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ニュースなどでは絶対見かけないお正月の風景

◆今回のお話は通常なら二話に分割するような分量となっております。ご注意ください。


 一月一日、時刻は午前五時、場所はアヴァロン=エラ。

「寒いっ!!」と白い息を吐き出して、体を擦るのはジャージ姿の元春だ。

 新年の、しかもまだ日も昇らないような時間から、僕達がこのアヴァロン=エラの大地で何をしようとしているのかといえば、それは、ごく一部の人達の間で定番の正月行事――寒稽古である。


「しかし集まったね」


「ま、イズナさんが人を集めりゃ、こうなんのは当然だろ」


 そう、この寒稽古は母さん主催のイベント。

 僕や元春は当然として、母さんが面倒を見ているらしい特殊部隊の皆さんに、魔女の中でも武闘派と呼ばれる人達、ホリルさんにアイルさんにアニマさんと母さんと関わりのある人は大体揃っている。


「ん、揃っているといえばマリィちゃんは? こういうイベントには出てくると思ったんだけど」


「マリィさんは叔父さんの件でちょっとやることができたみたいでね。残念ながら今日は不参加なんだよ」


「そうなん。久しぶりに凶悪なマリィちゃんのジャージ姿が見られると思ったんだけどな」


 因みに、マリィさん以外のいつものメンバーである魔王様は大晦日からずっとこの万屋にいたりするのだが、人が多いと落ち着かないと、今は一緒に来ていたミストさんや妖精達に手伝ってもらい、万屋裏の工房にゲーム機を持ち込んで、ソニアやらエクスカリバーさんと自堕落なお正月を楽しんでくれていることだろう。


 残る賢者様はそもそもこんな時間に起きれるハズもなく、フレアさんは今ごろ魔王と戦っている頃なんじゃないだろうか。


 と、どちらかといえば常連客とはいい難いメンバーを前にして母さんが言うのは、


「あけましておめでとうございます」


『おめでとうございます』


「さて、挨拶は手短な方がいいわよね。

 だからって訳じゃないんだけど、まずは軽く百キロくらい走ってからディストピアで実践訓練ね」


 うん。新年からいきなり百キロマラソンでウォームアップ(・・・・・・・)をしようとか、さすが母さんだ。僕達には想像できないことをやらせようとしてくる。

別に痺れも憧れもしないけど……。


 母さんの課した内容は普通の寒稽古では絶対やらないようなハードメニューであるのだが、特に誰からも文句は出ない。

 なにしろ、ここにいるメンバーの殆どは母さんからの洗礼――もとい、訓練を受けたことがあるからだ。

 余計なことを言おうものなら、笑顔で訓練内容を特盛にされることを知っているのである。

 だから、いつもならグチグチとうるさい元春ですら余計なことを言うこともなく「はぁ、んじゃま、走りますっか」とブラットデアの膝から下を取り出して、素直に走り出す。


 ああ、今回のマラソンは魔法修行という意味合いもあることから、マジックアイテムの使用許可が降りている。

 そうでもしなければ、元春や魔女の皆さんといった肉体的な常人からしてみると、ウォームアップなしの百キロマラソンなんて、ウォームアップどころか、殺しにきているとしか思えないメニューだからね。


 そして、走り出して数分、

 早くの黙々と走ることに飽きたのだろう。元春が聞いてきたのは地球側にいる友人のことだった。


「つかよ。そろそろ酒井とか本多にもこっちのことを教えてやってもいいんじゃねーの」


「どうなんだろうね。元春の場合はさ義姉さんに無理やり引っ張られれこっちに来た訳だけど、二人を連れてきて大丈夫だと思う? 今更だけどここって完全なファンタジー世界だよ」


「アイツ等だってイズナさんの訓練を受けた同士だぞ、ちょっとやそっとのことじゃビビんねーだろ」


「う~ん。だったらさ。前にマリィさんが上げた動画があるでしょ。アレを見せて反応を見るとかどうかな」


「ああ、あれな、あれならもう見てるぞ。マリィちゃんのおっぱいがぶるんぶるんで大興奮だった」


 残念な友人の友人はやっぱり残念だった。

 まあ、彼等は元春の友人であると同時に僕の友人でもあるんだけど、なんで僕の周りにはこう極端な性格の人が集まるのかな。


 しかし、あの映像を見た感想がマリィさんのお胸に集中しているとは、これじゃあ友人をアヴァロン=エラに連れてきていいものか判断がつかないな。

 というよりも、この世界の危険度を考えると、まずは最低限、身を守れる装備を作ってあげることが先決なのではなかろうか。

 そもそも元春としても、昔は一緒に受けていた寒稽古を今年は僕と自分だけが受けなければならないことに理不尽を感じているとかそういう理由からだろうから、そう急ぐ話でもないと思うし。


 だから、今日のところは元春の意見を適当に流しておくとして、まずはさっさとこの百キロ走を済ませないと、僕がゆっくり走っていたら、後で母さんから何を言われるかわかったものじゃないからね。


 因みに、この薄暗闇の中、僕達がどうやって自分が走った距離を把握しているのかといえば、この寒稽古に際して、万屋から五キロはなれた荒野に〈光装飾(イルミネーション)〉の仕掛けを施した魔鉄鋼(ミリオン)製のオベリスクが建てているからだ。

 これにより僕達はその光を頼りに往復することによって百キロマラソンが可能になっていたりする。


 と、時に黙々と、時にすれ違う皆さんのフォローをしながら走ること二時間ほど、初日の出がお目見えする頃には殆どの面子が百キロを走り終えたみたいだ。


 軽いジョギング(・・・・・・・)でかいた汗を、万屋の前に用意された〈浄化(リフレッシュ)〉の魔具で流した皆が母さんによって選別されてディストピアの中に入ってゆく。

 早く到着した人はスカルドラゴンなど耐久力が高い相手のいるディストピアへ、時間がかかってしまった人にはフォレストワイバーンなど高機動の相手がいるディストピアへと、それぞれが比較的苦手とする相手と戦わなくてはならなくなっているのだ。

 この時、明らかにサボった人と判断された人は、ローパーとはまた別の邪神の眷属のシンボルを使って作った特別仕様のディストピア送りとなっていたのだが、さすがに誰もそんなディストピアには入りたくないのだろう。

 結局、サボるような人は出ずに、新しく用意したディストピアの出番は無かったみたいだ。


 そんなこんなで百キロ走からのディストピアでの強制戦闘を終えて、次に待っているのは組手の時間。

 組み合わせはディストピアから出てきた順番で対戦相手が決まることになっている。


 実は今回使っているディストピアは特別ルールとなっており、クリアした場合と死んだ場合、両方の条件で弾き出されるという設定になっているのだ。

 これにより、同じ力量を持つ相手と組手ができるようになっているのだが、僕の相手は問答無用で母さんになってしまったようだ。


 今年はいろいろとファンタジーな仕様になっているものの、誰も母さんに挑もうとしないのだから僕が相手をするしかないのだ。そう、これは仕方のない役目なのだ。

 本音を言うと、特殊部隊の八尾さん辺りが母さんの対戦相手を務めてくれるかも――、なんて期待もあったのだが、ここ数ヶ月間の訓練で八尾さんは自分の実力不足を思い知らされたみたいだ。

 好タイムでディストピアをクリアしても、それに驕って母さんに挑んでいくというようなことはしないで、諾々と指定された川西隊長との組手に望んでいた。


 だから、いつものように僕が、新年早々母さんの相手をするハメに相成った訳なのだが――、


「強くなったわね。虎助」


「半年以上もこっちでいろいろやってきたからね。さすがに強くなりはするよ」


 僕としてはアヴァロン=エラで魔獣なんかと戦って、それなりに強くなったと思っていたんだけど、母さんにはそんなアドバンテージも意味が無かったみたいである。

 まあ、アヴァロン=エラに入れるようになって以来、暇を見つけては危険なディストピアに潜ってみたり、強者(つわもの)の気配がすると言ってふらりとやってきて、紛れ込んできた龍種をさっくり狩るような人と比べてはいけないのだ。


 僕が諦めの境地に至りながらも理不尽の塊である母さんとのバトルを享受していると、周りにどんどん人が増えていく。

 僕と母さんが戦っている内に他の人達の決着ついてしまったみたいである。僕と母さんとの戦闘を遠巻きに感想を言い合う声が聞こえてきていた。


「さすがは教官殿」


「つか、虎助の野郎、あんな実力を隠してたってのかよ。油断ならねぇヤツだぜ」


「本当に想像以上です」


「い、いえいえいえいえ、どうして工房長はそんな平然としていられますの!?

 あれ、あの二人の動き、人間には不可能な動きなのではありませんか!?」


 見学者の皆さんは、昨夜の内から作っておいた、ボルカラッカのアラ汁やヴリトラ肉の串焼きを食べながら、僕と母さんの戦いを見て勉強しているみたいだ。いい匂いがこっちまで漂ってきている。

 因みに、この他にも、中華まんやらフランクフルトといろいろなメニューは用意してあって、中には正月らしく僕の地元でスタンダードな葉野菜をメインにした雑煮も用意したのだが、そちらの方はあまり人気がないみたいだ。

 これは、希望者にはボルカラッカのアラ汁に餅巾着を入れられるように、給仕をしてくれているエレイン君達に指示を出した方がいいのかもしれないな。せっかく作ったものを余らせるのも勿体無いしね。


 そして、数十分に渡って続けられた母さんとのバトルは僕の完敗という結果で幕を閉じる。

 まあ、途中から母さんの格闘指南教室のようになっていたので当然の結果とも言えるのだが。


 そして、僕が修行とも拷問とも判断がつかない母さんとの組手を終えて、カウンターで店番を始めたところ(休んでいたところ)


「おう、お疲れ様――、しかし、ここは相変わらず凄いところだな。義父さんビックリだ」


 そう言ってやってきた髭面のダンディは、僕の義父さんである間宮十三さんだ。年末から家に帰ってきて、今日は僕達に付き合って寒稽古に参加してくれていたのだ。

 義父さんはもともと冒険家というその仕事柄、母さんの訓練を相当なレベルで受けているから、ディストピア内での戦闘はともかくとして、今日の朝稽古にも普通について来られるくらいの実力を持っていたりするのだ。


「っていうか、元春から聞いたわよ。アンタ凄い宝石みたいなのを手に入れたんだってね」


 と、そんな義父さんにくっついてやってきたのは最近までアメリカに行っていたという義姉さんだ。

 唐突に物凄い剣幕で迫ってくるけど――、

 はて、宝石とはなんのことだろう?

 僕が頭上に疑問符を浮かべていると、


「とぼけるんじゃないわよ。なんか空飛ぶ要塞みたいなところにバスケットボールよりもでっかい宝石があったって話じゃない」


「なに、それは聞き捨てならんな」


 義姉さんはカウンターを乗り越えるように僕を引っ掴み、義父さんもその話に食いついてくる。

 義姉さんはお宝を――、義父さんは血湧き肉躍る冒険を――、それぞれに動機は別のようではあるが、本当に似たもの父娘である。


 しかし、義姉さんの持ってきた話には少し語弊がある。


「正確に言うと『手に入れた』んじゃなくて『発見した』っていうだけなんだけどね」


 空中要塞に取り付けられた黄道十二門の魔石(仮)はその要塞を空に浮かべるためのキーアイテムになっている。だから、迂闊に取り外せないなくて僕達の手元に空中要塞にあった巨大な魔石(黄道十二門の魔石)はないのだ。

 まあ、同じ黄道十二門の魔石なら山羊座(カプリコーン)の魔石があるのだが、それも僕個人のものでもないし、あくまで研究用の魔石だから、いますぐに現金に結びつくようなものではないのだけれど。


 と、そんな説明を義姉さんにもで理解できるように噛み砕いて説明してあげると、今度は義父さんの方が爛々と目を輝かせてこう訊ねてくる。


「それよりも俺としては、その空中要塞の方が気になるのだが」


 うん。空中に浮かぶ謎の巨大要塞――、これは義父さんじゃなくても心くすぐられる冒険対象だろう。


「そうだね。マリィさんに頼めばゴーレム越しの調査に義父さんも同行できるけど、義父さんって年明けからアマゾンに行くんじゃなかったっけ?」


「そうだった」


 そう、冒険家といっても、スポンサーやなんやらの要望があったりして、決して自分の好き勝手に好きな行けるところを決められる訳じゃないそうなのだ。

 それは、世界的に有名な冒険家になった義父さんも変わらなくて――、実際、義父さんはこの正月休みを終えた後、ネイチャーチャンネルの特番だかなんだかで南米に行く予定になっているのだ。


 因みに、義姉さんはそんな事情を嫌って、冒険家ではなくフリー(・・・)のトレジャーハンターの道に進んだらしい。

 まあ、それも豊富な資金を持つパトロンなりなんなりがいなければすぐに立ち行かなくなる職業だそうだが、


「お金なら私や虎助が十分稼いでいるから、十三さんには好きなことをやってもらっても構わないのだけれど」


「いや、一家の大黒柱としてそれはいかんだろう」


 現実を思い出し残念そうにする義父さんに『仕事なんて気にしなくても――』と言う母さん。

 しかし、そこは一家の大黒柱として譲れないと断固拒否。

 そして、義姉さんはというと母さんの発言の別のところが気になったみたいだ。


「ちょっと、イズナ(ハハ)はともかく、アンタはどんだけ稼いでんのよ」


 母さんの話の中にあった聞き捨てならない内容に食いついてくる義姉さん。

 僕は『あれ、前にもこんなことがなかったっけ?』と思いながらも義姉さんからの言い掛かりに答えていく。


「給料は貰ってるけど、金貨でもらってるからちょっとわからないかな。普通のスポーツバッグに一杯くらいはあるんじゃないかな」


 万屋の店長ということで月の儲けの数パーセントを給料として貰っている僕だが、その給料である金貨をさばくのは面倒ということで日本円としては大した額を持っていない。

 そもそも普通の高校生である僕としては金貨一枚の値段、つまり十万円もあれば一年くらいの交遊費は余裕でまかなえてしまうのだ。

 だから、地球での仕入れや遊興費に使う分だけ換金した後は、自宅やバックヤードに置いてある金庫の中に放り込むだけになっていたのだ。


 ゲームなんかは僕が買わなくても魔王様に頼まれるからね。


 すると、その話を聞いた義姉さんが顎に手を添えて、


「私もここで働こうかしら」


「義姉さん、トレジャーハンターは?」


「トレジャーハントにもお金がかかるのよ」


 自称トレジャーハンターの資金難は深刻なようだ。


 しかし、地球のお宝を探す為に異世界で魔獣を倒すなんて、それはトレジャーハンターとしてどうなんだろう?


 僕が苦笑していると、そこに母さんからの横槍が入る。


「でも、志保ちゃんじゃあここの店番はちょっと勤まらないんじゃないの」


「バカにしないでよ」


 アヴァロン=エラにやってくる魔獣の相手は義姉さんでは荷が重い、言外に忠告する母さんの言葉に義姉さんが激しく反応する。


「ちなみに、最近虎助が戦った相手がこれね」


 だが、母さんが魔法窓(ウィンドウ)を呼び出すとその反応も一気に沈静化。

 まあ、ヴリトラ討伐記念の一枚から始まり、ディタナン、テュポンさんの半泣き映像と並べられてしまったら、義姉さんの反応も当然だろう。

 パット見、その三人(?)は普通の人間が戦えるような相手じゃないからね。

 僕だってソニアの完全サポートが無かったら逃げに徹するしかない相手なのだ。


 しかし、母さんはどうやってその映像を手に入れたんだろう?

 その場にいた僕すらも疑問に思ってしまう母さんが出してきたスクリーンショットに、義姉さんが大人しくなる一方、それは義父さんからしてみると心躍る冒険(・・)だったみたいだ。


「いいなあ。冒険してるな」


 冒険というよりかは向こうから勝手にやってくるんだけどね。

 義父さんの羨ましそうな声に義姉さんがため息を吐く。


「ハァ、どこかに宝の地図が転がっていないかしら」


 そう言って期待するように僕の方をチラチラと見てくるけど。

 残念、万屋では地球側のお宝情報は取り扱っていないのだ。

 僕が義姉さんからの面倒な視線にどう答えていいものやらと苦笑いをしていると。


「そんな志保姉に福袋」


 まるで義姉さんのため息が漏れるのを待っていたかのように割り込んでくるのは元春だ。


「福袋?」


 元春の持つ袋に義姉さんが眉根を寄せる。


「うん。いまちょっと在庫整理を兼ねてレアな素材を入れた福袋を販売してるんだよ。

 ちなみにドラゴンの鱗とか、異世界だと金貨何枚もする貴重品だよ」


「ちょっと見せなさい」


 義姉さんが元春からひったくっていく。

 そして、取り出した福袋の中身は――、


「変な葉っぱが入った瓶詰めと小さいお釜?」


「ああ、それは初心者用の錬金セットだね」


 元春が買った福袋のコンセプトは錬金入門セット。

 これを機会に錬金を始めてはどうだいというマジックアイテムの一式である。


「つか、錬金釜なら前もらったのがあんだけど」


 そう言いながら元春が腰のポーチから取り出すのは僕が前にあげた錬金釜だ。


「でも、こっちの方が高性能だよ」


「ならよ。こっちの錬金釜って買い取ってくれたりするん」


 ふだん買い取りなんかはしていないのだが、元春が持っていたところでマジックバッグの肥やしになるのは目に見えている。

 だったら、月イチで素材の買い付けにやってくる魔女の誰かに格安で譲り渡してあげようと、僕が元春の買い取り依頼に応じようとしたところ、そこに義姉さんが割り込んできて、


「ちょっと、錬金術とかってなんの話よ」


「実は最近、元春も錬金術の勉強を始めたんだよ」


「ふっふっふっ、志保姉とはここが違うのだよここが」


 答える僕に続いて元春がトントンと自分の頭を指差し、無意識に義姉さんを煽るような事を言い出す。

 すると当然、いつものように(・・・・・・・)元春が義姉さんに殴り倒される訳で、


「元春だけズルイわよ。私にも錬金術を教えなさい」


 義姉さんだったら当然そう言うよね。


「だったら元春のこのお古を貰って――」


「こっちを寄越しなさい」


 錬金術を覚えたら――、

 そう続くハズだった僕の言葉を遮って義姉さんが元春が引き当てた錬金釜を奪い取る。


「ええっ!? せめて志保姉も福袋を買ってその中身と交換とか――」


「うるさい。私はこっちが欲しいのよ。それにどうせこんなおっきい壺みたいなのなんて持ち歩けないんだから、家に置いておけばいいじゃない。そうすれば元春だって使えるでしょ」


 これぞまさにジャイアニズム。問答無用で元春の意見を却下する義姉さん。

 しかし、そんなガキ大将な義姉さんにも弱点が無い訳ではない。


「志保、それじゃあ元君が可哀想(かわいそ)だぞ。返してあげなさい」


「うう゛」


「返しなさい」


「わ、わかったわよ。

 でも、その代わりに、虎助、私にも元春とおんなじ福袋を寄越しなさい」


 義父さんにたしなめられては義姉さんも無茶なことは言えない。

 それに、いつものパターンだと、口では奪うようなことを言いながらも、少し使ってみて飽きたらすぐ返すから、そこま拘るものでもなかったんだと思う。

 だから、一応、渋々といった体を作りながらも元春に福袋を返した義姉さんは自分も福袋が欲しいと言い出して、それは義父さんも同じだったご様子で、


「お父さんも買うぞ」


「だったら、二万、五万、十万の福袋があるけど、どれにする?」


 僕がそう聞くと、義姉さんは『元春よりも安いものはいらないわ』とカウンターの上に五万円を叩きつけ、義父さんも義姉さんに合わせて五万円のものを買うみたいだ。


 ふむ、チャレンジャーの二人でもさすがに十万円の福袋には手が出なかったか。

 まあ、十万円以上(・・)の福袋で売れ残ったものはマリィさんに買ってもらうことになっているから別に構わないけど。


 僕は福袋に関する裏取引を心の中で呟きながらも「ご購入ありがとうございますと」と二人からのお金を受け取って、カウンターの下からポテトチップスの容器のような筒を二人に差し出す。


「クジ?」


「今回の福袋は袋の大きさとかで中身が分かっちゃうからね」


 特にドラゴンの骨が入っているような福袋は大きくはみ出してしまっているから、そのまま店頭に並べてしまうと中身がなんなのか一発で分かってしまう。

 だから、二人にはガラガラと神社のおみくじみたいにクジを引いてもらって、その番号を確認した僕は番号に該当する袋を持ってくるようにベル君にお願いする。

 そうして運び込まれた福袋は――、


「これが義姉さんので、義父さんのがこれね」


「って、これ骨とかが突き出してるんだけど」


「ワイバーンセットだね。当たりだよ」


 義姉さんがゲットした福袋はワイバーンの骨に皮、鱗と、袋いっぱいにワイバーン素材が詰め込まれた福袋である。

 ちょっと心配をしていたこのセットだったが義姉さんに当たって僕としては一安心。

 だけど、当たった側の義姉さんはそうでもないようで、


「ワイバーンって、私が何回も殺されたアレよね。そんなのもらってどうしろってのよ」


 確かに現実世界で龍の素材はあまり役に立たないよね。

 でも、外にいる魔女さん達に見せたら喜んで買ってくれるだろうけど。


「追加でお金を出してくれれば加工もするよ。龍の骨で作った総合格闘技用のグローブとか、義姉さんなら欲しいんじゃない」


「ふ~ん。たしかに、それはいいかもだけど。それでもこんなには使わないでしょ」


 ご尤もです。

 義姉さんの文句に僕が曖昧な笑顔を浮かべていると、捨てる神あれば拾う神あり。


「だったら、その余りは父さんのと交換してくれないか。もちろん骨の加工代も俺が出す」


 おお、さすがは冒険家というか、義父さんとしてはワイバーンの素材が気になるみたいだ。

 対して、冒険家として有名な義父さんに憧れながらもトレジャーハンターになった義姉さんといえば、そこの辺は女性というべきかワイバーンの素材に対する頓着は全く無いようで、


「それで、父さんは何が出たのよ」


「ええとだな。指輪とかのアクセサリやカードとか小物だな。

 ああ、イズナも欲しいものがあったらもらってくれ、俺にはあまり似合わないものばかりだからな」


 義姉さんの確認に義父さんが福袋の中身を答えた瞬間、義姉さんの目がキラリと光る。

 アクセサリと聞いて値打ちものが当たったと考えたのだろう。

 しかし、その期待も義父さんから中身を見せてもらってすぐに落胆に代わってしまう。

 何故ならその指輪というのが、


「なによこれ、ぜんぶ真っ黒じゃない」


 そう、義父さんの福袋に入っていたアクセサリ類はメタリックな光沢を持ってはいるものの、貴金属には程遠い、真っ黒い金属で作られたアクセサリだったのだ。

 たぶん義姉さんは、このカラーリングを見て、スプレーかメッキかで加工されたものと勘違いしたのだろう。

 しかし、ガッカリするのはまだ早い。


「義父さんのそれはミスリル製のマジックアイテムセットだね」


 義父さんが引き当てた福袋は数々のミスリル製品が詰め込まれたものだった。

 魔法式の記録機能を持った〈メモリーカード〉の発売によって、あまり売れなくなってしまったマジックアイテムを中心にまとめてみたのだ。

 因みに一緒に入っていたカードは〈メモリーカード〉ではなくて、ミスリル製の〈スクナカード〉である。

 そして、これに一番食いついてきたのが義父さんだった。


「ミスリルって創作上の金属なんじゃなかったのか?」


「それなんだけどね。ミスリルって金属は僕達が暮らす世界にも昔からあったみたいだよ」


 義父さんは創作の中で生まれたミスリルが実在の金属である事を知らなかったのだ。


「ほら、外のベンチでアラ汁を食べてる魔女っぽい格好の人達がいるよね。彼女達から聞いたんだけど。実は博物館に飾られてる調度品の中にもミスリルが使われてるものが結構あるらしいんだよ」


 因みに、小説の中で登場したミスリルはそんな真相を突き止めた人物が創作の中に登場させたという説もあるらしい。


「それは本当なのかい?」


「少なくとも彼女たち(魔女の皆さん)の間では常識みたいだね」


 衝撃の事実に愕然とする義父さん。

 そんな義父さんの一方、義姉さんにとって地球におけるミスリルの扱いはあまり興味を惹かれない話だったみたいだ。


「それよりも魔具って事は、これをつければ新しい魔法が使えるようになるのよね。

 この指輪とかで使える魔法にはどんなものがあるのよ?」


「それはアイテムについてるメモ書きを見ればわかるんだけど、義姉さんにちょうどいいかもしれないね。解毒や浄化や集水と、冒険に役に立ちそうな魔法ばかりだよ」


 実利方面の質問を飛ばしてくる義姉さんに、僕は義父さんの福袋の中から、その中身に入っているものがどんなものなのかをメモしてある神を取り出して説明する。


 しかし、義姉さんとしてはその地味なラインナップがあまりお気に召さなかったようだ。「うへぇ」と淑女には似合わぬ声を出すので、ならば、こっちはどうだと僕が説明するのは、


「ちなみに、こっちのカードはスクナを呼び出すカードだね」


「スクナ?」


 おっと、冒険に便利な魔具には興味がなくとも〈スクナカード〉には地味ながら興味を示してくれたみたいだね。


「これは実際に見せた方が早いかな」


 僕はこの店のユニフォームとして定着したジップパーカーのポケットから銀色のカードを取り出して、魔力を注入、アクアを呼び出してみせる。

 すると、現れた手のひらサイズの美女(アクア)を見た義姉さんは目をまんまるにして、


「なにこれ――」


「だからスクナっていう精霊が宿った小さいゴーレムを呼び出す事ができるカードなんだよ」


 僕がアクアを手の平に乗せながら説明すると、義姉さんはまるで獲物を見つけた肉食獣のような顔をして、


「へぇ、精霊にゴーレムねぇ……。

 こっちは面白そうじゃない」


「たしかに興味がありますね」


 僕と義姉さんの会話に入ってきたのは、今日の寒稽古に参加してくれた魔女さん達のリーダーである望月静流さんだった。


「アンタは?」


「はじめまして、佐藤タバサの姉弟子にあたる望月静流というものです。アナタには佐藤が随分とお世話になっているそうで」


 眉を立て誰何を訊ねる義姉さんに、静流さんが表面上柔らかに見える笑顔で答える。

 多分、そのセリフの中にあった『お世話』という言葉は『面倒』という言葉に変換できるのだろう。

 どことなく棘がある静流さんの言葉に義姉さんの目が鋭さを増す。


「ふぅん。

 で、何の用なのよ?」


「アナタはこういうものに興味があると聞いていますよ。

 よかったらそのカードと交換してくれたりしませんか」


 そう言って静流さんが取り出したのはクリスタルスカル(クリスタルの頭蓋骨)

 たぶん義姉さん達がここ(万屋)にやってくる少し前に買った福袋の中に入っていたものだろう。

 ポンと差し出されたクリスタルスカルを見て義姉さんが鼻を鳴らす。


「それは面白そうな話ね」


 クリスタルスカルといえば、古代マヤ文明などのオーパーツとして有名だった(・・・)ものである。

 まあ、後々になって実は近年になってから作られたものではないかという鑑定がなされたというが、これは正真正銘のクリスタルスカル。

 とはいっても、魔獣の素材であるのだが、持ち込むところに持ち込めばもしかすると凄い価値になるかもしれない。

 静流さんはそれを狙って義姉さんに交渉を持ちかけようとしているのだろうけど。


「でも、あの、〈スクナカード〉はそんなに高いものじゃないですよ。

 ミスリルのものでも、いまなら(・・・・)一万円くらい出せば買えちゃいますし。

 というか、万屋でも普通に売っていますし、

 静流さんには説明していませんでしたっけ?」


「そ、それは本当ですか!?

 ミスリル製のゴーレムですよ。

 我々の場合、マッドゴーレムを作るのだって桁違いにお金がかかるのですが」


 前にアヴァロン=エラを訪れた時に説明していた気になっていたけど、静流さんのリアクションを見るに説明漏れがあったみたいだ。

 静流さんが言うには、ゴーレム作りにはかなりお金がかかるのだそうだが、それはあくまで地球でゴーレムを作ればということであって、このアヴァロン=エラでならば問題はない。


「オリハルコン製とかでもなければ量産品ですからね。できることも違いますし」


「そう言えばアンタのカードは色が違ったわね。そっちはどれくらいするのよ」


 さすがトレジャーハンターというべきか、案外目ざといな。

 僕は義姉さんの鋭い視線に「ごめんね」とアクアに謝ってカードに戻ってもらってから、それを掲げるように二人に見せて、


「僕がアクアとの契約に使ってるカードはムーングロウの〈スクナカード〉だよ。日本円に換算するとたぶん五百万円くらいになるかな。オリハルコンも同じだね」


「五百って、アンタ、こんなカードにそれはちょっとボッタクリ過ぎなんじゃないの!?」


 そう言いながらも僕からアクアのカードをひったくろうと手を伸ばす義姉さん。

 しかし、僕はその手をを軽く躱して、


「それは日本円で換算するとそうなるってことだから、場所によってはそこまで高い価値じゃない場合だってあるんだよ」


 そもそもの値段は金貨五十枚。世界によっては地球ほど金は貴重ではなくて、錬金術なんてものがある異世界では金貨の価値も変わってくるのだ。

 だからといって日本円にして五百万――つまり金貨五十枚の価値がそれ以下ということでもないのだが、

 まあ、それはそれとして、


ちなみに(ちな)俺のカードも虎助と同じ値段だぜ」


 そう言いながら元春がおっぱいスライムのライカを宿す銀色のカードをひらひらと自慢する。

 そして、煽られた義姉さんはといえば「ちょっと、それ見せなさい」と当然のように飛びかかろうとするのだが、


「義姉さん駄目だよ。〈スクナカード〉は契約した本人にしか使えないし、それに元春のスクナはたぶん義姉さんの求めるようなゴーレムじゃないから」


「は!? 私が求めるようなゴーレムじゃないってどんなのよ」


「ええっと、その――」


 言い淀む僕の態度に義姉さんも幼馴染として察するものがあったらしい。

 すぐにじっとりと視線で元春に横目を向けるので、


「うん。たぶん義姉さんが考えてるようなゴーレムだから」


「ああ――」


「ちょ、虎助に志保姉――、そりゃないぜ」


 幼馴染二人からの視線に元春が慌てだす。

 しかし、僕達はそれをいつものこと(・・・・・・)とスルーして、


「それで、義姉さんは義父さんのカードを貰うとして、静流さんはどうしますか?」


「私は買います。虎助君と同じカードをお願いします」


「でも、五百万円ですよ。大丈夫ですか?」


「何を言ってるんです。五百万で伝説級の金属で出来たゴーレムが手に入るなら安いものじゃないですか」


 スクナは結構ランダムな要素がある。

 即決して大丈夫だろうかと聞いてみるが静流さんの決意は硬いみたいだ。

 そして、こちらとすればお客様がそう決めたとすれば文句はない。

 ということで、さっそくムーングロウ製の〈スクナカード〉を取り出そうとするのだが、そこに義姉さんが割り込んできて、


「ちょっと待ちなさいよ。私も五百万のカードの方がいいわ」


「といっても、義姉さんはお金が――」


「あんた、元春には渡して私には渡さないってそれでいいの?」


 うわっ、「それでいいの?」って僕の方に選択を委ねてくるところがさすが義姉さんだ。

 まあ、五百万というのはあくまで他の世界を考えた上での価格調整という意味合いもあったりするので、義姉さんとの付き合いを考えると、安く譲っても構わないというところもあるのだが、今日に限っては義姉さんの思う通りにはいかないだろう。

 それはどうしてかというと――、


「志保。さすがにそれはどうかと思うぞ」


 そう、今この場には義父さんがいるからだ。

 まっとうな父親として娘が五百万円もする代物を強要しようとすればさすがに止める。

 こうなって義姉さんも諦めてくれるのでは?

 と思いきや、義姉さんの味方が意外なところにいたらしい。


「待って十三さん。そのカードの代金は私が払うわ」


「だが――」


「ねぇ、虎助。オリハルコンにムーングロウって、そのカードが高いのはドラゴンの血で作った金属で作られてるカードだからよね」


「そうだね」


「だったら、私が退治したドラゴンの血を全部渡すから、それで作ってくれないかしら。

 それなら安く仕上がるでしょう」


 ふむ、確かに原材料さえ手に入れば価格はかなり抑えられる。

 実際、オリハルコンやムーングロウ製の〈スクナカード〉の殆どは希少な龍の生き血の価値によるものと、ソニアの技術料が占めているからだ。

 その片方を、以前、この万屋に迷い込んできたとある龍種を倒した母さんが、その素材と引き換えにしてと言ってくるなら問題はないだろう。


 というか、よくよく考えてみたら、ちょっと手間はかかるものの、福袋から出たワイバーンの骨や皮なんかをうまく錬金すれば、たぶん質としてはちょっと低くなるだろうけど、オリハルコンでもムーングロウでも作れたんじゃないかな。


 と、今更ながらに思いついた事実は僕の胸の中にそっとしまっておくことにして、


「まあ、それなら大丈夫だと思うんだけど」


「なら、ここにいる三人分お願いね。便利そうだから私も欲しくなっちゃったのよ」


 ああ、これは義姉さんの為というよりも、ふつうに母さんが欲しかっただけか。

 いや、義父さんに渡したかったというのが本音かもしれないな。


 ということで、義姉さんに母さん、そして義父さんと静流さんと皆で〈スクナカード〉を買うことが決まったようだ。


 ちなみに残ったミスリルのカードは義姉さんが迷惑をかけたとして、義父さんからのお年玉代わりに元春に渡されることになったみたいだ。

 安いミスリルの〈スクナカード〉だったとはいえラッキーだったね。

◆百キロランニングのタイムがおかしなことになっておりますが、これは魔法やマジックアイテムによる補助効果と実績の効果が影響した結果だったりします。

 因みに、オリンピックに出るようなマラソン選手の走る速度が20キロ前後、今回の一同がだいたい50キロとこれだけでも異常ですよね。

 あと、魔女の皆さんは喋り方などが若かったりする印象ですが、実際、静流やタバサなどはかなり年齢がいっちゃってたりします。この設定を忘れている読者様がいるかもしれないので念の為。

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