orzな勇者様
「これはいったいどういうことですの?」
放課後、いつもの時間に来店するなり、そう聞いてくるのはマリィさんだ。
マリィさんの視線の先にあるのはフレアさん。
彼はカウンターに突っ伏すように大量の空き瓶に埋まって倒れている。
うん。いつも無駄に元気なフレアさんのこんな状態を見ると、思わずそう聞きたくなっちゃいますよね。
正直、僕も初めてこれを見た時は何事かと思ったものだ。
「ベル君の報告によりますと、今朝ふらりとやってきたと思ったらこの状態だったそうですよ」
なんでも僕が学校へ行っている間に、ふらりとこの万屋にやってきたフレアさんは、それからずっとこんな調子なのだという。
因みにお酒は入っていないので安心して欲しい。
この空き瓶は、元気のないフレアさんの為にベル君が用意した元気薬の空き瓶で、業務連絡によると、店にやってきたフレアさんに精神にダメージを負っているような兆候があった為、ベル君が気を使って元気薬を処方してくれたのだそうだ。
しかし、フレアさんがそれを飲んだのは、あくまで機械的に――というか反射的な行動みたいで、いくら飲ませてもこの状態から回復することは無かったそうである。
ベル君の配慮は無駄に――、
いや、ナイスフォローなんだけど、結果的に後で大変なことにならないといいけど……。
と、元気薬の処方とその最終的な効果についてはフレアさんが正気に戻った時に話として、
「しかし、本当にフレアはどうしてこのように――、
いえ、言わなくてもその理由は理解していますの」
カウンターで項垂れるフレアさんに、いったんは質問をしようとしたマリィさんがすぐにそれを引っ込める。
フレアさんがここ最近、万屋に顔を出さなかったのは、魔王の討伐へと自分の世界に赴いていたからだ。そのフレアさんがこの万屋に戻ってきたということはその遠征が終わったということ。しかし、せっかく魔王との戦いが終わったというのに元気がないということは、それ即ちフレアさんの望みが叶わなかったに違いない。
そして、フレアさんの望みというのは、魔王に連れ去られたお姫様を助け出し、そのご褒美としてお付き合いをお願いしたいという、俗っぽいと言うかなんというか、まあ、ある意味で純粋な想いがあった訳で、
しかし、いまのフレアさんのこの姿を見る限り、その結果がどうなったのかは言うまでもないだろう。
つまり、フレアさんは玉砕してしまったという想像が成り立つのである。Q.E.D.
マリィさんも自分で話している間にそんな結論に達したのだろう。
ハッと口を閉じると、『哀れな――』と、そんな囁きが聞こえてきそうな視線を突っ伏すフレアさんに向ける。
だが、そんなマリィさんの慈愛の心も、特にフレアさんに対するそれが、いつまでも保つ訳がない。
項垂れるフレアさんを見て暫くはそうしていたマリィさんだったが、少しして興味を失った――というよりも、自分がこうしていても仕方がないと合理的に判断したのだろう。フレアさんから視線を外すと、いつものようにエクスカリバーさんにご挨拶。ご自分の魔法窓を展開すると、跳ね上げ式のカウンターから奥の和室へ移動して、ポテチをつまみながら今日発売のマンガ雑誌を読む元春の斜向かいに陣取り、僕が用意したお茶で喉を湿らせると念話通信を利用したエクスカリバーさんとの語らいを始める。
と、ある意味で無情とも思える対応をするマリィさんを横目に、僕はカウンターに座り直し、まるで酔いつぶれているかのようなフレアさんの周囲に張られた隔離結界の状態を確認をする。
万が一、マリィさんや元春が迂闊な発言をして、それをフレアさんが聞いてしまったらどうなってしまうかわからない。
本来なら、どこか安静にできる移動させた方がいいんだろうけど、あの状態のフレアさんは、大袈裟な言い方になってしまうのだが、――なんか触れたら砕けちゃいそうなんだよね。
だから、ここは暫く様子を見て、店番を終えて帰る前にでもトレーラーハウスにでも放り込んでおけばいいだろう。
ということで、工房のエレイン君に頼んだトレーラーハウスの掃除がどうなっているのかを魔法窓から確認した僕が、そのまま夕方のアンニュイとした時間を店番をしながら過ごしていると、元春がマンガを読み終えたみたいだ。伸びをすると顔を上げて学校帰りに買ってきたジュースを一口、ふとこんな疑問を口にする。
「しっかし、勇者を振ったのはどんなお姫様なんだろうな」
おおっと、いきなりぶっこんでくるね。
まあ、元春の場合、単にそのお姫様がどんな人なのか興味があったってだけだろうけど、これ、遮音結界を張ってなかったら、今の言葉だけでフレアさんのライフがゼロになってたかもしれないよ。
「僕の聞く限りではベタベタなお姫様って話だったと思うよ。
でもさ。まだ振られたとは限らないんだけど」
「いや、勇者のあの様子からして、それは確実だろ」
「ですわね」
二人共ばっさりだな。
「でもよ。普通にベタベタなお姫様ってんだったら、むしろ勇者とお似合いなような気もするけど、その辺はどうなってんだ?」
確かに単純一途な勇者と魔王に囚えられたお姫様、この組み合わせは鉄板カップルとも言えるだろう。
しかし、そこは現実というものだ。
「さあ、さっきも言ったけど僕もフレアさんの世界の事情は詳しくは知らないからね」
そもそもフレアさんにそういう事情を説明するのが無理なのだ。
だから、その姫様がどんな人なのか、更には戦っているとされる魔王がどんな存在なのかすらよく知らない。
「でも、もしかすると、フレアさんと姫様の相性が良くても他に問題があったなんてこともあるんじゃない」
「ありえないこととは思いますけど、考えられるとすれば姫という立場によるものなど、そういった事情があるのかもしれませんわね」
政略結婚とかそういう理由かな。
そもそもフレアさんのお姫様と付き合える云々の話はただの口約束みたいなものらしいし、助け出した後で『やっぱりその約束無し』なんてことを言われたっていう可能性だってあるだろう。
とはいえ、それでフレアさんが諦めるのかといえば疑問は残る。
フレアさんの性格を考えると、そういう理不尽な要求には応じないと思うけど。
となると、やっぱり普通に振られただけとか……。
僕がいま手元にある材料だけでそんな事を考えていると、元春がゴロリと寝転がっていた状態から上半身を引き起こして、
「でもよ。勇者の話は別として、お姫様にお近づきになれるとか、憧れるよな。一回でいいから俺もそういうイベントに遭遇してみてーぜ」
「あら、知りませんでした? 私、元姫なのですのよ」
おっと、また急に話が飛んだな。
まあ、答えの出ない話に飽きだのだろう。迂闊にも本物の姫様を前にして失礼な事を言い出す元春。
そんな元春に対して、マリィさんはじっとりとした視線を向けながらも、自らの立場を強調するように抗議するのだが、そこは元春らしいと言ってもいいだろう。
「つか、マリィちゃんの場合、お姫様って感じじゃないんだよな」
「なんですって」
あけすけな元春の評価にいきり立つマリィさん。
そのお怒りはご尤もである。
しかし、ここでマリィさんに怒られてしまっては、元春の膝下に置いてあるマンガ雑誌にまで被害が及んでしまうかもしれない。
僕も魔王様もまだ読んでないのに、そんなことになってしまったらあんまりだ。
だから元春に助け舟を出す。
「いい意味でですよ。いい意味。ね。元春」
「お、おう、勿論だぜ」
すると、元春はそんな僕の言葉を受けて発言を軌道修正。わざとらしくも「ふぅ」と汗を拭うような仕草をして、立ち上がったマリィさんの胸を下から見上げながらもテーブルをブラインドにして密かに親指を立てる。
ん? その『good』は『助かったぜ』なのか『いいものが見れたぜ」なのかどっちの意味なのかな?
と、そんなしようもない友人は放っておくとして、マリィさんはまだ少し引きずっているみたいで、
「どうして私がお姫様らしくないのです?」
強めの威圧を込めた質問に元春が答えるのは、
「なんつーか庶民的?
も、もちろん、いい意味でってことっすけど。
ふつうお姫様ってのは、もっと近寄りがたい感じじゃないっすか。
だけど、マリィちゃんの場合、喧嘩っ早い――じゃなくて、勇敢な感じがお姫様っぽくないっしょ。
お姫様っていうのはか弱くて守りたくなるような――、むしろ勇者ンとこのお姫様みたいに魔王に捕まって助けを待ってるような。そんな存在じゃないっすか」
そんな元春の主張に対して、マリィさんはジロリと元春を威圧的な視線で見下ろし。
「強くあらねばあの愚衆な世界では生きていけませんので、
それに、私ついこの間、虎助に助けてもらいましたわよ」
マリィさんの言う『ついこの間――』というのは、ルデロック王の一件のことだろう。
僕としてはマリィさんが言うほど、助けになっているとは思えなかったのだけれど、マリィさんからしてみると、また違った見方があったのかもしれない。
そして、それは元春も同じようで――、
「いやー、あれはマリィちゃんもノリノリだったじゃん。
虎助の助けなんて殆ど意味が無かったし――、
俺、虎助の後ろから見てたから知ってるっすよ。あの交渉?の殆どをやったのはマリィちゃんじゃないっすか」
たしかに元春の言う通り、あの場の主導権を握っていたのはマリィさんだ。
だが、それはあくまで場の雰囲気という意味であってのことで、
「あ、あれは作戦ですの。
叔父様の気を引いて、虎助がお母様を確保しやすくする為にそうしなければならなかったのです」
一見すると高圧的だったマリィさんのあの態度はすべて事前に計算されたもの。
だから、あれはあくまで演技であって、演技であって――、
「でも、王様をディストピア送りにした後なんか、オーッホッホッホって感じで兵士に斬りかかってたじゃないっすか」
いや、さすがにそんな元春が言ったみたいに高笑いとかそういうことはしてなかったと思うけど、たしかにルデロック王をディストピア送りにした後はマリィさんの独壇場だったね。
なんていうか無双ゲー。
倒すのではないにしろ、一発で敵を消し去れるというのは爽快感が大きかったのだろう。
だから思わず変なテンションになっちゃうってのは仕方のないことだと思う。
うん。あれは仕方がないよね。
とはいえだ。あくまで客観的に見た限りでは、助けられたか助けられていないのか微妙な線で、マリィさんも自分の主張に説得力がないと思ったのだろう。
「貴方――、私、虎助から聞きましたわよ。トワを影からこっそりと撮影していたことを、これをトワに言ったらどうなるのかしらね」
ここは関係ない話を持ち込んで話題を逸らす。
あからさまではあるものの、元春を脅す材料としてはかなり強いカードである。
「あ、虎助、テメー、なんでその事をマリィちゃんに言っちゃうんだよ。内緒にしてくれって言ったじゃねーか」
マリィさんのきったカードに文句を言ってくる元春。
マリィさんのあからさまな話題そらしがこっちに飛び火した格好だ。
しかし、これはある意味で当然の処置なのだ。
「さすがに盗撮まがいの案件はちゃんと報告をしておかないと――」
盗撮は犯罪です。
たとえば海水浴場で全く関係のない女の人を撮影していたら確実に警察から職務質問を受けるだろう。
元春がしていることはある意味でそれに近いことなのだ。
まあ、普段から似たような事をしているだけに、そういう危機感は当然持っているだろう。
僕はマリィさんの証言をきっかけに掴みかかってくる元春にきっぱりとそう告げる。
そして、そんな会話の流れから。
「大体、トワはああ見えて――」
マリィさんがつい不用意な発言をしてしまいそうになったその時だった。
カウンターの正面、ガラリと開く万屋の正面ドア。
その音にビクリと背筋を伸ばすマリィさん。
こういう時のお約束、タイミングよく当人がご登場というシーンを思い浮かべたのだろう。
錆びついたブリキ人形のような動きで万屋の入り口の方へと顔を向けるマリィさん。
しかし、そこにいたのはトワさんではなく、魔導師然としたとんがり帽子がトレードマークの赤髪の少女と全身黒ずくめの少女で、
「ここにいたのねフレア」
「心配した」
彼女達はフレアさんとパーティを組んでいるティマさんとメルさん。
そして、そんな二人の姿を見て、トワさんじゃなくてよかったと、マリィさんがほっと胸を撫で下ろす。
一方で、ティマさんとメルさんはようやく見つけた(と思われる)フレアさんの胸に飛び込もうとするのだが、そのダイブは僕が張った結界によって防がれてしまい。
ガイン。
顔面を強打するティマさんとメルさん。
僕はそんなお二人の間抜けな姿に目を逸しながらも慌てて結界を解除。
正直、個人的には先にフレアさんがこうなっちゃってる説明をして欲しいところなんだけど……。
これはすぐに聞ける雰囲気じゃないよね。
フレアさんにしがみつく二人を見る限り、フレアさんがどうしてこうなってしまったのか、すぐに説明してもらうのは無理そうだ。
◆これにて六章の終了です。
七章のプロットがまだちょっと固まっていない状態なので、更新できるかわかりませんが、一応、木曜日辺りに新章一話目を更新する予定です。