在に注意しながら魔王城の中を進んでいく先遣隊。
しかし結局、最後までなにもないまま魔王城の最奥――玉座の間とおぼしき大ホールに辿り着いたのだという。
すると、そこには四従魔と呼ばれる魔王軍最高幹部の紅一点、人間たちから吸血姫と呼ばれ恐れられている魔人が待ち構えていて、侵入してはじめて現れた明確な敵に、すぐに光線状態に入るのかと思いきや、彼女はフレアさんたち先遣隊を前に優雅に一礼、こんな言葉を口にしたのだという。
『ルベリオン王国の皆様、この度は主の城へとご足労いただきありがとうございます。
しかし、残念ながら皆様の目的は果たせないかと。
何故なら、主様と姫様は既にこの城をすでに旅立っているのです。
信頼し合うお二人に横槍を入れることのできない遠くの地へです。
なので、姫様を御身を狙うルベリオン王国の皆様方におきましては、ここでお帰り願いたいと思うのですが』と――、
吸血姫が放った予想外の言葉に困惑する先遣隊。
それはそうだろう。
彼女の言葉を信じるのなら、魔王に連れ去られていたという姫が魔王と繋がっていたのだから。
もし、今の話が本当だとしたら、自分達はなんの為に魔獣がひしめく森を通ってこの城までやって来たというのか、最初から騙されていたのではないのか。
先遣隊――特に王国とは真の意味では関係ない冒険者の間に同様が広まる。
しかし、それはあくまで吸血姫の主張を信じるとすればであって、ルベリオンに仕える兵士達は当然そう考えたのだろう。
誰かが口にした「嘘をつくな」という一言をきっかけに「皆の者、魔人の言葉に惑わされるな」とか「姫様に限ってそんなことありえない」などといった怒号が飛び交い。ついには功を焦った王国軍の幾人かがメッセンジャーとしてこの場に残った吸血姫に襲いかかったのだそうだ。
しかし、そこは彼女達のホームグラウンド。あらかじめこうなることを予想していたようで、突撃した兵士達は大ホールに設置されていた雷撃魔法に引っかかり轟沈。
呆気なく倒されてしまった兵や冒険者達を救おうとフレアさんが飛び出そうとしたそのタイミングで、吸血姫は『まったく』と、彼等への止めとばかりに無数のクリスタルを取り出したのだという。
それは、フレアさん達の世界においてメモリーダストと呼ばれている映像記録用の魔具。
こんなこともあろうかと姫が自らが王城脱出の経緯とその証拠を残していったのだという。
そして、明らかになる誘拐事件の真相。
それは御伽噺にありがちな身分違いの恋物語。
魔人という種族へ向けられる偏見への非難を浴びながらも自分の趣味に邁進し、その中で得た仲間の平穏を願って居場所を作った青年と、清楚でありながら自分の興味があることには一直線のお姫様、そんな二人の出会いとこれまでを、時に実際の映像で、時に姫の口から語られる記録で見せられたのだそうだ。
そして、その記録映像の中には、姫が城を出ることの契機となった魔王に関わる父親との確執に、清濁を併せ持たざるを得ない王族・貴族の政治に関わる姿勢への忌避感と、姫の本音が語られていた。
それはある意味で、潔癖過ぎるが故の、純粋過ぎるが故の、青い反発ではあるのだが、姫が語る真っ直ぐで透き通った想いは多くの者の心を打った。
しかし、中には諦めの悪い御仁もいたようで、姫本人からのメッセージを見ても「そんなことなど信じられるか」と激高し、吸血姫から姫の居場所を聞き出そうと襲いかかった者がいたそうだ。
そして、幾つものメモリーダストが再生される中、誰かが呼びに戻ったのだろう。遅れてやって来た王の近衛もその戦いの輪に加わって――、
しかし、相手は魔王軍最高戦力の一人。
見目麗しい見た目をしていても強力な魔人であることには変わりない。
後から挑みかかった彼等も結局、吸血姫が仕掛けた大量の罠と吸血姫を吸血姫たらしめる赤い錬金魔法によって鎧袖一触。
いや、一人だけ、ヴリトラの牙から削り出した大剣を装備した近衛兵長ヒースだけはそれなりに善戦したらしいのだが、場所は相手のホームグラウンド、しっかりと設置式の魔法陣が大量に用意されたその戦場で、初投入となるその武器を使いこなせるハズもなく、苛立ちが募ったところを狙われあしらわれてしまったのだという。
因みにその間、フレアさんは浮かび上がる記録映像をじっと見つめ、ただボーッと突っ立っていただけだったという。
連れ去られたと聞かされていたことが、実はそれが駆け落ちで、どう見ても相思相愛の二人の姿を見せられてショックだったのだろう。
姫様が映るメモリーダストの一つを手にフレアさんがショックで動けないでいる間にも、挑みかかった殆どの兵が倒れ、改めて周囲をぐるり見渡した吸血姫は『これ以上の説得は無駄のようですね』と優雅に一礼、『ごきげんよう』とその場を立ち去ってしまったのだという。
「……で、結局、敵もいなくなっちゃったし、吸血姫が大量に残したメモリーダストの映像で王様の面子は丸つぶれ、手に入れたのは姫様失踪の真実だけだったって訳なのよ」
こっそりと拝借してきたメモリーダストの幾つかを再生させながらそう話を締めくくるティマさん。
「それは荒れたでしょうね」
「そうね。王様もかなりお冠だったから――、
でも、今にして思うと、姫を連れ去っておきながら魔王は何を要求するでもなかったから、あの女の主張も結構信用できるんじゃないかって話になっているのよ」
なるほど、確かにこれだけの証拠があるとなれば、当然そんな疑いも出てくる訳だ。
「しかし、姫が洗脳されているという可能性もあるような気もするのですけれど?」
僕がティマさんから示された状況・物的証拠にそんな感想を考える一方で、マリィさんはそのお姫様が、ついこの間ユリス様がそうであったように、魔法薬もしくは魔法によって自我を奪われていることもあるのではないか? そんな可能性を疑っているみたいだが。
「たぶんそれは無理だと思うわよ」
「どうしてですの?」
「これは又聞きした話になるんだけど、ルベリオンの姫様にはそういう精神系の魔法が効かないらしいのよ。
なんでも何代前か前のお妃様が弱った精霊を保護したらしくて、そのお礼にって彼女の血族にはいろいろな効果を持つ精霊眼が現れるようになったらしいわ。
で、姫様が持つ精霊眼は〈看破の精霊眼〉。つまり、隠匿や催眠系の魔法なんかを見破る目なのよ」
「幻術封じの精霊眼っすか……羨ましいっすね」
ティマさんの説明に元春が感慨深げに呟く。元中二病患者の元春からしてみると精霊眼とかそういう能力は垂涎の能力だったりするのだ。
しかし精霊眼か……、
たぶん、その異常耐性みたいな能力は【精霊の加護】に内包される実績の効果なんだろうけど。子々孫々に渡って受け継がれる実績なんてものもあるんだな。
「だから、姫様が正気を失っているなんてことまずないと思うわよ」
「それを知っているからこそフレアさんもああなってしまったと」
「そうね。姫様が笑顔で語ってるってことは、それが真実ってことになるんだから」
「なんというか道化ですわね」
いや、道化はさすがに言い過ぎなのでは?
僕が容赦のないマリィさんの一言に心の中で苦笑する中、フレアさんのことなんてどうでもいい――とまでは思っていないんだと思うんだけれど、元春としてはついに秘密のヴェールを脱いだフレアさんの世界の姫様の方が気になったみたいである。
「つか、姫様ちょー可愛いんですけど。こりゃ勇者が惚れるのもわかるわ」
疼いた中二心もそんなに長くは続かなかったみたいなんだよ。
でも、僕に振らないでくれるかな。
また何か変なことを言い出さないかってマリィさんが目を三角に尖らせているから。
と、これは別に元春の質問から逃げる訳ではないのだが、僕は元春からの声に曖昧な笑顔で応じ、ティマさんに向かってこう訊ねる。
「それで、これからどうするんです?」
「そうね。フレアもこんな状態だし、国の方もゴタゴタしてるから、しばらくご厄介になりたいんだけど――」
僕からの問い掛けに、ティマさんは面倒臭そうな表情を隠さずにそう言ってくる。
「それは構いませんよ」
たしかにお姫様が魔王と逃避行したなんて大事件だ。
何よりも、いざ吸血姫を前にしてショックでなにも出来なかったフレアさんにも何か咎が及ぶのかもしれない。
「でも、三人ともなりますとトレーラーハウスでは手狭ですかね。
それと、ポーリさんもこの後、こちらにいらっしゃるんですか」
フレアさんしかいなかったからトレーラーハウスでいいだろうと準備を進めていたのだが、ティマさんとメルさん。そして、いま姿の見えないポーリさんまでここに来るとなるとトレーラーハウスでもちょっと窮屈だ。
「ポーリは向こうで役割があるから、合流には少し時間がかかりそうね」
だが、ポーリさんはご自分の世界で何らかの役目があるみたいだ。
たしか【ルベリオンの聖女】なんて言われて、向こうの世界の教会でそれなりの地位を持ってるんだっけ?
国がゴタゴタしている時だから関係者として迂闊に動けなくなっているのかもしれないな。
「でも、ポーリも来るかもしれない。
だから、トレーラーハウスがいいと思う。
それに、宿泊施設?
あそこは人が多い時があるからフレアが落ち着けない」
とはいえ、フレアさんの状態を考えるとあまり騒がし過ぎない場所じゃないと落ち着けないと。
たしかに万屋の西に位置する宿泊施設には一般向けのディストピアなんかもあったりして、やってくるお客様の数によってはそれなりに騒がしくなるタイミングがあるからね。
「では、いまのままトレーラーハウスの準備を進めちゃいますね」
僕はそんなお二人のリクエストを受けて、魔法窓を操作、二名様追加と工房のエレイン君達に通達すると同時に、三人でも快適に過ごせるように、新しくソファーベッドやらなんやらと簡単にでいいから生活用品を用意するようにと指示を送る。
すると、そんな僕の背後から悲痛な叫び声が――、
「つか、勇者――、羨ましすぎんぞ。
美少女と二人で同棲生活なんて、男の夢じゃねーか」
元春、思いっきり声に出ているよ。
しかし、元春の叫びはフレアさんには届かない。
だが、この二人にはしっかりハッキリクッキリ届いていた。
「同棲……、
いい響き」
「そうよね。冒険者としてはずっと一緒にいたけど、そう言われるとまた違って聞こえるわね」
元春の理不尽な一言から、二人は変な妄想モードに入ってしまったようだ。
それから二人は暫く、ヨダレを垂らしてとろけるといった女子が見せてはいけない顔を晒すことになるのだった。