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賢者様の正月事情

 それはお正月も三ヶ日が過ぎたある日のこと、僕がいつものように万屋の店番をしていると、そこに賢者様がやってきて、挨拶もそこそこにこう言ってくる。


「おう、久しぶり。食料を買いに来たぜ」


「あれ、年末に随分買い込んでいったと思ったんですけど、もう無くなっちゃったんですか?」


 それは年末のこと、そろそろ新年ということで、賢者様とホリルさん、アニマさんにプルさんと、賢者様の研究所に暮らすメンバーが全員でやってきて、大量の食材を買い込んでいったのだ。

 なのに、それから一週間と待たずして再び買い出しに来るとはこれいかに――、

 そう思って訊ねてみたのだが、


「やることはなくても腹は減る。むしろ、やることがねぇからなにか食いたくなるんだよ」


 それもまた真理というものか――、

 どうやら賢者様はこの数日間、ずっと、食っちゃ寝食っちゃ寝を繰り返していたらしい。

 その結果、食料が底をついてしまったのだそうで、特に食べ物を多く消費した賢者様が代表して買い出しに来たのだそうだ。


「と、これはいつものデータな」


 自堕落な正月の生活を語ってくれた賢者様が思い出すようにポケットから取り出したのは〈メモリーカード〉。

 この中には賢者様の世界のネットワーク上に流れる雑多様々な情報が記録されていて、賢者様は最近その情報を対価にして万屋から商品を買っていったりしているのだ。


「しかし賢者様。ちょっと太ったんじゃないですか?」


「幸せ太りってヤツか?」


 〈メモリーカード〉を受け取りながら何気なくかけた声に賢者様が「ニハハ」と笑う。

 幸せ太りというのは、念願の自分専用ホムンクルスであるアニマさんを目覚めさせたことだろう。


「間違ってはいないと思いますけど、一週間でこれはちょっとマズいかもしれませんね」


 まあ、正月太りと言えばそれまでなのだが、賢者様くらいの年齢になるとなかなか体重を戻しにくいと聞く。

 下手をするとこの話はここだけでは済まない話になってしまうかもしれないと僕が言うと、賢者様もさすがに冗談では済まないかもしれないと思ってくれたみたいだ。


「もしかするとアニマに迷惑をかける感じになっちまっうって感じか?」


「というよりも、最悪ホリルさん辺りが気付いて、母さんに話が回っていくなんて話にも発展しかねません」


 今はまだ久しぶりに会った僕が気付く程度で留められているが、このまま順調に体重の増加が続くとしたら、さすがのホリルさんも気付くだろう。

 もし、そうなった場合、トレーニングの鬼である母さんが出張ってくるなんてこともあるかもしれないのだ。

 僕がそんな最悪の予想をしたところ。


「マジかよ。少年の母親ってあれだろ。ホリルですらひれ伏すようなゴリゴリの武闘派だろ」


 そう言って『やべぇよ。やべぇよ』とどこかのリアクション芸人のように青い顔をする賢者様。

 僕はそんな賢者様を見かねて、


「なにかリクエストとかあります?

 なんだったら減量に効果がありそうな食べ物を買ってきてもいいんですけど」


 とりあえず食事の改善をと言ってみるのだが、


「ダイエット食品ってヤツか。でもどうなんだ。ああいう食い物って大抵不味いヤツばっかだろ」


「そういうのは賢者様の世界でも同じなんですね」


 どんなに魔法(・・)が発達した世界でも、美味しく痩せられるなんて夢のような話はなかなかないらしい。

 まあ、詳しく聞けば、そういう用途を持った魔法薬くらいありそうなものなのだが、そういう魔法薬は大抵、神の見えざる手が関与しているかのように、求める素材がレアなものだったりするのが定番だそうだ。

 もしも、そんな風に作られる高価な魔法薬に頼るくらいなら、普通に減量をした方が経済的かつ健康だろう。

 だとするなら――、


「メガブロイラーとかボルカラッカがいいですかね。あの二体の肉なら美味しくてもカロリーが低かったりしますから、普通に食べていれば太るなんてことは無いと思いますけど」


 減るとは言わないものの、とりあえずの現状維持、後はご自分の努力でなんとかしてもらおう。

 そんな考えを元にそう提案してみたところ、賢者様は首を傾げて、


「メガブロイラーってのはあのニワトリだろ。ボルカラッカってのはなんなんだ?」


「魚型の巨獣ですよ。赤身と白身があるんですけど、おいしいですよ」


「巨獣って、ンなもんいつの間に倒したんだよ」


 軽い感じで言った僕の言葉に賢者様が驚く。


「この間、偶然にも二匹ほど連続で迷い込んできましてね。マリィさんと一緒に仕留めたんですよ」


「いやいや、巨獣が二匹連続とかありえねぇだろ。しかも普通に仕留めたって――、お前らいったい何やってんだよ!?」


 うん。やっぱり巨獣が連続して現れるなんて滅多なことじゃないよね。

 仕留めた仕留めないの話は相性や武器にもよるからなんとも言えないけど。

 この短期間で二匹っていうのはさすがの賢者様でも驚くところなんだろう。


 それがアヴァロン=エラの特殊性だっていえばそれまでなんだけど、よくよく考えてみると偶然にしては出来すぎてるよね。

 (つがい)だったとか、そういう可能性もあるけれど、二連続での巨獣遭遇はやっぱり尋常ではない状態らしい。


 とはいえだ。相手がどこから来たのかわからない以上、調べることも出来ないし。


「そんな訳でボルカラッカのお肉も大量にありますから」


 調べてもロクに情報も出ないだろうボルカラッカの出処は、頭の片隅のメモ書き程度に留めてという僕に、賢者様はまだ何か言いたそうにしていたが、やがて諦めたように「はぁ」と息を吐き捨てると気を取り直すように話を戻す。


「けどよ。俺等がそんな高級魚っぽい魚を買っていってもな。不味くしちまうのがオチだろ」


 アニマさんもいろいろと勉強しているみたいだけど、まだ魚を上手く料理するほどの腕前にまではまだ至っていないらしい。

 しかし、


「淡白かつ巨獣のお肉ですから、適当に切ってソテーするだけでも結構美味しいですよ」


 強い魔獣はそれだけ体内に魔素を豊富に含んでいる。詳しい理屈はソニアも知らないそうなんだけど、とにかく大量の魔素を体内に留める生物は美味しいというのが定説らしい。


 だから、ボルカラッカの通常種はカジキマグロのステーキみたいに、亜種の方は照り焼きにして焼くだけでも結構美味しくいただけるのだ。


「でもな。さすがに魚ばっかを大量に食うのはな。飽きちまうだろ」


 ソースを工夫するだけでもいろいろと楽しめたりするんだけど……。

 というか、メガブロイラーもあるし、賢者様はいったいどれだけ食べる気なのだろうか?

 いや、これはどちらかというとホリルさんの為かもしれないな。

 ホリルさんはそのエルフ然としたその見た目とは裏腹に、かなりの大食漢だからね。

 となるとだ。


「でしたら何種類かの鍋つゆの素を持っていきますか? 白菜や大根なんかもありますし、それなら数日間は飽きずに食べられると思いますよ。なにより調理が簡単ですし」


 これならメガブロイラーを使っても簡単に美味しい料理が作れるし、何よりもヘルシーな食事が取れるんじゃないかと、僕は最近この万屋でもじわじわと人気が上がってきているポーション瓶に入れ替えただけの濃縮タイプの鍋スープと、世界樹の袂に広がる畑で作られた野菜類をベル君に取り出してもらう。


「おお、こりゃ至れり尽くせりだな。

 でもよ。これってお前らの分なんじゃねぇの?」


「ああ、野菜ですか、それらは万屋(ウチ)の畑で作ってるから大丈夫ですよ」


 今年は秋口にあった長雨の影響で白菜の価格が高くなっており、こっちで育てたものを実家に持っていって食べているのだ。

 だから、鍋用の野菜は結構余ったりしていて、

 それでなくともアヴァロン=エラでは種を植えてから収穫までの時間が信じられないくらいに早いのだ。

 足りなくなったらすぐに生産すればいい。


 しかし、それは野菜に限ったことで、


「あと他に、なにか足りない物があれば向こうで買ってきますけど――」


「だったら、いつも通り酒を買ってきてくれないか」


 本来、万屋では防犯的な目的とゲートの外が危険地域という理由からお客様への酒の販売をしていない。

 しかし賢者様の場合、新しい味の探求というか、高名な錬金術師というだけあって、酒の自作ができることから、見本となる珍しいお酒が欲しいと何度か売っていたりするのだ。


「お酒ですか。それなら、実はもう買ってありましてね。ベル君」


 声を掛ける僕にベル君が取り出してくれたのは鮮やかな緑色が眩しい中瓶サイズのお酒。


「でも、いいんですか。お酒なんか食べたら、またご飯が食べたくなっちゃうんじゃ」


「酒で腹を膨らませて食べる量を減らすんだよ」


 えと、そんな事ができるんだろうか。逆に食欲を増進するだけの結果になっちゃうと思うんだけど。


「で、これはどんな酒なんだ」


 僕としては納得出来ないところであるが、ここから先はあくまで賢者様の自己責任。

 ということで、


「えと、なんかピーマンを使って作ったお酒みたいですよ。そろそろ近所の酒屋さんじゃネタがつきてきたみたいだったのでインターネットで調べてみたんですけどね。面白そうだから買ってみました」


 因みに注文の際には一応母さんの許可を得て名義を貸してもらっている。

 さすがに高校生がこれを頼むのはどうかと思ったからね。


「ピーマン? ピーマンってあれだよな。子供が嫌いなあれ?」


 原材料を聞いて驚く賢者様。


「ええ、そのピーマンです。さすがに100%じゃないと思いますけど、ピーマンを主原料にしてこのお酒は作られているみたいですよ」


「本気かよ!?」


 僕も最初は信じられなかったけれど、本当にピーマンを使って作ったお酒みたいだ。

 説明文によると完熟したピーマンの風味が残っていてすっきりとした味わいになっているとのことらしい。

 そこまで伝えたところ、賢者様としてもちょっと楽しみになってきたのだろう。


「へぇ、そういうことなら、これと合いそうなツマミが欲しいよな」


「はいはい。いま買ってきますからちゃんと家に帰ってからあけてくださいね」


「分かってるって」


 既に心ここにあらず、帰って味わうピーマン酒の味の想像に思いを巡らせる賢者様を残して、僕は賢者様がこれ以上増量しないように、太りにくいおつまみをインターネットで検索しながらゲートに向けて店を出るのだった。

◆次話は水曜日に投稿予定です。

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