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魔法のドロップ

 今日も今日とてのんびりとした客入りの万屋。

 僕のすぐ後にやって来て、飽きることなくいつもの日課を済ませたマリィさんが、カウンター奥の座敷に歩いてくる途中、足元にあった何かを拾い上げて訊ねてくる。


「なんですのこれ?先日見せてもらったディロックとは少し違うようですが」


 しなやかな指先に摘まれるのは、厚みのあるコインのような短い円柱状の宝石だった。

 それに見覚えがあった僕は「ああ」と意識を誘導する言葉を挟んで心当たりを口にする。


「多分ドロップってアイテムですね。飴玉に似ているからドロップ。賢者様が落としていったんでしょう」


 それはマリィさんが万屋にやってくる少し前のこと、いつものように授業を終えて万屋に出勤しようとゲートを潜ったところで、資材を仕入れ、自分の世界へと帰ろうとしていた賢者様とばったり出くわしたのだ。

 その際に「ようやく抽出に成功したんだ」と自慢気に見せられたものが、マリィさんの指に挟まるドロップだったのだ。


「ドロップ?」


 だが、それを聞いたマリィさんは顔を顰める。

 興味はあるけど、会話の中で登場した人物名に警戒心を高めたのだろう。

 賢者様が今迄しでかしてきた事を考えると、マリィさんが顔を顰めてしまうのも分からないでもないけれど、賢者様から受けた説明を聞く限りではドロップそのものに罪は無い。

 オーナーも興味を持っていたようだしね。

 だからと僕は自分なりに聞かされた情報を噛み砕き伝えようとする。


「えと、さっきマリィさんが言われたディロックと似たものというのが一番わかり易いでしょうか。ただドロップは完成した魔法を閉じ込めたものではなく、その元となる魔素を特定の属性に絞って凝縮したものだって話です。つまり体内で生成されると言われる魔力を固めたみたいなものですか」


「つまり人工的な魔石のようなものですの」


「はい。でも、それ単体では意味が無くて、シェルと呼ばれる発動機――賢者様の持っていたのは拳銃タイプでしたね。それにセットすることで、決められた幾つかの魔法が発動できる仕組みになっているそうです」


 要するに乾電池の魔法版みたいなものかな。おそらく伝わらないだろう補足を心の中だけに留める。

 かたや、マリィさんはというと、その説明を聞いて「魔石で使う魔具とはどう違うのかしら」と興味深げにドロップを眺めていた。

 どうやら、同じ魔法を主軸にした文化を持つ世界に住んでいるとはいっても、その技術体系には大きな違いがあるらしい。

 まあ、現代日本よりも同等以上だと思われる賢者様の世界と、中世ヨーロッパみたいな文化レベルのマリィさんの世界を同等に扱うのは難しいか。

 言うなれば、賢者様の暮らす世界は魔法を扱う技術というよりも、魔法の根源である魔素というエネルギーを利用する技術に長けた世界。変な表現方法になってしまうが魔術に傾倒した科学技術と言うべきか。

 一方、マリィさんの暮らす世界は、まさにファンタジーゲームにあるような魔法が存在する世界。

 どちらが魔法的に優れた技術を持つ世界なのかは、魔法とまるで関わりのない世界に生きてきた僕には判断がつかないが、マリィさんの顔を見る限り、マジックアイテムという点で推し量るのなら、賢者様の世界は相当に高度な技術を持っていることが伺える。


「拳銃とはあの連弩のような武器のことですね」


 そんな思案に耽っていた僕への声掛けは、魔道士というよりも武器マニアとして興味からのものだろう。

 魔術的な分析でもしているのだろうか。マリィさんはふむふむと微かな魔力光を灯した瞳でドロップを眺めて、


「色から見る属性も私達と同じなのかしら?」とか「でも、これは見たことが無い色ですの」などと呟きながらも、最終的な結論として「是非そのシェルとやらも手に入れたいものですね」といつも通りの欲しがりを発動させる。


 まあ、そのドロップは万屋の売り物じゃあないんだけど、魔法薬を売りに出している賢者様なら交渉すれば手に入れられないことはなくはないんじゃないかな。

 上客であるマリィさんから聞こえてくる声に、さて、交渉するにしてもどんなものを対価にしたらいいだろう。やっぱり、エッチ関係のものがいいのかな。などと賢者様対策を考えていると、万屋の入口の大きなアルミサッシが勢いよく開く。

 店の中へ駆け込んできたのはさっき自分の世界へと帰っていったばかりの賢者様だった。彼は店に入るなり、荒くなった息をそのままに言う。


「少年、ドロップ落ちてなかったか?ほら、さっきゲートんトコで見せてやったでっけえ飴玉みたいなアレと同じヤツ」


 やって来るなりの問い掛けに、僕がその在処を指差そうと思っていたところ。ドロップの拾い主であるマリィさんが手を挙げる。


「ここにありますの」


「よかった。作るのにマジで苦労したもんなコレ。助かったぜお嬢」


 マリィさんが指先で弄ぶようにしていたドロップを返してもらおうと、賢者様が伸ばしたその手が空を切る。賢者様がドロップを受け取ろうとしたその瞬間、マリィさんがさっと躱したのだ。


「お、お嬢?」


 今は亡くなってしまった国とはいえ、今もプリンセスの【実績(・・)】を保持するレディに馴れ馴れしいこの態度。

 マリィさんからしてみると思うところはあったのか。片眉をピクピク反応させながらも、賢者様の無礼にいちいち口をすっぱくしていたらキリがないと思い直したのだろう。注意するのも億劫だと言わんばかりに『ア』の形で開きかけた口元をリセット。改めて言葉を作り直す。


「虎助の世界には拾った人は一割の権利を有するというルールが存在するといいます。そしてこの万屋は虎助が店長を務める店ですの。だから私に試し撃ちをさせなさい」


「試し撃ち?な、なに言ってんだよ。これはただの宝石だぜ」


 いろいろと説明をはしょったようなマリィさんの言い分に、賢者様がとぼけるようにそう返す。


「虎助から聞きましたの。シェルと呼ばれる魔具があるのでしょう」


 だが、早く出しなさいとばかりに手を差し出すマリィさんの言葉で全てを覚ったのだろう。「余計な事を言いやがって」そう言わんばかりに睨んでくるけど、言ってしまったものは後の祭り、

 ハンドジェスチャーで謝る僕を見た賢者様は軽く息を吐き、諦めたようにこう答える。


「危険なんだって」


「危険は承知ですの」


 しかし、マリィさんの返事は早い。

 そもそもマリィさんは、正体不明の魔石実験にすら自ら志願するような女子なのだ。並大抵の説得で納得するタマではないだろう。

 遅まきながらにマリィさんの性質を思い知らされた賢者様は、面倒臭そうにしながらも、こう続けるしか無かった。


「とにかく駄目なんだって」


 だが、それはそれとして、一度使わせてもらえればそれで満足するという条件に、ここまで抵抗するのも不自然じゃないか。

 僕が見せられたシェルは拳銃型だった。

 ぱっと見、大量生産品の拳銃よろしく危険そうにも思えるのだが、試し撃ちとして使う分にはほぼ危険が無いと言ってもいいだろう。

 それはマリィさんも同じく感じた疑問だったみたいだ。


「怪しいですわね。貴方、これを使ってなにをやらかすつもりでしたの?そもそも、このドロップとやらがどんな効果を持っているのか教えて下さいます」


 マリィさんから放たれるネコ科動物のような鋭い視線に賢者様が目を泳がせる。

 確実に何かやましいことを考えているに違いない。

 そして、賢者様の性格を考えるとそれは――、

 例えばその銃で撃った相手の装備(服)を破壊するとか、もっと直接的に撃った相手を魅了してしまうとか……。

 そして、この考えにもまた、マリィさんは辿り着いたのだろう。作り物の笑顔で問いかける。


「大賢者ロベルト様に問います。これはいったい何に使うものですの?」


 いつもとはまるで違う丁寧な口調で、ロイヤルオーラを全開にしたマリィさんからの質問に対する賢者様の答えはたった一言だった。


「ナ・イ・ショ♪」


 本人としてはこれで許されると思ったのだろうか。

 する人によっては可愛く見えただろうポーズを決めた賢者様に、マリィさんはただひたすらに冷たい目線を浴びせかける。

 そして、最後まで知らぬ存ぜぬで押し通した賢者様だったけど、あのドロップはいったいどんな目的の為に使うものだったのだろう。

 大方の予想はつくけれど、気にはなってしまう僕であった。

今週分、これにて終了。


◆用語解説


 ドロップ……魔力電池。


 シェル……家電製品の魔力版。


 と、イメージしてみて下さい。

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