●アイルとマオ
◆今回のお話は以前登場したエルブンナイツに同行していた女エルフ・アイルの視点となります。
我が名はアイル。エストの森にあるエルフの里に暮らす剣の一族だ。
そんな私も今はとある世界で捕虜をしていたりする。
捕虜と言っても、その生活はエルフの里にいた頃とほぼ変わらない――というよりも、生活という意味でも鍛錬という意味でも上質の生活をしていると考えると、むしろ今の立場こそが私の求めていたものなのではそう思ってしまったりもしている。
なにしろ、ここでは閉鎖的な森の生活では手に入れられない快適な生活に豊富な知識、そして、素晴らしい師と歯応えのある修行場があるのだから。
そんな訳で、今日も一日、充実した修行の時間を過ごした私が向かったのは、このアヴァロン=エラという荒野ばかりの世界に存在する万屋だ。
万屋の中に入った私がまず確認するのは接客カウンターの奥にある部屋。
認識阻害の結界が張られているというそこは、立ち入りが許可された一部の人間にだけ認識可能な特別な部屋である。
里では見られない奇妙な様式のその部屋に誰もいない事を確認した私は、誰にも気付かれないようにとそっと息を吐き、カウンターに座る少年店主に話しかける。
「今日の修練が終了したので報告に来たのだが――」
「ええと――、毎回僕に報告に来なくてもいいと思うんですけど」
報告に来た私に呆れたようにそう言ってくるのは、この万屋の店主である間宮虎助殿。
現在、私が師事している異国の戦士・間宮イズナ殿のご子息だ。
「これでも捕虜の身だからな。そうもいかんよ」
「アイルさんがそう言うなら仕方ありませんけど……、
それよりも、まだ苦手意識は取れませんか?」
苦笑するように答える私に虎助殿がチラリと視線を店の奥へと向けてから聞いてくる。
相変わらず彼には隠し事はできないか。
虎助殿が言う『苦手意識』というのは店の奥でアーケードゲームとやらを楽しんでいるハーフエルフの少女・マオ殿のことだろう。
万屋に入る度に彼女がいるのかいないのか、怯えるように確認をする私を心配してくれているのだろうが、
「正直、どう接していいのかわからないのだ」
彼女には我ら同胞が散々迷惑をかけた。
今更どんな顔をさげて彼女と接すればいいのか、私にはわからなかった。
しかし、虎助殿はそんな私に困ったように眉尻を下げながらも言ってくる。
「別に普通にしていればいいと思いますけど」
そして、
「そうですね。たとえばいま魔王様はゲームをしているんですけど、そこに乱入してみてはどうですか」
「それは失礼にならないか?」
虎助殿が言うゲームというものがどういうものなのかは、実際に見させてもらったことがあるので知っている。
その中には絵の中の人物を操って試合を行うものがあり、漏れ聞こえる音から察するに、現在マオ殿が遊んでいるのはおそらくこれなのだが、そんな勝負の最中に横槍を入れられて誰が喜ぶというのか。
「僕としましては、むしろ喜んでくれると思いますけどね」
虎助殿はそう言うが、私の常識からしてみると二の足を踏んでしまうのだ。
しかし、この万屋には虎助殿の意見に賛同する人物が多く。
「ですわね。近頃は手頃な相手がいないといっていましかたら」
虎助殿の声に続くように言ってくるのはかつてとある国の王族であったというマリィ殿。
「ちょっと待ってくれよマリィちゃん。それっていつもマオっちの相手をしてる俺が弱いってことじゃんかよ」
続いて会話に加わってきたのは虎助殿の友人である元春殿だ。
ギャーギャーと騒がしく言い合いをするその姿はまさに年相応、子供じみたものであるのだが、少なくともマリィ殿は、現在ディストピアという幻想世界の中に幽閉されているエルブンナイツの誰よりも魔法巧者であろう。
そして、純粋な戦闘ともなると、おそらくは今の私よりも強いのだから世の中は理不尽である。
私が軽く現実逃避をしていると、虎助殿がいいことを思いついたとばかりにポンと手を打って、
「だったらみんなでできるゲームをやるのはどうでしょう。 乱入するのが気が引けるというなら、最初からそういうゲームをプレイすればいいんです。 一緒に遊べば親睦も深まると思うんですよ」
「いや――」
そういう話でもないのだが――、
私が言おうとしたそんなセリフを遮るようにまず食いついたのが坊主頭の元春殿。
「おっ、なにすんだ?」
彼はいわゆる破廉恥な性格をしているらしく、剣ばかりに邁進してきて女っ気のないこの私にもたびたびいやらしい視線を向けてくるので戸惑ってしまう。
「適当にパーティゲームでいいんじゃない」
提案したのは虎助殿だ。
「え、それってどうなんよ。
せっかくこれだけの美女が揃ってんだし、普通にゲームとかってつまんねーだろ」
美女というのは私も入るのだろうか?
「だったらよ――、そうだな、ここは一発ツイスターゲームとかしてみようぜ。
俺、前からアレやってみたいと思ってたんよ」
そして、戸惑う私を置き去りにして、元春殿は思いつくまま気の向くまま話を進めようとする。
だが、虎助殿はそんな元春殿の湿り気を帯びた視線を向けて、
「それこそ『え!?』ってなるんじゃないの?」
んん? そのツイスターというゲームはそれ程、危険なゲームなのだろうか?
虎助殿のやや険のある反応が気になったのだろう。マリィ殿が重そうな金髪と理不尽なまでに大きな胸を揺らして質問する。
「虎助、ツイスターとはどのようなゲームですの?」
「なんて説明したらいいですかね――」
すると、虎助殿は曖昧な表情を浮かべながらも戸惑うように眉尻を下げてそう答えるのだが、そんな横から元春殿が割り込んで、
「そりゃ簡単だろ。男女がルーレットの指示にしたがってくんずほぐれずをするゲームだって」
「なっ!? 貴方はまた――」
その説明の直後、マリィ殿の叫びとともに火の魔弾が元春殿にこめかみに叩き込まれる。
小規模な爆炎を上げて吹き飛ばされた元春殿はそのまま商品棚に突っ込むが、そこは貴重な商品が並ぶ万屋、商品棚にはきちんと保護結界が張られているようで、元春殿の体は棚の商品を崩すことはなく、結界に弾かれた元春殿がその勢いのままに地面に叩きつけられる。
その姿はとても気の毒と思えるものなのだが――、
あれは仕方ない。彼には罰せられるだけの理由があったのだから。
と、そんな一連の騒動を聞きつけてか、一人の女性が店の中へと入ってくる。
「あらあら、すごい音がしたけど、どうしたの?」
入ってきたのは小柄で細身なエルフの少女――ではなく女性。
彼女は私と同じく鍛錬を終えて、万屋に隣接する宿泊施設でシャワーなる魔導器を使い水浴びをしていたホリル殿だ。
そんなホリル殿の呆れ声に虎助殿が苦笑をしながら言うのは、
「いつものですよ」
「あらそう、で、今日は何をしたのかしら?」
「ええとですね――」
ホリル殿からの質問に虎助殿がここまでの流れを説明したところで、おそらくは以前から聞こうと考えていたのだろう。そういうことならいい機会だとばかりにホリル殿が根本的な疑問を口にする。
「でも、いまさらだけど、なんでアナタの世界にはあんな馬鹿な考え持つお馬鹿さんがいっぱいいたのかしら?
私の世界にも純血のエルフがなんだのと馬鹿な連中がいたけれど、あそこまでのお馬鹿さんはいなかったわよ」
馬鹿という言葉を連呼するホリル殿。
その辟易した様子から察するにあの手の輩はどこの世界にもいるのだろう。
しかし、ホリル様の世界の極右論者もエルブンナイツほどの選民意識は持ち合わせていないようだ。
だからこそ、あれ程ハーフエルフを毛嫌いする彼等の態度がよくわからないらしい。
「我々に伝わっている伝承が正しいのなら、古代の森が消失する原因を作ったのが、その、ハーフエルフだからだそうで……」
かつて、我々の故郷にあったと言われる古代の森、その消失するきっかけを作ったのが、強大な力を持ったハーフエルフの魔導師だったという伝承が我が里に残っているのだ。
その魔法の力は圧倒的にして凶悪、ハーフエルフの地位の低さを呪い、手に入れた邪悪を煮染めたような黒い炎を操り、我らエルフの戦士を皆殺しにし、その反逆の意思を永遠のものとする為に古代の森を焼いたという。
私がそれを簡単にではあるが皆に説明したところ。
「それでハーフエルフを迫害ね。でも、地位の低いハーフエルフの魔導師が逆恨みから手に入れた力って、そんな力で一つの里のエルフを相手に取れるのかしら?
たとえ事実だったとしても、そんな力を得る程の恨みってどんなものなのかしら?
なにかどこかで聞いたような話なんだけど、救われないわね」
「多数派の意見によって生贄とされる弱者――、
よくあるお話の流れですわね。
大方、一人の魔導師などという下りは創作で、なにかきっかけはあったのかもしれませんが、単に爪弾きとなっていたハーフエルフに不都合なことをすべて押し付けたとか、そういった話ではありませんの?」
「権力者が人心をまとめるために不都合な歴史を歪曲するなんて、僕達の世界でもあることですからね」
ホリル殿の呆れるような声をきっかけに、マリィ姫と虎助殿がそれぞれの見解を披露する。
正直、その考えは一方的なものではあったのだが、話そのものは一考する価値があるものだった。
私としてはハーフエルフそのものに他意はない。
だが、幼い頃から悪だと聞かされていて、そういうものだという意識は確かにあったのだ。
ただ、それが本当のことなのか、何者かによって曲解された思い込みだったのか、いや、洗脳に近い教育なのかもしれない。
改めてそう問われてみると、私にも何が真実か判断がつかなかった。
いや、それ以前に、もしもこの話が真実だったとしても、たった一人のハーフエルフを捕まえて、それ以外のすべてのハーフエルフを悪と決めつけるというのは正しいことなのか。
それはエストの森を守る剣の一族の主義に反するものではないのか。
お三人の話に改めて思い知らされた私は――、
「これは戻った時によく調べてみねばならないようだな」
「そうね。それがいいわね」
どうも私の心の声は呟きとして外に漏れ出してしまっていたようだ。
ホリル殿は鷹揚に頷いて微笑みかけてくる。
そして、ふと思い出したかのように聞いてくるのは――、
「で、なんの話をしていたんだったかしら?」
ホリル殿の問い掛けに虎助殿は「ああ」と声を上げて、
「アイルさんに魔王様と仲良くしてもらおうと一緒にゲームでもしたらどうかと言ってたんです」
「ふむん。それなら本人に聞いた方が早いわね」
何故かニコニコと話すホリル殿の声に「ですね」と微笑を返す虎助殿。
そして、カウンターの横、店の奥へと通じる跳ね上げの部分の方を見て、
「ということで魔王様、アイルさんを含めた僕達でゲームをやろうと思うんですが」
「……ん」
私はふいに聞こえてきた透明感のある声に思わず心臓が飛び出てしまいそうになってしまった。
そう、虎助殿が見つめた先、そこにはマオ殿がいたのだ。
いつからそこにいたのか、今の話を聞かれてしまったのか。
いやしくもそんな事を考えてしまう私。
しかし、そんな私の心の声を慮って――ということでは確実にないだろう。この少年がマオ殿に気軽そうな声を飛ばす。
「マオっち、いつの間にこっちに来たんだよ」
「……みんなが楽しそうにしてたから」
驚異的な回復力で復活を遂げた元春殿の掛けた声に無表情で答えるマオ殿。それによると、彼女はただ楽しそうな会話につられてここに来ただけだという。
「それで魔王様、なにかリクエストとかってありますか? なければ僕が独断と偏見で決めちゃいますけど」
「……ガーヒーがやりたい」
虎助殿の問いかけに淡々と答えるマオ殿。その表情から彼女がいま何を思っているのかは読み取れない。
「たしかにこの人数なら丁度いいかもしれませんね」
「ん、それってどんなゲームだ?」
我々には通じない二人だけの会話に、元春殿が腕を組み、わざとらしくも小首を傾げる。
「古い2Dアクションゲームだよ。ストーリーモードで集めたキャラで最大十二人対戦ができるゲームでね。今の僕達には丁度いい対戦ゲームなんじゃないかな」
「へぇー、そんなゲームがあったんかー。
って、十二人対戦!? それ大丈夫なんか?」
元春殿には虎助殿の端的な説明のみでその内容を把握したみたいだ。
私にはよくわからない用語が多く含まれていたのだが、彼等にとってはあれだけで十分なやり取りだったらしい。
「う~ん。僕もさすがに十二人対戦はしたことがないから、やってみないとわからないとこがあるんだけど、今回は半分の六人だし、もともと大乱闘系だから大丈夫なんじゃない?」
「ああ、そういう感じなんか」
「まあ、厳密に言うとちょっと違うけど、みんなでやるにはいいゲームだから、準備するね」
「応っ!!」
と、そんな元春殿の元気のいい声に続いて、
「あの、私は――」
まだやるとは言っていないのですが――、
早速とばかりに奥の部屋へとあがって準備を始める虎助殿。
そんな虎助殿に対して、私は手を伸ばしてそう声をかけようとするのだが、この空気でそんな事が言い出せるハズもなく、一人、手を伸ばしたポーズのまま固まっていたところ、置き去りにされる私の手を取る少女が一人。我々エルフがハーフエルフと蔑んだマオ殿だ。
「……行こ」
なんでもないように私を奥の部屋へと導くマオ殿。
「は、はい」
反射的にそう答えてしまった私。
私は何をやっているんだ。
マオ殿に引かれる手に私は心の中で叫ぶ。
だが、マオ殿にはそんな私の内心など全く関係ないようで、ただ優しげに私を気遣いながらカウンター奥の部屋まで導いてくれる。
そして、甲斐甲斐しくも座布団なるものを用意してくれて、ぬっと操作盤を私に向けて突き出す。
そんなマオ殿の行動には計算などはなく、ただ私と遊びたいという一心があって、
私は難しく考え過ぎていたのだろうか。
マオ殿が浮かべる薄い笑顔に私はそう疑問を深めるしかない私。
その後、私はマオ殿がやりたいと言ったゲームをすることになるのだが、その勝負の際には、当然であるのだが、手加減が無かったことは言っておくべきことだろう。
◆ここで補足を一つ。実はマオと元春には【遊戯巧者】なる実績がついているのですが、これは基本的にゲームなど、遊びに関する理解度が高くなるという効果(=権能)があるだけで、相手がそのゲームをやりこんでいる場合は、彼女達も同くやり込む必要があります。
つまりスタートダッシュとその後の熟練度に差が出る。それが【遊戯巧者】という実績だと考えてもらえるといいでしょう。(特に説明書を読まない世の中のゲーマーが等しく持っている能力の上位互換ですね)
◆そして、ありがちな指摘に対する予防線。『殿』と『様』についての表現です。
よく『殿』を格上に使うのはどうのこうのというのがありますが、あれは実は書き言葉、手紙や書類に限定したマナーであって、日常会話としては意味がない区別だそうです。
まあ、中二病的な感覚でロールプレイでもしていなければ、日常会話で『殿』なんて言う人なんていないと思いますが一応の為w
◆追伸。2Dアクションが好きな作者です。ガーヒー(ガーデ○アンヒー○ーズ)とかド○キュラとか、ああいうゲームが大好物です。もちろん定番の赤帽ヒゲやサイコガンな岩男も大好きですよ。3Dはいいんで2Dのドラ○ュラを出してもらえないものでしょうか。ソシャゲの2Dアクションはどうなんでしょうね。操作性に違和感があるのかもと手を出していない作者です。
◆次話は水曜に投稿予定です。




