信楽焼のタヌキ
「ハレンチ、ハレンチですの!!」
ある日の放課後、店の外から聞こえてきた大きな声に僕が何事かと飛び出してみると、そこには真っ赤な顔をしたマリィさんがいて、僕を見つけるなり鬼気迫る顔でこう抗議をしてきたのだ。
「虎助、虎助――、なんですのこれは?」
「ええと、信楽焼の狸ですけど、なにか問題でもありましたか?」
顔を真っ赤に染めたマリィさんが指差すのは信楽焼のタヌキ。
なんでそんなものが万屋にあるのかというと、元春のお母さんである千代さんが商店街の年末くじでこの信楽焼のタヌキを引き当てたらしく、貰ってみてはいいものの置き場に困って、ダメで元々と元春に処分を頼んだところ、元春がもしかしたら万屋で買ってくれるかもしれないと万屋に持ち込んだことで買い取った置物である。
しかし、商店街もなんでまたこんなものを景品にしちゃったんだろう?
と、そんな疑問はさておいて、
「なにか問題でもって、それは――」
「マリィちゃんはでっけー金玉が気になってだって」
ドカン!!
へらへらと横から会話に入ってきた元春が爆発の魔弾を食らって吹き飛ばされる。
マリィさんの新魔法〈爆破弾〉だ。
僕たち日本人にしてみるとおなじみのキャラクターである信楽焼のタヌキも、異世界人であるマリィさんからしてみれば破廉恥な置物でしかなかったのだ。
「でも、これ縁起物なんですよ」
「え、縁起物……、これがですの?」
「ええ、商売繁盛に金運上昇と、僕達の国では商売屋の前に置かれていたりするんですよ」
信楽焼のタヌキを見ながらそう言う僕に、マリィさんが驚愕の表情を浮かべて訊ねてくる。
しかし、僕がこういうことで冗談を言わない質であることはマリィさんも知っている。なので、疑わしげにしながらも頭ごなしの否定は収まったみたいだ。
すると、ここで元春が復活してきて、再び折檻をくらわない為の場繋ぎか、いや、これは単純に元春の性分がそうさせたのだろう。床に這いつくばったままの体勢でこう訊ねてくる。
「そ、そういやよ。今更だけど、何でタヌキが商売繁盛の縁起物になんだ?」
元春の疑問は最もだ。
たしかにどうして大事なアレが大きいタヌキの置物が商売繁盛につながるんだろう?
気になってインターネットで調べてみると――、
「基本的には『タヌキ』って名前から『他を抜く――』他の店から群を抜くと、そんな感じで商売繁盛につながったらしいよ。
あと、八相縁喜って言って体の各パーツや持っているものにいろんな意味があるみたいだね」
「なんだよ。ダジャレかよ」
「まあ、こういう縁起物って大抵が洒落を絡めて作られてるからね」
めでたいでお馴染みの鯛しかり、よろ昆布とかなり苦しい語呂合わせの昆布しかり、この手の縁起物に関してはダジャレ的な由来が多いのだ。
「それで、問題のその部分なんだけど――、これはストレートに金運アップの効果を意味しているみたいだよ」
「ああ、金玉袋だけにぐぼぁ――」
本当にこりない男である。
というよりも、元春のセクハラ的な発言は単にコミュニケーションの延長上、自然に出てしまうものだから、抑えようと思っていても抑えられないものなのだろう。
僕は元春が気をつけていても、どうして不用意な発言をしてしまうのかという原因をそう結論しながら、マリィさんに踏みつけられ、恍惚な表情を浮かべ地面に転がる元春が気絶していないことを前提に話を続ける。
「でも、これには一応理由みたいな物があってね。むかし金箔を伸ばす時に狸の――皮を使っていたからって説があるみたいだよ」
それでも、なんでその部分限定で――、しかも、大きくなってしまうのかという疑問はあるのだが、多分それにもまた何かしらの由来があったりするんだろう。
「それで、このタヌキでしたか? その置物はずっとこのまま置いておきますの? 私のように勘違いしてしまう方も出てしまうと思うのですが」
「そうですよね。 でも、どうしましょうか? 縁起物だけに、買い取ったからには店に置きたいところなんですけど、マリィさんの仰ることももっともでしょうね。
それにいま思ったんですけど、ここに置いておいた場合、魔獣に壊されてしまう可能性だってあるんですよね」
外国人には意外と人気があると聞くタヌキの置物。
個人的にも好きなタイプのインテリアということで、このまま置いておきたいという思いもあるのだが、異世界の人間にもその感性が当てはまるとは限らない。
最悪、エレイン君達がそうであるように、敵と勘違いされて攻撃されてしまうなんてこともあるかもしれないし、なにより、この店には魔獣なんてモンスターも頻繁に襲来するのだ。
この万屋にまで魔獣に攻めさせるつもりは一切ないのだが、それも絶対と言えるものでもないし、もしもこのタヌキの置物が魔獣の攻撃を受けてしまった場合、一発でお陀仏ということになりかねない。
だとするなら、やっぱりここに置かない方がいいのか。
僕がそう考えていると。
「ゴーレムに改造するとかどうなん? それなら自分で動けるし、壊されることもねーんじゃねーの」
そう言ったのは地面に寝転がりマリィさんの御御足をいやらしい目線で見上げる元春だ。
これは別にせっかく売ったタヌキの置物が壊されたくないとかそういう理由じゃなくて、単に頭上から聞こえてきた話になんとなく答えてみたと、無駄にコミュニケーション能力が高い元春のパブロフの駄犬的な行動だと思われる。
そして、マリィさんにギュムっと踏まれるのもなんのその、いや、むしろ自分の事を忘れないでくれ――、もっと踏んでくれ――、そう言わんばかりに会話を続けようとするその姿勢には、ある意味で畏敬の念を抱かざるを得ないが、
でも、信楽焼のタヌキをゴーレムに改造するって――、
「出来なくはない思うけど、何の為に改造するのさ?」
「そりゃあ――って、別にいらねーな」
僕からの疑問符になにか答えを返そうとして夕暮れの空を見上げる元春。
ベル君のようにきちんと頑丈な素材で作るのならまだしも、焼き物のタヌキをそのままゴーレムにしたとしても、この万屋の通常業務の役に立つのかというと、それはどうなんだろう?
もともと二束三文で買い取ったものだし、縁起物ということを考えると、適当に動けるように改造して、工房にでも置いておけばマスコットキャラ兼サポート要員のような扱いにはなるとは思うけど。
マスコットというなら、万屋には、既にベル君や、和室の片隅に置かれた植木鉢に植わっているマンドレイクが既にいるし。
僕達がそんな会話を交わしていたところ、ポンと小気味よいSEを立てて魔法窓が一枚立ち上がる。
『それ面白いかも』
話の最中に割り込みメッセージを飛ばしてきたのは、我が万屋のオーナーであるソニアである。
「その、面白いというのは?」
前触れもなく表示される魔法窓にもすっかり慣れたもの。最初からソニアが会話に入っていたかのようにマリィさんが返した問いかけにソニアが言うのは、
『実は虎助の世界ではタヌキに変身能力があるという逸話があるんだよ。
だから、そこに精霊を吹き込んでマッドゴーレムとして存在を定着してあげると――』
「まさかの変身ゴーレムがここで完成するってことっすか?」
『あくまで可能性の話だけどね』
元春は以前、おっぱいスライムことライカに変身を憶えさせようとして失敗していた。
まあ、まだ諦めていないようだが……。
ソニアはその事を覚えていて、このタヌキの置物を使って変身機能を持たせたマッドゴーレムを作ろうとしているのかもしれない。
「マジかよ。やっぱこれ、俺の方で引き取ろうか」
そうだね。元春ならそう言うと思ってたよ。
「でもさ。その実験が上手くいったとしても、このゴーレム、男の子になると思うんだけど」
そう言って僕が落とした視線の先にあるのは、もちろん立派なアレである。
元春も僕の視線を辿って僕が言いたいことに気付いたのだろう。「あ゛」っと固まるも数秒。
「それはそれだろ。ゴーレムに性別は無しだからな」
「どうでしょう。ゴーレムに性別はないにしても、宿った精霊はその雛形の性別に引かれると思いますの」
元春の適当な言葉にマリィさんがツッコミじみた意見を差し込む。
たしかに女性として存在している精霊がアレやアレがついているタヌキの置物に好き好んで宿るとは思えない。
『まあ、面白い実験になるかもだから、とりあえず作ってみようよ。
ってことだから、その置物をボクの研究室まで持ってきてくれるかな』
「……了解しました」
はてさてこれはどうなることやら。
まあ、普段の元春の行いを考えるとそうそう都合がいい方向には転ばないことは確実だろうけどね。
◆魔法解説
〈爆破弾〉……爆破の効果を付与した魔弾。魔弾が着弾すると爆発する。
初級魔法に属する魔法であるが、弾丸に込める魔力によって着弾後の爆発の威力が増し、込めた魔力によっては上級魔法すら上回る威力を叩き出すことが可能となっている(チャージには莫大な魔力と時間が必要)。
※アクションゲームにありがちなチャージショットをイメージしていただけると分かりやすいかと。例:ロ○クバスター。