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意外な人気商品

 間違えて時刻を設定せずに投稿してしまいました。

 続きは約12時間後。

 いつものように学校から帰った僕がアヴァロン=エラに赴くと、そこには死屍累々――とまではいかないまでも、そこかしこに怪我人が転がる壮絶な光景が広がっていた。


「なんですかこれは!?」


「ようやく来ましたの。早く交代なさい」


 急ぎ駆けつけた店内では、お客様であるはずのマリィさんが、ベル君やエレイン君達に混じって詰め掛ける人の対応にあたってくれていた。

 聞けば、とある世界にあるダンジョンの奥深く、希少な魔具や魔導器などの使われる魔鉱石が採掘できるポイントに、象のような鼻を持つ巨牛型の魔獣ベヒーモが住み着いてしまったのだという。

 基幹産業への打撃を避ける為、ダンジョンを抱える独立都市アムクラブのギルドが、都市でも指折りのハンターの一団にベヒーモの討伐及び撃退を依頼のだという。

 しかし、ベヒーモ討伐に向かったハンター達は、狭いダンジョンの中で山のような巨体を武器に暴れるベヒーモに悪戦苦闘。連携を分断され、強力無比な突進攻撃に前衛陣が崩壊、返り討ちに合ってしまい、ダンジョンの奥深くに常駐する歪みを通って、命からがらこのアヴァロン=エラに逃げ込んできたというのが事の顛末らしい。


 だが、幸いにも自分のお膝元で大量の死人が出てしまうのは寝覚めが悪いと、最低限の生命維持魔法を展開したオーナーの迅速な判断のおかげで、犠牲者を出さずに済んだようだ。

 けれど、それは本当に必要最低限の処置に過ぎなくて、

 重篤患者が未だ複数人いると、回復アイテムを求めてこの万屋に殺到しているのが現状らしい。

 とはいえ、殺到しているハンターの方々も、討伐作戦の邪魔になってしまうと、あまりお金を持って来ておらず、買えるのは安価なポーションくらいなもので、重度の怪我も回復してしまうようなハイポーションともなると、価格が跳ね上がってしまうからと手が出ないようだった。

 可哀想だと思うのだが、僕達としても商売としてやっている以上、魔法薬の無償提供などという悪しき前例を作るのはいただけない。


 そんな八方塞がりの状況に、どうにかならないでしょうかとオーナーに相談してみると、オーナーは自身の考えるベヒーモ討伐作戦にハンターの皆さんが協力してくれるなら、その見返りとしてハイポーションを先払いしてもいいと言ってくれた。

 但し、討伐したベヒーモの素材は万屋の総取りとなるのだが――、

 正直、これはかなり足元を見た条件である。

 しかし、皆さんも、動けない仲間を置いて元の世界へと帰るのは如何ともし難く、なにより、ベヒーモを討伐しなくてはダンジョンからの脱出もままならないと、その案を了承するしかなかったようだ。


 だが、ここで問題となるのが、一度はコテンパンに敗北したベヒーモをどのようにして討伐するかである。

 そこでオーナーが打ち出してくれた作戦は、強力な魔獣が魔素が濃い場所を好むという習性を利用して、先日の騒動でちゃっかり実物を入手・解析中だったドロップを餌に、ベヒーモをこのアヴァロン=エラに誘い入れ、ベル君を始めとしたゴーレム各位、そして、オーナーが一人せっせと作り溜めていたディロックをハンターの皆さんに開放。物量をもって一気に片付けるという作戦だった。

 作戦を聞かされた当初、本当にそれでうまくいくのかと、半信半疑のハンターの皆さんだったが、簡単なレクチャーでディロックの使い方を覚えてもらったところ、その有用性に気付き、これなら倒せるのではないかと希望を植え付けられたみたいだ。

 もしかしたらオーナーは、これを期にディロックの売り込みをしてしまおうなんて考えているのかもしれない。


 そんなこんなで、作戦の参加と引き換えに、先払いしたハイポーションによって、ある程度回復したハンターの中で特に足の早い者を選別、自らの志願でもって囮役を買って出て貰い、入念な打ち合わせをした上で作戦がスタートする。

 残念ながらゲートの向こうがどうなっているのかを確かめる技術はまだ量産の(・・・・・)目処が(・・・)立っていない(・・・・・・)

 先遣隊は大丈夫なのかとハラハラしながら待つこと暫く、

 まずは斥候をしてくれた面々が、数秒後に、まんまと誘いに乗ったベヒーモがこのアヴァロンエラに姿を現した。

 その巨体はまさに圧巻の一言だった。まるでちょっとした雑居ビルが横倒しになっているかのような迫力で、僕はその常識外れな大きさに慄きながらも、ストーンサークルに施された進入禁止結界を発動。猪のように突っ込んで来るベヒーモの動きを抑える。と、


「全員放てっ!!」


 誰かの掛け声をきっかけに、僕も含めた全員によるディロックによる集中砲火が始まる。

 ゲートを囲う大規模結界は侵入者を防ぐ一方通行の結界だ。

 ハンターの一団の手によって放たれたディロックが、ベヒーモを閉じ込めた結界内に電撃の乱舞が巻き起こさせ、氷の巨大花を咲かせる。

 そして、そんな魔法効果が入り乱れる結界内に突入する小柄な影、ベル君を筆頭としたゴーレム軍団だ。

 本来ならばここに、もう一体の秘密兵器を投入したいところだけど、彼を動かすにはそれ相応の魔力が必要となる。

 僕程度の魔力じゃあ数秒が限界で、オーナーの必要が不可欠だ。

 まあ、デメリットを考えると彼を動かすつもりもないのだが、どうしても自分達だけでは切り抜けられないピンチになったらオーナーにお願いするしかないだろう。

 ともかく、今は持てる戦力だけでどうにかやりくりをするしかない。

 僕がもしもの時の対応に気を向けている間にも、ディロックによる牽制に動きを封じられたベヒーモは、ベル君を初めとしたエレイン君達ゴーレムによる白兵戦によって徐々にその身を削られていく。

 だが、安全な結界の外から見るにそのダメージは微々たるもので、


「これは〈超回復〉か〈自己再生〉を司る実績を持っているのではありませんの?」


「ですよね」


 マリィさんの言う〈超回復〉や〈自己再生〉というのは、ゲームなんかで言うところのHP自動回復のようなものである。

 僕もこのファンタジー世界に関わるまでは知らなかったのだが、人間のみならず、この世の生きとし生けるものには、その者が生きていく中で成し遂げた実績に応じて、称号のようなものが与えられるらしく、その【実績】によっては様々な〈権能〉を受けられるようになっているらしいのだ。

 多分このベヒーモも、そんな実績を幾つか持っていて、そこから幾つかの〈権能〉を受けているのだろう。


「今のところ、その回復力よりも攻撃の方が上回っているようですし、このまま戦っても特に問題はないかと、まあ、いざとなったら、僕もとっておきを出しますから」


 それを聞いたマリィさんは、その大きな胸を抱くようにたぷりと腕組み、少し考えて、


「フム。つまり自動回復が追い付かないくらい強力な魔法で仕留めると?ならば私が倒してしまってもいいですの。相手は一応は巨獣になるのでしょう。待つのは性分ではありませんし、私もその立場上、稀有の実績が欲しいと思っていましたから」


 確かに【巨獣殺し】ともなればそれだけでかなりの箔が付く、自分の暮らす世界で揉め事を抱えるマリィさんとしては、是非とも手に入れておきたい実績だろう。


「でも、集団戦における実績の配分はどうなるんしょう?全員にその実績が付くんですか?」


「この手の集団戦において得られる実績というのは、その偉業に対する貢献度で決まると聞いています。でなければ、ただその集団にいたというだけでどんな弱者でも強力な恩恵を得られることになってしまいますからね」


 要するに寄生プレイでレアなスキルはゲットできないって感じかな。


「なら、恩恵に預かれるのはマリィさんとベル君達って事になるんですかね」


「確かゴーレムは実績を得られなかったのではなかったかしら。ベル達に支持を出したのも虎助ですよね。そうなると、ベヒーモを倒し実績を得られるのは私と虎助ということになるの思いますの」


 あれ、そうなると僕が一番寄生みたいになるってことなのかな?これは頑張らなくては、

 妙な方向から気合を入れ直した僕は、


「分かりました。ではマリィさんは準備を、僕は少し撹乱してみます」


「了解ですの」


 言うと、返事を待たず、用意したディロックをほぼ投げきってしまったハンターの皆さんと入れ替わるように結界内へ。

 腰に挿していた漆黒のナイフを逆手に抜き放ち、まとわりつく氷の花を斬り払いうと、振り下ろされる巨獣の前足を足を躱して、カウンター気味に捻れた双角の片方を斬り落とす。

 とはいっても、それはあくまで空間的に〈分断〉しただけなのだが、武器として使えなくなるのならそれでいい。

 前足を狙おうにも太すぎて切り落とせないしね。

 という訳で、次に僕が狙うのはその前足を凶器たらしめる鋭い爪。

 散発的に飛んでくるディロックの援護射撃や、白兵戦を行うベル君達の邪魔にならないよう回避に重点を置きつつも、隙あらばと一本一本その爪を分断していく。

 と、予測できな雷のディロックに巻き込まれながらも数分――、


 見た目は草食獣なのにやっぱり肉食獣なんだな。


 肉球付き鋭爪による洗礼を浴び、そこかしこに浅からぬ傷を作りながらも、どうにか片手の爪を二本づつ、ベヒーモの物理攻撃手段を大幅に削ったところで、マリィさんの魔法が完成したみたいだ。


「退避っ!!」


 その一言で、僕を含めたベヒーモを囲んでいた小柄な影が弾けるように結界の外へ出る。

 それを見計らったように高らかに魔法名が歌われる。


「〈連続魔法(ダブルスペル)炎嵐の二重奏(フレイミア)〉」


 獄炎と暴風。二種の大魔法がほぼ同時に発動され、とある大陸で五指に入ると言われる魔力が猛威を振るう。

 それはお互いがお互いを飲み込まんとする魔力のうねり、そこに属性の相性、それぞれの魔法の強度やその威力が重なって個人特有の魔法となる。

 結果的に生まれたのは、ベヒーモすらも飲み込む巨大な火柱。

 灼熱の暴風が不倒の巨獣を蹂躙する。

 そして、ハンターの面々が唖然とする目の前から消え去った火柱あった場所には、火傷にまみれ、血にまみれたベヒーモの巨体。

 物量作戦からの力押しの上級魔法に、倒れゆくその巨体には物悲しさを感じてならないが、それが弱肉強食の世界というものだ。

 消えゆく命に敬意を払いながらも、採れる素材の中には鮮度を尊ぶものもあると、戦闘の余韻に浸ること無く、エレイン君達の手によってすぐにベヒーモの解体が始められる。


 さて、ここで問題となるのが、解体したベヒーモをどうするかということだ。

 オーナーはそういう契約だから必要ないと言っていたのだが、命懸けでおびき寄せた彼等にも僅かばかりはと、僕の独断で一緒に戦ってくれたハンターさんに素材の分配を提案するのだが、彼等は彼等で地上に戻れば討伐の報酬が得られるのだと逆に断られてしまった。


 しかし、その代わりにと、今日一日の寝床と水の用意を頼まれてしまう。

 どうやら彼等はここで一泊することに決めたみたいだ。

 やはり一度は全滅にさせられそうになった相手との二連戦はさすがに堪えたのだろう。帰りの道のりを考えて、体調を万全に整えとのことらしい。


 と、そんなハンターさん達から出された要望に、だったら丁度いい物がありますと僕が用意したのは、以前、需要があるのではと幾つか仕入れたキャンプセットだった。具体的にはポールを立てて紐を引っ張るだけの簡単組立テントにエアーマットである。

 実はこの商品、軽過ぎるだとかすぐに壊れてしまいそうという理由から、仕入れてみたはいいものの、さっぱり売れなかったものだったりする。

 実際にハンターさん達も、最初は、本当にこんなものでキャンプができるのか。と疑いの眼差しを向けていたのだが、エレイン君達に使い方を見せられ、いざ自分で使ってみると、ようやくその便利さや意外な強度を分かってくれたようで、もしも報酬をくれるのならこれにしてくれないかと言い出す人が続出した。さすが現金である。

 中でも人気だったのが携帯できるエアーマットだった。聞くところによると、ダンジョンでの野宿が日常のハンターの方々とて、硬く冷たい地面の上に毎日寝るのは辛いものだそうだ。

 それが、コンパクトに折り畳めて、宿屋のベッドすらも上回るクッション性を持っているとなれば見逃せないとのことだ。

 そして、もう一つ頼まれていた水の手配は、単純に水道水を自宅にあったポリタンクに入れて大量搬入することで対応した。

 このアヴァロン=エラにも井戸が存在するのだが、そちらにはちょっとした(いわ)くと事情があって、今回はご遠慮願ったのだ。

 しかし、ダンジョン内での水は貴重なものだとはいえ、ここまで喜んでくれるとは、本来ならお酒で祝杯といきたいところだろうに……、

 だが、残念ながら万屋ではトラブルの元となるお酒は販売はしていない。

 せめて代わりになにか提供できるものがあればいいんだけど……。

 ただの水だけで大喜びしてくれるハンターの方々の姿に、そんな事を考えながらも万屋へ戻ろうとしていたところ、解体されるベヒーモの肉が目に留まる。

 本来、魔獣の肉というものは食べられないほど硬いものが殆どで、いつもなら魔素へと還元することで、様々なアイテムを作り出すエネルギー源として用いるのだが、このベヒーモの肉は綺麗に血抜きされ、ブロック状に切り分けられていたのだ。


「どうするんですコレ?」


 ちょうど作業の進捗状況を見に来ていたオーナーに訊ねてみると、どうやらこのベヒーモという神獣は神の供物と呼ばれる生物の子孫らしく、角が生えてるだけに(?)味や食感が牛に近いみたいで、滋養強壮効果の高い食材なのだという。

 オーナーとしては魔力回復効果を持つこの肉をジャーキーの作成や、自宅で一人待つ鬼――もとい、母への手土産に持たせてくれようと考えてくれていたらしいのだが、文字通り山のようにあるその肉を万屋だけで消費するのは難しい。

 だから、これなら彼等に譲ってもいいのでは?という僕の提案に、オーナーからも、それならば――と許可が下りるのだが、

 ブロック肉をそのまま渡すのは、これからダンジョンの脱出に向かう彼等にとってはむしろ荷物になってしまう。ジャーキーなどに加工するにしても多少の時間は必要だ。だとしたら、ここで消費してもらうしかないのだが、単に焼いて出すだけというのは芸がない。

 いや、この肉の場合、むしろそっちの方が美味しいのかもしれないが、手早く全員に行き渡らせるとなると、鍋とかの煮込み料理の方が簡単か。

 ただ、鍋物となると必然的に肉以外の材料も必要で、これだけの人数を賄える他の食材も買うとなると、金銭的に難しい。


 どうしようか?僕が次なる思案に耽っていたところ、それがまた独り言となって零れていたのか。どこぞの現場監督のように解体の様子を眺めていたマリィさんから、そっと数枚の金貨が差し出される。


「これで追加の食材を買ってくればいいですの」


 『ノブレス・オブリージュ』とはたまに聞く言葉だが、マリィさんの世界にもそんな風習があるのだろうか。それともハンターさん達の治療の一端を担った者として、一緒に戦った者として、僅かばかりの仲間意識でも目覚めたのか。

 どちらにしても奢りとあらば受けない手はないだろう。実際に金貨を渡されても換金に時間がかかってしまうが、そこは以前に換金してプールされている資金から切り崩せばいい。


 さてと、お金の算段さえついたら、残る問題は何を提供するかということだ。

 しかし、それは難しく考える必要はないだろう。

 何しろ資金はたんまりとあるんだ。そして、こういうシチュエーションで大勢のお腹を満たす料理といえばアレしかない。

 そうとなれば善は急げ。

 僕は料理の算段をつけた僕はゲートをくぐって自分の世界へ戻る。

 そにあに預けてあったお金を受け取ると、近所のスーパーで食材を大量購入。

 その内訳は米に人参、玉ねぎにじゃがいも、そしてカレールー。

 そう。大人数でワイワイ食べるといえばカレーだろう。

 肉は勿論ベヒーモの肉だ。どうせ食べきれない程ある肉だ。あまりは焚き火かなんかで串焼きにしてしまうのもいいのかもしれない。焼き肉のタレなんかも買ってきてみたりした。

 すぐさまアヴァロンエラに舞い戻り、エレインや手すきの皆さん達に手伝ってもらいながら材料の下拵えを済ませる。

 そしてカレーの調理に使うのは、重さがネックとなって見向きもされなかったダッチオーブン。

 かたや大人数のご飯を炊くのに使うのは、飯盒やコッヘルなどのアウトドアクッカー。

 異世界の人達には軽いアルミ素材そのものが伝説級の金属らしく、蓋などはフライパンやお皿代わりなど、いろいろな用途に使えるそれらは、普段から売れ行きがいいもので、今回も何人かが使用後に買い取りたいと申し出る程だ。


 とはいえ、アウトドアにおける炊飯というのは意外に火加減等の管理が難しく、慣れていない人が大量に米を炊くとなると失敗しがちである。

 しかし、この場においてそれは問題は無い。

 なにしろ火を扱うのがマリィさんを始めとした魔法職を修めた面々だからだ。加えて炊飯の知識を持っているエレイン君達の指導さえあれば、失敗することもないだろう。

 後は人海戦術で炊飯にあたる。


 そうして各々に調理すること小一時間程――、


 漂い始めたスパイシーな香りに誘われたのか、多くのハンターが紙皿や自前の食器を手に手に集まり始め、まるでどこぞの俳優集団が行うような炊き出し風景が展開される。

 後はご飯をよそい、香り高いルーをその上にかければ完成だ。

 作っている途中、魔獣の肉で作ったカレーを食べてくれるものだろうかと、改めて少し遅めの心配したものだが、待ちきれずに串焼き肉でバーベキューを始めているところから見るに、ハンターの方々は普段から魔獣の肉に慣れ親しんでいるようだ。

 次々とやってくる腹ペコ達にカレーを渡していく。

 と、その最中にクゥと聞こえてくる可愛いお腹の音は、組み立て椅子に座り、配膳の様子を眺めていたマリィさんからのものだった。さすがのお姫様も食欲を刺激するスパイスの誘惑には抗い難いようだ。

 振り返った視線が大きく見開かれたロイヤルブルーの瞳とぶつかる。

 だがそれも一瞬のこと、マリィさんの白い肌がみるみる朱に染まり、そっぽを向いてしまう。

 しかし、暫くするとまた、ソロリこちらを見て、後はそれのエンドレス。


 食べたいんだろうなあ。


 マリィさんのリアクションからそう察するが、仮にも姫君の称号を持つマリィさんに、魔獣の肉をぶち込んだ異国の料理などを食べさせてもいいものか。

 だが、たとえ王の血筋に属する者とはいえ、初めて見た美味しそうな料理を食べたくなるのは当然の心情だ。それが自分達の手で作ったものなら尚更だろう。

 最終的にそう判断した僕は、あらかた終えた配膳作業をエレイン君達に任せると、自宅から持ってきた小さな鍋とお櫃にカレーとご飯をよそい、あくまでこちらから頼んで食べてもらうという体を装い、マリィさんを誘って万屋に戻る。

 そして、いつも座る上がり框の上に祀られる神棚に小さなカレーを配膳すると、休憩室で二人、顔を突き合わせた食事と相成った。

 金髪の美少女を差し向かいでカレーを食べるというシチュエーションには、若干の違和感を感じざるを得ないが、偶にはこういうのもいいだろう。

 手を合わせて――、


「いただきます」


「い、いただきますの」


 郷に入っては郷に従えと、ぎこちないながらも僕に習って手を合わせたマリィさんは、銀のスプーンでカレーライスをすくい取り、恐る恐るその小さな口の中に運び入れる。

 と、次の瞬間、マリィさんはまるで雷にでも打たれたかのようにカッと目を見開き、一心不乱に茶と白のコントラストを口の中へと放り込んでいく。

 僕はそんなお姫様にあるまじきマリィさんの姿に――、

 確か、今みたいなカレーが開発されたのって中世以降だっけ?そう考えると、マリィさんを含めた異世界の人達にとって、カレーという料理は未知の魔力を秘めた料理と呼べるのかもしれないな。

 そんな埒もないことを考えながら一口カレーを食べて、「ああそうだ。これがなくちゃ始まらない」と、こっそり持ってきていた小さなタッパーを食卓に置く。


「福神漬もどうですか?」


 僕の問い掛けに「フクジンヅケ?」とオウム返しをするマリィさんに、元々はチャツネの代わりに出されたもの。という雑学が脳裏を掠めるが、それを言ったところで、カレーの無い世界に生きるであるマリィさんには理解できないだろう。

 だから、


「薬味ですよ。らっきょうっていうのもありますが、好き嫌いが分かれますからね。カレー初心者のマリィさんにはこちらがオススメです」


 口にする台詞を簡単な説明に差し替えると、小さなスプーンを福神漬の山に突き刺す。

 と、マリィさんも一口で福神漬を気に入ってくれたようだ。ごっそりとご飯の脇に盛り付け、またカレーを頬張る。

 そして、これが淑女のたしなみというものか。そっと差し出されるおかわりに、意外と食べるなあ。と若干驚かされながらも、

 このカレーは自らの手で調理したものだ。それがスパイスとなって普段よりも食を進ませているのかな。僕なりの解釈によって余計な一言を打ち消して、よそったカレーを献上する。


 結局、共に三杯完食したところで「「ごちそうさま」」。夕食を済ませた二人はくつろぎの時間を過ごし、今日は忙しかったからちょっと早めにと、ベル君への引き継ぎなど、最低限の仕事を済ませて、空になった食器や鍋類を手に元の世界に帰ろうかという頃には、激動の一日だったのだろう。一部エレイン達に混ざって洗い物を手伝う若いハンターを他所に、明かりの消えたテントからは豪快ないびきが聞こえてきていた。

 そんな騒がしいキャンプを横目に僕達はストーンサークルの真ん中まで歩いてゆき、


「じゃあ、また明日」「ええ、また明日ですの」


 挨拶を交わし、それぞれの世界へと帰還する。


 ――と、翌朝、


 僕は学校へ行く前の時間を利用してアヴァロン=エラを訪れていた。

 目的は残りの肉の分配を兼ね、売ったばかりの調理器具に不備が無いかを確認するというものだったのだが、基本的にそれはエレイン君達に任せておけばいい。

 だったらどうしてわざわざやって来たのかといえば、そこには店主としての使命感というか、共にベヒーモと戦った彼等が、無事に元の世界へと帰る姿を見送りたいという思いがあったのは言うまでもないだろう。

 しかし、そんな大勢の中に何故かマリィさんの姿があった。

 どうしてこんな朝早くからここにいるんだろう?多少の仲間意識のようなものは目覚められたように見受けられたが、わざわざ見送りに来るなんてマリィさんらしくもない。

 首を傾げていると、彼女の方からこちらに近づいて来て言う。


「来ると思っていましたの」


 そこまではいつも通り、自信満々。ともすれば尊大不遜にもなりかねない普段のマリィさんだった。

 しかし、違和感はその直後に訪れた。

 マリィさんが「それで、あの、その――」と、らしからぬモジモジした姿を見せたと思いきや、自分でも似合わないと思ったのだろう。逆ギレ気味にこう言い放ったのだ。


「き、昨夜のカレーというものはお幾らくらいになりますの!?」


 どうやらこのお姫様は、魅惑のスパイスにすっかりハマってしまったらしい。

 どこか子供っぽく見えるマリィさんからのお願いに、僕は油断してしまえばニヤけてしまいそうになる表情を引き締めながらこう応える。


「高いものじゃありませんよ。マリィさんは前に預かった金貨も随分残っていますし。学校帰りにでも買ってきますよ」


 そう言ってそっと差し出そうとする金貨袋を手で押し戻してあげたその時だった。


「高くないって話は本当か?」

「だったら俺達もテントとかはいいから。仕入れてきてくれないか」

「私も、足りないのなら一度帰ってからまた戻ってくるから」


 聞き耳を立てていたのでは無いのだろう。昨日の残りのカレーを食べていたハンターの皆さんが次々と殺到する。


 かつて大航海時代に胡椒が金と同じ価値を持っていたなんて逸話があるが、異世界においてカレー粉というものはそれに匹敵するものなのかもしれない。

 わらわらと集まってくる面々にそう思わざるを得ない僕だった。

 今まで後書きで度々触れてきた実績にちょっと触れてみた回です。

 【】内に書かれているものが実績だと考えて下さい。

 内容はそのまま実績。ゲームによくあるアレですね。

 イメージとしましてはスキルが付随した称号のようなものだとお考え下さい。


 しかし、基本が防衛戦になってしまうアヴァロン=エラでの戦闘描写は難しいです。ベヒーモ自体、結構な強敵のイメージで書いていたのですがあっさり倒されてしまいました。まあ、マリィがハイスペックなのと、作戦の都合上、罠とか張りまくることができますから、やりようによってはもっと簡単に倒せていたかもしれません。(予防線)



【巨獣殺し】……巨獣を討伐した者に与えられる実績。倒した巨獣によって与えられる権能(・・)は様々。二匹目以降の権能は実績内に統合される。

(ベヒーモの場合は治癒力向上)


連続魔法(ダブルスペル)〉は二種類の魔法をほぼ同時に放つ技法です。

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