表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/820

間宮虎助は至って普通の高校生を自称する

 帰りのホームルームを終えたクラスメイト達が、部活へ、補習授業へとそれぞれバラけていく中、所属する部活が今日も開店休業状態であることを確認した僕がそのまま昇降口へと向かい、ちょうど校門を出た頃、隣を歩く坊主頭がこんな事を言い出す。


「なあ虎助、商店街に新しくラーメン屋ができたらしいぜ。寄ってかねえか?お姉さんが超巨乳だってさ」


 彼の名前は松平元春。なんの因果か小中高とずっと同じクラスの幼なじみの一人だ。

 この大袈裟な名前からして、どこか旧家の血筋なのかと思われがちだが、至って普通の家庭に育った一般人だったりする。


「えっと、ラーメンを食べに行くんじゃないんだ」


「あったり前だろ。まあラーメンも食うけどよ。狙いは巨乳のお姉さんに決まってんじゃんかよ」


 常人ならそこはラーメンと答えるだろうところを、それが世界の理だとばかりに他の三大欲求を主目的とするのが元春という人間だ。

 そして「行くよな?」と、当然とばかりに肩に手を回してくるのだが、


「ゴメン。今日も用事があってね」


「マジかよ。超巨乳だぜ。爆乳なんだぜ。店が混んでる日なんかは、ラーメンを運んできてくれた時、おっぱいが肩に乗っかったりするって噂なんだぜ」


 断る僕に元春は、女子が見ていたのなら確実に白い目を向けられるだろうパントマイムで、そのお姉さんのお胸がどれだけ大きいのかを熱弁して、目を血走らせる。

 それに対する「いや。ラーメン食べようよ」という冷静な反論は、どうせ聞いてはくれないだろうけど、何度も言う事が彼の更生に繋がる筈だと僕は思っている。

 だがやはり、今日もその本心は伝わっていないらしい。元春は「うりゃっ」と首に回した腕に力を込めてこう言ってくるのだ。


「最近いつもそうじゃねえか、つきあいが悪いぜ。もしかして女か、女ができたのか?イチャコラしてんのか?」


 この元春という友人は何かにつけて、女性絡みというか、すぐにいやらしい方向へと話題をもっていこうとしてしまう困った性格の持ち主だったりする。

 いつもなら、こういった絡みも、適当に相槌を打って流すところだが、最近はそうも言っていられない事情がある。

 何故ならこれから向かう先に女性が待っているというのは本当かもしれないからだ。

 勿論イチャコラというのは元春の妄言でしかないんだけど、マリィさんや魔王様の存在が元春に知られたら面倒な事になりかねない。

 別に本人さえよければアヴァロン=エラに連れて行くことも吝かではないのだが。

 とはいえそこは僕の世界からするとファンタジーに属する世界であり、一般人である元春にとって(僕もそうなのだが)危険が多い世界なのだ。

 オーナーによる入念な安全対策が施されているとはいえ、気軽に連れて行くような場所でもない。

 元春に本当のことを言えないのは心苦しいけど、完全に安全が確認できるその時までは――、


「違うよ。『ソニア』の相手をしないといけないから」


「ソニア?ああ。例のビッグフットのお世話か」


 と、放ったこの言い訳も荒唐無稽過ぎる話に聞こえるが、今となっては少し事情が違う。

 実はビッグフットと呼ばれたUMAは今や未確認生物ではない。

 いや、正直、それを本物のビッグフットとする確たる証拠は無いのだが、実はそれらしき生物(?)は、およそ一年前に捕獲されているのだ。

 捕まえたのは義父である間宮十三。

 以前からその筋では名の知れた存在ではあったというが、このビッグフットの一件で世界的に有名になってしまった冒険家だ。

 そして、捕まえられたビッグフット(仮)は、とある研究機関で精密検査という名の一騒動を起こした後、何故か僕の家にいたりするのだ。


「ああ、おじさん捕まえてきたアレな。――つか、上手くやってんだな」


「まあ、昔からの知り合いだからね。それで元春も『そにあ』を見ていかない?」


 友人の優しさに満ちた声はここ数年で激変した僕の家庭環境を気遣ってのことだろう。

 僕はそんな友人の心遣いのお返しにと、そろそろ視界に入るだろう家に寄って行かないかと誘ってみるのだが、返ってきたのは彼らしい台詞だった。


「そうだな……ま、いいや。来たばっかの頃に散々見たからな。基本、動かねえし、俺には噂の爆乳を拝むっていう至上の役目があるからな。それによ、志帆姉いま家にいねえんだろ」



「この間、ちょっと帰ってきたけど、すぐにまた出てっちゃったよ」


「そっか、いきなりの結婚だったからな。思うところもあるんじゃねぇ。……まあ、単にいずなさんの料理が食べたくないってのもあるかもしんねえけど……」


 因みに志帆さんというのは、僕の義姉になった女性であり、元春も含めた幼なじみグループの一人である。

 そして、いずなと言うのは僕の実母の名前で、義姉が母の料理を食べたくないという元春の発言には、特に深い意味がある訳ではなく、単純に母の料理が息子である僕ですら避けたいと思ってしまう程の危険物(・・・)だからだったりする。

 そして、遠慮無い言葉をしみじみ呟いた元春は顔を上げると、


「まっ、会えない美乳よりもすぐに会える爆乳つってな。んじゃ、噂のラーメン屋いってくるぜ。報告はまた明日な」


 別に報告の必要はないんだけど……。

 ただただ苦笑いをするしかない僕は、胸の大きな女性を拝みに行くというだけで足取りの軽い元春とその場で別れ、自宅の中へ。


「ただいま」


 と、出迎えてくれたのは着物姿の母親と銀色をした雪だるまのような存在。

 小柄過ぎる母の格好ともかく、このゆるキャラのような謎の存在がなにかといえば、先の話にあったビッグフッドと目されている生物『そにあ』である。


 そのソフトビニール人形のように人工的な外見からも分かる通り、生物というよりかはロボットなどの機械類に分類され、一時は世紀の発見と騒がれたりもしたのだが、それもその筈、なんと彼女は魔法技術の粋を集めらて作られたゴーレムなのだ。


 そんな事実が発覚した際には、世界中の研究者に衝撃が走ったそうだが、その後が大変だった。

 何しろファンタジーの世界の申し子ともいえる魂を持たぬ従者・ゴーレムが現実に存在したというのだ。所有者の命令に可能な限りで応える二足歩行の自動人形が。それだけで、現在のロボットを上回る性能を秘めているのではないか。それを可能としている技術まで推し量ったのなら『そにあ』の価値は計り知れないとされたのだ。


 そして、発見されたのが従来の目撃情報通り、ロッキー山脈の只中という事が面倒に拍車をかけた。

 当然の如く『そにあ』の所有物が誰にあるかという権利関係が発生してしまったのだが、


 その後、あれやこれやと紆余曲折があって、最終的に、本人というべきか。その核たる『ソニア』の意思が尊重され――たというよりも、単純に手に負えないという一言に尽きるというか。押し付けられるという格好で家にやってくることになった訳なのだが、その辺りの事情は、僕にとって心臓に悪い話で、あまり振り返りたくない思い出だ。


 因みに『そにあ』がここへ来た当初にも、また、危険な生物を街に入れるなだと宣う市民団体や、パパラッチ的な取材班が自宅まで押しかけて大騒動になったものだが、

 誰かとは明言しないが、彼の国で起こした騒動が彼等に伝わるやいなや、そんな騒がしい連中も潮が引くようにいなくなった。

 そして、情報の供給が無くなってしまえば世間というものは案外早く忘れ去ってしまうもので、半年ほど経過した今となっては、不躾な人間はほぼいなくなってしまったと言ってもいいだろう。


 とはいえ、少数ながら未だにやってくる人間はいるのだが、それはまた別口のお客様(・・・)で、現在『そにあ』という個体名を持った彼女の管理は、周囲からオペレーター(・・・・・・)と認識されている僕に一任されているのが現状だったりする。


 と、帰るなり早くしろとばかりにくっついてくる件の銀だるまに急かされて、僕は私服というか制服に着替え「さて、バイトにでも行こうかな」と、リビングに戻ってきたところ、母がこんな事を言い出した。


「ねぇ虎助、今日は私が晩御飯届けましょうか。向こうにはお友達もいるんでしょ。挨拶しておきたいから」


 それは母としての心配ではなく好奇心からの発言だろう。お友達が云々というよりもアヴァロン=エラという場所に対する興味。

 まあ、母さんの実力からして、向こうに連れて行っても問題はなさそうなのだが、


「いいよいいよ。来たら恥ずかしいし、それに向こう(・・・)に行っていいのは、いまのところ僕と義父さんだけで、母さんはダメってソニアに言われてなかったっけ?」


 いずれは母も向こうに連れて行かなければいけないが、それはマリィさん達、常連さん達いない時だ。

 年甲斐もない母のお願いを、恥ずかしいと断る僕だったが、

 しかし、母はすっと細めた目をそにあに向けて、低めた声で言い放つ。


「仲良くなったから平気よ。ねぇ」


 一体何をしたのだろうか?ありえない事だと思うのだが、僕の目からは魔導ロボットたる〈そにあ〉が震えているように見えるんですけど……。


「と、とにかく、晩御飯の時間になったら一回戻ってくるし、大丈夫だから」


「私も虎助が作ったお店がどんな風になってるのか見たかったのに――、ねぇ」


 尚もしつこい母のおねだりに、「その内にね」と曖昧に答えて、僕は向き直った〈そにあ〉の口に足をかけ、


「お客さんも待ってるかもだから、行ってきます。じゃあお願いね。そにあ」


 言い知れぬ母の圧力から逃れるように、僕はそにあの口内に身を躍らせる。


 そう。〈そにあ〉の口の中こそが僕が店長を務める万屋がある異世界への入口なのだ。

 それが元春に言えない理由の一つだと言ってもいいだろう。

 何しろ万屋へ到達するには〈そにあ〉の口内に広がる底の見えない闇に飛び込まなくてはならないのだから。

 とはいえ、既に何百回とこの通路を行き来している僕にとっては慣れた入り口。


「絶対よ――」


 間延びした母の声を背中に、僕は奈落へと落ちていくような独特の浮遊感にその身を委ねるのだった。

因みに『そにあ』と『ソニア』は意図的に分けてあります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
↓↓↓クリックしていただけるとありがたいです↓↓↓ 小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ