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ユニコーンの老馬

◆ここで定番のネタを一発。

 放課後、僕が元春を連れていつものように万屋に出勤しようとゲートに降り立つと、そこには既に先客がいた。


「賢者様?」


「静かに」


 なんか前にもこんな事があったような――、そんなことを思いながらもゲートの石柱に隠れる賢者様の近くまで駆け寄り声を掛けると、賢者様は僕達を強引に石柱の影へと引きずり込み、そこからちょいちょいと少し離れた荒野を指差す。

 するとそこには傷だらけの黒馬が横たわっていて、


「魔獣ですか?」


「いいや、あれはブラックユニコーン――種族的にはおそらく精霊になると思う。

 傷だらけのナリから見るに群れのボスから追い落とされたんだろうよ」


 確認のために魔法窓(ウィンドウ)を開きながら訊ねる僕に賢者様が言う。

 それでゲートを通ってすぐに警告が出なかったのか。

 しかし、群れのボスから追い落とされたって、確かにその黒馬は傷だらけだったけど、まさかユニコーン社会にも猿の群れみたいな階級社会があるのだろうか。


 と、この際だからユニコーンの習性はどうでもいい。

 それよりも、先ずはユニコーンの傷をなんとかした方がいいのでは?

 ポーションを片手に石柱の影から歩き出そうとする僕。

 しかし、そこで賢者様の手が肩にかかって、


「賢者様?」


「迂闊に近付くな。

 刺されて逃げられるのがオチだぞ」


 振り返る僕に賢者様は首を横に振る。


「どういうことです?」


「実はな――、ユニコーンには男に攻撃を加える習性があるんだ」


 定番の設定ですね。


「それどころか無理やり男が近付こうとすると、最悪カマを掘られる」


「マジっすか!?」


 思いもよらない情報に思わず両手でお尻を抑えるのは元春だ。


 たしかに、あのごん太の角を見てしまえば、そうしたくなる気持ちは分からなくはないけれど。


「それって本当の話なんですか?」


 いくらなんでもそんなギャグ漫画みたいなユニコーンがどの世界に存在するのか?

 疑わしいと訊ねる僕に、賢者様は真剣な顔をして、


「少なくとも、俺が知ってる通常の(・・・)ユニコーンにはそういう習性があるし、実際、それが元になって性別を変えた野郎を見たことがあるからな」


 いや、角をそこに突っ込まれた上に性別を変えるとか――、

 元春じゃないですけれど、それって本気(マジ)で言ってます?

 というか――、


「普通に死にますよね。それ」


 あんな鋭く太く――捻り尖った角でお尻を突かれたら、それこそ、肛門裂傷の上に内蔵損傷で情けなくも『死亡確認(ワ○ターレン)!!』なんてことになりかねない。

 だからというだけではないのだが、じっとりとした視線を送る僕に、賢者様が教えてくれたのは以下のような対処法だった。


「冒険者たるものポーションは常に持っておくものだ。ケツに穴を開けられてもすぐにケツの穴にポーションをつっこめば問題ない」


 いやいや、そんな場所にポーションを突っ込むなんてどこの冒険者ですか。

 確かに魔法薬の回復力は現代医学で考えられないくらいに優秀ですけど、それでもあんなにぶっとい角に刺されているところに更にポーションを挿れるっていうのは、いろいろな意味で終わりのような気がするんですけど。


 僕はそんなツッコミじみた意見をマイルドに賢者様へと訴えるのだが、賢者様の瞳は真剣そのもので、


 うん。これは必要以上に詳しく聞いちゃいけないパターンなんじゃないかな。

 もしかすると、今の話しは賢者様の実体験だった――なんてこともあったりするかもしれないしね。

 いや、さすがに性別うんぬんの話は創作だと思うけど。


 とはいえ、これ以上の詮索は、何か大切なものをを失う可能性があると判断した僕は、誤魔化された感はあるのだが、この話題をスルーして、


「それで、どうするんです?

 相手が危険な性質を持つ精霊でも――、

 いえ、危険な性質を持つ精霊だからこそ、いつまでも見守っている訳にはいきませんよ。

 僕達がこうしている間にもお客様が来るかもしれませんし、エレイン君を何体か集めたらたぶん安全に追い払えると思いますから、お願いしましょうか?」


 なんにせよ、まずはあのブラックユニコーンをどうにかするべきだろう。

 僕は手元にあった魔法窓(ウィンドウ)からエレイン君達にお願いしましょうかと提案するのだが、賢者様はそんな僕の動きにまたもストップをかける。


「待つんだ虎助。そのまま追い返しちまうのは勿体ねぇ。

 ユニコーンの角からは協力な薬が作れるからな。

 どうせだから角をゲットしてから追い返そう」


 そういえば、ユニコーンの角って万能な錬金素材なんだっけ?

 改めて万屋のデータベースに接続して調べてみると、ユニコーンの角がメインとなった効果の高いポーションや万能薬のレシピが多数存在していた。


 しかし、賢者様がそんな真面目に(・・・・)人の為になるような薬の素材を求めているとは思えない。

 この張り切りようからして、またヘンテコな目的に使う魔法薬を作ろうとしてるんだろうな。


 僕は賢者様の性格を読み切って、『さっきまでお尻の穴がうんぬんなんて話をしていたのに、まったく都合がいい話だよ』そんな言葉を心の中で呟きながらも、


「でも、ユニコーンの唯一の武器である角を折っちゃって大丈夫なんですか?」


 素材を採取した後のユニコーンのことを忘れてはいけない。

 僕が角を折った後のブラックユニコーンを心配すると。


「なぁに、折れたら折れたで一年もすりゃ生えてくるから大丈夫だ」


 そういうことなら大丈夫なのか?


 しかし、問題は男嫌いなユニコーンの角をどうやって折るかということなのだが、


「それで、どうやってユニコーンの角を折るんです?」


「だから少年を待ってたんじゃねえか。

 ほれ、あの空間を斬る魔剣があるだろ。

 あれを使えば一発だろ」


「空切ですか、たしかにそれなら簡単に取れるでしょうね。

 でも、空切は空間を分断する武器ですから、その魔法の効果が発揮しているとなると、角が生えないままって可能性もあると思うんですけど」


「そうなのか?」


「というよりも、正直わからないというのが正しいですかね。

 そもそも空切で斬った対象をずっと放置していた事がありませんから」


 僕は空切を振るった相手を逃したことがない。

 いや、罰としてあえてそのまま放逐したデュラハンエルフなんていう例外は存在するけど、基本的に空切を使った相手はきちんと正常な状態に戻した上で自分の世界にお帰り願っているのだ。

 だから、角を切られたまま逃げられてしまったら、その後、空間を断裂された状態のユニコーンの角がどうなってしまうのかは僕にもわからないところがあったりするのだ。


 とはいえ、それも自分で切断面をくっつけられる人間レベルの知能があれば問題はない。

 しかしそこは、精霊に属するとはいえちょっとエキセントリックな性格をしているブラックユニコーン。男である僕の言うことを聞いてくれるかという心配もあるのだ。


 なによりも、馬であるブラックユニコーンでは、その体の構造上、斬りとった後の角の破片を自分でピッタリと頭の角と合わせるという行為が難しいのではないか。

 だから、確実に大丈夫とはいえないのでは? そう僕が自分の考えを伝えたところ、賢者様は難しそうな顔をして、


「だったらお嬢を待つしかねぇのか」


「マリィさんですか?」


 どうしてここでマリィさんの名前が出てくるんです?

 僕の疑問符に賢者様が言ったのは、


「聞いたことがねぇか、ユニコーンが清らかな乙女の膝で眠るって伝説をよ」


「定番のネタっすね」


 うん。元春が言う通り、ファンタジー系の作品では、こういったユニコーンの特徴がしばしば取り上げられたりする。


「まあ、あれは、単に雌のフェロモンをかいでるだけって説もあったりするんだが、それはそれとして――」


 いや、ちょっと待ってください。いま賢者様がちょろっと変なことを言わなかったか?

 でも、ここでこの話題を突っ込んで聞くのはどうかと思うし。

 元春も気付いていないのか、スルーするみたいだから――、


 う~ん。


 僕は話題を変えるように。


「でも、清らかな乙女が必要と言うならマリィさんを待つまでもなく、賢者様が自分の世界から連れてくればいいのでは?」


 清らかな乙女といえばホムンクルスとして生まれたばかりのアニマさんがいるではないかと、そう言うと、


「残念ながらそうはいかねぇんだよ」


 残念そうに肩をすくめる賢者様。


 すると、そんな賢者様のリアクションに血相を変えるのは元春だ。


「師匠まさか――」


 みなまで言わずとも、この後にどんな言葉が続くかなんてのは、普段の元春の言動を考えると悩む必要はない。

 しかし、そんな絶叫じみた元春の声に対して賢者様は首を横に振って、


「残念ながらそれはまだだ。さすがに外界に出たばかりのアニマに無理をさせる訳にはいかんからな」


 おお、まさか賢者様がこんなにも理性的な人だったとは――、

 てっきりこのお正月に自堕落で退廃的な生活を送っていたかと思いきや意外である。

 いや、どちらかというと、ホリルさんがずっと一緒にいてくれたおかげで、そういうことにならなかったというのが本当のところかもしれないな。

 実際、この冬休み中、ホリルさんやアニマさんは母さんに修行を見てもらったり、また何時、賢者様がさらわれてしまってもいいようにと自主的にディストピアに潜ったりと、賢者様よりも長い時間を一緒に過ごしていたからね。


「しかし、それならやっぱりアニマさんを連れてくればそれで解決なのでは?」


「まあ、そうなんだがな。

 正直、ブラックユニコーンに対してホムンクルスがどうなるのかが不安なんだよ」


 成程、賢者様は清らかな乙女というカテゴリにホムンクルスであるアニマさんが入ってくるのが心配なのだ。

 もしも、ホムンクルスの乙女がブラックユニコーンの趣向にあっていないものだとしたら、アニマさんがブラックユニコーンの被害にあってしまったら。

 たしかにそんな不確定要素があるのならアニマさんに頼るのは危険かもしれないな。

 しかし、そうなると、やっぱりマリィさんに頼るしかないのか。

 僕がそんな風に考えていると賢者様が言ってくる。


「少年の知り合いに一人くらい居るだろ」


「いるでしょうけど、さすがにここには連れてこられませんよ」


 クラスメイトに中学からの知り合い、そして義姉さんの友人関係と、女子の友人には何人か思い当たる人がいる。

 だが、彼女達が『清らかな乙女』なのかといえば、それを確かめる術がないのだ。


 いや、僕の交友関係――特に義姉さんのお友達関係――に限っていえば、おそらくその質問はほぼ意味がないのだが、もしも、こちらの目的が知られてしまえばほぼ確実に制裁を受けてしまうだろう。


 それにだ。

 そもそも、このアヴァロン=エラに一般人(?)を迂闊に連れてこられる訳が無い。


「じゃあ、やっぱりお嬢が来るのを待つしかないか」


 たしかに、賢者様や元春の言動を破廉恥といって火弾を繰り出すマリィさんなら、ユニコーンの考える『清らかな乙女』の条件に当てはまっていてもおかしくはない。

 しかし、その役目をやって欲しいと、どうやってマリィさんに頼もうというのだろうか。

 賢者様にはマリィさんを説得する勝算があるのだろうか。

 僕は独り言を言うような賢者様の言葉にそんなことを考えながらも、これはもう単純に実力行使で角を奪った方が手っ取り早いのでは?

 ややも強引な策にまで思いを巡らせていると、背後、僕がついさっき通り過ぎたゲートから光の柱が立ち上がる。


 このタイミングでの来訪者といえば――、

 やっぱりマリィさんだったか。


 僕は光の柱の中から現れた金髪ドリルのお姫様を見て苦笑いを浮かべる。

 都合が良すぎるご登場のようではあるが、マリィさんは僕達が万屋に出勤するのに合わせてアヴァロン=エラにやってくる。

 だから、この時間にマリィさんが来訪するのはタイミング的にはおかしくない。

 そして、マリィさんがやって来たことで賢者様と元春が「お嬢――」と静かに叫びながら走り出して、マリィさんの下まで駆けつけると、早速ブラックユニコーンの捕獲協力を頼んだみたいだ。


「協力ですの?」


「ああ、悪ぃがあそこにいるブラックユニコーンを捕まえるのに協力して欲しいんだよ」


「どうして(わたくし)がそんなことをしなければならなのです?」


「だって、お嬢、処女だろ。ユニコーンの確保と言ったら処女。当たり前じゃねぇか」


 爽やかな笑顔で親指を立てる賢者様。

 逆に元春はちょっと緊張気味だ。お仕置きを恐れているというよりも、単純にマリィさんが清らかな乙女(・・・・・・)かそうじゃないかが気になっているのだろう。

 そして、問題のマリィさんはというと、顔だけじゃなく、全身を真っ赤に染めて――バーニング。


 これはもうわざとやっているとしか思えないよね。


 容赦なく火弾を撃ち込まれる二人。

 というか、実は賢者様はブラックユニコーンをダシにしてマリィさんを誂いたかったのでは?

 そんな想像すらも思い浮かんでしまう僕の目の前で二人はマシンガンのように魔弾を乱射するマリィさんに追いかけられる。


 尚、ユニコーンの老馬は、そのすぐ後にやってきた魔王様のご協力によって簡単に捕獲された。

 清らかな乙女うんぬんというよりも、精霊との親和性の方が重要みたいだったみたいだ。

 ゲートを降りるなり猛るマリィさんを見て、これは一体どんな状況なのか、僕に聞いてきた魔王様は、騒動の原因ともなったブラックユニコーンを見るやいなや、スタスタと歩いていき――、

 するとどうだろう。ブラックユニコーンが跪くかのように体を低くして、自ら角を差し出したのである。


 こんなことなら最初から、この世界に在住している精霊のマールさんかディーネさんに頼めばよかったね。


 僕はあっけなく切り落とされたユニコーンの角を手にそんなことを思いながらも、「破廉恥ですの」と尻に火弾を撃ち込まれれ、奇声をあげる賢者様と、そのとばっちりを受けながらも少しニヤつく元春に苦笑しつつも、せっかくだからこの角を使って回復ポーションでも作ってあげようかと考えるのであった。

◆ユニコーンとブラックユニコーン


 通常、ユニコーンは、世界によって聖獣と呼ばれたり魔獣と呼ばれ、魔素の濃い森で見かけることができる存在です。

 そして、ブラックユニコーン(カラーユニコーン)は、ユニコーンが何らかの要因により、その角に原始精霊を宿すことで変質した個体だとされています。

 因みに、その原始精霊は角の生え変わりによってユニコーンから開放されます。


◆次回は水曜日に投稿予定です。

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