●自治領ガルダシア
私の名前はスノーリズ。
この度、ガルダシア自治領に奉公することになったメイドです。
ガルダシア自治領?
そもそも自治領があるなんて聞いたことがない?
その疑問は当然のものでしょう。
このガルダシア自治領は、つい先日にあった、現王と現王の姪であるマリィ様との間で勃発した小競り合いの結果生まれた、この国が始まって以来の自治領なのですから。
因みにその小競り合いの勝敗は、自治領という報酬からして言わずもがなの結果なのですが、公的には手打ちとなっているようです。
たとえ民衆からの人気がまったくない王だとはいえ、即位からすぐのこの時期に、あまりに情けないエピソードを噂されるのは困るのでしょう。
実際、自治領とはいいますが、マリィ様が取得したその土地は、いま私がいるこの古城と一キロほど離れた場所にある寒村があるだけの非常に小さな土地で、そもそもこのガルダシアと新たに名を変えた辺境の土地は、冬になると雪で埋め尽くされる痩せた土地として知られていますから、周囲の貴族からは単に厄介払いとして土地を与えられた思われているフシもあるようです。
しかし、いざ実際にこの土地に来てみると、その考えは違っていると思い知らされることになるのですがね。
何故なら、うらぶれたと聞かされていた古城も、その見た目とは裏腹に絢爛豪華な王城とはまた違う機能美を追求したような内装をしていて、寒村と言われていた村も、今やミスリル加工を初めとした銀細工によって豊かとは言えないまでも人並みに暮らせる村になっているのですから。
そして、それ以外にも信じられないものがいろいろとあって――、
「しかし、改めて驚きなのですが、こんな雪深い地域で、冬のこの時期に野菜が育てられるとは思いませんでした」
そう言って私が手に持つ小さな紙袋に入っているのはリーフレタスという野菜の種。
なんでも、これは異世界に存在するというホームセンターという施設から買ってきたものなのだそうです。
異世界なんてそんな馬鹿なことを――、
人に言ったら頭の病気を疑われるような話ですが、それはすべて事実なのです。
なんでも、この城に元からあったとされる〈転移の魔鏡〉と仮称される謎の魔導器。その魔導器は異世界への移動を可能としており、その移動先の一つに恐るべき技術を持った人物がお店を開いている世界へと行くことが出来るというのです。
そして、その世界で購入してきたのが、いま私の着ているダウンジャケットという防寒具であり、現在、私達が行っているこの『水耕栽培』と呼ばれる植物育成法もその人物から提供された技術だというのだから信じない訳にはいかないでしょう。
「もともとはルデロック王を囚えていた檻なのですけどね。それをなにか他に使えないかと相談したところ、温室として使ったらいいのではという助言をもらったのですよ。
まあ、アナタからしてみると邪道かもしれませんけれど」
「いえ、使えるものを使って悪いことはありませんから――、
しかし、これは、まるで錬金術のような技術ですね」
植物を土に植えずとも育てられるという技術は以前から研究されていた分野です。
実際に一部の人間がその錬金術――もしくは、木属性の魔法、それとも精霊魔法として習得に成功している例はあるものの、まさかそれを完全な形で、しかも一般的に実用化されているとは驚きでした。
「まったくです。
しかし、これは魔法でも何でも無く、ただの知識、仕組みさえ知っていれば誰でも行えるものだというのだから驚きですよね」
そう、この水耕栽培というものですが、これはただの知識。
私達はより簡単に栽培ができるようにと魔法の力を利用していますが、きちんと条件を整えたのなら、魔法が使えない人物にもこの栽培方法が行えるのです。
事実、マリィ様が収める村にはこの農法が伝えられ、この冬の食料確保の助けになっているのだから凄まじい。
この何気ない技術を見るだけでも、姫様に手を貸しているお方が恐るべき存在であると理解できるというものです。
成程、ルデロック王は負けるべくして負けたのですね。
「それで、この後はどうします?」
決して農作業とはいえない簡単な作業を終えた私はトワに問いかける。
もともと、この城には十分な数のメイド達が閉じ込められていました。
それが例の小競り合いの結果、私達がこの城にお世話になることになったのです。
それによって、ただでさえ過剰なメイドの数が過剰となり、さらに異世界からの道具によって雑事が効率化されたことによって、私たちメイドの仕事が激減してしまったのです。
これを由々しき事態ととらえればいいのか、ようやく手に入れた平穏と思えばいいのか。
それはメイドそれぞれの性格にもよるのでしょうが、私としては、ただぼーっと何もしない時間を享受するのは性に合いません。
なにか他に仕事は無いのか?
迂遠にもそう訊ねんとする私に対して、トワは少し考えるようにして、
「そうですね。ウルとルクスを連れてアヴァロン=エラで訓練でもしましょうか」
なるほど、トワは余った時間を訓練に費やすのですね。
因みに、トワが言うアヴァロン=エラというのは、先程から話に出てくる驚異の技術を持ったお方がいる異世界の呼び名です。
なんでも、その世界は非常に高濃度な魔素が溢れる世界だそうで――、
「魔力の増強ですか?」
「それもあるのですが、あまりそちらばかりを優先してしまうと体がなまってしまいますからね。きちんと戦闘訓練も行いますよ。
今日はスカルドラゴンのディストピアにでも挑戦しましょうか?」
高濃度の魔素が存在する土地なら、ただ魔法を使っているだけでも急激に魔力量を伸ばすことができる。
そういう修行をするのかと訊ねる私に、トワはディストピアなる特殊な魔導器を利用した戦闘訓練を行うと言う。
ディストピア。それは異世界アヴァロン=エラの万屋に存在する強獣との擬似的な戦いが可能な幻想の魔導器。通常なら滅多に戦えない――いや、戦いにすらならない強力な魔獣と実戦を行うことができるということで、姫様やトワを初めとした武闘派メイドはその魔導器を使って、日々己を高めているのだといいますが……。
「そのディストピアを手に入れることはできませんか?」
「ディストピアを手に入れる、ですか……、
それはどうしてと訊ねていいものでしょうか?」
私としては当然のこととして訊ねたまでなのですが、なにかやらかしてしまったのでしょうか?
トワが剣呑な顔をして聞き返してくる。
「一つは、わざわざ姫様の許可を頂いてアヴァロン=エラに赴かないでも自分を鍛えられること、そして、もう一つは〈転移の魔鏡〉が破壊された場合のことを考えての措置です」
城の施設もその他技術もすべては姫様が持つ〈転移の魔鏡〉があってこそ得られる力。
しかし、今回――といいますか、ルデロック王が進軍するに至る直前の潜入調査にて、とある工作員はその〈転移の魔鏡〉に辿り着いたのだという。
魔法金属で作られているという〈転移の魔鏡〉はそうそう簡単に破壊されるものではないとはいうが、万が一の可能性がない訳ではない。
それを含めて戦力強化の方法は確保しておいて無駄はない。
私はそう思い、いまの提案をしたのですが、
「スノーリズの言うことは尤もですね。
しかし、それを姫様の前では言わないように」
「それは何故――と聞いてもいいですか?」
きっぱりとそう言ってくるトワに私は問い返す。
この可能性はあの世界を愛する姫様も知っておられた方がいいと思ったのです。
しかし、トワは私の口調を真似するようにこう言い返してくるのです。
「姫様もその可能性に気付いているだろうということが一つ。そして、次は我々が確実に守るからです」
「で、あればいいのですが」
「何が言いたいのです?」
凄むトワ。
それは私を信じられないかと、そういいたのでしょうか。
まあ、トワほどの武力を持つ人物ならそう言いたくなるもの分かる気がします。
ただ、正直そんなトワがいて、それでも潜入されたからこそ私は言っているのですが。
しかし、トワにはトワの挟持――、
いえ、この場合は執念といった方が正しいのかもしれませんね。
個人的な想いが強くあらわれているのでしょう。
だから、私は私の意見を言うのです。
「いいえ、私は何も――、
ただ、この自治領を可能な限り長く存続させる為の方策を考えているだけです。
その為に私は最善を尽くすだけです」
一方、トワもそんな私の性格を知っているからでしょう。スッと目を瞑ったかと思いきや無差別にバラ撒いていた威圧感を解除して、
「相変わらずですね。アナタは――、
そんなことだから『氷の女』などと呼ばれ、皆から避けられるのですよ」
「アナタこそ、人のことは言えないと思いますが……、
いつまで経っても独り身なのは『狂戦士』などと呼ばれて、恐れられているからでしょう」
「そ、それは、アナタに言われたくありません。
そもそも、あのお二方に仕えている我々にそんな機会が訪れることなど一生ありえない無いのですから問題ありません。そう、問題ないのです」
自身の恋愛事情を揶揄されて、トワがあからさま動揺をしています。
「そうでしょうか?」
「そうです!!」
きっぱりとそう言い切るトワ。
本当にこの子は――、真面目というか融通が効かないというか、困った妹です。
「いま鼻で笑いましたね」
「笑っていません」
まあ、これからはこの子とはこれから長い時間を共にするのです。そちらのお世話はおいおい考えることにいたしましょう。
◆ということで、アラサー女子のスノーリズさんでした。
ルデロック編の〆を書くつもりがどうしてこんな話になってしまったんだろう。
解・それは彼女を語り手にしてしまったからです。(後悔はしていない)
因みにスノーリズはトワの異母姉妹であり、同じく父親から戦闘技術を叩き込まれています。
トワ同様、そのあまりの戦闘力が故に言い寄る男性がいない状態です。
しかし、彼女はそれを気にしていません。
それは種族的な理由からなのですが、この設定が生かせる日はくるのでしょうか。
◆追記、この自治領についてはバチカン市国のような場所とイメージしていただけるとわかりやすいかと思われます。(城一つ、村一つ)
因みに面積の方はバチカンと違って結構な広さがありますが」、その殆どは針葉樹林や岩山の為、開発に相当な費用が必要となります。
(豆知識? バチカンは千葉県にある超有名遊園地よりも狭いそうですよ)