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月数と陽だまりの剣

 ◆今回、長めのお話となっております。

「早く、早くしてくださいの。わたくし、もう待ちきれませんの」


 藍色に染まった空の下、ワクワクとしたそんな感情を抑えきれていないのはマリィさんだ。

 西日が差し込む訓練場の中央、こんもりと盛り上がったシーツの前で、僕を押し倒さんとばかりに迫ってきている。

 その姿は普段のマリィさんとまた違って、子供っぽく、愛らしくもあるのだが、いつまでも勿体ぶっていては僕の身が危ないかもしれない。


「マ、マリィさん。とりあえず落ち着いてください。いま、開きますから」


 だから、僕はマリィさんに急かされるがままに覆いとしてかけてあった真っ白なシーツを取り外す。

 すると、そこに鎮座していたのは和風ナイズされた漆黒の鎧。


 鎧の名は『月数』。


 そう、今日はマリィさんに頼まれていた八領の鎧の二番目。『月数』のお披露目会なのだ。


 因みに『月影』のコンセプトは日本の鎧。

 マリィさんの『盾無』が思いっきり西洋風の鎧だったということで、こっちは和風を意識したデザインにさせてもらった。


 とはいえ、それはあくまで意識したというレベルであり、純粋な武者鎧のデザインからは随分外れていて、なんていうか、一騎当千を旨とする傾奇者なゲームに出てきそうなスタイリッシュな武者鎧をお手本に作ってもらった装備なので、金髪碧眼くるくるドリルのマリィさんが装備しても違和感のないデザインに仕上がっていると思う。


「おお、黒ってのがいいな。カッチョイイ鎧になってんじゃねーか」


「見たことがない様式の鎧ですね。虎助君の世界の鎧なのかしら?」


 『月数』を見て、羨ましそうにしているのは元春とユリス様。

 そして、問題のマリィさんはといえば、初めて見る『月数』に目をキラキラさせながらも無言でその周りを一周。そのすべすべの感触を存分に味わい「ふむ」と呟き聞いてくる。


「これは『盾無』にあるようなアシスト機能はついていないのですのよね」


「ヴリトラの皮と鱗をそのまま加工したような鎧ですからね。さすがにオール魔法金属製の『盾無』とは違いますね」


「そうですの――」


 アシスト機能は魔法金属をベースにすることで成立可能なギミックだ。ヴリトラの革や鱗がベースの『月数』には組み込めないギミックである。

 だから、芯材や各部こまかなパーツにしか魔法金属を使っていないこの『月数』には『盾無』にあったような運動補助機能――つまりパワーアシストは搭載されていないのだ。


「しかし、そうなると着脱が難しくなるのではありませんの」


「ああ、それならここを取り外してですね――」


 マリィさんが既に持っている『盾無』や、元春の『ブラッドデア』は、〈着装〉という言葉をキーワードに自動で装備が可能な鎧である。

 しかし、パワーアシストがない『月数』には、そのような機能はついていない。

 だとするなら鎧の着脱が難しくなるのではないか?

 それを心配するマリィさんに、僕は脇腹の位置のベルトを外して鎧の胸部パーツを片開きのドアのように開いてみせる。


 すると、そこにはオリハルコン製のジッパーあって、それを股下まで引き下げることによって『月数』は簡単に装着が可能になっていたりするのだ。


 ライダースーツのような装備と考えてもらうとわかりやすいだろうか。

 見た目はシャープな鎧風になっている『月数』は、正確に言うとプロテクターがついている服というジャンルになるのかもしれない。


 SF映画のスパイが着るようなアーマースーツ。それが『月数』という防具なのだ。


 さて、簡単にではあるが『月数』の装備方法をレクチャーしたところでお色直し、マリィさんには近くの工房を更衣室代わりに『月数』の着心地を確かめてもらうことにしよう。

 因みに『月数』のには、前に『盾無』の兜で企画した、マリィさんのボリューミーな御髪を収納するような機能を実験に投入してあるので、マリィさんがいつも着ているようなミニドレス――いや、その能力を考えるとマジックバトルドレスといった方が正しいのかもしれないな――その上から着ても大丈夫な仕様になっていたりする。


 と、『月数』がそんな仕様になっているなんて露知らず、マリィさんの生着替えを覗きに行こうとする元春。

 正直、どうせ元春が思うような覗きは出来ないのだから、放っておいても構わないのだが、わざわざマリィさんの手を煩わせることはないだろう。


 ということで、僕は腰のマジックバッグから取り出した魔法銃で元春を狙撃。

 元春には魔法銃の睡眠弾によって大人しくなってもらったところで、待つこと数分――、

 漆黒の鎧を身に纏ったマリィさんが戻ってきたところで〈氷筍(アイスゲイザー)〉。


 あえてそれをどこに打ち込んだのかは言明しないが、元春をヒヤッと目覚めさせたところでショータイム。


 しゃなりと歩いてポーズを決めるマリィさんを見て、ユリス様がウンウンと満足そうに頷く一方で、元春の感想はというと、


「何ていうか全然エロくねーんだけど」


 いや、君は身を守る鎧にまで何を求めているのさ。

 まあ、そんなツッコミをしてしまうと、またビキニアーマーがどうのこうのとか、元春がマリィさんの前で話すのには危険すぎる内容を言い出しそうなので、ツッコミは僕の心の中だけに留めるとして、元春の感想はあえて無視。


「なにか違和感とかはありませんか?」


「いいえ、問題ありませんわ」


 着心地を確かめる僕の声にマリィさんはOKを出して、


「それで、この鎧にはどのような機能がありますの?」


 僕とソニアが作った鎧がただの鎧であるハズがない。そんなマリィさんの質問に僕が答えるのは、


「魔法式という意味では通常の肉体強化の術式と、前に魔王様からご注文いただいたボディアーマーを試着した時に言っていた風属性の移動補助の術式が書き込まれていますかね」


「あら、聞いてはいたのですが思ったよりもシンプルになっていますのね」


「その代わりといってはなんですが、鎧そのものに素材の特性を活かす加工がしてありますので、魔法とはまた別の力も使えるようになっていますよ」


「素材を生かすって――、

 これってヴリトラとかいう毒ドラゴンの素材だろ。大丈夫かよ!?」


 元春は直接ヴリトラと戦っていないのだが、その恐ろしさは映像として知っている。

 たぶん、自分が折檻される側であるという心配からヴリトラ特有の毒霧攻撃とかそういう技を気にしているんだろうけど。


「そこのところはちゃんと気を配ってて、引き出すっていうのはヴリトラの力というより、龍そのものの力だから、元春が想像するような凶悪な力が使えるってことはないと思うよ」


「龍そのものの力と、いいますと?」


 監修は僕がしているとはいえその製作者はソニアである。もしかすると僕が知らないギミックが組み込まれているのかもしれないと、そんな想像から、つい曖昧になってしまった僕の言葉に、説明の続きを促すのはユリス様だ。


「空を飛ぶ龍としての特性ですね。鎧に魔力を流すと装備者の身を軽くすることができるんです」


 そもそもあんな巨大なヴリトラが空に浮かぶという事自体がおかしな話である。

 つまり、ヴリトラは羽ばたきによって生まれた力や揚力で浮いているのではなく、純粋に魔法の力、いや、それよりも根源的な力で空に浮かんでいるのだ。

 この鎧にはそんなヴリトラが持つ浮揚の力を引き出せるような加工がされていて、身を軽くするという意思を込めて魔力を流すことで、龍が空を飛ぶのと同じようなことが出来るようになっているのだ。

 因みに空魚の骨を使った魔法の箒などはこの下位互換のようなものである。


「重力を操る力って感じか?」


「どうなのかな。どっちかっていうと漫画とかに出てくる気功みたいな力って言った方がいいのかもね。

 ほら、気功の達人が相手が振った剣の上に乗るとかそういうのがあるでしょ。あんな感じだよ」


 いわゆる軽気功なんて呼ばれるような力である。

 ある程度、魔法になれた人ならば、この鎧を身に着けただけで武術の達人気分を味合うことができるだろう。


「それは面白そうな力ですわね。他にはありませんの?」


 バトルマンガが大好きなマリィさんにはその光景をありありと思い浮かべられたのだろう。『月数』の浮揚能力を楽しみにしながらも、他にこの鎧に付与されている効果はないのかとさらなる情報(おかわり)を求めてくる。


「これも気功に近いですかね。魔力を込めれば込めるほど強度が高まるという特性も持っているみたいですね」


 こちらはいわゆる硬気功のような力である。


「どれくらいの強度がありますの?」


「そうですね。これもちょっと詳細を言うことはできませんね。なんでも仕様者の魔力の質も関係してくるみたいですから。

 でも、そもそもオリハルコンなんかの魔法金属がドラゴンの素材を使って作られていることを考えると、少なくとも、込める魔力量によっては、それに匹敵する頑丈さを出せるんじゃないかとは思いますけどね」


 そもそもそのオリハルコンだって龍の血を魔法的に加工した結果、恐るべき強度が引き出されている金属なのだ。それを考えると、龍の中でも上位に食い込むだろう力を持っているヴリトラの、鱗や皮を使った『月数』という鎧がそんじょそこらの鎧よりも弱いとは思えない。

 むしろ扱う人間の運用可能な魔力によっては――、特にマリィさんのように膨大な魔力を持つ人物が扱うとなると、通常の(・・・)オリハルコンを上回る防御力を叩き出せるのかもしれないというポテンシャルを持っているかもしれないのだ。


 そして、そんな龍の鱗由来の防御機能に加えて、他にお治癒力の強化やら戦意高揚などがありますよと、細々としたドラゴン由来の能力を説明していたところで、ポツリ。元春が愚痴るように言ってくるのは、


「あ~あ、マリィちゃんばっかズリーな。俺もああいうカッコいい鎧が来たいもんだぜ。ドラゴンとか、ドラゴンとか、ドラゴンとかよ」


「そうですわね。私もマリィちゃんと同じとまでは言わないまでも、トワと同じくらいの防具は欲しいものです」


 元春の声に同意するように頷くのはユリス様だ。

 あからさまにねだるような二人の言葉に、僕は苦笑を浮かべつつ。


「ユリス様の装備を今すぐに用意するのは無理ですけど、実は元春に渡せる鎧はあったりするんだよね」


「マジかよ?」


 ズルいとばかりに元春にちろっとジト目を送るユリス様。

 その一方で小さくガッツポーズを決める元春。


「うん。ベル君お願い」


 そう言って僕がベル君に取り出してもらったのはおどろおどろしい骨の鎧。

 義父さん義姉さんの福袋と交換で手に入れた龍の骨を削り出して作ったドラゴンボーンメイルである。

 わざわざ大きなドラゴンの骨を本物っぽい骨を削って作るところに無駄に力を入れたある意味での力作であるのだが、それを見た元春は一瞬の喜びも束の間、何故かテンションを急降下させて――、


「いや、それ、やっぱいいや」


 あからさまにがっかりした感じでそう言ってくる。


「え、せっかく作ったのに――」


 僕が元春の反応に戸惑い気味にそう言うと、元春はドラゴンボーンメイルを指差して、


「つか、これって完璧悪役じゃん。蛮族じゃん。俺、似合わねーじゃん」


 確かに元春の言ってることは分からないでもないんだけど、骨の質感を生かした鎧に加工する場合、こういう風に素材の雰囲気をそのまま出した方が作りやすかったんだよね。


 でも、元春が言うほど、この鎧ってかっこ悪いかな?

 シャーマニズムというかなんというか、マリィさんやユリス様もちょっと苦笑いではあるけれど、元から怪しい元春はもちろん、騎士ではなく冒険者としてみれば別にそこまで変じゃないと思うんだけど。


 やっぱりゲームなんかで下位とされがちなボーンメイル的のイメージが、全体的な雰囲気をマイナスに導いているのだろうか。

 正直言うと、魔法式(プログラム)制御によるパワーアシスト機能を除けば、この鎧は、元春のブラッドデアより性能が上なんだけど……。


 しかし、本人が嫌と言っている装備を強制するのは万屋としていただけない。

 無理やりに渡して使われないんじゃ意味がないしね。


 ということで、このドラゴンボーンメイルの処分は一旦保留、後で色かデザインをちょっと弄って、誰かに売るなりした後、その売上金を義父さんに義姉さん、元春の三人で折半することにすればいいだろう。


 さて、残念な結果に終わったドラゴンボーンメイルの代わりという訳ではないのだが、僕は一振りの剣をベル君に取り出してもらい、それを元春に差し出す。

 それは作りもシンプルな銀色の片手剣(ショートソード)

 当然、革製の鞘はつけてある。


「ん、なんだよこりゃ。鎧の代わりにくれるってか?」


「いや、あげるっていうか、どうせだからちょっと試して欲しいかなって思ってね。

 別に気に入ったなら、しばらく使ってくれてもいいんだけど――」


 僕が元春からの文句じみた声に曖昧に答えていると、マリィさんが元春が受け取った剣にズズイと近づいて、舐め回すかのように見たかと思いきやこう聞いてくる。


「こ、これは聖剣ですの?」


「聖剣!?」


 マリィさんの声に驚くのはユリス様だ。

 店に展示されているエクスカリバーに続き、二本目の聖剣が出てきたものだから、ユリス様の驚きも当然のものなのかもしれない。


 だけど、目をキラキラと輝かせるこの反応、もしかして、ユリス様もマリィさんの同類なのかな?


 まあ、そんなマリィさん親子の趣向はまた別の機会に確認するとして、マリィさんの目利きは流石である。

 さりげなく(?)元春から聖剣を奪い取ろうと手を伸ばすマリィさんに僕は言う。


「ええ、前からチャレンジしていた人造聖剣の最新作ですね。

 まあ、今回はそのコンセプトの関係上、基本的に素体がすごいだけで聖剣としては性能度外視ですけど」


「理解しましたの。

 それで、この聖剣に宿る原始精霊の属性はどのようなものですの?」


「それがまたちょっと変わっていて、陽だまりの精霊になりますね」


「陽だまりの精霊――ですか、聞いたことがない種類の精霊ね」


 この聖剣の属性はなんなのか、マリィさんの質問に答える僕の声を聞き、呟くようにそう言ったのはユリス様だ。


「名前から察するに光に属する精霊のようですが、それは戦闘の役に立ちますの?」


 続けて聞いてくるのはマリィさん。

 ちょっと困惑しているみたいなのは『陽だまり』という聖剣に宿る原始精霊の属性を聞いてのことだろう。


 まあ、陽だまりの精霊なんて字面からしてどう考えたって戦闘向きじゃないからね。

 でも、この精霊選択にはちょっとした意図があってのものだったりする。


「攻撃というよりも防御や回復能力に特化した剣ですかね。

 でも、なにより、今回の聖剣は誰にでも合わせられるというが一番の目的ですから」


 早々に主を見つけたエクスカリバー2は別として、エクスカリバーやマリィさんが年末に手に入れた木刀型の聖剣と、聖剣という武器は得てして自らがその持ち主を選ぶ習性がある。

 今回、この陽だまりの剣が性能を度外視した作りになっているのは、そんな聖剣の習性ともいえる、持ち主を選ぶというその制約をどうにか改善できないかと考えた末の選択だったりするのだ。


 ただ、可能性の話をするのなら、回復系の武器はゲームとかでも時々バランスブレイカーになったりすることがあるから、僕としてはこの陽だまりの聖剣も、剣に宿る原始精霊の成長いかんによってはかなり強力な聖剣になるではと期待していたりする。


 と、改めて陽だまりの精霊を宿した聖剣の役割を話してみたところ、いつの間にかマリィさんが元春から聖剣を奪取していたみたいだ。


「ちょっと語りかけてもいいですの?」


 ブスブスとその坊主頭から煙臭い臭いをあげる元春を傍らにしたマリィさんからの問いかけに、僕が頷くと、マリィさんは普段はしないような優しげな声色で陽だまりの聖剣に向けて言葉を発するのだが、マリィさんの声掛け対する陽だまりの聖剣の反応は、ただ色がついた、何のコメントもないフキダシを浮かべるだけというものだった。


 これを見たマリィさんは少し焦ったようにして聞いてくる。


「こ、虎助、これは?」


 マリィさんとしては、ただフキダシだけを浮かべ、何も語らない陽だまりの精霊の反応に『なにか機嫌を損ねたのでは?』と、そう受け取ってしまったのだろうが、安心して欲しい。


「ものが聖剣だけに、エレイン君達みたいに最初からなにもかもを詰め込むのは良くないということで、陽だまりの精霊に教えてある知識は最小限にしてあるんですよ。

 だから、会話の方もこれから話しかけていけばどんどん憶えていくと思いますよ」


 こう言っては陽だまりの精霊に失礼になってしまうと思うのだが、話しかけるとどんどん言葉を覚えておく育成型のおもちゃと同じノリだ。


「因みに今はフキダシの色で感情がわかるようになっていますね。黄色いこれは嬉しいとかそんな感じだと思いますよ」


 すると、それを聞いたマリィさんはそのチョモランマのような二つの巨峰を撫で下ろして、「なにか粗相をしたのではと少し焦りましたの」と一言。


「それで、この聖剣()はどういたしますの。まさかこのまま元春に渡すのではありませんよね」


 ちょっと怖い顔で訊ねてくる。

 その横では、やはり元とある思春期病の患者をしていただけのことはあるだろう。元春が何やら期待をするような目を向けてくるのだが、


「それがですね。その剣はフレアさんに頼もうかと考えているんですよ」


 僕がそう答えた瞬間、


「ど、どうしてそんなヒドいことを!?」

「って、だったらなんで俺にコイツを渡したんだよ!?」


 マリィさんと元春の二人が一斉に詰め寄ってくる。


 うん。元春の言い分はまだ分かるにしても、マリィさんのそれはちょっと言い過ぎなんじゃないかな。


 しかし、これも理由があってのことで――、


「マリィさんはエクスカリバーともう一つ、この前に買っていった木刀聖剣とコミュニケーションが取れていますから、誰にでも使える聖剣という点ではあまり参考にならないと思いまして――、

 あと元春は使えるとしても聖剣の持ち主としてはちょっと品位がね」


「そうですわね。精霊への影響を考えますと元春やロベルトなどが所有者というのは好ましくありませんの」


「虎助も、マリィちゃんも、そりゃヒドいぜ」


 僕があえて口にしなかったことをマリィさんに言われて抗議の声をあげる元春。


 そう、一時的というならまだしも、元春が聖剣の正式な所有者となった場合、たぶんこの聖剣は真の意味での聖剣にはなれなくなってしまうかもしれないのだ。

 むしろ性剣とか、そんなヘンテコな枕詞がつきそうな剣になってしまいそうだ。

 そして、賢者様も同様の理由で所有者としては不合格で、

 あと、剣という形の武器を使う人を考えたところで思い当たるのがフレアさんだけだったのだ。

 つまり消去法の結果そうなったのだ。


「フレアさんが帰ってくるまでは和室の方に置いておきますから、元春も変なことを教えないなら、自由に使っていいからね」


 そう言う僕にマリィさんは「ああ、それで――」と僕がわざわざ元春に聖剣を渡したことに納得顔。

 その一方で元春は「ええ――」と微妙に不満そうな顔をして、


「しかし、あの男は帰って来れるのでしょうか。国を挙げて挑むといっても相手は魔王でしょう」


 マリィさんの意見は尤もである。

 僕達がよく知る魔王が魔王様だからつい忘れがちになるけど、世界によって魔王という存在は最大最強の厄災なりうるもので、英雄や勇者と後世に呼ばれるような傑物が相手をするような存在なのだ。

 それをフレアさんが相手にすることにマリィさんは、不安を――? いや、心配を――? ともかく気にしているみたいなのだが、


「僕も詳しくは聞いていませんから、その魔王って人がどのくらい強いのかは分かりませんが、いろいろとお土産も持たせてありますから、最低でも逃げられるくらいはできると思いますよ。

 それにフレアさんにはメルさんもいますから」


 最後に付け加えた説明に「ああ」と僕の意見に同意するような声を漏らすマリィさん。


「乱戦ならともかく、まっとうな戦いなら既に彼女の方がフレアよりも強いですものね」


「マジかよ!?」


「フレアさんは気付いていませんけどね」


 そう、元ヴリトラへの生贄として買われた奴隷の身であり、今はフレアさんの冒険仲間であるメルさんは、なんの因果かヴリトラの魂を一度その身に宿したことにより【龍の巫女】という特殊な実績を得てしまい、それにより毒魔法への特大の資質を手に入れたのだ。


 さらに、その稀有な資質を母さんに目をつけられたことによって、その実力はうなぎ登り、実戦経験、魔力量や実績数はフレアさん達にはまだまだ及ばないものの、いくつかディストピアをクリアしたことと、自分達の世界に帰った後での側での成長率を考えると、戦う相手にもよるところはあるのだが、今やフレアさんのパーティの中での最強は彼女になっているかもしれないのだ。


「さて、どうなりますかね。 魔王を倒したとしてもその後が問題ですからね」


「上手くいったとしたらリア充爆発しろだな」


「可能性は低いと思いますが、そういう形で戻って来ないということもありますのね」


 フレアさんが魔王を倒し、お姫様を助け出した後どうなるのかは、その後の展開次第である。

 たとえば、確率としては極々小さい可能性ではあるとは思うのだが、魔王から自分を救ってくれたフレアさんにお姫様が一目惚れ――なんて展開だって無くは無いのである。


「しかし、ああ見えてといいますか、フレアさんは律儀ところがありますから、もしそうなったとしても挨拶くらいはしに来てくれるんじゃないでしょうか、解体用ナイフも渡したままですし」


「そうでしたわね」


 僕の話に思い出したかのように藍色の空を見上げ呟くように言うマリィさん。


「ですが、そのようになった場合、どうしますの?」


 もしも今回の作戦でフレアさんが魔王を倒してしまった場合、この陽だまりの剣は無用の長物になるのではないか?

 マリィさんは若干期待するような目で僕に問いかけてくるけど。


「フレアさんが欲しがるかによりますけど、一応は渡すつもりですよ。

 〈インベントリ〉と〈メモリーカード〉を渡しておけば最低限ですが連絡はつくと思いますし」


『しかし、それは我からしてみると、少し不満が残る結末になるな』


 と、僕とマリィさんの会話に、念話通信を使い、ふいに入ってきたのは万屋の目玉商品(アイドル)であるエクスカリバーさんだ。

 まあ、エクスカリバーさんからしてみたら、フレアさんが陽だまりの剣を受け取るということは、あれだけ手に入れようと頑張っていた自分をあっさり諦め、乗り換えるってことになってしまうからね。

 それがたとえどうでもいい相手だったとしても、それがたとえ陽だまりの剣がエクスカリバーさんと同じく光に属する精霊で、妹のような存在が相手だったとしても、エクスカリバーさんからしてみたら面白くない話には違いないのだろう。

 でも――、


「そうなったらそうなったで、最後に電撃をプレゼントするくらいはアリだと思いますけど」


 うん。エクスカリバーさんはフレアさんにソレくらいの罰を与える権利を有しているのではないか、僕がそう言うと、


「ですわね」


『ふふっ、そうだな。その時はとっておきの一撃を食らわせてやるとしようか』


 マリィさんが楽しそうに同意を示し、エクスカリバーさんが張り切るような念話を飛ばしてくる。

 はてさて、フレアさんが帰ってきた時、一体どうなってしまうことやら。

 なんか僕が悪巧みを仕組んだみたいになっちゃったみだいたけど、とにかく先ずはフレアさんが無事に帰ってきてくれることを祈るばかりである。

◆装備紹介


〈月数〉……ヴリトラの革と鱗をつなぎ合わせて作った鎧。

 和の雰囲気を醸し出しながらも近未来的なデザインをしたバトルスーツ。

 製作者であるソニア&虎助はSF漫画やゲームのスーツを参考にこのバトルスーツのデザインし、素材そのものの特徴を生かして付与される魔法式は最小限に抑えてあり、これにより継続戦闘力が高い鎧となった。


〈ワイバーンボーンメイル〉……中型の飛龍の骨をわざわざ人間大の骨として削り出して作った全身鎧。

 無駄に手間がかかっているようだが、加工は基本的にエレイン任せで、この鎧をデザインした虎助は組み立てのみに携わった。

 素材を引き出す魔法式の処理はソニアが担当しているが、もともとの素材の質とある意味での適当な魔法処理によって『月数』ほどの効果は発揮できない。

 それでもミスリルなど、量産が可能な魔法金属製の鎧よりは性能が高く、軽い。

 弱点として骨の隙間を埋めているレザー部分を狙われること(黒く染めたワイバーンレザー)。

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