ギルガメッシュな夜
◆前回に続き、今回も長めのお話となっております。ご注意下さい。
(具体的には一万文字越えです)
それはとある平日の午後七時を過ぎた頃、僕が早めの夕食を済ませて魔剣の整備をしていると、金髪のドレッドヘアを揺らした巨漢が肩をいからせながら店の中へと入ってきて、こんな事を言い出したのだ。
「おお、なんと美しい女だ。初夜権を行使する。相手をしろ」
声をかけられたのは、カウンターの手前で僕と同じようにエクスカリバーさんの刀身を磨いていたマリィさん。
ドレッドヘアの青年は唖然とするマリィさんに手を伸ばし、連れて行こうとするのだが、そこに元春が「おいおい――」と軽い感じで声を滑り込ませる。
「初夜権とか、このクソイケメンは何を言っちゃってんの? バカなの?」
「ああん、なんか文句でもあるのか、この下郎が」
ダルそうにしながらも、嫉妬という訳でもないだろう。ただ反射的に助けに入ったと思われる元春を一睨み。ドレッドヘアの青年は謎の威圧を発生させて、元春を物理的に黙らせる。
そして、改めてマリィさんの方へと向き直り。
「来い。お前に天国を見せてやるぜ」
そう言ってマリィさんを強引に連れて行こうとする青年。
僕はそんな青年の行動に、急に倒れてしまった元春の無事を確認した上で、
これはもうアウトだね。
音もなくカウンターの外へと飛び出して、マリィさんの手を取ろうとする彼の手を逆に取ると、そのまま捻り上げ、紳士的に声を掛ける。
「お客様、店内での揉め事は困ります」
「いでででででで――、
ああん? なんでテメェは動けんだ?」
僕の関節技を受けたドレッドヘアの青年は、この状況が理解できないとばかりに言いながらも、さっきよりも強い圧力を飛ばしてくる。
だが、そんな小手先の技など母さんのプレッシャーに比べたらそよ風のようなものだ。
「なぜと言われても、こういうのには耐性があるからですけど」
だから平然とそう答えてあげたところ、ドレッドヘアの彼はその瞳に魔力を灯して、なにか鑑定系の魔法を使われたみたいだ。
「そうか、テメェ。なんか強力な加護に守られてやがんな。
面倒臭ぇ――、『邪魔をするなっ!!』」
関節が傷むのも気にせず、強引に僕の腕を振り払って殴りかかってくるドレッドヘアの青年。
早いな。
でも――、
僕はドレッドヘアの青年の大振りなパンチに対して、関節を極めた腕を離して、ヌルリと青年の懐に飛び込み――、
しかし、そこに小さな魔弾の横槍が入る。
「ちょっと、私を無視して話を進めないでいただけますの」
突然のことで反応が遅れてしまったみたいだけど、マリィさんも参戦してきたみたいだね。
きちんとエクスカリバーさんを台座に戻した上で、速射性に優れる〈火弾〉で割り込みをかけてきたみたいだ。
しかし、相手が元春ならまだしも、このドレッドヘアの青年が戦いの相手ともなると、マリィさんでも手加減できないだろう。
そうなると――、
「マリィさんもこう言っていますのでご退店することをオススメしますが」
「はぁん。なに言ってんだテメーら、神獣を舐めてっと後悔することになっぞ」
僕と彼とマリィさん、それぞれの実力を大まかに計算した僕は、ここは穏便にとそんな提案するのだが、ドレッドヘアの青年が喉をいがらせて言う。
一方、その言葉を受けた僕とマリィさんは――、
「「神獣?」」
声を揃えて頭上に疑問符を浮かべる。
すると、ドレッドヘアの青年はニヤリと口元に自信満々な笑みを浮かべ。
「おっと、うっかり口がすべっちまったな。
そうだ。俺は人の神獣――ギルガメッシュだ」
うっかりととは言っているが、多分わざとだろう。
彼――ギルガメッシュは、自分が神獣であることを明かして、この場の主導権を取ろうとしているんだと思う。
しかし、人の神獣とはいったいどういうことだろう?
それって獣の範疇に入るのかな?
まあ、生物的な分類でいうと人も獣も対して変わらないというか、いろいろな意味で人も獣の一種と言えなくもないんだけど。
そして、ギルガメッシュという名前――、
確かその名前を冠した叙情詩に出てくる半神半人の王様だったっけ?
ゲームキャラとかの題材として、よく取り上げられていたりするから、ある程度は知っているけど……。
「つまり、これは神の試練ってことですか?」
嘘か真か、僕がギルガメッシュを名乗る青年の言葉を吟味する一方でマリィさんが口を開く。
マリィさんとしては彼が神獣かそうでないかということよりも神の試練の方が重要なのだろう。そう言って彼に訊ねるのだが、
「違うぜ。これは試練でもなんでもねーな。ただ俺が俺のしたいことをしているだけだ」
つまり、ギルガメッシュは神獣を自称するが別に役目がどうとかそういうことではなくて、ただ単純にマリィさんを見つけたからちょっかいをかけたと――。
だったら別に僕達は遠慮はしないでいいってことだね。
まあ、どっちにしても、僕には万屋を預かるものとしてお客様を守る責任があるから。
「マリィさん」
「ええ、神の試練でないのなら構いませんの」
「ということで、マナーの悪いお客様にはご退店を願います」
「死がお望み――ということでいいか?」
マリィさんに確認がとれたということで、にこやかにお帰りを願う僕に対し、ギルガメッシュは自分が馬鹿にされていると、そう思ったのかもしれない。剣呑な空気を放ちながらも、なにもない虚空から豪華な装飾が施された黄金のバトルアックスを取り出す。
そして、間髪入れずの振り下ろし。
万屋の天井を削りながら、僕を真っ二つにせんと攻撃を仕掛けてくる。
僕はそんなギルガメッシュの攻撃に対して、腰のホルスターからナイフを抜き取り、迎撃の構えを取る。
しかし、僕が持つそれは、一見ふつうの黒塗りのナイフであって――、普通ならここは刃と刃がぶつかって、重量の差から僕の方が押し負けると、そんなシーンになるのだろうが、僕がいま持っているのは空切だ。
空切はギルガメッシュの振り下ろした黄金の刃をまるでバターのように斬り裂いて、僕は勢いそのままギルガメッシュの首を撥ねてやろうと迫る。
しかし、さすがに相手は神獣(いまのところ自称だけど)、そこまで甘く無かったみたいだ。
ギルガメッシュは「なっ」と驚きながらも霞むような動きで沈み込み、首への一撃を回避。
僕は頭の薄皮一枚を切り取るのが精一杯だった。
でも、僕の攻撃はここで終わりじゃない。
空切での斬撃の体勢からさらに捻って、そのまま後ろ回し蹴りを放つ。
足裏にゴムタイヤを蹴ったような感触が伝わり、ギルガメッシュの体が弾け飛ぶ。
数々の魔獣を倒すことによって得た権能の力を持ってしての全力キックだ。それなりの威力にはなっているハズである。
ギルガメッシュの巨体が万屋の正面へ。
彼の背後にはガラス戸が待ち構えているが、これは魔法窓からの操作で開け閉めができる。
ということで、ギルガメッシュはそのままご退店。
僕は彼を追いかけるように外へ出て、
「その武器は危険だな」
頭皮が分断されたのに気付いていないのか、河童ハゲの状態にも関わらず真面目な顔で空切の危険性を口にするギルガメッシュ。
とはいえ、ギルガメッシュ本人はまったくの無傷のようなので、やる気満々で殺気のこもった視線を僕に向けてくる。
これは戦闘続行だね。
しかし、このまま店の前で戦ってしまうと店に被害が及んでしまうだろう。
だからここは全力で戦っても被害が出ないように、万屋の西側に広がる荒野にギルガメッシュを誘い込む。
いや、どっちかというと追い込むといった方が正しいのかな。
僕は、右手に四つ、左手に四つ、それぞれの指に挟むようにマジックバッグから取り出した雷のディロックに魔力を流す。
そして、わざと逃げ道を作るようにそれを放り投げて、三秒――、
「効かんっ!!」
発動した雷の嵐が神獣の薙ぎ払われる。
分断された斧でよくやるよ。
そこは腐ってもそこは神獣といったところかな。
ふむ、だったらここはとっておきの――、
僕が腰のマジックバッグに手を伸ばした時にそれは起きた。
「〈大爆発〉っ!!」
余裕ぶっているギルガメッシュの周囲の魔力が収束、次の瞬間、大爆発が起きたのだ。
オレンジの爆炎に飲み込まれるギルガメッシュ。
犯人は言わずもがなあの人だ。
「えと、マリィさん。ちょっとやりすぎなのでは――」
「そうかしら。相手は一応神獣なのでしょう。あれくらいの攻撃では死なないのではありませんの?」
ギルガメッシュの反撃を警戒して、振り返らずに話しかける僕にマリィさんは不機嫌さを滲ませた声でそう答える。
これはギルガメッシュが神の試練を与えに来たのではなく、単にナンパ目的にここにやってきたことに怒っているのだろう。
横に並んだマリィさんは『盾無』を装備して、完全なる戦闘態勢になっている。
「取り敢えず、砂煙をどうにかしましょうか」
「それには及びませんの。これをこうすれば分かりますの」
そう言って、風のディロックを砂煙の中に投げ込もうとする僕を遮るように、マリィさんが見せてくるのは空切でのファーストアタックで僕が削ぎ取ったギルガメッシュの頭皮。
マリィさんはその頭皮から生える金色のドレッドヘアを数本、おもむろに掴んだかと思いきや、勢いよく引っ張って、
「あ痛たたたたたた――」
砂煙の中から聞こえてくるのはギルガメッシュの情けない声。
そして頭を抑えて砂煙の中から転がり出てきたかと思いきや、こう叫ぶ。
「テメェ――、これは、何しやがった?」
聞かれたところで別に教えてあげる義理は無い。
教えてあげる義理はないのだが――、
さすがにこれは可哀想だ。
ちょっと同情をしてもいいだろうということで、
「実は、このナイフには特殊な空間系の能力が施されていまして、ケガなどの影響が無いままに切断面を作ることが出来るんですよ。本当は首を狙ったんですけど、結果的に頭頂部の髪の毛だけが斬れてしまったみたいですね。マリィさんの持っているものがそれです」
いま味わった痛みはなんなのか、それを説明する僕に、「返せ!!」と手を伸ばすギルガメッシュ。
しかし、マリィさんはそんなギルガメッシュを「お黙りなさい」と一蹴。
ぶちりとクールなドレッドヘアを引き千切ることで答える。
と、それは、ギルガメッシュにとってまさしく破滅の音だったのだろう。「ギャー」と情けない悲鳴をあげるギルガメッシュ。
対するマリィさんは彼の見ている目の前で抜き取った髪の毛を燃やして散らす。
物理と精神の両面からのダメージを狙った恐るべき攻撃だ。
そして、転げ回るギルガメッシュを見てマリィさんは冷笑し。
「この男、本当に神獣ですの?」
えと、正直マリィさんの所業は結構ヒドいと思うんですけど……。
しかし、それはそれとして、確かにこんな情けない姿を見てしまうと、彼が神獣なのかという疑問に僕も首を傾げざるをえなかったりする。
今まで出会った神獣はいろんな意味で力を持った存在だった。
その方たちに比べると、このギルガメッシュを名乗るドレッドヘアーの青年は一枚も二枚も劣るようにしか見えないのだ。
そもそも人間型の神獣というのがまた胡散臭い。
はたして、彼の言っていることは本当のことなのか。
僕達が向ける疑いの眼差しに気付いたのだろう。すっかり薄くなった砂煙の向こう、戸惑い気味にギルガメッシュが聞いてくる。
「お、おい、お前ら、なんでそんな目で俺を見る?」
「いえ、お客様が本当に神獣なのかな――ってちょっと疑っていまして」
「なっ!?」
「他の神獣の皆さんに比べると、どうしてもレベルが低いと言いますか――、なんと言いますか――」
「ちょっと待て、お前ら、他の神獣に会ったことがあるのか?」
「今更ですのね。神獣を名乗る貴方に対する私達の反応から気付きませんの」
会話の流れからふと出た疑問。そんなギルガメッシュからの確認に、マリィさんが呆れるように肩をすくめる。
そして、
「そうですね。テンクウノツカイのルナさんとか、エンスウさんとか、テュポンさんとか、会いましたよ」
僕が思い出すようにそう答えると、
「テュポンだと!?」
「虎助、その方は私も初耳なのですが」
ギルガメッシュが愕然としたようにそう声を震わせ、マリィさんが自分も聞いていないと二つのチョモランマを押し付け聞いてくるので、
「この間またやってきまして、その時に戦ったんですよ」
僕はガチャガチャとうるさい外野を無視して、先にマリィさんをどうにかしないとと、その豊満な体を引き剥がしながらそう答えると。
「狡いですの。狡いですの」
マリィさんは駄々っ子のように両拳――と同時にその二つのチョモランマもシェイク。恨めしげにそう見上げてくる。
しかし、相手は素っ裸の大巨人。
もし、あの時のマリィさんがテュポンさんに出会っていたら、どう考えても大惨事だった。
「いえ、彼はマリィさんとは相性が悪い相手でしたので、会わなくて正解だったかと」
だから、本当にあの時マリィさんがいなくてよかったと、僕がオブラートに包んでそう答えていると、放置されていたギルガメッシュがいきなり大声を上げる。
「俺の話を聞け――っ!!」
おっと、ちょっと意地悪が過ぎたかな。
僕は必死過ぎるギルガメッシュの声にペコリと一礼をして、
「ああ、すいません。マリィさんがあまりに真剣だったもので」
「貴方、まだいましたの?」
そして、そんなギルガメッシュをナチュラルに煽っていくマリィさん。
だが、ギルガメッシュは無視されたことを怒るのでもなく、それよりも聞きたいことがあるようだ。
苛立ち紛れにチッと舌打ちをした上でこう聞いてくる。
「まあいい。それよりもテメェ等、もしかして【神獣の加護】を持ってやがんのか?」
「はい、僕がルナさんとエンスウさん、テュポンの三人(?)から、マリィさんがエンスウさんから加護を貰ってますよ」
ギルガメッシュからの質問に正直に答える僕。
すると、マリィさんが口を尖らせる一方でギルガメッシュはゴクリとつばを飲み込むようにして、
「おいおいマジかよ。このガキがあの最強最大にテュポンに勝ったというのか」
「ええ、一応――」
愕然とするギルガメッシュ。
彼からしてみるとそれだけ僕がテュポンさんに勝ったことが信じられなかったみたいだ。
とはいえ、ギルガメッシュの驚きもそのハズで、
なにしろ僕達とテュポンさんとの戦いはある意味でハンディキャップマッチのような状況だったのだ。
防具もなにもないテュポンさんに対し、僕達は戦闘前から仕込んだ魔法で急所を狙い撃つ。そんな男の尊厳を奪うような作戦を発動してようやく勝利を得ることが出来たのだ。
もしも、その作戦がなかったとしたら、たとえモルドレッドと投入したとしても、たとえ万屋謹製の装備やアイテムを大量投入したとしても、確実に勝てるとはいえなかっただろう。それがテュポンさんという神獣だったのだ。
しかし、これは言えないよね。
僕がテュポンさんの名誉を思い、濁した証言。それが逆にギルガメッシュを追い詰める結果に繋がってしまったのかもしれない。
「くそっ、なんでそんなバケモンがこんなところに――」
バケモノとはまた大袈裟な。
本当にただ運が良かっただけなんですけど……。
「こうなったら。全力全開でぶっ殺すしかねぇ」
なぜそんな結論になるのかな。
あまりに短絡的、あまりに拙速なギルガメッシュの思考回路に、心の中でツッコミを入れる僕。
その一方でギルガメッシュは、
「来やがれ、クソ野郎共」
そう叫び、体から金色のオーラを立ち昇らせる。
んん、これは、なにか魔法を使おうとしているのかな。
警戒する僕の目の前、黄金のオーラに照らされて、地面から湧き上がってくるのは黄金の軍勢。
それはリビングメイルとでも呼ぶべきか、まさにマリィさんの好きなおとぎ話の世界から飛び出してきたような黄金の鎧で全身をかためた兵士が次々と現れ出たのだ。
これは、召喚魔法? それとも死霊術の類?
しかし、この数はちょっとマズイかも。
ギルガメッシュの呼びかけにより現れた黄金の兵士達の数は既に百に迫る数になっていた。
人間の力というのは個ではなく群の力。そんな言葉をどこかで聞いたことがあるが、文字通り、それがギルガメッシュの力になっているのだとしたら、これはちょっと卑怯な力じゃないかな。
たった一人で幾人もの兵士を従えて戦う。
人の神獣。
やはり神獣と呼ばれる存在だけに恐るべき力を持っているな。
とはいえだ。いつまでもギルガメッシュの力に圧倒されていてはなにも始まらない。
僕はまざまざと見せつけられたギルガメッシュの力にどう対処すべきなのかと、すぐに頭を切り替える。
そして、僕が高速で考えを巡らせ始めるその横で、この女は突然現れた黄金の軍勢にテンションがあがってしまったのだろう。「凄い。やれば出来るではありませんか」と、神獣に言うにはちょっと不遜な喜び奇声をあげる。
僕はそんないつも通りのマリィさんに『仕方がないなぁ』と苦笑しながらも、『やっぱり数には数しか無いだろう』と|魔法窓を開いてソニアに連絡を取ろうとする。
さすがにこの数を僕とマリィさんだけで相手するのは無謀だからね。
しかし、僕がいざソニアにコールをかけようとしたその時、予想外のアクシデントが発生する。
いまも増殖を続ける金色の軍勢の背後、ゲートから光の柱が立ち上ったのだ。
こんなタイミングでお客様が――、
いや、もしかしたら魔獣という可能性もあるかもしれないけど、どちらにしても間が悪い。
不意の来訪者に、僕はソニアへのコールをキャンセル。ゲートのエレイン君に誰がやって来たのかの確認のメールを送る。
すると、その返信が帰ってくるよりも早く、光の柱から何者かが飛び出したみたいだ。
やや遅れて届いたエレイン君からの報告によると、それは緑髪の男性。
ギルガメッシュとはまた違った細身の美青年が猛スピードでこちらへと向かってきているらしい。
はてさてこれはどうしたものだろう。
この黄金の軍勢を見て、なんの躊躇いもなく突っ込んでくるなんて正気の沙汰じゃない。
そう考えると、その緑髪の美青年はこの黄金の軍勢のことを知っている?
ということはギルガメッシュの関係者とか?
もしかするとギルガメッシュが使った黄金のオーラによって呼び寄せられた別の存在とか?
うん。黄金の軍勢も彼に何かをする様子もないし、その可能性が高いのか?
しかし、どちらにしても、あれこれと深く考えている時間はないな。
何故なら、その緑髪の美青年はギルガメッシュのすぐ後ろまでやって来ているのだから。
うん。こうなったらもう、彼の行動いかんによってアドリブでなにか仕掛けるとか、そうした方がいいのかもしれない。
そして、僕達の目の前にいるギルガメッシュは、自分の背後でそんな事態が起きているとは気付いていないようだ。
呼び出した黄金の軍勢に気が大きくなったのだろう。フハハ――と三段哄笑をあげて、「テメェ等、覚悟しやがれ」と半分になった黄金の斧を振り上げて、今から突撃してやるとばかりに気炎を上げている。
だが、いざ突撃と言おうとしたその瞬間――、
スマッシュ。
いつの間にやら棍棒を手にしていた緑髪の青年にその河童ハゲな後頭部をブン殴られてしまった。
「「えっ!?」」
いったい何が起こったのか。一瞬の呆然にとらわれるマリィさん。
僕はどうなっても対処できるようにと構えていたから動揺するとかはなかったのだが、これは予想外の展開である。
タイミング的に見て、ギルガメッシュの味方ではないか疑っていたのだが、まさかのこっちの味方だったとは――、
そして、始まるお説教。
「ギルガメッシュ。どこに行ったかと思ったら、こんなところでなにしている?」
「エ、エンキドゥ。どうしてお前がここに!?」
「そんなのエア様に頼んだに決まってるじゃないですか」
どうやら、いまやって来た緑髪の青年はギルガメッシュのお知り合いみたいだ。
漏れ聞こえる会話の内容から察するに、エンキドゥと呼ばれた彼はギルガメッシュの友人のような人物らしい。
神獣とその従者とかそういう感じになるのかな。
いや、ギルガメッシュにエンキドゥ。
うん。彼の名前もまた聞いたことがあるな。
僕はそんな記憶を頼りに、この置いてけぼり状態の時間を有効利用して、開きっぱなしだった魔法窓からインターネットに接続、検索をかけてみる。
すると、どうも彼はギルガメッシュの親友でありライバルのような存在みたいだ。
一緒に書かれている逸話を見る限り、随分とはっちゃけた危険人物みたいだが、そんなインターネット経由で仕入れた情報は目の前の彼とはかなり印象が違う。
だったら、この情報は参考程度にしておいた方がいいのかもしれないな。
しかし、その一方で、この情報はマリィさんにも見てもらっておいた方がいい情報だ。
この後、彼がどう動くかもわからないし、その時の為に情報は多くあった方がいいだろう。
僕は、神獣に対するものとは思えない、いたずらっ子を叱るようなお説教が続く中、マリィさんと情報共有を行う。
すると、少しして彼等の間で、ある程度の話がまとまったみたいだ。
後頭部からのアイアンクローで引き摺られてきたギルガメッシュがエンキドゥさんに無理やり頭を下げさせられる。
「この馬鹿がご迷惑をおかけしました」
「め、迷惑かけたな」
地面に額を擦り付けられるギルガメッシュ。
うん。やっぱり彼は僕達の世界の叙情詩に出てくるエンキドゥと違ってちゃんと常識的な(?)人みたいだ。
マリィさんとの情報共有が意味なくなっちゃったけど、これはありがたい。
そして、彼の言う通り、本当にギルガメッシュにはご迷惑をおかけさせられました。
だから、謝ってくれるのはありがたいのだが、
謝るんなら僕にではなくて――、
「謝るならこちらのマリィさんにお願いできますか?
初夜権を行使するだのなんだのと、いろいろと失礼な発言を言ってましたので」
そんな僕の指摘にエンキドゥさんの優しげな目がまた釣り上がる。
「お前はまたそんなことを――」
「だってよ。いい女だったんだもん」
だもん――って、ギルガメッシュのキャラがブレてないかな。
いや、もしかするとこっちのキャラの方が素なのかもしれない。
神獣としての顔と人間としての顔、そういうものがあるのかもしれないな。
そして、いろいろとあり得ない発言をした訳だからきっちりとマリィさんに謝罪を入れるべきだという僕の要求は、エンキドゥさんによって強制的に叶えられることになる。
「すいません。すいません」というエンキドゥさんの声に合わせて、ギルガメッシュの頭が水飲み鳥のように地面に打ち付けられる。
そんな風に謝りさせられること数十回。
「マリィさん。エンキドゥさんがここまで謝ってくれているんですから、そろそろいいんじゃないですか?」
「ですわね。しかし、これでこの男は本当に反省していますの?」
これ以上、謝られても痛々しいだけだ。何度も何度も頭を地面に叩きつけられ、ギルガメッシュの額から血が滲み始めたそんなタイミングで掛けた僕の声にマリィさんが『一先ずはいいでしょう』と頷いて、
しかし、これで反省になっているのでしょうかとそんな風に聞いてくる。
うん。いまも不貞腐れたようにするギルガメッシュを見るに、反省はしていないようですね。
そして、マリィさんもそんなギルガメッシュの態度に思うところがあったのだろう。たぷりと胸を強調するように腕を組んで、
「ならば仕方がありません。この駄目神獣にはアレを装備してもらうことにしますの」
「アレ、といいますと?」
「ふふん。勿論、エルフの男共につけたアレに決っているではありませんの」
「また、ですか。
でも、神獣であるギルガメッシュさんにあんなものをつけて大丈夫なんでしょうか?」
不穏な会話の後、どこか憐れむような、どこか困るような、そんな風に見下ろす僕の目を見て、自分が何をされるのかと気になったのだろう。ギルガメッシュが「なあ、なあ――」と声をかけてきて、「アレってなんだよ」と聞いてくる。
と、そんなギルガメッシュからの問い掛けに僕は少し迷いながらも。
「なんて言いますか――、いろいろと条件を設定して、禁則事項に触れた場合、股間に強烈な一撃が入るマジックアイテム――といったところでしょうかね」
そう答えたところ、それを聞いたギルガメッシュの顔が真っ青に――。
神獣なら、そういう攻撃は無効化できたり、耐性でもあるのでは? 僕としてはそんな風に思ったりもしたのだが、やはり基本は人間の男である以上、その弱点は変わらないみたいだ。
まあ、最強最大(?)なんて言われるテュポンさんですら、急所攻撃には勝てずに崩れ落ちたことから推して量るべきなのだろう。
「お、俺は神獣だぞ」
子供のように自分の立場を強調するギルガメッシュ。
しかし、いまこの場に彼の味方はいなかったようだ。
「それはそれは素晴らしい道具ですね。
是非――、是非、それを、つけてやって下さい。
調子に乗っているこの馬鹿にはいい薬です。
可能ならば、そのマジックアイテムの作り方を教えていただけると助かるんですが」
キラキラとした瞳でそう乞うてくるエンキドゥさん。
エンキドゥさんは前々からギルガメッシュの傍若無人っぷりに困っていたようだ。
その対抗措置として、是非〈息子殺しの貞操帯〉の作り方を教えてくれと言ってくるのだが――、
「それは、別に構いませんけど――」
本当に良いんですか――と確認するような僕からの視線を受けて、ギルガメッシュは何故か片言で、
「待った、謝る。もう、俺、ここには来ない。約束する」
随分と下手に出てきたな。そんなに嫌か、チ○コマシーンをつけられるのが……。
うん。嫌だね。
しかし、この罰の決定権は初夜権などというものを持ち出されたマリィさんにある。
だから、
「マリィさん。どうします?」
「なんでソイツに聞くんだよ」
マリィさんにお伺いを立てる僕にギルガメッシュが文句を言ってくるが、
「今回の一番の被害者はマリィさんですから」
まあ、一番の被害者と言うなら、謎の威圧で気絶させられた元春かもしれないけど、元春が気絶させられることなんていつものことだし、まあ、いいかな。
僕は今更ながらに神獣に果敢に挑みながらも倒れた友人を思い出しながらも、素っ気なくギルガメッシュの文句を却下。
その一方のマリィさんは「そうですね」と考えるようにして、
「私としましては彼には罰を与えるべきだと、そうした方が面白――いえ、世の中の為になると思うのですが」
そう言った途端、ギルガメッシュが「鬼、悪魔」と罵る言葉が飛んでくるのだが、マリィさんは完全にこれを無視して、
「しかし、万屋としてはいいのです?
一応、例の腰巻きはこのお店にとって有用な魔具――いえ、この場合は有用な魔導器になるのかしら。
そのような気もするのですが、その設計図を渡してもいいのです?」
たしかに〈息子殺しの貞操帯〉は万屋にとって有用なアイテムであるには間違いない。間違いないのだが……。
「あの魔導器は一般に売れるような商品じゃないですから」
そもそも〈息子殺しの貞操帯〉は、万屋でも人気のある本物の貞操帯と違って通常の商品としてはあまり価値がないのだ。
考えても見て欲しい。この万屋にやってくる一般的な探索者や冒険者、ハンターなどと呼ばれている人物はその殆どが男性だ。家族の身を護る為に女性用の貞操帯を買って帰るというならまだしも、もしかしたら自分の身にも危険を及ぶかもしれない〈息子殺しの貞操帯〉を、誰が買って帰るというのか。
だから、「作り方を教えたとしても特に問題にはならないんですよ」そう話したところ、それはマリィさんにも納得できる内容だったようだ。「たしかに――」と呟いて理解してくれたようなので、
さてと、僕は魔法窓を開いて、万屋にいるベル君に頼んで〈息子殺しの貞操帯〉と、その作り方をダウンロードしてもらった〈メモリーカード〉を送ってもらうように頼む。
すると、どうもこの連絡を受けてソニアの興が乗ったみたいだ。しばらくして送られてきたのは神獣専用の息子殺しの貞操帯〈神話壊しの貞操帯〉だった。
その出来は一目見ただけでも理解できるものだった。
逃げ出そうとするギルガメッシュに棍棒を喰らわせ押さえ込みをかけるエンキドゥさん。
僕はそんなエンキドゥさんに急かされるように、〈神話壊しの貞操帯〉をギルガメッシュに装着させる。
因みにこの時、ズボンの上から履かせる訳にもいかないからと、マリィさんにはそっぽを向いていてもらっていた。
まあ、そんなちょっとした赤ちゃんプレイのような事がありながらも、どうにかギルガメッシュに〈神話壊しの貞操帯〉を装着させて、切り取った頭皮も忘れずにくっつけて、
「因みに外そうとした瞬間に発動しますから気をつけてくださいね」
前回、エルフのお仕置きに使う時に追加された機能を説明、ギルガメッシュを恐怖のどん底に突き落としたところでお支払い。
エンキドゥさんも忙しいのだろう。会計が終わったところで、すぐにお帰りになられるそうなのだが、
そういえば、店の方にギルガメッシュの斧の半分が落ちていたな。
殊の外〈神話壊しの貞操帯〉を装備させられたことがショックだったのだろう。項垂れるギルガメッシュの横に落ちていた半分になった黄金の斧を見て『帰る前に持ってきましょうか』とエンキドゥさんにお伺いをたてたところ。
事情を聞いたエンキドゥさんはそれは天井の修理代に当ててくださいと言われ、譲ってくれるという。
しかし、それはオリハルコン製の斧、当然ギルガメッシュから文句が上がってくる。
だが、マリィさんが興味を持ったのが決め手だったみたいだ。
迷惑をかけたお詫びです――とギルガメッシュの反論は却下され、哀れギルガメッシュは自身の尊厳だけでなく武器すらも失いエンキドゥさんにドナドナされて行くことに。
そして、エンキドゥさんが去り際にこんな一言を残していく。
「あ、加護を与えておきましたから」
「おま、勝手に――」
「あれ、ギルガメッシュ君はなにか文句でもあるのかな?」
「うぅ、仕方ねーな。テメー等、ありがたく受け取りやがれ」
最後まで情けない姿のまま引き摺られていくギルガメッシュを見送って、少し、光の柱が消えたところでマリィさんがポツリとこんな感想を漏らす。
「しかし、ギルガメッシュの加護ですか。この加護はあまり嬉しくないものですね」
「まあ、加護は加護ですし、ありがたく受け取っておきましょうよ」
◆実績・装備紹介
【神獣の加護】…………ギルガメッシュ:〈暴君〉〈王権〉〈神託〉
〈神話壊しの貞操帯〉……ソニアによって更に改良が加えられた〈息子殺しの貞操帯〉。本体は総オリハルコン造りと趣味は悪いが、その威力はまさに神獣仕様。禁止事項に抵触した場合、上下左右から衝撃波が放たれ、さながらくるみ割り人形のように男の尊厳に襲いかかる。おそらく人間がこれを受けた場合、性転換を余儀なくされてしまうだろう。